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2009年4月18日 (土)

こうやんどう 星野黒木谷

今朝一番で、星野村から二人の客人がお礼にみえた。
きのうお見えになるも、肝腎の母が病院通いで一日中留守だったので、あらためて又今朝山より出向いてこられたとのこと。

母はもうじき八十だ。
四十六で車の免許を取得以来、七十になるまでハウス栽培の苺を作った。
たったひとりで、である。父はサラリーマンだったから。
腰がまがって足がうまく運べない今も、気で体を支え、父と日々の家事と畠仕事をこなす。
その母の育ったのは八女の笠原というお茶の産地、だが父祖の地は隣接する星野村であるらしい。(このことも最近知った。)
二年前、その父祖に所有権らしきものがある山畑が猫の額ほど残っていることがわかり、その地を農道が走ることになった。「黒木谷農道」というらしい。(これも今日知った。)
一族の長老たる母には、なんとか一族の末裔の承諾の印鑑つきの書類を印鑑証明をつけてとりまとめてほしい旨、星野村からみえたお役人さまが頼んでいかれた。
それから二年。
なんども足を運ばれたが、一戸がなかなか応じない。
何度電話をしても埒があかない。
これはいったい、なぜなんだろう。
部外者として聞いていた私のなかにある思いが生じ、地図で場所を確かめると、福岡市の東区までかれらを尋ねていった。去年の六月だった。
わたしの弟の命日に死んだ従弟の子にあうために。
何の連絡もせずに行ったのに、一番若い末裔たちは、いた。

その姉にあたる彼女は赤ん坊を抱いていた。
わけを話し、一緒に土曜もあいている福岡市役所のサービスカウンターまで出向き、長男である彼女の弟の印鑑証明をとってもらう。
長い時間であった。はやく来ればよかった。
なぜだろう。と思うこころが、わたしに出向かせたのだが、そのなぜ?という思いは、遠いはるかな父祖へのよびかけともなってずうっと胸にくすぶり続けているものだ。

わたしの弟(21で死亡)とかれらの父である従弟(母方の里を継ぐ直系男子であったが45で死亡)。
それがまったく同じ命日だったことが、私を打ちのめす。
なぜ。

考えてもわからないのに、かんがえてしまう。
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_fb34.html

今朝の原口さん(お茶生産者)とおっしゃるかたのお話によると、この農道でおかげをこうむる農家は27軒という。そりばってん、と原口さんは話を付け加えられた。

「こうやんどうさん行くとに、こっで大変便利になっとです」

たしか昭和57年が750年忌だったとでっしょう、ホンガクインから来たさる有名なかたの墓がここにあって、五十年ごとにその法要が執り行われるが、近年の法要のときには、そんホンガクインからも偉い人がみえて、ちゃんとお祭りばしてゆかれましたし、去年には、ナンゾウインからもおぼうさんがみえて、立派な講話をなさっていかれました。・・・

というような話を朴訥となさった。
母は少し記憶がとぶようになっているが、「そういえばこどもんとき、うちたちゃこうやんどうっていいよりました。そこさんな行ったこつはなかですばって」という話をした。

六月には舗装が整う、といわれた。
晴れて落慶のあかつきには、また招待状をお送りいたしますので、どうぞ。
という言葉を残して、折り目正しい村人たちは帰って行かれた。

ぼんやりと混沌の中考え事をしている。

こうやんどう。
ほんがくいん。
なんぞういん。

それらは、これのことだろうか?

http://www.hongakuin.jp/home2.html本覚院
http://www.kotobuki-p.co.jp/kensaku/data/21na10.htm南蔵院

ここでまた、こんなところで、大友一族にあうなんて。
そしてハッとする。
瀬高のこうやのみや。黒木谷のこうやんぐう。
どちらもおなじ高野の宮だとしたら。

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コメント

こんばんは。
今日はどうもお世話になりました。
水仙の球根をいただいてすぐに帰るつもりだったので、らんちゃんがスタンバイしててびっくりしました。笑
おいしいものをいろいろといただいて、本当にご馳走さまでした。球根をいただいたお母様にもどうぞよろしくお伝えください。

me too

英語講座が終わってから一度もノートひらいてません。いかんなあ。

たけのこ、シラスと四角いてんぷらと一緒に砂糖醤油で煮ました。明日の弁当のおかずです。先日エメさんのブログでしたか、味噌煮が紹介されてました。今度ためしてみます。

せいこさん、今日はトラックに乗って迷彩柄のパンツがよく似合ってましたよ。むすこさんのお古かとおもったら、おそろいだったんだね。いやちがう、たまたまおなじだった、のね。
もっと球根もっていってよかったのに。もう花はおわりがけだったし来年はもっと増えていると思うから。それと気をつかってくれてありがとう。なにももたずにきてよ。気のつかいすぎです。
ぼん、たくさんのたけのこ、ありがとう。やわらかくてありがとう。母がイをいためていて、あまりかたいものはだめだけど、これくらいなら大丈夫。ちいさく切ってにます。ありがとうございました。くどまわり六時間の味がしますたしかに。
今日は同窓会みたいでたのしかった。
ひるに作っていたうんとからいカレーのおいしいのをいっしょにたべればよかった。うちはからいカレーをたべない家でして、だけど私はたべたいので、だれもいないときにつくる。ジャワカレーの辛口。またきてください。今度はなにも予定が入ってないときにおいでね。
ひさしぶりに窓みがきができてよかった。笑

そうそう。英語。
ノートは開いてませんが、先生のおかおを今日突然思い出しました。んで、たからさんに連絡して、いっしょに中級講座を受講しようと誘っているところです。たからさんは海外へもでかけるし、高校教師の資格もある人なので、わからないときには生き字引になってもらえる。俳句も、じょうずです。八女句会のなかではこの人と沢都だけがいわゆる伝統俳句の本道をあゆむタイプでした。連句にも又さそいます。風景の句がじょうず。いやあ、なんにしろ重宝します。たぶん、正岡子規や虚子とおなじ愛媛の人だからかも。はいくのいでんしもち。笑

なぜかここにでました。笑

夏井いつきさんの句集を買いたかったし、サインもほしかったけど、いったときは、もうなにもなかった。
らんさんが血液をわかくつよくする本をかってた。

何故かここに出た。
いや、探している。
まだでてこない。
黒木物語の記事。
我ながら、迷路。

水月さんのブログの行空上人の13を読んでいて
放逸と書かれてますが、べつの言葉が出てきたなあと
気になり、確かめたくて。

ところで、今日の記録。

今朝、母が買ってくれた草刈り機で畑と土堤の草刈りをした。はじめてだったが、ザリガニおっちゃんの指導で、怪我もなく無事に刈れた。川から這い上がってくる地衣類が畑に侵攻して、びっしりと分厚く茂っていた。それを刈るとき、まるでバリカンでフサフサ野郎を坊主あたまにしてるような感覚だった。って、
いちども床屋さんをやったことはなけれど。

草刈り機ですか!
それは凄い!
頑張りましたね!
お疲れ様でした!

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