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2009年4月12日 (日)

前田圭衛子捌・歌仙 『兵六玉』  

 歌仙 『 兵六玉 』  
             前田圭衛子・捌
             於・保健医療経営大学

 
  有明の母の匂ひや涅槃西風     東妙寺らん
    あす来るひとを待つ望潮      姫野 恭子
  なだらかな稜線走る野火ありて    中山 宙虫
    散歩する道立ち止まる道     八山 呆夢 
  わが街の靴屋に靴の売られをり   山下 整子
    縁側に掛けはったい粉食む   竹橋乙四郎

 
  梅雨激し姉と妹のひらく傘         恭子
    ペットボトルは大河下れり        虫
  風さへも偲ぶふりして樟の森       整子
    兵六玉といふは哀しき         恭子
  河童橋果実のやうに落ちる恋     らん
    栞はさみて細目閉ぢつゝ        乙
  月寒し一滴に泣く角砂糖          夢
    切り裂きジャックのやうな流感     整
  けもの等よ土足でここに棲まないか   虫
    砦を築くロックガーデン         らん
  花の字は人立ち座る枝の下        乙
    年金通知と小鳥来るなり        恭

名残の折

 春昼の眩しき中を労働歌        夢
   あみだを引いて当るロボット    虫
 乳母車押してノンノを買ひにゆく   神崎さくら 
   ふるさとの山ただ青くあり     整子
 筆洗ふ濁り水なりそしてまた    乙 
   茨いりくむ先は短夜       整子
 感じてる感じてゐない丘と指     恭
   天然酵母を寝かせてみたし    整
 何事も運命(さだめ)のままにバス逃す 乙
   ええとこどりで星の占ひ       乙
 極東の空に放てり望の月       整
    羽が破れし精霊とんぼよ     恭

名残裏
  
  
秋高し背伸びしてゐる狛の獅子    らん
   技を磨きて余生に向かふ      虫 
 同窓の酒は過去へのタイムマシン  乙
   黄のくちばしが籾をつっつく    恭
 外科室を閉ぢてうしろは花万朶    虫
    希望の粒が渡る初虹      らん 

 捌  前田圭衛子
     兵庫県神戸市在住俳諧師
     連句連歌誌『れぎおん』編集発行人

 連衆
    神崎さくら (一句のみ)
    竹橋乙四郎
    中山宙虫
    山下整子
    八山呆夢
    東妙寺らん
    姫野恭子

資料

涅槃西風(ねはんにし):http://haiku.blog.livedoor.com/ichiran.php?kg=2361
望潮(しおまねき):http://ariakekai.ddo.jp/
野火:http://sendan.kaisya.co.jp/kensaku/ikku060302.html
はったい粉:八女人かささぎは「こうばし」といっていた。
季語、夏。
河童橋:http://shinshu-online.ne.jp/livecam/kamikochi/
切り裂きジャック:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%87%E3%82%8A%E8%A3%82%E3%81%8D%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF
ロックガーデン:http://www.hiroshima-bot.jp/ennai/rock/index.htm
労働歌:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%B4%E5%83%8D%E6%AD%8C
ノンノ:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%8E%E3%83%B3%E6%97%8F
極東:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%B5%E6%9D%B1
精霊とんぼ:http://map.edb.miyakyo-u.ac.jp/akatombo/p07.html
狛の獅子:http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv1-ytpprn&p=%E7%8B%9B%E3%81%AE%E7%8D%85%E5%AD%90&ei=UTF-8
籾(もみ):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%BE(春)
外科室:http://homepage2.nifty.com/hituji/new_page_22.htm

希望の粒=希望は数えられる名詞。一粒二粒と数える。
     (新明解)

  

留書

  牧歌的な風景のなかで

        山下整子

 風の姿を直截的に見ることはできないが、風にあおられるものを媒体にして、風は姿を見せる。
 草原。木々。雲。そして、麦畑。

 麦畑がひろびろと広がる牧歌的な風景の中に、今回の連句会場となった保健医療経営大学の学び舎は建っていた。理事長室の大きなガラス窓から、その牧歌的な風景を眺めていると、一面の麦畑にさざなみのように走る風のカタチがあざやかに見えた。

 牧歌的な風景の中で暮すものが牧歌的な生活をおくっているかというと、決してそうとは限らない。農業はことさら厳しい環境にあり、また、昨春オープンしたばかりのこの学び舎も二年連続して定員割れを余儀なくされるという緊迫した状況でもあるのだが、緊張の日々を強いられているはずの学長は、そんな気配は微塵も見せず、小うるさい連衆をノビタ君のような笑顔で、こころよくお迎えくださった。

  風が第三者の力を借りてその姿を見せるように、学び舎というものも、誰かの力を借りてしか、その本来の価値を見せられない。そう、実績、あるいは成果という名の「学生が身につけたもの」こそが学び舎の価値として世間に受け入れられるものなのであろう。

 頑張れ、学長。いや、頑張れ、日本にたったひとつしかない保健医療経営大学に学ぶ一期生の学生たちよ。
 

    

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コメント

お疲れ様でした。
途中退場、申し訳ないです。
後ろ髪引かれましたが、勤労婦人は決められた事をめったに破る事はない。大枚12000円をお上に差し出した身の上。稼がねばなりません。
どうにか巻き上がったようですね。
アップを楽しみにしています。
同じ面子が続いているので、新メンバー募集しましょう。
年令もいろいろ幅広くいた方がいいですよね。
声掛け、してみようと思います。

ぼんへ。
わがやのななふしぎ。
朝必死でさがしたぼんの忘れ物かばん。
忽然となかったのに、母が帰宅後、しばらくして見ると、玄関に忽然とあった!!
母がいうには、朝からずうっとあったよ。と。
そんな。なかったよ。なんどさがしまわったことか。
バミューダ海域がある、家のなかに。ほんとに。神隠し現象がおこる。

乙家でも「こうばし」でした。seikoさんはお茶の葉だったと仰ってましたが、乙家では椿の葉の先を折った椿スプーン。これを食べると悪口を封じるというイワレの祭事の食べ物。
八百万の神々は、新解さんもそう仰っておられるので正解は「やおよろず」なのだと思いますが、「やおろず」と読む権威もあります。
   ↓

こうばし>>子供の頃よく食べました。
祖母は「必ずクコの葉で」と言ってました。
薬効のことも言ってましたが忘れました。
その頃は、庭にクコの木がありました。
こうばしは必ずクコの葉ですくって食べてました。
家庭によってそれぞれですね^^☆

ほんなこてリエゾンしとるね。

きょうもいそがしかった。
みなさんちと子の年齢が違うので、珍しかろうと思ってメモしておきます。
子のぜんそくの薬がきれていて、寝ているときに胸の音が隣室まできこえた。吸入薬をもらってきてという。公立に出向いた。お医師さまから本人がくるべきと説教される。
この二週間応援団の練習に夢中でそれどころではない。本末転倒、こどもってそう。だけど本人じゃないと救急外来では薬はだせないといわれ、学校へむかえにゆく。
ところが、広い校内のどこをさがせばいいかさっぱり見当がつかない。輪になって練習しているグループを一つ一つ見て歩いた。
1周してあきらめて帰ろうとしたら、頭上から、あ、○○のおかあさん!の声。
三階の教室から男子数名が見おろしている。
そのなかに子がいて、窓枠に足をのせ踏みはだかっていた。
まったくいいきなものだ。病院へ連れ戻る。
あっさりと今度は処方してもらえて、一旦家に帰る。カレーうどんを作っていっしょにたべ、また学校へ。
ぼんの荷物が神隠しにあってなぜかなかったので、そっちはあきらめる。ぼん、ごめんね。でてきたよ。近々もってゆくからね。笑

ありましたか、忘れ物。よかった。
バミューダ海域は我が家にもあり。
社員証を入れて首から提げているものが、今見当たらない。会社を出るときは確かにあったからあるはずなのに、ない。
早い時間にわかってよかった。一日、探して回らねば。

帰ってから飲んだ夫が作ってくれたアイスコーヒー。濃いかったのか夜中に目が覚めて2時すぎまで目がさえてしまった。しかたなく、句を作り、本を読みようやく眠気が来たのでそれから寝た。ぼーっとしている。

祝満尾。
あれからきっちり巻き上げられたとは。
驚きだね。
らんちゃんの挙句もいいねえ。
希望の粒。希望の粒子。
ダイアモンドダストみたい。きらきらして。


ところで。こうばしですが、お茶の葉で掬っていたのではなかった。サカキの葉だったそうだ。神様に供えるあの葉っぱ。母に「こうばしを掬ってたのはお茶っぱやったよね」と聞いたら「なんがね、サカキん葉っぱたい」と一笑された。でも、わたしには、お茶の葉で掬っていた記憶があるのよ。自宅の前に茶畑があって。サカキの葉っぱがないときの代用だったのかも知れませんね。

そうじゃろうとおもいよった。榊、または柴の葉っぱ。裏にあった。それがおととし枯れてしまいました。鬼門にあった榊。熊笹といっしょにあったのに。雪柳もおなじところに長らくあったのに、いつのまにかなくなってしまって。仙人草もことしは咲かなかった。
榊が枯れた年、おもてにあった古い松の木も枯れた。そしてあくる年が去年で例の災難。木枯れは気枯れ、けがれと通じ、だからなんだろうなあと納得してる。おっとはうつ、わたしはそう。いっしょにいられないやまい。そうもうつもおなじキーでなるピアノ。月光ソナタ、ベートーヴェンの、第一章をグレン・グールドで聞いてると届く。とどく。ひかりのつぶ。ひとつぶ。たったひとつぶのきぼう。

椿じゃなくって榊だった、うん、きっとそうだった。
人間の 記憶はかくも 曖昧に (乙)

隣の家の姓は「榊」でした。

失せ物は車の中に落ちていました。ほっ!無事出勤できました。

らんちゃんからかくにんのTEL あり。
19日に八女に行くかもしれません。18日はたけのこ堀り。ゆがいたのを持って行きますよ。ゆがくも方言か?ゆでるが標準語?

今日は早めに寝ようっと。おやすみ。

取り上げていただいたnonno句、ここに登場するどんな意味(意義?)があったのでしょうか?

名残の折にあるということは
季語なんか関係ない立場なんでしょか?

いえ、喜んでいるんですけどね。

こんなに難しい言葉を操らねばならない句会を楽しんでいらっしゃる皆さんにほとほと敬意を表します。
つむぎのお着物のしゃきっとした前田先生のお目にも留まったかと思うと感無量ですわ。

以前、特攻隊員の残した俳句を何百首とテキスト化したことがあります。
その時、「万朶の桜」と言う言葉がたくさん出てきました。印象的な言葉だったのでよく覚えています。
意味が今わかりました。

さくらさん
この一句については きっちり書きたかった、ようこそ聞いて下さいました
ちょっと待って下さい
オサンドンしてから又

では。ごはんまだたべていませんが。
連句は話の筋をおっていたら何のことかさっぱりわからなくなります。隣りあう句同士はどこかで繋がっていますが、三句目ではその糸をあっけなく切り、別のところへもっていきますから。
連句のいのちは変化。
さくらさんがおっしゃったように、ここはなごりの折で、雑(ぞう)句の場所ですから、時事句を出していると思ってください。ただ、この場合の時事句は、現在今ではなくて、過去の時事句なのです。
そこがまず、面白いとおもいます。
数年前、前田師がれぎおん誌上で時事句特集をなさったとき、時事句とはなにか。ということを深く考えたことがあった。今耳目を集めているどんなことでも時がすぎれば忘れさられる。そんなことをいちいち句に書き留めるのはどうか。と当時は思っていた。でも古くなったとしても、時事句は時事句なんだということに気付いた。
乳母車の前句で、おもちゃを当てる(前句とあわせるとメーデーでの風景か)とでています。それをこども連れの若い母親とみたて、幼児と赤ん坊を連れて、家にこもっていることを余儀なくされている母親の姿が浮かび、さくら句をだしました。わたしはずっと、これはすばらしい川柳だとおもっていましたので。
これ一句で、時代、女性としての生活感、性差とジェンダー論が書けるほど、すばらしい句です。
おもしろいことに、川柳家のだれひとりとしてこんな句は書けなかった。
意図して書けるものではないのでしょうね。
かささぎは、こういう連句の読みをずっとやりたくて、でも、ひとさまがたのしくまいた作品にあれこれと批評をするのはタブーなのだろうか。と悩み、れぎおんんで十回くらいやった作品評をやめたいきさつがあります。
だけど、批評がないところ、不毛なのです。けがない。だから、やっぱ、やりたいことをやりたいときにやろう!と、つよくおもってる。

その乳母車、紺に白の縁取りがしてある幌のついたものでした。
今くっきり思い出せました。
そしてnonno発売日の他のどこよりも早く並べていた、角の小さなたばこやさんの雑誌置き場の風景も浮かび上がりました。
その乳母車に乗ってた子が今母親になり、子を保育園に預けながら働いているが、同僚に意地の悪い女達が居ていじめにあってるという。
程度の低い人に振り回されないで大人の対応をしろとさっき意見したところでしたが、かささぎさんの解説読んで、一気に彼女の大人になるまでの歴史が思い出され不憫になりました。

句はそんな風に深読みして繋げるんですね。

かささぎさんは特別です。
私はまだ始めたばかりで、字面の意味しか解りません。難しいことばが出てきたら、その意味さえ解らず辞書を引いています。漢字の読み方しかり。
で、写真のように国語辞書、漢和辞典、歳時記などを各自が持ち寄り、机の上がああなるのです。
師は厳しい事を言われるけれど、未熟な私にとってはありがたいことばです。何故いけないか、どこがいけないか、噛み砕いていってくださったと思います。
最後まで居れなかった事が残念でした。

さくらさん
乳母車の記憶わたしも蘇りました
三人目の時はもう何もなかったので 周りの友達がお古を譲ってくれました のみならずマタニティ服からこども服まで何も言わないのにあちこちから回ってきた
こどものもつ運のひとつだったかも

つらいこと つらいほどいつか役に立つですね 頑張れ!

滅多に自分のブログのリンク先を見ないのですが、たまたま泉鏡花を検索していたら、コレが出ました。
やはり前田一直で正解だったのだな。とおもいますね、こういうすごいところとつながってるのをしれば。
なまえにサイトをはりつけていますので、どうぞごらんください。ビデオもみれるよ。すごいね!
泉鏡花の天守物語と渋沢竜彦のねむり姫と、どこか連句的に重なる部分があって、渋沢さんがきっと影響をうけられているのだろうな。とかささぎはおもった。

ぽぽなさん。このとめがきはよくかかれています。
あと、乙四郎さんのとめがきやさくらさんやそらんさんのやぼんさんのや横浜のしらべうたまるさんがかかれたものや、最近ではえめさんが書かれたのもありますが最もおかしかったのは、古賀音彦氏(とうみょうじらんのオット)の書いたもので、それはまだアップしてません。ひょうひょうとして秀逸だった。あのセンスはどっから来るんだか。すっとぼけた味わい。だけどすごい立派な人材がそろっていますでしょう。ひんじゃくなえぐれむねと健忘症ぎみのからっぽおつむかささぎにしては実におどろくべきことです。
いつか全部のとめがきをアップしたいのですが、まだ時間がないのじゃ。
要するに、歌仙のあと、連衆のひとりが書くものです。連句的にかいていいんです。感想でもなんでも。いまおもっていることでも。
れぎおんをさしあげたいのですが、それをみればどういう扱いになっているかわかります。
見開き二ページに歌仙一巻、その下段にとめがきが載ります。
れぎおんは前田圭衛子師編集発行の連句連歌誌です。季刊。どこかで手に入るといいんですが。図書館にないか調べてください。あ、二本じゃなかったんだ。あめりかじゃった。なら、ないよね。宇和、もう幾時間。ごめん、あしたはやっとやすみ、今週は6日ぶっとおしでした。

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