無料ブログはココログ

« 八女をめぐる四人の坊さん | トップページ | »

2009年4月25日 (土)

どろみちに棄てる貝殻、かつがつ談義

なんとまあ、そげなきおくまでいっしょ。
確かにあさりの味噌汁のあとの貝殻は
屋敷の庭さきのへこんだ部分、
つまり水溜りができるところにかつがつ投げ込んで、小石代わりに敷石代わりにつかっていた。つかっていたというより、再活用してたってことでしょう。この記憶は貴重。もうすでに風化していた記憶だ。

こんにちは
こどもの頃は土の道を「どろみち」と呼んでました。
へこんだ部分に貝殻が入れてあって、、そこを通る時かかとで殻を踏むのですが、こどもの足ではなかなか割れませんでした。
隣の鶏小屋の隅には牡蠣の殻がたくさん積んでありました。
おばさんはそれを細かく割って鶏のえさにまいてありました。
学校帰りにギシギシの葉を摘んできてここんちの鶏にあげるのが楽しみでした^^

せいこさん、そん「かつがつ」!
かつがつ。
おい、おまいら、そんなにがっつくんじゃねえ。
てときにはがっつく、かつがつはもっとゆっくりした飢餓感。・・じゃないか。そうじゃなくて、いっぱいいっぱい、ぎりぎり。という限界をあらわす。いや、まてよ。それは「はつはつ」だったかな。はっ。もしや、これは方言ではないんじゃない。和歌で読んだきおくがあるようなきがしてきた。岡井隆あたりの。

エメさんのおはなしは、どこを切っても具体的な生々しさがありますね。それはすばらしい能力だと感心しきりです。わすれていたものが蘇ります。
それから、先日のゆうれいのお寺、どこにあるのですか。調べたら立花町とでますが。黒木ではないのですね。

そのエメさんの「先日のコメント」を読んでいないので、はっきりしたことはいえませんが、ゆうれいの掛け軸のあるお寺のこと?年に一回だけ公開されるという、枝垂れ桜で有名な黒木の寺のことじゃないの?実家の母が短歌仲間とさくらを見に行ったときに幽霊の掛け軸を見たといってた覚えがありますが。

ゆうれいに気をとられて、書きそびれた。
かつがつは古語にもあった、共通語。かろうじて。とかの意味。でも、やめ弁での使い道はびみょうにちがってたろ?そのつど、そのたんび捨てることを、かつがつ捨ててから、とか言ってなかった?

 「かつがつ」、久留米んにきでは「それぞれ(で)」のような意味で使う(使った)ような気がします~例えば食堂に言って「みんな、何ば食ぶっの?」「かつがつで、頼みゃよかろもん」ちいう具合に。
 昔、父が孫(私の甥)たちに、私の弟のことを「ちんか兄ちゃんが…」と言って、父としては年下のという意味で言ったのだろうけど、私より背が10㎝以上低いので弟にちょっと気の毒な気がしたことも思い出した。

こんばんわ
今夜は孫達が泊まりにきてるので、、やっと合間を見つけました^^
幽霊の掛け軸>>福島の矢原町にある正福寺。 福島幼稚園もありますよ。
伝説のお話はPCでも見れます(正福寺 幽霊の掛け軸で検索してください)。 以前、市の広報にも載ったことがあるんじゃないかな?
黒木のそのお寺の枝垂れ桜はほんとにきれいですね。
20年ほど前に初めてその桜を見たときはその美しさに息をのみました☆
今よりもっと妖艶な気がしました。 桜の木は年々衰えているのかもしれません。
人といっしょで 美しいときはいっときの夢・・・。
数年前にしっかりカメラに収めました。 誰も人がいなくて桜と二人だけでした。 
鐘楼も、きれいに掃かれた砂の庭も美しいです。
お寺の裏の杉の古木もぜひ見てください。 こちらは雨あがりがおすすめです^^

かつがつ、アサリの貝殻・・・
思い出して泣こごたる。

かつがつはseikoさんの使い方に同じ、正しい。
意味の解説ば書きよったけどわからんごつなった。
かつがつはかつがつたい。

鳥栖は海もないとにどうしてかあさり貝はよう食べよった。しじみ貝も。
庭の隅などに妙に貝の埋まった風景が蘇る。
誰ね、こんなマニアックなこと思い出したとは。
ほんなこて。

☆どちらの掛け軸もまだ実際に見たことがないんですよ★ 福島のはPCで見ましたが、、すてきな民話伝説があります。

« 八女をめぐる四人の坊さん | トップページ | »

コメント

ろいりさん。それ、まちごうとらん。かつがつでたべる。ち、いいよったですか。
それをいうなら、あんたどんなめんめんですきなもんばたべんね。というのが最もポピュラーなちっごべんじゃなかろうか。
さくらさん、そうです。かつがつは、かつがつたい。

えめさん。さくらには一番きれいな年頃がある。ほんとうにそうだろうとおもいます。京都円山公園のしだれさくらも二代目でしたが、写真とはまったくちがっていてがっかりした。
熊本の一心行の桜も、落雷で樹勢が二つにわれたかんじになっていて、ことしはどうだったか見てないのでわかりませんが、。きれいはきれいだったけど。
それと、見る人のこころもちでも、花は違ってみえるものではないでしょうか。しんからながめると、それにこたえるものがあるような。

貝殻の件

うちは庭が広いので今でも貝殻はコンポスターの横に「ポイッと」すてます。久留米市になって燃えるゴミにも入れて捨てますが、貝殻に気の毒なような気がして・・・考えすぎでしょう。

こんにちは
かつがつ>>そのつどってことに使うとやろか?
方言は日常の言葉に「ぽろっ」と出たり、聞いとって「あっ」と気づいたりするばってん、、頭の中で文で考えるとなかなか出てこんですよね~。
たぶんどっかで使うとる言葉ち思います^^

 そういや「めんめんで」も使いよった気がするけど、こだわってgoo国語辞典で調べてみると、「めんめん」=面々は共通語のごたる。で、更にこだわり「かつがつ 方言」で検索してみると、何と地方によっていろんな使い方(意味)があり、長崎方言では「それぞれ」「各々」の意味で使うらしい。ありゃりゃ、いつの間に長崎方言が私の周囲に紛れ込んでいたのだろうか?で、これを↓で皆様にお示しできればいいのだが、やり方がわからん、「かつがつ」にこだわりの方は、お手数ですが面々で検索してみて下さい。

貝殻>
>子供の頃、大きいお兄さん達にくっついて水路でシジミば採ったことがあるとですよ。近頃のシジミはすっかり高級品でとても買われんですね~★
>牡蠣は沖の端から毎週自転車で行商のおっちゃんが来てありました。
祖母から言われてどんぶりを持ち、うちがき ば入れてもらいました。
こぶりのうちがきは甘くてほんなこておいしかったです。
自転車の行商さんはほかにも豆腐屋さんとか風鈴屋さんとか来よらしゃったです。
風鈴屋さんは賑やかな音と、とりどりの風鈴で大好きやったです♪
祖父は山苔にシダを組み合わせたものをいくつか作っとって、これに風鈴ば下げて縁側の軒にぶらさげて楽しんどりました^^

あ、それはです。コメントを書く。の下には内容の上に3段腹のように細長四角の空欄がありましょう。まず名前、メールアドレス(ウェブ上には掲載しません)、アドレス(URL)(任意)の順。ふつうは名前だけであとの二つには書かないことが多いですね。
そん任意のURLアドレスのところに、ろいりさんが引用したいちおもわしゃった頁の一番上に出ているアドレスhttp://ではじまる。をぴぴっとコピーして、はりつけたらよかとです。
ついでに、ひみつの連絡方法です。
メールアドレスにそちらのメルアド(ろいりさんのパソコンの)をはりつけてください。するとこちらの編集画面のとくべつな内ふところに出ます。公開はされません。機械をしんじてください。

>あんたどんなめんめんですきなもんばたべんね。

これ可笑しすぎ。

誰かの家に大勢の子供が集まってご飯食べることが多かった。田植えの時期とか。
すると、ばばちゃんがこんな風に言いよったです。

エメさんうちの曾祖父(今生きてるなら130歳ぐらい
)も苔で風雅なものを作って下げていましたよ。
園芸市や浅草などに行くと高価で売っていて曾祖父と結びつくんです。

グルメ番組や旅の番組では普通に「牡蠣」と言っていますが、そう言やそこらへんは「うちがき」といいますよね。

それにしても、なんでマニアックな言葉がどんどん出てくっとね。
カササギさんはいまどきの若者言葉もすぐ出てくるし。
おまいらって言うのも好きだし、おまーらとも言うよね。私も心の中は常にこういう世界です。
表面はすまーしとるばってん。


さくらさんの曽祖父さんも園芸の趣味ばお持ちやったですか♪
昔はクーラーとかなかったけん、打ち水とか苔の風鈴とか、、涼しく感じるための努力ばしよらしゃったですね。
行商のおっちゃんは牡蠣ば手に取って、目の前で殻からピックのようなもんを使こうてカンカンと打って中身ば出さしゃったです。
もちろんこの間に、おっちゃんと私にやりとりがあっていて、おっちゃんは病弱の祖母の様子を気遣ってくれたりしました。
今となっては懐かしか風物と風景です☆彡

さくらさん。見えるような気がします。
わるがきショーネン語はたたみかけるよなリズム感があって元気が出る。(苦労図2みにいきたい!)
えめさん。牡蠣は有明海にもあるとですか。
うちがきってはじめてきいた。内海の牡蠣っていう意味?知っている魚と貝はタイと鯖とアジとイワシとトビウオと赤魚ぐらい。貝はアサリとしじみ赤貝の剥き身くらい。
この赤魚ってのは何物なんでしょうね?わたしは大好きでしたが、あかざかなとか「あたまなし」というふうに呼んでいました。

うちがきは「打ち牡蠣」だと思います。
細いピックのようなものを殻の間に差し込み、トンカチのようなものでカンカンと打って出してあったと覚えてるとやけどネ。
有明海は豊穣の海(昔はそういわれてたやろ?今もかな・・)。福岡、長崎、佐賀、熊本の4県に面していてきっといろんな種類の魚が採れてるはず♪
養殖も多種で、盛んやもんね^^ 
11月ころの竹崎蟹もおいしかね~
タイラギは有明海から全国に行ってたと思うけど、最近はね~★
絶対、ホタテよりタイラギファン!! でも、近頃は韓国産が多かね。味はいいとよ~☆
子供の頃はアゲマキがかなり特産やったと思います。
安かったらしくしょうちゅう食卓にあって、夫は見たくないくらい食べたと言ってました。
今は昔ほど採れんかもと思いますが、、。
時期は春の初め~今くらいまでじゃなかでしょか~。 酢味噌がおいしかですよ^^♪
赤魚>これはほとんど冷凍なので身がぱさぱさしとるでしょ。 なのでよく甘めの味噌付けにして2、3日後に焼いて食べるか、かなりこってり甘辛煮がいいでしょうか~

エメさんの八女弁、さいこーですね。笑
わたしも負けとられん!
自転車の行商で忘れてならないのは、飴売りのおじいさんですたい。「つばつけでんでん」とか言う飴ば売りにきよらはったです。
ストローの先にやわらかい飴をつけて、息をぷ~っと吹き込んで、動物(といっても、小鳥しか記憶にない)のカタチにしてくれるもの。お宮の境内で遊んでると決まってこのおじいさんがやってきて、年かさのにいちゃんたちがズボンのポケットから小銭を出して買いよらはった。うちの母はこれが大嫌いで買ってはいけないことになってて、うらやましくてしょうんなかった。とうとう一度も味合わないうちに、あのおじいさんがこなくなった。
今から思うとずいぶん不衛生な食べ物ではありましたね。笑

めんめんに匹敵する言葉に、「そうづつ」という言葉があります。(そうずつかもしれん)それぞれというニュアンスのようです。
主人とばあちゃんの会話は私でもわかりにくく、今でも聞き返す事あり。今度実況中継せないかんね。

不衛生な食べ物といえば、試験管みたいな容器に入っていた毒々しい色のヨーグルト?みたいなのなかったですか。赤や緑があったように思います。竹串のようなものでかきだして食べていたような記憶あり。きっと人工着色料が使ってあったんだと思う。

つばつけでんでん、懐かしい響き。
買いましたが食べませんでした。
結核かもしれないおじさん(昔は結構高い確率で結核菌排菌者がいました)が息で飴を膨らませ、唾で形を整えるのですから・・・

おはようございます
つばつけでんでん???ぜんぜん食べたこつも見たこつもなかですでんでん
紙芝居の水あめもながめるだけで食べたこつがなかったです(禁止されとった)。。。この記憶はつい私に、スーパーや土産物屋でビンに入った水あめを買わせようとすっとですよ(^_^;)
近所に塩せんべいば焼きよっちゃる家があって、よ~買いに行かされよりました。
もうほんなこておいしいせんべーやったです。
駄菓子屋にぬりえノートがあって、小遣いもらうとお菓子よりぬりえのほうば買いました。
ぬりえノートの裏表紙に切り抜きの着せ替え人形が付いとってね、もうわくわくしました

「そうづつ」・・・まるごと。ぜんぶあるだけ。
そうぞつ、ともいう。
けん使う。(父による実例)
きょうは、ぴーちーえーの廃品回収のあっげな。
あんやったちゃうちまで入り込んで来んやろけん、小屋にためとったもんば「そうぞつ」だしてきたぞ。
対訳)
今日はPTAの廃品回収があるらしい。
あの者たちは家まで入り込んで来ないだろうから、小屋にためていたものを全部出してきた。

ほよよ。たしかに荒い。不用品をもっていってくださる人たちをつかまえて、あんやったちゃ、はなかろうもん。きさまなにさま。っていわれる。笑

なお、どうでもいいことの補足。
最近、自分ちの備品、たとえば軽トラを廃品回収に出してみんなのために使ったら、謝礼として缶ビールくれたりします。それと同様、びっくりしたのは、道路愛護(道普請とかともいうし、溝浚いもその一種)に出て、草刈り機を使って仕事をした場合、五百円玉一ケくれます。組長さんがくれます。
反対に出不足金といって用事やなんかで出られないときは、いくばくかのお金を払います。

行商のおっちゃんは二人、今もきっちりと顔をおぼえてとって、念力でエクトプラズムば出して再現でくるちおもうとです。ドラえもんにその補助道具をつくってもらえたらのはなし。
アイスキャンデー売りのおっちゃん。木箱を自転車にくくりつけてちりんちりんとベルを鳴らしながらきてた。ちょうど学校から帰ったころに来てた。だだばしりで家にかけこみ、ばあちゃん、はよ十円とか言ってお金を握りしめて買いに走ってた。
リアカーで来てたごうださんは、ずいぶん遅くまでみえていました。高校生くらいまで。
カレー粉とか塩鯖とかおばいけとかね。いろんな生活用品を積んで。なつかしい。おかしはあまりなかった。
つばつけでんでん。その名は知らんけど、硝子細工のような見事な飴菓子を実演販売してたおっちゃんはいた。買ったこと、一回くらいあるかも。顔おぼえていない。おなじおっちゃんだろうと思います。
あと、はっさくさんの祭りの夜、きといんの河原に見世物小屋がかかり、その絵がどうしてん見ろうごとなるような絵で、入ってみたことがありました。一回だけだったけど。がっかりした。こびとのおんなのひとだった。ふつうの。看板は世にもふしぎなかめおんな。ってのだったか、へびおんな。だったか。こどもごころにも、「ちがうやん!」ってはっきりかんじた。
いまなら人権侵害で即逮捕だ。

幼少の頃は久留米にすんどったけん、記憶に差があるようです。
水天宮さんのお祭の時、私も18歳以下出入り禁止のテントに入った事がある。(連れは当時の不良少女たち。中に隣のゆっ子チャンがいたから付いていった。)
で、男性器の病気になったのが展示してあった。また、蛇を食う女の人がいて、頭から食べてた。あと、鼻から細い鎖をいれ口から出すという芸もやっていた。ほんとに今なら人権侵害もはなはだしいよね。この人たちは鞭で調教されたりしてるんだろうか、芸をしないといったら叩かれるんだろうかと幼心に心配した。
忘れる事のない強烈な思い出。

そういえばもうすぐ「すいてんぐさん」の季節ですね。
久留米のすいてんぐさんにもよく連れてってもらいましたが、その恐そうな小屋には入ったことがありませんでした。。そうか~、、18だったのね☆
看板だけ見てもほんとにおどろおどろしかったぁ~☆彡
ここの屋台ではトコロテンをよく食べましたよ^^

寅さんの映画にも風景が登場しましたね

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: どろみちに棄てる貝殻、かつがつ談義:

« 八女をめぐる四人の坊さん | トップページ | »

最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31