竹橋乙四郎がコメントをかえさなくなって二週間。
多忙を極めているのだろうと思っていた。
たしかにテレビでも新聞でも保健医療経営大学、またことしも入学者数が少ないとの報道に追われている姿を見た。しかし画像でみると、本人はいたってのんきそうなのびたくん顔なので、笑ってしまうのだった。となりの市長さん(?)は終始お険しいお顔でしたのに。
しかたない。知名度、ないんだし。
日本で一校しかない新しい学問を教えるところだもの。
ぼちぼちすすむしかない。はらくくってやるしかないよ。
・・と思っていたら、おつしろうは学長ブログを開設していた!!
かささぎはふとっぱらなひとを数人知っている。
そのうちの一人がこの乙四郎ですが、(ああ、ごめん。別に腹がでてるとかそういう意味ではありません)ほかに、連句の前田圭衛子師がいます。
先月はじめて保健医療経営大学で連句会を興行したとき、師は急用のためいらっしゃれなかったのですけど、こんどはいらっしゃれるのではないかと期待しています。その前田師に保健医療経営大学のはなしをしましたところ、すぐ「これから絶対必要とされる学問ですね」とおっしゃいました。
前田圭衛子という俳諧師の魅力は、その独特の動物的な勝れたカンです。
かささぎは一度前田師に会わせたい人が何人かいますが、こちらも、ぼちぼちすすむしかない。
近代が切り捨てたものを一つずつ拾い上げ、俳諧の火を復活させるのですから。
▼おつしろうの式辞紹介
新入生のみなさん、保健医療経営大学へようこそ。
そして、みやま市へようこそ。
みやま市には、和ろうそくの原料となる木蝋を生産する、世界にいくつかしかない工場のひとつがあり、みやまは木蝋の里といわれています。
1本の和ろうそくを製造するのには、たくさんの手間がかかっています。
まず、櫨の木を育てます。筑後地方には、あちこちに櫨の並木がありますが、ずいぶん少なくなってきました。
次に、櫨の実を採取します。最近は、櫨の実を採る人も少なくなり、せっかくの櫨並木もずいぶん放置されています。
次に、採取した櫨の実を1年ほど寝かせます。
寝かせた櫨の実を細かくつぶして蒸します。
それを圧搾して搾り出てきた液体を冷やすと、木蝋が出来上がります。
この木蝋を、鉄鍋で人肌くらいの温度に溶かします。
イグサでつくった芯に、溶かした木蝋を素手で何層にも塗り重ねます。
何時間も、繰り返し繰り返し、均一に素手で塗り重ねます。
根気と正確さが要求される作業ですが、そうやってできあがった和ろうそくを灯した時の明るさは格別です。
ここ、みやま市では、毎年、夏至の日の夜と冬至の日の夜に、和ろうそくだけを用いたキャンドルナイトの催しが盛大に行われています。
キャンドルナイトは、世界中で同時に開催されている催しですが、みやま市のキャンドルナイトは、和ろうそくだけで行われるのが特色です。
前回の冬至の夜からは、ここ、保健医療経営大学がみやま市のキャンドルナイトの会場となっています。
この大講義室は、夜、電気を消すと、真っ暗で何も見えなくなります。
右も左も足元もまったく見えず、一歩も動くことができません。
ところが、和ろうそくに一本だけ火を灯すと、それだけで、講義室全体が見渡せるようになります。
和ろうそくの明りの強さと存在感には驚かされます。
さて、日本の医療界の現状は、今や、真っ暗です。
かたや医療費が高すぎる、保険料を下げろと、医療費抑制の声が大きくなるかと思えば、医療崩壊寸前なので医療を充実すべきだとの声も大きくなっています。
医療費を削って医療を充実せよ、という乱暴な議論に右往左往しているのが、日本の地域経営や施設経営の当事者たちの現実の姿です。
右も左も足元もまったく見えず、一歩も動くことができません。
保健医療経営大学の卒業生は、ひとりひとりが、丁寧に保健医療経営の知識と技術を何層にも重ねた、医療界の和ろうそくです。
医療界において、ひときわ明るく輝き、全体を見渡した地域経営や施設経営を行うことができます。
新入生の皆さん、皆さんはまだ、和ろうそくに喩えれば、イグサの芯にすぎませんが、私たち、保健医療経営大学の教職員が、丁寧に、丁寧に、知識と技術を塗り重ね、卒業の頃には、絶対的な存在感を備えた人材として世に送り出します。
未曾有の大不況の中にあっても、本学で頑張った皆さんの就職見通しの明るさは私が保証しますが、皆さんには、さらに、その就職先を明るくするという使命があります。
医療の将来を明るくするということは、よりたくさんの命を救うということですので、皆さんは、医学部に入学した医師の卵と同じくらいの、大きな意義と使命を帯びているのだということをしっかりと自覚され、充実した4年間を過ごしてくださることを願い、私の式辞といたします。
引用:http://www.healthcare-m.ac.jp/app/gm/?p=19
かささぎの連句的:
1.先日日本でここしかない。というもう一つの大学をテレビでみた。
熊本にあるその大学は、宮大工を育成する唯一の大学であった。
釘をつかわない作業行程。
今後文化遺産を守るために不可欠な学問だとおもった。
生徒は手に職とともに古の心をも学べるのである。
2.かささぎの旗にとりあげた医療崩壊の話。
大学病院の産科が医師に揃って辞められ一時的に閉鎖してしまったことや、24時間体制の大病院にコンビニ感覚で平常のかぜなどの患者もおしかけるため、肝腎の重大疾患の患者が困っている。などなど。
また、これは私的なことながら、娘の勤務する病院も経営悪化に陥り、化粧品の通信販売で有名な熊本のさる会社の経営(そこはいくつかの病院を経営している)にかわって安定してきた。・・・ということが、身近にもある。
3.所得格差と保険料を払えない人たちの問題。
これは、大学長式辞のなかに出ていることと通底します。
かたや医療費が高すぎる、保険料を下げろと、医療費抑制の声が大きくなるかと思えば、医療崩壊寸前なので医療を充実すべきだとの声も大きくなっています。
同時に正反対の要求をされること。
公共工事の請負金額は下げろ。といって、入札というバーゲン制度を取り入れ建築業に関わる人たちの賃金を一方では低く抑えながら、なぜ健康保険料が払えないと言って非難する。払えないもなにも、会社は必死でかねぐりをしているのにもかかわらず、一人当たりの単価があまりにも安いため払いたくても払えない現状があります。
そういうことを少し考えてみると、日本の健康保険ってどうなっているんだろう。とか、じゃあ実際に支払えない人達が残した負債は、どこでどうなっているだろうか。とか、そういうことがうすぼんやりと思われる。
自分のまわりにはそういう人が居ないからと言って目をそむけず、一度は考えてみるべきことです。かささぎの職場にはたくさんそういう人たちがいらっしゃいます。とても立派なしごとをなさってる人達。
そういう問題を考えるだに、大学の価値は充分あると思える。
たとえるならば、よじのぼるそら。
まだ、かたちのない学問にかたちを与える作業。
それがこの大学であろうとかささぎはおもっている。
竹橋乙四郎のブログ開設を祝し、ここに一文を贈ります。
ろいりさん。それ、まちごうとらん。かつがつでたべる。ち、いいよったですか。
それをいうなら、あんたどんなめんめんですきなもんばたべんね。というのが最もポピュラーなちっごべんじゃなかろうか。
さくらさん、そうです。かつがつは、かつがつたい。
笑
えめさん。さくらには一番きれいな年頃がある。ほんとうにそうだろうとおもいます。京都円山公園のしだれさくらも二代目でしたが、写真とはまったくちがっていてがっかりした。
熊本の一心行の桜も、落雷で樹勢が二つにわれたかんじになっていて、ことしはどうだったか見てないのでわかりませんが、。きれいはきれいだったけど。
それと、見る人のこころもちでも、花は違ってみえるものではないでしょうか。しんからながめると、それにこたえるものがあるような。