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2009年3月24日 (火)

新解さんの変遷と幸福論その他

早起きしすぎてしまったので、モーニング珈琲をすすりながら、これまで、斜め読みだったものをじっくり時間をかけて読ませていただいた。乙さん。あーたはおもしれえおとこじゃのう。

こい・れんあいの類もこう論理的に語られると、なんかねえ、恋する気持ちも失せてしまう。さくらさんがいうごと、最後はわらってしもうた。
よのなかにしても、へえ、けっこう時代背景あらわしてんなあと思ったわ。変革を羅列して比較するってのは面白いもんが見えるね。

だれか、わたし自身の変貌の比較ってのもやってくれんやか。

新解さんの人格
新明解国語辞典の醍醐味は、その用例の変遷。たとえば第五版では、『せこい』の用例に、
「献金に百円持ってくるように友だちにいわれたそうで、訳のわからない息子は“----教会だな”と思いながらも、たった百円でたくさんお願いをしてきたという。どっちが----のやら」「消費税が五%もかかると聞いた時、“そんなの----”と思った」「世界征服をたくらんでいるというわりには、どうして幼稚園のバスをねらったり、子供をさらったりと、----ことばかりをするのだろうか」「ただ、ぼくらは宇宙船から見た地球をポケーッと見ていたいのに、やらたにスタジオにカメラを切りかえ、タレントたちにムリヤリしゃべらせたりするのは、宇宙の広大さにくらべて、ちょっと発想が----」
これが第五版では、
「百円ショップで売っているのと同じ品を九十八円ショップで買ったと喜んでいるのだから----」「一日一箱吸っていたタバコをやめて、その金を貯金することにしたのは----ようで堅実な蓄財法かもしれない」
に変わる。
新解さんの用例では、生活苦にあえぐ主人公(職業は物書きらしい)の日常がさりげなく(?)書かれている。
第五版『たっぷり』
「お金はないが夜を徹して文学論をやる時間だけは----ある」
第五版、第六版『だって』
「洋服----靴----みんな兄貴のお古だ」
次の版で子供の数が増えていたり、前の版では近かった妻との距離感が、次の版では遠ざかっていったりと、はらはらどきどきで、次の版が待ち遠しくなるような仕掛けもあります。最近の版では、妻に出て行かれて一人暮らし。自炊しています。

すぶた【酢豚】中華料理の名。角切りの豚肉にかたくり粉をまぶして油で揚げ、いためたネギ・タケノコなどを加えて、酢・砂糖などで調味し、水に溶かしたかたくり粉を入れ、とろ火でからめたもの。

第五版から第六版にかけてのクライマックスは親子関係。詳しくは本書(辞典)で。
第五版『しみじみ』
「別に父と私との間に----としたものがあるわけではないのに、そうして山の端に二人でしゃがんでいると、親しいものがあるのであった」
第五版『ちょいちょい』
「私が床につくと、父は母よりも----病室に来た」
第五版『たま』
「----にやってくる(かと思えば、また金の無心かね)」
第五版『たまたま』
「文明の民はたとい親子の間でも・・・別居しなければならない。・・・----親子同居するものがあっても、息子がおやじから利息のつく金を借りたり他人のように下宿料を払ったりする」
第六版『たま』
「----には連絡してくれ」
第六版『たまたま』
「----無駄遣いを注意したばかりに、その後妙によそよそしくなった」

ふうん。みにしみるねえ。
なんかさ。いまって時代はなにが普通なのかが、さっぱりわからない。でも、この山田って辞書編集者は、われらの父、母の世代とおなじく子沢山の家に生れて、目一杯その団欒のなかでもまれて大きくなった。という印象がありますね。目一杯昭和の人。
ところで。
乙四郎はいつから竹橋乙四郎となったのかを調べていた。そしたら全く関係ないけど、3月18日ごろ息子の修学証明書を母校のふくしま高校にとりにいったことを思い出しました。ということは、去年のいまごろは子はまだ試験もうけていなかったんだ。なんだかみょうだねえ。

日付まちがえた。
3月23日

新解さんの魅力を紹介する面白いページがありました。
   ↓

   ↑
これは危険なページでした。
貴重な時間を何時間も食われてしまった!

中に、金田一春彦氏が新明解から去ったエピソードがあり、次の用語解釈の対立が書いてありました。

マンション〔mansion〕
 スラムの感じが比較的少ないように作った、鉄筋のアパート式高層住宅。〔各階で個人・家族が使用する一画には、賃貸しのものと分譲する方式のものとが有る〕 (第4版まで)

 危険なページ、今回はちょびっと覗いただけですぐ逃げてきた。マンションの項目なんて、ここまでくればビアスの「悪魔の辞典」ですね。
 福島高校という学校があるのを知ったのは大学に入った年で、1講座30~40人ぐらいしかいない中に、2人も福島高出身者がいた。そして数日後に島を出て行く同僚の奥さんも福島高出身、夫は八女高校、2人も立花町出身で中学生の時の同級生らしい(御夫婦ともに60歳)。奇遇でした。

新解さんの哲学
これは、是非、皆さんへ紹介せねば。

いのち【命】①生物が生きている限り持続している肉体や精神の活動を支える根源の包括的な呼称。(一瞬一瞬生きることの繰返しとしてとらえられる緊張の持続であり、客観的には有限であるものが、主体的には無限の連続として受け取られる所に、その特徴が有る)「----を賭けて守る」《その他用例省略》②「命①」の続く間。

命を賭けて、の命も、客観的には有限なものだったことに気付かされ、ハッとした。

こうふく【幸福】現在(に至るまで)の自分の境遇に十分な安らぎや精神的な充足感を覚え、あえてそれ以上を望もうとする気持を抱くことも無く、現状が持続してほしいと思う△こと(心の状態)。

幸福は自分の心の内にあり、追い求めようとすると消えてしまうものだと教えられた。

ぼんじん【凡人】自らを高める努力を怠ったり功名心を持ち合わせなかったりして、他に対する影響力が皆無のまま一生を終える人。

「ぼん」は凡人にあらず。

(第二版~第五版)ぞくじん【俗人】①高遠な理想を持たず、すべての人を金持と貧乏人、知名な人とそうでない人とに分け、自分はなんとかして前者になりたいと、そればかりを人生の目標にして△暮らす(努力する)人。②天下国家の問題、人生いかに生きるべきかということに関心が無く、人のうわさや異性の話ばかりする人。③高尚な趣味や芸術などに関心を持たない人。④俗②。
(第六版)ぞくじん【俗人】①(高遠な理想を実現させるためには全てを犠牲にしても惜しくはないなどといった考えは持たず)世間的な立身出世にあこがれたり自分の家族の幸福を願ったりして生きる、ごくありふれた常識感覚を身につけている人。②出家していない人。

山田主幹(1996年没)の影響力が薄れた第六版では、俗人でいいじゃないか、という気分になるが、第五版までで育った者には、俗人であってはいかん、という気概があった。

なるほど。
むかし、「なるほど」なる莨ありけり。
たばこもこっちの草冠に良いという字(ほんとはウシトラね)ですと、くすりなみの待遇になる。けさのちびまるこちゃん、おやじさんのたばこネタ。これもペーソスがあった。
おつしろう。まだ付けてくれた項、開いてないけど、付けてくれた文章から察するに、山田さんは近代知さんと決裂したの。へえ。どっこの世界にもそれありますね。昭和の俳句界を批評で牛耳っていたといっても過言ではない山本健吉にしたって、かげで批判を浴びていた。あったりまえなのかもしれないけど。当人の死後にでてくるのが腑に落ちないというか卑怯な気がする。だけどこれが俗世間なんだろう。

ろいりさんへ。
福島高校はかつて女学校でした。
五木寛之さんが出られたころは、まだ女学校があった地(いまの市役所があるところらへん)に建っていたらしいです。

こぶし咲く 昨日の今日と なりしかな 健吉

午前中、こぶし満開の堺屋へ行ってきました。夢中落花文庫に健吉愛用の辞書。山田俊雄編修の『新潮国語辞典-現代語・古語-』。かなり出世しており、使い込みが良くわかる。
横町町家交流館にも行ってきました。ここの二階を訪れるたび、何か書き残さねば、と触発される。もし、作品が後世に残り、誰かが資料館を作ってくれるような展開になれば、愛用の辞書として新解さんが並ぶことでしょう。

名前の由来

その昔、東京ボンタというコメディアンがいました。彼が一世を風靡していた頃、大都会久留米から一人の転校生が広川中にやってきた。
美しく?聡明な?彼女は一日で彼らを魅了した。廊下側の一番前の席に座らされ、誰も彼もが彼女を一目見んとて、5組の廊下を行ったり来たりした。
担任の国語の先生は、「ほんだ」という姓を使って遊び、ほんとうだというところを「ほんだ、ほんだ。」というふうに言って、クラスを笑わせた。
その内仲良くなったとっしゃんが、ほんだを逆にして「ぼんたちゃん」と呼び始めた。それからは皆が「ぼんたちゃん」と呼び始め、いつからか「た」がとれ、さらに「ちゃん」もなくなった。

な~んも関係なかばってん、書いておこうかなと思いました。

留め書き  どうにかできました。これから清書です。あーもう、ベストも編まないかんとに、いそがしかあ。ご飯のしたく、すうごつなかー。

危険なページ  覗いてしまいました。

「ぶす」は舐めたらいかんのです。きりがなくなります。困ったもんだ。

へえそうだったの。はじめてきいたよ。
ごはんのしたく。これはねー。
最後の砦だ。
逃げられない。
おひるなにした。
こんぶといりことしいたけで大根とごぼう天とゆで卵をおでんみたいに煮た。あと葱とかまぼこだけ入ったニュウメン。これ、年寄り風だよね。子ども中心にすればじいばあが食べんし、年配メニューにしたらこどもは他にラーメンとかを自分で作る。どっちもはきつい。以前はやっていた。今はせん。食べたければわがでせい。とおもうようになった。
昔にくらべれば、ずいぶん父が進歩した。
朝わたしが起きれないときがある。すると父がスイッチいれてる。それどころかたまに味噌汁もこさえてる。およよとおどろきです!これが三人目を出産したとき、母が介護にきてたのを六日目で呼び戻したおとこか。と思う。
やっぱりどうしてん、九州のおとこは男尊女卑やけん。ばってん、それじゃいかんのよ。いまという時代は。

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コメント

書く場所を変えます。

「月窓園」は清水町だったのですね。
かすかに、妹と、一度入ったような記憶がありますが定かではありません。
八女は、母の実家があるところです。小さい頃の記憶は紺屋町だけです。
高校生の時土橋界隈をぶらついていました。当時の広川町には大きなスーパーはなく、学校帰りにわざわざ八女市に出向き、お弁当のおかずなどを母から頼まれて買いに行っていました。
きんちゃんの肉屋さんもそのスーパーに入っていて、後に奥さんとなるひさちゃんがアルバイトしていました。
田平君のお父さんは「岩田屋」にお勤めで、久留米に岩田屋が出来た時はじゅうやくさんだったようです。2階に在った軽食コーナーで、湯で戻した麺にレトルトのミートソースかけたスパゲティを食べていました。
入り口付近に置いてあるくるくる回るお菓子の台、憧れていましたが一度も買うことはなかったです。

幸福の変遷と山田主幹の幸福な一生

文學博士金田一京助編『明解國語辭典』
こおふく【幸福】①しあはせ。さいはひ。②心の底からの満足。

金田一京助、金田一春彦、見坊豪紀、柴田武、山田忠雄[主幹] 『新明解国語辞典』(初版、第二版)
こうふく【幸福】現在の環境に十分満足出来て、あえてそれ以上を望もうという気持を起こさないこと。また、その状態。しあわせ。

見坊豪紀、金田一春彦、柴田武、山田忠雄[主幹]、金田一京助 『新明解国語辞典』(第三版)
こうふく【幸福】現在の環境に十分満足出来て、あえてそれ以上を望もうという気持を起こさないこと。また、その状態。しあわせ。「しみじみと----(感)を味わう」

金田一京助、柴田武、山田明雄、山田忠雄[主幹] 『新明解国語辞典』(第四版)
こうふく【幸福】現在の環境に十分満足出来て、あえてそれ以上を望もうという気持を起こさないこと。また、その状態。しあわせ。「しみじみと----(感)を味わう」

金田一京助、山田忠雄[主幹]、柴田武、酒井憲二、倉持保男、山田明雄 『新明解国語辞典』(第五版)
こうふく【幸福】現在の環境に十分満足出来て、あえてそれ以上を望もうという気持を起こさないこと。また、その状態。しあわせ。「しみじみと----(感)を味わう」

山田忠雄[主幹]、柴田武、酒井憲二、倉持保男、山田明雄 『新明解国語辞典』(第六版)
こうふく【幸福】現在(に至るまで)の自分の境遇に十分な安らぎや精神的な充足感を覚え、あえてそれ以上を望もうとする気持を抱くことも無く、現状が持続してほしいと思う△こと(心の状態)。「思えば----な一生だった/しみじみと----(感)を味わう」

第六版発行時には山田主幹は亡くなられており、「思えば幸福な一生だった」の用例が追記されています。

ついでに、山田主幹の遺書が仕組まれているといわれる【従前】の項です。

(第三版まで)
じゅうぜん【従前】以前(から今まで)。これまで。「----通り」

(第四版)
じゅうぜん【従前】その状態が以前から今まで続いて来たことを表わす。「私はこれから遠方へ参りますが、何とぞ----の通り御見捨てなく御愛顧のほどを願います」

(第五版)
じゅうぜん【従前】今まで△社会的事実として(少なくとも一回は)行われて来た、ということを表わす。「小中学は----通り六日制をとるべきかと思います/----の身分を保持するが、その職務には従事しない」

(第六版)
じゅうぜん【従前】問題として取り上げられる新たな事態に変わる前(に行われてきたこと)。「新カリキュラムは新一年生から適用され、在学生は----通りである/----の身分を保持するが、その職務には従事しない」

第七版以降、主幹の名が変わったら、「従前の身分を保持するが、その職務には従事しない」の用例は消えることになるでしょう。新カリキュラムへの反対も遺言なのでしょうか。

ぼん、そう、そこ。
あまちまりとどっか似た雰囲気のおねいさんが作ってくれてましたよね。クリームぜんざいがすきだった。

おつしろう。
おかげで間接的に知ることができて、よかった。山田一族の香りだけでもかぐことができた。ほんなこてありがとう。いつか調べようと思っていても、なかなかできません。

検索サイト Yahoo  検索ワード 新明解さん 遺言 従前

でみえました
面白いです

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