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2009年3月 3日 (火)

あんぐらだんぎ

乙四郎又はろいりさん
つかぬことをお尋ねしますが
アンダーグラウンドてのは何
石橋秀野を調べていたときから 赤の言葉と 地下生活 が目につくのですが
かささぎのあたまでは ほんなこて地下に穴掘ってコソコソくらしてるイメージしか湧かない
日本のアングラを定義してやっておくんなせい

難しいこた ナシでたのんまさ

我々が住んでいる地球には、内部に大きな空洞があって、高度な文明を持つ「地底人」が住んでいます。地表に出るたびに“UFOだぁ!”と大騒ぎになるので、ひっそりと暮らしていましたが、姿を見られなくてすむ音楽の世界などには昭和40年代くらいから少しずつ進出してきています。近年は、ネット上を堂々と闊歩するようになってきました。彼らは地上征服の機会を虎視眈々と狙っています。
なお、地底人の住む空洞のさらに下にも空洞があり、そこには「最底人」という情けない種族が存在するそうです(いしいひさいち)。
このような駄文を書いて喜ぶひとたちがアングラでした。

アングラ
   ↓

「きさんなめとんのかっ、こんあほんだらがあ!!」

と言いながら、こぶしをしっかとにぎって、はあはあ息をふきかけて向かってくる教師がいた。たしかにきおくのそこにある。英語と体育の先生だったが。
なつかしいなあ!!
昭和の先生。ばんばんぶったたきよった。
おやもおやで、どうぞたたいてください。とあたま下げていた。あんぐら。まだどこかにあるだろか

 五木寛之の「青年は荒野をめざす」を読み、俺も数年後には横浜からナホトカまで船に乗り、そしてヨーロッパへと放浪の旅に出ようと思ったのが15歳の時。でも実際に最初に海外行ったのはその20年後、下関から船に乗って釜山へ、たった3日間の放浪の旅でした。
 アングラについて、易しく簡潔に。唐十郎などのいわゆる前衛的な演劇がアングラという呼称の始まりでは?それに前衛美術・自主映画もアングラと呼ばれ、新宿あたりがその中心地?フォークル以降は体制批判・反戦歌を主とする関西系フォークソングもそう呼ばれるようになり、高石友也・岡林信康などが主となり、今で言うインディーズ、日本初の自主制作レコード会社URC(アングラ・レコード・クラブ、最初は会員制)が誕生した。私はさっそくその会員になったが、そこから五つの赤い風船、高田渡、六文銭などがレコードデビュー。
 おっと、簡潔にと言いながら、アングラ・フォークについてが長くなった。ほんで、森山光章さんにつながるけど、同級生になった私の友達(これがseikoさんも御存じの、広川町で木下塾をやってたやつ)が、2年はじめの自己紹介で、森山さんが「アングラ」に興味があると言われ、「アングラフォーク」のことかと思って早速話しかけたら、演劇のほうへの興味だったらしい。でも私の好きなアングラ系バンド「ジャックス」(のちにつのだひろなども参加、リーダーの早川義夫は「サルビアの花」の作詞・作曲も)のLPを聴いてもらうと、詩が良いと評価され、嬉しかった。
 以上、長々となりました。元フォーク少年ゆえご勘弁を。

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コメント

当時、田舎に暮らす女の子からみると東京はあこがれの世界でした。
寺山修司とか横尾忠則とかの世界を雑誌で見るとわくわくしたものです。
10年ほど前に横尾氏のポスター、絵画、作品を見る機会があって、その時、70年代のアングラな空気を思い出しました。
サイケとかサイケデリックとか風俗や音楽、ファッションに影響しましたね。
高校生のころ、学研の雑誌(高2か高3コース)に寺山氏の「人生相談」コーナーが載っていました。
なんか普通の答え方じゃなくて、ズバッと心の芯にふれるような・・・。
学校の図書館に新号が届くのがとても待ちどおしかったです^^
そのころ、氏の「書を捨てよ、町へ出よう」を買いました。
表紙の絵はたしか横尾氏。 内容は忘れちゃったけど、途中途中にイラストや写真が入っていたように思います。 大人な本でした^^☆

ほーう、そういうことか。
けさ、あまり読みもせず、とにかく引っ張ろうとコピペしてブログにアップし、パソコンの電源も切らずふたをぱたんして、そそくさと出社しました。あと十五分早く着くよういわれながら、ぎりぎり九時七分から五分前のきわどい線でつくことを厳守してる。ロボットみたいに正確。えっへん。
えめさんはませがきだったんですね。
わたしはおそばんきちでした。おおきくて、まずー

なしはありのみで、おそばんきちはなしで、えーと、ほら、あるでしょう。ざぼんみたいにおおきくてかわのあついみかん。あれ、おそばんきちににた名前でしたが、なんだったでしょう。
うーん。どうしてもおもいだせない。

大きなみかんとは晩白柚(ばんぺいゆ)のことでしょうか?
うんうんたしかにませがきだったと思います(^_^;)
でももどってやりなおしたいこともいっぱいです。
夢にあのころが出てくるのはその証拠かも(^_-)-☆
今日もお仕事お疲れ様でした^^☆

そうです、ばんぺいゆ。このばんぺいゆ。ってことばのゆたあっとしてのどかなそしてちょっと渋めのひびき。
さっきもまちがえました。
おそばんきちじゃない、おそさんきちですね。
晩三吉。

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