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2009年3月18日 (水)

新明解国語辞典 (辞書にある人格)

うめちゃんと言う有名な25歳女性写真家がいます。

http://tenjin.keizai.biz/headline/photo/1605/

彼女の写真は田舎に帰って撮ったじいちゃんばあちゃん、小学生男子のふざけてる写真ばかりです。

カメラや写真についてのうんちくが全て吹き飛ぶ面白くてたまらない写真ばかりです。

「うめめ」(梅ちゃんの目で撮った写真)と言う写真集が爆発的に売れています。

うめちゃん。おもしろい写真ですね。かかかってわらえる。

うめかよさんは「男子」で話題になった時に知りました。歌手になって積もった雪に顔面からとびこむ夢をもつ女児も撮ってほしいところ。
梅佳代(本名)さんは、高校の進路相談で「イチローと結婚したい」と夢を語り、スポーツカメラマンとしてイチローに近づくために写真の専門学校に進学したとか。「写真を撮っていればおじいちゃんは死なない」とも言っているとか。
写真集「うめ版 新明解国語辞典×梅佳代」(三省堂)というのを発刊しているらしい。明解国語辞典(復刻版)以降のすべての版の新明解国語辞典を揃えている乙としては、うめかよさんも新解さんファンらしいことがわかって嬉しい。さん付けで呼ばれる国語辞典はこれくらいでしょう。
(学研の国語辞典)
ざせき【座席】すわる所。席。
(新解さん)
ざせき【座席】その人が腰かけて何かを見たり、ずっとすわって乗って行けたりする席。
(うめ版)
ベンチに二匹の猫の写真入り。

こい【恋】、よのなか【世の中】も
   ↓

世の中の解説がふかいですね。
世の中は・・というときの場面設定からまず入ってるかんじ。
ねこがずっしりすわってるベンチの写真、すごくいいね。座席ということば、解説のことば、ほどよい距離とあそびがある。

恋と恋愛の変遷

明解國語辭典(昭和18年)
こい【戀】愛情をよせること。戀愛。
れんあい【戀愛】男女間のこひ慕ふ愛情。こひ。
新明解国語辞典(昭和47年)
こい【恋】[男女の間で]好きで、一緒になりたいと思う強い気持ち(を持つこと)。
れんあい【恋愛】一組の男女が相互に相手にひかれ、ほかの異性をさしおいて最高の存在としてとらえ、毎日会わないではいられなくなること。
新明解国語辞典第二版(昭和49年)
初版と同じ。
新明解国語辞典第三版(昭和56年)
こい【恋】①恋愛。②その土地に(もう)一度遊んで見たい、その物に(もう)一度接して見たいという強い気持ちに駆られて、抑えることが出来ない心の状態。
れんあい【恋愛】特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持を持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・(まれにかなえられて歓喜する)状態。
新明解国語辞典第四版(平成元年)
第三版と同じ。
新明解国語辞典第五版(平成9年)
こい【恋】①特定の異性に深い愛情を抱き、その存在を身近に感じられるときは、他のすべてを犠牲にしても惜しくないほどの満足感・充足感に酔って心が昂揚する一方、破局を恐れての不安と焦躁に駆られる心的状態。②その土地に(もう)一度遊んで見たい、その物に(もう)一度接して見たいという強い気持ちに駆られて、抑えることが出来ない心の状態。
れんあい【恋愛】特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、出来るなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと。
新明解国語辞典第六版(平成17年)
こい【恋】特定の異性に深い愛情を抱き、その存在が身近に感じられるときは、他のすべてを犠牲にしても惜しくないほどの満足感・充足感に酔って心が高揚する一方、破局を恐れての不安と焦躁に駆られる心的状態。
れんあい【恋愛】特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。

世の中の変遷

明解國語辭典(昭和18年)
よのなか【世の中】①世間。社會。②現世。③人情。④よごころ。
新明解国語辞典(昭和47年)
よのなか【世の中】①人びとが互いにかかわりあいを持って住んでいる所。世間。社会。②時代。
新明解国語辞典第二版(昭和49年)
初版と同じ。
新明解国語辞典第三版(昭和56年)
よのなか【世の中】①同時代に属する広域を、複雑な人間模様が織り成すものととらえた語。愛し合う人と憎み合う人、成功者と失意・不遇の人とが構造上同居し、常に矛盾に満ちながら、一方には持ちつ持たれつの関係にある世間。②時代。
新明解国語辞典第四版(平成元年)
よのなか【世の中】①同時代に属する広域を、複雑な人間模様が織り成すものととらえた語。愛し合う人と憎み合う人、成功者と失意・不遇の人とが構造上同居し、常に矛盾に満ちながら、一方には持ちつ持たれつの関係にある世間。②現在の時点・環境を、これまで経験してきた環境となんらかの意味で比べて批評して言う語。時代。時節。
新明解国語辞典第五版(平成9年)
よのなか【世の中】①同時代に属する社会を、複雑な人間模様が織り成すものととらえた語。愛し合う人と憎み合う人、成功者と失意・不遇の人とが構造上同居し、常に矛盾に満ちながら、一方には持ちつ持たれつの関係にある世間。②現在の時点・環境を、これまで経験してきた環境となんらかの意味で比べて批評して言う語。時代。時節。
新明解国語辞典第六版(平成17年)
よのなか【世の中】①社会人として生きる個個の人間が、だれしもそこから逃げることのできない宿命を負わされているこの世。一般に、そこには複雑な人間関係がもたらす矛盾とか政治・経済の動きによる変化とかが見られ、許容しうる面と怒り・失望を抱かせる面とが混在するととらえられる。②現在の時点・環境を、これまで経験してきた環境となんらかの意味で比べて批評して言う語。時代。時節。

「世の中」の解説、ほほう!そうかい。
と感心します。

「恋」「恋愛」も前にどっかで読みました。
どうしても最後のほうで爆笑となります。
誰が書くのやら、書いてる人の顔を見たいです。
度の強いめがねをかけて、腕カバーをつけたがっちがっちのおじさんだったら?

さくらさん、そ。そんなかんじがしますよね。

ところで乙四郎。おごくろでござった。
きっちりと比較してもらってなるほどでした。
以前新明解が話題になったとき、有名な恋の項(合体がどうのこうの)を立ち読みした記憶がありますが、こうしてまとめていただけると、違いがくっきりします。編者はどこにこだわったかまで。
あたしは山田みづえ(石橋秀野論を書いた俳人、いま九十台とおもうけど。八女に見えたとき講演を聴きました)氏のお話をきいたことがあって、父上が高名な辞書学者の山田孝雄博士で・・・と知っていましたが、新明解の山田忠雄さんがみづえさんの兄にあたるのか弟さんかはよく存じません。でも兄弟なのですよね。なにしろ、兄弟がほぼ辞書を編む人ばかり。みづえさんはこうおっしゃっていました。
わたしは父の辞書を繰る音を子守唄がわりに育ちました。
ひえ~っとおもいました。でも、ユーモアセンスのある方で、そのおかたの兄さんならさもありなん。とおもって。
初詣一度もせずに老いにけり
なんて句を教えて下さった、ご自分の。
以前みづえ句集についてはこのブログでも紹介してるので興味があるかたはどうぞお読みください。俳人として立派なかたがたはどんなにつらい目にあってこられたのか。というのがよくわかる。↓

国語学者の山田孝雄(やまだよしお)は尋常中学校を中退後、独学で小、中学校教員検定試験に合格。小、中学校教員をへて、ついには東北帝国大学教授となっている。退官後は1940年に神宮皇學館大學学長、1941年神祇院参与、1945年愛宕神社名誉宮司。戦後公職追放され、国語辞典の編修に専念。
子供は9人。男子は、山田忠雄(国語学)・山田英雄 (日本史学)・山田俊雄(国語学)・山田春雄、女子は山田さくら・山田みづえ・山田さなえ・山田ちあき・山田かおる。

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コメント

早起きしすぎてしまったので、モーニング珈琲をすすりながら、これまで、斜め読みだったものをじっくり時間をかけて読ませていただいた。乙さん。あーたはおもしれえおとこじゃのう。

こい・れんあいの類もこう論理的に語られると、なんかねえ、恋する気持ちも失せてしまう。さくらさんがいうごと、最後はわらってしもうた。
よのなかにしても、へえ、けっこう時代背景あらわしてんなあと思ったわ。変革を羅列して比較するってのは面白いもんが見えるね。

だれか、わたし自身の変貌の比較ってのもやってくれんやか。

新解さんの人格
新明解国語辞典の醍醐味は、その用例の変遷。たとえば第五版では、『せこい』の用例に、
「献金に百円持ってくるように友だちにいわれたそうで、訳のわからない息子は“----教会だな”と思いながらも、たった百円でたくさんお願いをしてきたという。どっちが----のやら」「消費税が五%もかかると聞いた時、“そんなの----”と思った」「世界征服をたくらんでいるというわりには、どうして幼稚園のバスをねらったり、子供をさらったりと、----ことばかりをするのだろうか」「ただ、ぼくらは宇宙船から見た地球をポケーッと見ていたいのに、やらたにスタジオにカメラを切りかえ、タレントたちにムリヤリしゃべらせたりするのは、宇宙の広大さにくらべて、ちょっと発想が----」
これが第五版では、
「百円ショップで売っているのと同じ品を九十八円ショップで買ったと喜んでいるのだから----」「一日一箱吸っていたタバコをやめて、その金を貯金することにしたのは----ようで堅実な蓄財法かもしれない」
に変わる。
新解さんの用例では、生活苦にあえぐ主人公(職業は物書きらしい)の日常がさりげなく(?)書かれている。
第五版『たっぷり』
「お金はないが夜を徹して文学論をやる時間だけは----ある」
第五版、第六版『だって』
「洋服----靴----みんな兄貴のお古だ」
次の版で子供の数が増えていたり、前の版では近かった妻との距離感が、次の版では遠ざかっていったりと、はらはらどきどきで、次の版が待ち遠しくなるような仕掛けもあります。最近の版では、妻に出て行かれて一人暮らし。自炊しています。

すぶた【酢豚】中華料理の名。角切りの豚肉にかたくり粉をまぶして油で揚げ、いためたネギ・タケノコなどを加えて、酢・砂糖などで調味し、水に溶かしたかたくり粉を入れ、とろ火でからめたもの。

第五版から第六版にかけてのクライマックスは親子関係。詳しくは本書(辞典)で。
第五版『しみじみ』
「別に父と私との間に----としたものがあるわけではないのに、そうして山の端に二人でしゃがんでいると、親しいものがあるのであった」
第五版『ちょいちょい』
「私が床につくと、父は母よりも----病室に来た」
第五版『たま』
「----にやってくる(かと思えば、また金の無心かね)」
第五版『たまたま』
「文明の民はたとい親子の間でも・・・別居しなければならない。・・・----親子同居するものがあっても、息子がおやじから利息のつく金を借りたり他人のように下宿料を払ったりする」
第六版『たま』
「----には連絡してくれ」
第六版『たまたま』
「----無駄遣いを注意したばかりに、その後妙によそよそしくなった」

ふうん。みにしみるねえ。
なんかさ。いまって時代はなにが普通なのかが、さっぱりわからない。でも、この山田って辞書編集者は、われらの父、母の世代とおなじく子沢山の家に生れて、目一杯その団欒のなかでもまれて大きくなった。という印象がありますね。目一杯昭和の人。
ところで。
乙四郎はいつから竹橋乙四郎となったのかを調べていた。そしたら全く関係ないけど、3月18日ごろ息子の修学証明書を母校のふくしま高校にとりにいったことを思い出しました。ということは、去年のいまごろは子はまだ試験もうけていなかったんだ。なんだかみょうだねえ。

日付まちがえた。
3月23日

新解さんの魅力を紹介する面白いページがありました。
   ↓

   ↑
これは危険なページでした。
貴重な時間を何時間も食われてしまった!

中に、金田一春彦氏が新明解から去ったエピソードがあり、次の用語解釈の対立が書いてありました。

マンション〔mansion〕
 スラムの感じが比較的少ないように作った、鉄筋のアパート式高層住宅。〔各階で個人・家族が使用する一画には、賃貸しのものと分譲する方式のものとが有る〕 (第4版まで)

 危険なページ、今回はちょびっと覗いただけですぐ逃げてきた。マンションの項目なんて、ここまでくればビアスの「悪魔の辞典」ですね。
 福島高校という学校があるのを知ったのは大学に入った年で、1講座30~40人ぐらいしかいない中に、2人も福島高出身者がいた。そして数日後に島を出て行く同僚の奥さんも福島高出身、夫は八女高校、2人も立花町出身で中学生の時の同級生らしい(御夫婦ともに60歳)。奇遇でした。

新解さんの哲学
これは、是非、皆さんへ紹介せねば。

いのち【命】①生物が生きている限り持続している肉体や精神の活動を支える根源の包括的な呼称。(一瞬一瞬生きることの繰返しとしてとらえられる緊張の持続であり、客観的には有限であるものが、主体的には無限の連続として受け取られる所に、その特徴が有る)「----を賭けて守る」《その他用例省略》②「命①」の続く間。

命を賭けて、の命も、客観的には有限なものだったことに気付かされ、ハッとした。

こうふく【幸福】現在(に至るまで)の自分の境遇に十分な安らぎや精神的な充足感を覚え、あえてそれ以上を望もうとする気持を抱くことも無く、現状が持続してほしいと思う△こと(心の状態)。

幸福は自分の心の内にあり、追い求めようとすると消えてしまうものだと教えられた。

ぼんじん【凡人】自らを高める努力を怠ったり功名心を持ち合わせなかったりして、他に対する影響力が皆無のまま一生を終える人。

「ぼん」は凡人にあらず。

(第二版~第五版)ぞくじん【俗人】①高遠な理想を持たず、すべての人を金持と貧乏人、知名な人とそうでない人とに分け、自分はなんとかして前者になりたいと、そればかりを人生の目標にして△暮らす(努力する)人。②天下国家の問題、人生いかに生きるべきかということに関心が無く、人のうわさや異性の話ばかりする人。③高尚な趣味や芸術などに関心を持たない人。④俗②。
(第六版)ぞくじん【俗人】①(高遠な理想を実現させるためには全てを犠牲にしても惜しくはないなどといった考えは持たず)世間的な立身出世にあこがれたり自分の家族の幸福を願ったりして生きる、ごくありふれた常識感覚を身につけている人。②出家していない人。

山田主幹(1996年没)の影響力が薄れた第六版では、俗人でいいじゃないか、という気分になるが、第五版までで育った者には、俗人であってはいかん、という気概があった。

なるほど。
むかし、「なるほど」なる莨ありけり。
たばこもこっちの草冠に良いという字ですと、くすりなみの待遇になる。けさのちびまるこちゃん、おやじさんのたばこネタ。これもペーソスがあった。
おつしろう。まだ付けてくれた項、開いてないけど、付けてくれた文章から察するに、山田さんは近代知さんと決裂したの。へえ。どっこの世界にもそれありますね。昭和の俳句界を批評で牛耳っていたといっても過言ではない山本健吉にしたって、かげで批判を浴びていた。あったりまえなのかもしれないけど。当人の死後にでてくるのが腑に落ちないというか卑怯な気がする。だけどこれが俗世間なんだろう。

ろいりさんへ。
福島高校はかつて女学校でした。
五木寛之さんが出られたころは、まだ女学校があった地(いまの市役所があるところらへん)に建っていたらしいです。

こぶし咲く 昨日の今日と なりしかな 健吉

午前中、こぶし満開の堺屋へ行ってきました。夢中落花文庫に健吉愛用の辞書。山田俊雄編修の『新潮国語辞典-現代語・古語-』。かなり出世しており、使い込みが良くわかる。
横町町家交流館にも行ってきました。ここの二階を訪れるたび、何か書き残さねば、と触発される。もし、作品が後世に残り、誰かが資料館を作ってくれるような展開になれば、愛用の辞書として新解さんが並ぶことでしょう。

名前の由来

その昔、東京ボンタというコメディアンがいました。彼が一世を風靡していた頃、大都会久留米から一人の転校生が広川中にやってきた。
美しく?聡明な?彼女は一日で彼らを魅了した。廊下側の一番前の席に座らされ、誰も彼もが彼女を一目見んとて、5組の廊下を行ったり来たりした。
担任の国語の先生は、「ほんだ」という姓を使って遊び、ほんとうだというところを「ほんだ、ほんだ。」というふうに言って、クラスを笑わせた。
その内仲良くなったとっしゃんが、ほんだを逆にして「ぼんたちゃん」と呼び始めた。それからは皆が「ぼんたちゃん」と呼び始め、いつからか「た」がとれ、さらに「ちゃん」もなくなった。

な~んも関係なかばってん、書いておこうかなと思いました。

留め書き  どうにかできました。これから清書です。あーもう、ベストも編まないかんとに、いそがしかあ。ご飯のしたく、すうごつなかー。

危険なページ  覗いてしまいました。

「ぶす」は舐めたらいかんのです。きりがなくなります。困ったもんだ。

へえそうだったの。はじめてきいたよ。
ごはんのしたく。これはねー。
最後の砦だ。
逃げられない。
おひるなにした。
こんぶといりことしいたけで大根とごぼう天とゆで卵をおでんみたいに煮た。あと葱とかまぼこだけ入ったニュウメン。これ、年寄り風だよね。子ども中心にすればじいばあが食べんし、年配メニューにしたらこどもは他にラーメンとかを自分で作る。どっちもはきつい。以前はやっていた。今はせん。食べたければわがでせい。とおもうようになった。
昔にくらべれば、ずいぶん父が進歩した。
朝わたしが起きれないときがある。すると父がスイッチいれてる。それどころかたまに味噌汁もこさえてる。およよとおどろきです!これが三人目を出産したとき、母が介護にきてたのを六日目で呼び戻したおとこか。と思う。
やっぱりどうしてん、九州のおとこは男尊女卑やけん。ばってん、それじゃいかんのよ。いまという時代は。

>新解さんの魅力を紹介する面白いページがありました

乙さんが紹介したこの危険なページ。
読めば読むほど、危険。
声に出して読みたい日本語も、とことん富山県も。ついつい読まずにはおれなくて。読めばたっぷり時間とられて。確かに危険。

「さん」付けで呼ばるる辞典のその訳を明快にして明解辞典  ぬぁ~んて、駄洒落の歌までできて。笑

せいこはん。
いちご、おわりがけではあるでしょうが、まだまだいくよね。なにしろ、半年はなり続けますからね。ほんとの終盤がみえるのは、連休ころ。
きのうぼんのとめがきが着いた。あたしは風邪を一年ぶりでひいて早引けして寝ていたので、今よんだ。せいこさんの順番だったのになぜかぼんに回してしまったことは、弟さんが倒れられたアクシデントを思えば、そうなる定めだったのかなとおもったりもした。大学の紹介もまじえて書いてくれてた。ぼんありがとう。
連句やレンガって衆の文芸は、つまり、ことばや目にはみえないぶぶんで、人は人とどんぐらいつながれるか。ってことなんだろうとおもう。
せいこ、がんばれ!!みんな応援してるからね。てっでにはいけんばってんが。

追伸。まだひらけていないんだよ~うらめしや~

「新明解国語辞典」~辞書にある人格

2位

4位くらいにある、初版の心意気というのが面白かった。
芋辞書はよかった。

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