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2009年3月25日 (水)

幸福の変遷と山田主幹の幸福な一生   乙四郎文書 

幸福の変遷と山田主幹の幸福な一生

    竹橋乙四郎

文學博士金田一京助編『明解國語辭典』
こおふく【幸福】①しあはせ。さいはひ。②心の底からの満足。

金田一京助、金田一春彦、見坊豪紀、柴田武、山田忠雄[主幹] 『新明解国語辞典』(初版、第二版)
こうふく【幸福】現在の環境に十分満足出来て、あえてそれ以上を望もうという気持を起こさないこと。また、その状態。しあわせ。

見坊豪紀、金田一春彦、柴田武、山田忠雄[主幹]、金田一京助 『新明解国語辞典』(第三版)
こうふく【幸福】現在の環境に十分満足出来て、あえてそれ以上を望もうという気持を起こさないこと。また、その状態。しあわせ。「しみじみと----(感)を味わう」

金田一京助、柴田武、山田明雄、山田忠雄[主幹] 『新明解国語辞典』(第四版)
こうふく【幸福】現在の環境に十分満足出来て、あえてそれ以上を望もうという気持を起こさないこと。また、その状態。しあわせ。「しみじみと----(感)を味わう」

金田一京助、山田忠雄[主幹]、柴田武、酒井憲二、倉持保男、山田明雄 『新明解国語辞典』(第五版)
こうふく【幸福】現在の環境に十分満足出来て、あえてそれ以上を望もうという気持を起こさないこと。また、その状態。しあわせ。「しみじみと----(感)を味わう」

山田忠雄[主幹]、柴田武、酒井憲二、倉持保男、山田明雄 『新明解国語辞典』(第六版)
こうふく【幸福】現在(に至るまで)の自分の境遇に十分な安らぎや精神的な充足感を覚え、あえてそれ以上を望もうとする気持を抱くことも無く、現状が持続してほしいと思う△こと(心の状態)。「思えば----な一生だった/しみじみと----(感)を味わう」

第六版発行時には山田主幹は亡くなられており、「思えば幸福な一生だった」の用例が追記されています。

ついでに、山田主幹の遺書が仕組まれているといわれる【従前】の項です。

(第三版まで)
じゅうぜん【従前】以前(から今まで)。これまで。「----通り」

(第四版)
じゅうぜん【従前】その状態が以前から今まで続いて来たことを表わす。「私はこれから遠方へ参りますが、何とぞ----の通り御見捨てなく御愛顧のほどを願います」

(第五版)
じゅうぜん【従前】今まで△社会的事実として(少なくとも一回は)行われて来た、ということを表わす。「小中学は----通り六日制をとるべきかと思います/----の身分を保持するが、その職務には従事しない」

(第六版)
じゅうぜん【従前】問題として取り上げられる新たな事態に変わる前(に行われてきたこと)。「新カリキュラムは新一年生から適用され、在学生は----通りである/----の身分を保持するが、その職務には従事しない」

第七版以降、主幹の名が変わったら、「従前の身分を保持するが、その職務には従事しない」の用例は消えることになるでしょう。新カリキュラムへの反対も遺言なのでしょうか。

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コメント

乙四郎。大学、今期も入学希望者が少ないのですよね。会社から帰ったら、こたつに入ってお茶の間していた祖父母アーンドどらむすこがいっせいに、新聞にのってるよ。という。あ、そ。と横目でちらとみましたが、きちんとまとめて、よくリポートされていました、大牟田支局の易永美香記者さま。
これは宣伝がどうのっていうより、
卒業してどうなるのかが見えてこないからだろうね。たしかに、医院を経営するのは、おうちが医者のとこじゃないと、おとといおいで。ってかんじがするからね。じゃ、なんでうちのドラにおつしろう大学を勧めたのかって?
うーんそれはね。ことばではいえない、親のカン。
なんにしろ経営学というのは、どこに勤めるにしろ、全体を見晴らす能力と時代を見晴らす能力とが必要であるということと、人のきもちがよくわからないといけない。ってことなんです。
一点だけ突出してるようなのはだめで、どこともスムーズに連携しあって、うまく意思の疎通が図れないといけない。それってとてもだいじなことだとおもう。
青松高校という不登校児が主に通ってる単位制の高校を見学したことがありますか。廊下のはじっこを下をむいておとなしく歩く子が多い印象をもちました。あたまはとてもいい子が多いのに、何かのトラウマのせいで普通に学校に通えなかった子たち。偏見かもしれませんが、そういう子こそ、向いているのではないかなあ。とかささぎは思うことがある。その子たちが抱えている痛みの大きさは、きっとなにかの役に立つ。そして、保健医療経営大学のお勉強はいっさいわからんのやけど、環境だけに限っていえば、ぜってえこころによかです。だから、おすすめします。
大学って、ここで何を学ぼうって入るとこには違いないんだけど、はっきり言って、高校だけではまだ社会に出せない。という子たちが一時期青春をともにするところでもある。その面からも、この大学は大きな存在価値があるとかささぎには思えた。なにより、精神的に落ち着いたし、もののみかたが大人になった。たとえば、今どらむすこはコンビニバイトをしているのですが、店長の仕入れとかにまで細かく目が届くようになった。これは経営学のおかげだとおもうのですよね。
まだどこへ行くか、決まってないあなた。どうぞ保健医療経営大学へ。きっと楽しいと思います。一人の脱落者もいないのが証拠。

保健医療経営大学の偏差値ですが、ピンきりです。高い子はとてもすばらしい。うちのどらはひくい、福工大とか九産大にうかるくらい。
しかしかささぎは落第にはならない程度でその低さを維持してるどらを偉いとおもう。なぜかというとふつう、親が失職して参っているとき、子は親に気を遣って奨学金をもらおうと考える。ところが、どらはちっともそんなことは思わない。これはなかなかすごい。しかも、じぶんでそのことを客観的に見ている。
幸福論からいえば、どらは幸福なやつなのだ。
おやはその照り返しをいただいています。
tin cupに鋳込むことを拒まれる。
それはとてもすばらしいことだ。

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