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2009年3月12日 (木)

方言で昭和の記憶を語ろう

ごーほん
そーにゃ
ばさらか

さくらさんから教えられて
消去されてた記憶がひとつ。
やっぱり、この辺でも、つくしを「づくっぽ」といってたそうです。これは、五歳違いの連れ合いの記憶でした。

ごーほんは、個数の多さに。動詞の形容には用いない。そーにゃ、ばさらか、こ、は両方に用いることも可能。みたいな用途でしょうか。

つくしのごーほんとれた。

コーヒー飲んだらねむくなく。

ばさろ、ばさらか、ばさか、こまった。

けっ?!ここにもよいっぱりがひとりおる。
それも、てーげな時間帯。
それこそ、てーげにせんの。

きょうもげんきだ。たばこがうまい。・・ってかいてみたかった。あれはよくできたコピーだったね。ではいってきまっす。

 「わがよかーごつして・・・」は「自分の(都合の)良いようにばかりして」=わがままだけど、まさしくこの「わが」こそ、一人称にも二人称にも変わりうる「自分(の)」と同じでしょう。「わが祖国」と言えば一人称自分の祖国だし、久留米で(八女でも?)「わが何ば言よっとか」と言う時はぞんざいな二人称だし。そういや日田出身の人は「ぬしゃ何言よるかい」と言ってた、「主は」が縮まったのだろう。
 「きょうもげんきだ。たばこがうまい。」、これ、つい最近読んだ本に出てきて、そういやこんなコピーがあったな、今じゃ使えないなと思ったけど、もう何の本か忘れっしもた。

ないないばなしでよそ者にはさっぱり意味がつうじていないという。(連句のときよそ者そらんsaid.)
そりでちゃ、けんかつにいちいち対訳やらつけらるるもんですか。
きのうねていないかささぎはもうねます。
さいごに、
たばこの害だけを唱えるよりたばこの徳も唱える世の中でありたい。
かささぎは二十歳から二十八歳まで吸っていた。喫煙とはとても精神的なものであった、とおもう。

こんばんわ
カッポス>>あああ~なつかしい~です~☆
紙石鹸で手を洗ったり、おんじゃくでコンクリに絵を描いたり、、。
瓦の破片で爪を磨くとピカピカになりました

わが>>男の子はそう言ってました。
きさん>>大人びた子はけんか相手にこう言ってたようです(夫より) 貴様のことやろけど、相手にさんや様を付けるんだから丁寧ですよね(^_^;)

出ました、紙石鹸。これ、どこにでもは売ってなかったのよね。当時住んでいた小頭町にはなくて、日吉小の前の文房具屋さんに、不良と呼ばれるのを覚悟して買いに行ってました。
翌日クラスで人気者になってました。

小6の頃男子はほうきをエレキギターにみたててかきならし、若大将をきどっていました。その中でも目立っていた藤田君は、現在うどん屋さんをしています。

おんじゃく、わあなつかしか。道路に大きく円を書いて10等分ぐらいに分け、「おみや」とか「看板や」とか行き先を書いて、それに石を投げ込み、自分の行き場所を決めて一斉に走り出して、早く帰ってきた人が勝ちという遊びをやってました。

ぼんは都会人だったのね
うちらは地べたに棒切れでひょうたん島みたいな絵をかいてブタごろしっていう楽しい押し出しゲームをよくしました
おんじゃくが流行ってたのは幼稚園の頃だった 幼稚園 二キロ離れてた 毎日行きたくなくて泣いてたら じっちゃんが十円やるから行け とお金を握らせた
帰りに上妻小近くの新みせという何でも置いてるお店で お菓子を買った
歩いて通っていた道懐かしい
余り変わってないのだけどね

幼稚園には行かなかった。
一日だけ行って、二日目からは泣きわめいて、登園拒否。
従って、はじめての集団生活は小学校から。
幼少期、「僕」も「君」も使う場面は訪れなかった。

紙石鹸、おんじゃく。なつかしかあ!
おんじゃく。小さな黒板(といっても色落ちしたぼろぼろのもの)を貰い受けて、お絵かきに使っていました。
それと、石の粉での爪磨き。
小学校の講堂の裏には、青い石がばさらかのごと落ちとって、これを粉にして爪を磨くときらきら光る爪が現れたのを覚えてる。掃除の時間にさぼって、みんなで爪磨きばしよったよ。ダンもバケイもいっしょのクラスにおった時代。

じべたに地図を描いて、じんとりゲーム。
ひまわりって名の鬼ごっこも線を引いて遊んでた。
四角い箱を描いて、おはじきかなんかで陣地をとりあうゲームもあったなあ。お宮の境内は、年長のにいちゃんやねえちゃんと遊んでもらえるこどもの社交場だった。

ほんとに、近所の少し上のお兄さんやお姉さんたちからはたくさん遊んでもらって、、
食べれる草の茎や草花の蜜のなめかたもぜ~んぶ教えてもらいました。
遊んでもらった最後の世代かも☆
急に時代が変わっていったから外遊びの伝承もいつのまにか途絶えてしまいましたね。
じべたにもたくさんのエネルギーをもらっていたのでしょうね^^☆彡

>じっちゃんが十円やるから行け とお金を握らせた
これが毎日だとしたらすごい!
当時、まだ駄菓子屋では「銭」の単位が生きていて、豆菓子が一個50銭だった。もちろん流通貨幣は「円」しかなかったので1円出して二個ゲットして満足してた。十円あればグリコのおまけ付きキャラメル箱が買えたような記憶があります。

 すんません、私は小学生の頃毎日10円のお小遣いでした(高学年になると1月300円)。日吉小の前の文房具屋さんに行くのが不良とは!?原口とあだち(漢字忘れた)という2軒の、文房具屋兼駄菓子屋で、物は買わんでも毎日のように学校帰りに寄りよったばってん。ぼんさんが行ったのはどっちじゃろか。中のほうに入ると10円の「お好み焼き」が食えたけど、今考えればあれは「ふな焼き」と言うべきものだったのでしょう。初めて使う分度器もここで買ったし、時には奮発して科学系実験セットやプラモデルを買ったことも。それこそ子どもの社交場だった。
 ところで話は変わり、広川で学習塾やってた高校時代の友達(森山光章さんも同じ頃塾をやっていたので会う機会があり、歌集ももらったらしい)が、「なしけん」という言葉を使っていたけど八女の方では使わんでしょうか?瀬高(今のみやま市)あたりの方言らしいが。
 あ、急に思い出した、森山さんが高校の時演出した劇のタイトル、「夜陰妖火変化蛍草」(漢字は不正確)、確か家の中のどこかにその台本がまだ取ってあるはずだ。

日吉小の前の店の名はわかりません。お好み焼きの記憶もありません。リリアン編みといって縄跳びの握るところみたいなのに釘が打ち付けてあり、それに糸をまわしかけて紐を作る道具も、この店に買いに行きました。
六つ門は都会で、行ったら不良だと言われてました。は・は・は。じゃあ日吉小の人は皆不良なのかいと、少し思っていました。
なしけん=なぜですよね。
三潴に来てから使い始めたような気がします。

えめさーん。こないだの連句のとき、えめさんってどこの人なの。ってきかれた。つい教えてしまいました。たはは。

おつしろう。いたいとこ、ついてくるね。きおくではそうだけど、今日父にきいてみたら、おまえが毎日大鳴きするけん、おりが自転車のうしろにむりやり乗せて送ってた。との返事。じっちゃんがお金をやるけんていいよったよね?と聞くと、そげんそげん。ばってん、十円じゃなかったかもね。銭がまだ生きていたよね、たしかにかすかに覚えてます。
幼稚園のころまでは、寺田村にもお菓子などを置いているお店があった。今は整骨院をおつしろう宅近くで営んでおられるこぞのいさんがやっておられた。
今はなにもないけど、うちの隣は豆腐屋さんだった。だから、隣のことを今もとーふやと呼ぶ。それからかどんくちを出て突き当たりの家は傘屋と言ってた。和傘を作ってたんだろうね。

ところで、今日おみせ、ということばの響きから思い出したことがあります。
それはね。学校のなかに出店があって、店番が交代で上級生になると回ってきたこと。あれはわくわくしました。お店屋さんごっこみたいで。ノートや鉛筆などを校内販売する係りだった、二人一組で。あれをやると、ああ上級生になったなあ。と感慨深かった。

ろゐりさん。
にんまり。その題!森山さんだ。まぎれもなく森山さん。はるかな大昔から森山さんは森山さんだったんだなあ。ってなみだでそうになった。
おつしろうの大学時代の創作を打ち込みながら、いまと全くおなじ味がするので、安心したのとおなじ。
どんだけさかのぼれば、原点にいきつける。
どんだけさかのぼっても、原点には行き着かない。

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コメント

つい教えてしまいました。たはは>>ラジャー^^

今朝は夫からいきなりの方言パンチでした。
当方、治療中の歯の詰め物から消毒味が出てきていたのです。。
「いんがぁっと 入れてもらい~」・・
若い人が聞いたらまるで外国語ですよね。 
インガット!・・インゴット!
インゴットが1ポンあれば大金持ち~

八女方言の王道はやっぱ「よ~ら」でしょうか~☆
これは永遠に不滅のような気がします。
娘たちも私も使わない日がありません。
なんにでも使えて便利ですばらしい言葉ですよね~☆
あと好きな方言は「すびく」・・スビィ~ク・・何語♪

城島町(現在は久留米市)に図書館の併設された複合施設があって、そこの愛称が「インガットホール」です。オープンした当時に図書館を見に行きました。「インガットホール」ってどんな意味なんだろうと思っていたら、やはり、その「いんがっと」でした。ちっご弁の「いんがっと」です。直訳すれば「ていねいに」でしょうが、なんかニュアンスが違うでしょ?やっぱし、いんが~っと、ですもんねえ。

うんうん。くるめはほとめきのまちって勝手に名乗りをあげとらっしゃるね。
今日職場では、いつになく高尚な話題がでてきました。英語のナイト騎士やナイフにはKがついてるのに、よまないのはなぜか。とA隊員。ゼットン隊員答えていわく、そりゃあれよ。もともとちゃんと発音してたのが、だんだん落ちてきたんでしょ。シンコペーションだからね。・・なになに。しんこぺーしょんとな。た、たーん、た。くないと。くないふ。なるへそ。ぜっとん隊員、さすがうるとら警備隊出身。

 「よ~ら」というのも「なしけん」同様、旧瀬高町出身で高校2年は森山さんと同級生&10年ぐらい前は塾経営者仲間でもあった広川町「木下塾」の木下というやつがよく使っていた。これと「なしけん」というのは、久留米では使わんから、八女~山門地方の言葉だろうか、あるいはもっと広範囲に使われているのか?そして「ふなやき」というのもこいつから初めて聞いた言葉の1つ、これは八女で使いますか?「いんがっと」?「すびく」?、じぇんじぇん聞いたこんなか。

あそこんだんなさんな、いんがぁーっとしとんなさる。

不祥事が起きて大変な取り込み中にもかかわらず
だんなさんは我関せず・・・と言う風に鷹揚に構えてる・・・・
こんな風に使います。
親切にという意味に使うとは知りませんでした。

ろいりーさん。久留米で「ようら」は使わないんですか?はじめて知りました。じゃあ、南筑後圏内の方言なのかなあ。広川で「なしけん」は微妙です。言うなら「なして?」でしょうか。
「すびく」は「しみる」こと?「冷たいもんが歯にすびく」と使われるのではなかったか。これも広川では馴染みがない気がします。

さくらさん。いんがっとの使い方が違うんですね。この辺では「あんひとはいんがっとしとらっしゃる」というのは「なにをするにもきち~んとしてる」とか「手を抜かずにやる人」とか「仕事がきれいな人」とか、そのような意味合いで使われるようですよ。

ふなやきは知ってました。久留米のときから。
「ようら」はつかうけど、いつからつかっていたかはわからない。いつか甘木の人に「ようら」をつかったら、わからないと言われた事がある。
「いんがっと」は三潴は使わんごたる。

同じ筑後でも、いろいろやね。
前にも書いたけど、父は福井県出身。ばあちゃんから育てられたから福井の言葉を思い出しているんだけど、何も思い出せない。何かあるとおもうんだけど。

すびく>>小学生の冬、道の霜柱や水溜りにできた薄い氷を靴で踏みこわしながら通学しましたね。
あの時手袋の中でも手はかじかんでいて すびい~ていました。
ほんとに、歯に冷たいものがすびくといいますね。
さっき、方言のページを見ていましたら日にちの呼び方のこれはどうも八女方言のようです。
1日・・いちんち  2日・・にんち  5日・・ごんち  6日・・ろくんち  7日・・なぬか又は、しちんち  8日・・はちんち  9日・・くんち
私今でもかなりこのまま使ってる気がします@@byヤメリカ人

エメさん、数の10のことは「とんお」じゃない?

さくらさん、はい^^10はたしかに「とんお」ですね。
普段なにげに使っている言葉を改めて見直してみるとかなりおかしくておもしろい事実があります

すびくもスビィクと書くとまるで外地のことばみたいですね。季語すさまじ「冷まじ」とつながってる。
とんお!
ふろにはいったら、とんおかぞゆるまで浸かっとかやんぞ。
というふうに使っていました。

いんがっとだけはなしけんそげなことばなのかみえない。
in godだったりして。

おはようございます。
in god>>^^私も思いました。 ガットもゴットも神様☆ それにしても不思議な言葉・・・。
他県からの娘婿に「よ~ら」を説明するのはかなり難しいです。
よ~らよかよ よ~らしてから よ~らしとるばってん よ~らやけん よ~らくさ 
・・きりなくありますね。 よ~ら、大好き^^よかごつですけど・・。

泣きわめいて学校や幼稚園に行きたがらなかった子がここにも約2名いるみたいだけど、あれは何だったのか。(必ずクラスに1、2名いたよね)

「子供が泣くこと」について孫が出来てよく観察するようになった。

子供はかなり早くから大人の気持ちから何から全ておみとうし、だけどそれを表現する手段を持たずもどかしさから泣くことで主張しているのだと思う。
子供が泣くという事はすばらしいことだとわかった。
なんでうちの子はこんなに泣くやろかと思わんでよろし。

泣かないで我慢ばかりしていた子は、大人になって主張するのが下手な気がする。

ここの御大お二人さんの主張は、子供の頃からかなりのもんだったと云うこと。

私は4歳の下の妹をつれて学校行って、幼稚園にも私が迎えに行ってた。
その妹が行きたくないと泣きすがる。
3年生の私は妹を自分のクラスの席に座らせて授業を受けていた。
お~かわいい話だ。


エメさんすばらしい!よ~らの羅列。連句できる素質あり。言葉遊びの一面も持っているんですよ、連句は。次回はどうぞおいでくださいませ。

櫻姉御も連句むきです。はるばるおいでください。
さくらさんは姉としてけなげなふるまいをなさっていたのが目にみえるようです。妹って甘えられると思ったら、とことん甘えない?まるで姉は保護者ですよね。

そうだった!
大事な話があったのよ。
マイボスは純久留米人で高良さんの神域に育った由緒正しきお嬢さま。古風で、とてもしっかりしてる。このひとに筑後の代表的おやつ、ふなやきをきいてみた。知ってた!そしてこういった。あれは利休が伝えたおかしなんだってよ。
江戸千家を長らくなさってる人がおっしゃると、ほんとに思える。

ばあちゃん達が使っていた漬物のことを「おくもじ」、
これは由緒正しい茶の湯のことばだと知った。

ろいりさん

主人に話をしたら、「お目にかかっても、なんも話はしきらんじゃろ。(口下手なので。)それよか、作詞を頼めないだろうか。会社の同僚たち3人で、バンド(のまねごと)をしている。オリジナルの曲を作りたいけどできないでいるから。風景の描写と、心の動きを重ね合わせたようなのがいい。」そうです。
無理なお願いだとは思いますが、いかがでしょうか?

 このブログ、数日見なかったら、どの記事読んでコメントしていいのやら、わからんごつなる、と思い数日分読んでるところで、ぼんさんのコメント見つけました。いやはや、ありがたいお話ながら、私は前にも書いたように、韻文系統はあまり得意じゃないのです。謙遜ではなく、ほんなこつ、ほんなこて、作詞も作曲もしきらん、オリジナルを作りきらんけん、フォークソングから遠ざかったようなものなので。
 かささぎさん、「今日も元気だ煙草がうまい」というのは、1971~72年頃NHKでやっていた「天下御免」というドラマ(平賀源内が主人公)の脚本(早坂暁)の中に出てきたのだった。ということはその頃の流行語か。それと、八幡には「やはた」「やわた」「はちまん」と、いろんな読み方があるな、そう言えば江戸川乱歩の小説で「八幡の藪知らず」なんて言葉覚えたなと思い、今調べたら、その語源は千葉の市川にある心霊スポットだったらしい。ありゃりゃ、市川市は私の姉が結婚時に住んでた所、甥の本籍地じゃなかね。で、滋賀県のほうの近江八幡というのはそれこそ「部落差別」問題が大きかったところで、岡林はそれにも影響されたらしい。初期の歌には特にその傾向が強かった。

ろりぽっぷろりぽっぷ。ぼぼんぼんぼん。
ろゐりさんのコメントは上級生こめんと。むずかしかあ。くわしかあ。人のおぼえとらんとこまでおぼえとらす。(この~シトラスという物言いは、シトラッシャル同様、ぞんざいにみえてその実尊敬の意が含まれる。この微妙な方言のニュアンス。ちょっと標準語にこの類のことばをさがしても見つからない。くるめ弁の~シゴザルって猿語同様に高度な分析が必要とされるところだろう。)・・おいおい。

ぼんのご主人って真っ向勝負の人だなあ。
いきなり一番むずかしい要求ばつきつけてくる。
歌詞でも俳句でも詩でも、いちばんむづかしいのは、「風景に寄せて」心情をうたうことではないでしょうか。リリシズムの極致みたいな要求をごつごつした理屈肌の人に求めてもよ。
かささぎにはぼんのご主人への明解なイメージがあり、それは紋付はかまで庭に突っ立って詩吟高唱。イメージをこわさんでくれ。笑
いやまてよ。同じか。一直線上にならぶ。乙の太陽光線がつくる山の影理論みたいに。

ご主人様はなんでんよかけん、作ってもろてくれとしかおっしゃいませんでした。「人に物を頼むときは具体的にある程度の条件を出したほうがいいよ。」(連句のしばり)と言っていろいろ言わせて、私がまとめたものです。しゅじんはあほです。なんも(他人のことは)考えてません。自分さえ良ければいいという、典型的な人物です。

 「ねえ、そのへんをさるかない?」「え?どこに猿がいるの?」 これは無理して共通語使おうとした筑後人が女性をデートに誘おうとした時の言葉と、筑後人ではない相手の勘違いの反応という、高校生の頃はやった自虐的方言ギャグです。もっともその頃でさえ、「さるく」という言葉を使う友達はいなかったが。八女の皆さんいかがでしょうか。久留米弁では「…しござる」「…しよらす」両方使うけど「…しとらっしゃる」はあまり使わんような気がする。これが筑前だと「…しよんしゃる」になるとやろね。例えば「覚えとんしゃる」とか。
 ぼんさん(のご主人様)、期待に添えずすんまっしぇん。でも、バンドってどんな傾向のものか気になる、よかったら教えて下さい。ロック系?フォーク系?なんせ友部正人ファンちいうのがね。ギター片手に高校へ、はて、まさか私のように下駄はいてというほどアホじゃなかでっしょうもん。

 あ、忘れとった、さっき篠山小出身のヨメに聞いたら、「ふなやき」知ってました。生まれ育った所は歩いて20分ぐらいしか違わんのに。

「おばしゃんのござったもんね・・・」とか
普通に使いよったけど、今声上げてしばしわろた。
おらっしゃるとかござるとか、太郎冠者次郎冠者とかのあれ、のごたるよね。
ものすごく丁寧な言葉かもしれんね。

そいがっさい、先週の土曜日東京のテレビで「アド街っく天国」と言う番組で、なんと「久留米特集」だったとよ。
この番組は東京都内と近郊の街だけを取り上げて
深く探訪するもので、たまーに札幌・名古屋大坂・広島・博多・沖縄があるんだけど、そのたまーに取り上げる地方都市がなぜ「久留米」なのか不思議。
ゲストは久留米出身タレント鮎川誠・チェッカーズの竹内、藤吉産婦人科の娘さん藤吉久美子でした。
3人で小学校はどこや、日吉校、おれも、私も・・となって堅い握手して盛り上がっていました。
文化街も新世界も登場しましたとも。
新世界は今年取り壊されてビルになると言ってました。昭和風情の居酒屋が並んでいましたが、場所的には井筒屋の裏あたりのようだけどどうしても私はそこの記憶がよみがえりませんでした。
竹内さんは文化街でお母さんがバーをしていて文化街っ子だったといっていました。
屋台やラーメンなど食べものやさんのほか神社仏閣、病院の多さ、ゴム三社も登場、興味深く見ました。
この番組、九州でもやってる?
番組HP貼り付けました。
掲示板久留米版もあります。

久留米の回、もちろん、見ました。
鯉とりまぁしゃん、懐かしい響きでした。
三潴の「ふかぼり」邸など、知りませんでした。久留米には名所がたくさんありますね。

こんばんわ
あどまちっく>>見ました。録画もあります。
ラーメンは安武の丸好と六反畑の・・(え~っと、、名前が出てきません・・)がおいしい。
お鮨は六つ門の回転しげながが好みです^^♪特にあぶりあなご♪
八女は昔、月窓園(想?字あってる?)のオムライスが好きでした。
黄色い卵に包まれたオムライスに真っ赤なケチャップがたっぷりたら~っとかけてあってきれいでした~
キムラヤで食パンにマーガリンとジャムをそれぞれぬってもらったパンがおいしかった♪
土橋の角の飴がた屋さんの餅飴やお茶飴もおいしかったです^^♪

マイボスから聞いてしまった。とおもいました。
一時間もあってたんだって。丸星ラーメンも出てきたそう。ずあんねん!

さるく。いまも父とか普通にいいよります。
これしっとる。たかざるき。
背の高い猿。

あどまちっく。見ましたよ、もちろん。
大阪在住の婿から、電話があったの。
見て見て、久留米が出てる、って。大騒ぎで。あわててチャンネルを合わせました。

キムラヤといったら、なんったって丸味パン。今でも大好き。ラーメンは大砲ラーメン。でもいまは、龍の家がお気に入り。ごぼ天うどん。娘娘のぎょうざ。そうそう、行ったことがないのが久留米の屋台。焼き鳥も餃子もおいしそうだった。この屋台で紹介されたぎょうざ、八女の鉄鍋で食べさせていたぎょうざによく似ていていて、ああ、鉄鍋の餃子が食べた~~いと家族で叫んでしまったのだった。鉄鍋の餃子、絶品だったのになあ。

くるめっていまとても活気がある。旧市街地のにしてつ駅付近ではなくて、東のほう。ゆめタウンのにき(付近)。
なんとか給付金も八女より一月も早い久留米。
いまひらめいた。
この「にき」ってことば。ひょっとして韓国語。
高橋こうしろう先生の書かれた父上の本のことで、これによく似たことばがでてきたっけな。なんだったかな。ううん。ううん。おお。おもいだした!かかとの「あど」。それ、韓国語だったよね?
アド間チックって、ところで、なに。どういういみ?

方言は、ひとつづつ思い出しながら盛り上がるのが楽しい。
従って、皆さん、これは決して見てはなりませぬ。
   ↓

佐賀弁講座でもじごんでるごつ笑ろたけど、ちっご弁で再び。

佐賀弁でも「えーくろた」が一番わろたけど、ここにもあった。

乙さん、ありがとうございます。

ずいぶん以前、テレビの音をつけたまま聞くともなく聞こえていて、八女のここんにきの人達がず~っとしゃっべてあると思いながらふと見ましたら、韓国のうんと地方のおっちゃんやおばちゃんたちが井戸端などでおしゃべりしていたのでした。
かなりかなり驚きました☆
ハングル語なのに八女弁(ちっご弁)とイントネーションがまるで同じだったのです!
知人の韓国人に聞いたことがあるけど、あちらも日本みたいに各地の方言がすごいらしくてましてやお年寄りの方言などは全然わからないと言ってました。
昔々から朝鮮半島の国と交流があった町だもの、在して暮らし始めた人もたくさんいたはずですよね。
同じ単語やアクセントが似ているのは不思議ではありませんね^^☆彡

ですね。一番エッとおもったのが、カチ。韓国語だったとは。カチガラス、かささぎ。
「ええくろた」。高1の頃だったと思うけど、かささぎのうちに三人の友達がきて、お誕生日会をしたんだろうね、くりごはんがあったから。「赤だまハニーワイン」当時ブルーコメッツが宣伝していたワインをのんで、ふたんちゃんがぐでんぐでんになって「ええくろうた」って階段からおっちゃけそうになったのをらんちゃんが支えて・・というのを思い出します。とてもまじめな高校生でした。ではおやすみなさいまし。

見たらいかんちかいちゃったけど、見たばい。
よくまとめとらしゃったね。ごくろうさん。
乙さんも、どこからさがしてこらっしゃっとやか。ほんなこてあきるる。いそがしかとやろばってん。
そいばってん、えらいおもしろかった。知らんともあったけん、勉強になったばい。今日の夢はちっごべんでみっとやなかやか。楽しみばい。

ここは、だーだー、ちさっちいおごつなる。
コメントのばさらかいみるけんのさんね。

ちっご弁集を書いたおっちゃんもおかしかね。
横顔のページ

 「アド街っく天国」、不在中なので録画したけどまだ見ていません。
 「決して見てはなりませぬ」ち言われたら、誰(だっ)でん見るくさい。残念ながら時間なくてザアッとしか見とらんけど、最初んにきであれ?と思ったのは、家で使っていた「じいちゃん」「ばあちゃん」「おとうちゃん」「おかあちゃん」「姉ちゃん」「兄ちゃん」が載っとらん、これは筑後弁ではなく共通語的な言い方なのだろうからしょんなかばってん(実際、家族の呼び方などでは今方言使う人少ないでしょ)、「おっちゃん」(これは西日本一帯で使う)ときたら「おばしゃん」じゃなかと?「おばはん」はむしろ関西弁っぽい。その他、おうこれこれ、という言葉、知らない言葉、筑後地区以外でも使いそうな言葉と、様々な受け止め方をしています。ありゃ、またここで乙四郎魔術にかかり時間食うてしもた。

おばしゃんばなしわすれらしゃったじゃろ。
ふのわるか。のフと、
あんしたいっでんふうわるうゆう。(あのひとはいつでも口がわるい)のフウは、おんなじじゃろか。
ついでに筑後弁の「じゃん」ことばと横浜弁のジャン言葉はなしけんおんなじ。

中学んとき半年ほど教鞭にこらしゃった30代くらいの男先生から「このクラスには猫がいるようだね」と、皮肉を言われたことがあったとよ。
女子が「なんなんやんニャ~・・」「そうやんニャ~・・」「ほんなこっちゃんニャ~・・」
もちろんみんなで猛反発(陰で・・(^_^;))
で、何の教科の先生かいっちょんおぼえとらんとよ(^^ゞ素朴で、田舎くさくてもよかやんねね~
たぶん今でもみょうにきどっとらっしゃると思います。。

こんばんは。
今日ははんぶん眠っています。つかれた~
次男の三者面談があって学校へ行った。毎年のことながらこのときしかいきません。成績十番もあがってて、先生からはじめてほめられた。少年のきもちは複雑だ。父親がいない寂しさをエンジンにかえることができたようで、正解だったようね。とおろかな母親はひとりおもった。
ところで。学校の大学入試合格速報をもらった。
みてたら乙四郎大学にも三人合格していた。

エメさん。方言で話すことがいやでたまらなくなり、それを聞くのもいやだったというころがありませんでしたか。
よその土地にいき、そこで暮らし始め、まったく異なるイントネーションのことばに初めて囲まれて緊張を強いられたころ。里帰りをするたび、親の話す田舎言葉がしんから恥ずかしく、いやでいやでたまらなかったよ。理不尽なことだけど、そのときはそう感じた。
まわりには外国語のようにさっぱり何をいってるかわからない鹿児島出身のひともいたし、佐賀出身や五島出身の人など、独特のなまりをもった友達がたくさんいて、そのひとたちのことばを面白がる自分がいた。なのに、自分がなまっていることはあまり自覚できなかった。

 言葉の違いはわかってもアクセントの違いがいまだにわからない。「雨」と「飴」、「橋」「端」「箸」、「柿」と「牡蠣」等々。そして話し方に抑揚がないので、こっちではよく北関東出身と間違われる。私のしゃべり方は立松和平に似ているそうな。顔は似とらんよ。 
 ところで朝鮮半島の言葉の影響、「奈良」というのも「ナラ」(国)が語源のようです。昔々の渡来人が大和地方に住み着き、ここを「ウリナラ」(我らの国)と呼んだらしい。近代以降は「チョンガ」(チョンガッ=独身)とか「パッチ」(パジ=ももひき)とか。「カチ」は「一緒に」という意味の「カッチ」じゃろか?私、韓国リピーターで、言葉もだいぶん覚えました。驚いた時の「アチャ!」も筑後弁に似ている。
 横浜弁「じゃん」との共通性は、高校生の時学級日誌に書いた覚えがある。

おはようございます。
私は昔からなぜか初対面の方に「どちらからですか?(よっぽど遠い他県★)」と聞かれることが多いのです。
なので、いつも、「八女弁しかしゃべれません(^^ゞ」とお答えしています♪
母は広川なので広川弁もOKです(^_-)-☆
この地を出たことがないので方言をどうとらえられるのかはほとんど経験がないけど、昔旅行で関西に行ったときにホテルのエレベーターで相方とおしゃべりしてて同じBOXの人に「クスッ」と笑われたとこはあります
方言大好きなんです。数年前「方言は地方の財産です☆」と何かに書きました♪
旅行に出るとその地方のきっすいの方言を聞くのがなによりの楽しみです。
方言に熱心な方バスガイドさんにあたると「もうかった~」って思います。
方言はいにしえからの文化そのものですよね☆

・・・とまあ熱心に語りましたが、場合や相手によっては八女弁をはずしてもしゃべれます。
たぶんなまってはいるんですけど(^^ゞ
なまりっていいですね~。
鳥越俊太郎氏のちっごなまりは大好きです^^

若かりし頃、東京に住む友人の家におじゃましたとき、自分では標準語をしゃべっていたつもりだった。でも、やはりイントネーションが違っていて、自分でもはっきり自覚できた。友人は
1 広川弁
2 東京弁
3 英語   を瞬時にあやつり、まさに同時通訳者でした。
恥ずかしかった思い出です。

うちの長女の7歳になるむすめも、いわゆるばいりんがるばい。なんせ、ちっご弁に横浜弁、最近は大阪弁まで口にする。身に付かなかったのは、名古屋弁だけかなあ。

横浜のじいばあとは横浜弁でしゃべり、福岡じいばあとはちっご弁で、学校のお友達とは大阪弁で話すらしい。改めて、こどもの順応力ってすごいよねと感心させられた。

おわわわぁぁ・・・・どこまで編集したかわからんごつなった。

おくもじ。さくらさんが書いてくれたおくもじは由緒正しい茶道のことば。っての、どっかに資料がありますか。調べてみたんですが、阿波弁と出ています。漬物、青い葉っぱの。そんな説明でしたが、むしろ、おくもじはゆもじ。という時代がかったものを連想させます。
今日明日で書かなければいけないものがあって集中しようとしているのですが。
こういうときに限って、ろくなことは考えない。
ふじわらのりかはりこんやらせんでもちっとしんぼうすべきじゃないか。とか。どげんんでんよかこつに気がゆくとですたいねえ。

ろいりさん。かちは徒歩という目のつけどころセンスいいっす。
スキップの鵲(かち)のあと行くスキップで 
こんな句ができたことがある。落ち込んでいるときにかちのあとをスキップでついていったら、治ってたことがある。あほみたいだけど。(うつの人はいっぺんやってみるかちがある。)
独特の歩き方をしますし、ひとに近い所にいます。

古里を出て長い人でも訛は抜けないものなのですね。寺山修司を映像でききますと、うわあっておもう。よくぞごぶじで。というか、そういう賛嘆の念。

ところで。ろいりさんやえめさんは文章書くのがおすきみたい。一度連句会においでください。ぜってえ。
いんぶんとかさんぶんとかにまったくこだわらず、おもいついたことばをさっと書いて出せばいいんです。絶対がない相対の世界。どこをきりとっても、ずっとそう、たい。中心が常に移動する。今が移動する。

つぎは、四月十一日。これる。かな。こうづしまより近くなったから来れるか。高速をとばしてくればいい。何時間かかるかしらんばってん。千円でこれるかな。あそうだ。ガソリン代が別途かかる。

ぼんは午後三時から仕事、午前中はこれる。
せいこさんはいちごの摘み取り作業があるかもしれない。これは、かなり重労働ですから、ね。でも、一応予定に入れておいてくださるということです。
東妙寺らんは大丈夫、参加。ありがとよ!
中山そらんさんは当日夜に句会あり。でも、午前中は大丈夫。
いちばん大事な学長は。中座することがあるかもしれないが、在学とのことです。
前田先生は、目下調整中。東大、今年は難しかったそうです。
みな、たいへん多忙な時期ですが、ほんのちょっとでもいいから集まって、すわって、句を一つでもいいから出して帰る。そこがいいんだよね。
このブログをごらんのかたで、連句に興味をおもちのかた、どうぞ遠慮なくご参加ください。

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