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2009年2月22日 (日)

風媒花1  河野輝暉

随想 風媒花 (1)

 「柩に未来」の不思議  

              河野輝暉

写俳、というのがある。
俳句と写真は相性がよいと言われる。
それは共に一瞬の心景を捕捉する表現方法が相似ているからだろう。
そんな俳句を理想として私も目指した。
そんな私の頭を一撃した文は高岡修氏によるものであった。
氏は現代俳句評論賞を取った論文の中で西東三鬼の名句に着目した。

広島や卵食ふとき口ひらく   

引用するとー 三時制の現前こそが詩の昇華への決定的要素だ。
爆死者に過去の広島、未来の卵、口をひらく現在、という三つ。
これ程に見事に三時制を形象化させた作品を他に知らない。ーと。
では、俳句は必ずしも瞬間湯沸かし器だけがいいのではないな、と暫くはおろおろする私であった。高岡氏が、先程「・・・作品を他に知らない」と豪語したが、その後、他にも知ることとなった。

今年*の九州俳句大会が宮崎市で催された。
大会選者として私も採った、下の佳作賞作品に瞠目した。

春光や柩(ひつぎ)に未来あるごとし   山下恵子

死は全ての終焉である。
なのに、死に未来がある様だ、とは何事かと訝った所にこの俳句の存立があるのだ。
人は死んだら最期、死体は単なる腐敗すべき物質だ、と思わされて来た。唯物史観偏重のこの思い込みは戦後六十余年、高齢者を含めて三世代にわたりインプットされた教育の歴史である。
「無神論難民」が量産されている。
その結果、社会的病理現象としてかつてのオーム真理教への狂信的逃避、自殺者年間
三万人以上、秋葉系誰でもよかった殺人、「千の風になって」への爆発的飢餓などが挙げられる。

だが、殆どの人が見落としている原因に、精神の不安時にその治療を精神病院や安定剤のみに依存していて、宗教的情操に無頓着であることが考えられる。
「千の風」の歌詞は宗教的である。
歌は一神教圏からの輸入品なのに、内容は多神教的である。
だから野球や仏教の如く輸出先の方で流行している。
日本人の宗教観は八百万神で一木一草に神を認識するアニミズムであり、土着の神社神道に具現している。かつ仏教的でもある。
「春は花夏ほととぎす秋は月冬雪さえてすずしかりける
」とは道元禅師の詠みし和歌。
この和歌と「千の風」に使われている語彙は何と酷似していることか。
輪廻転生は「生きかはり死にかはりして打つ田かな  鬼城」として古来日本民族の死生観でもあった。
こう見て来ると、祖先から子孫へ命のリレーが営まれ、死は決して終焉ではなく「柩」は未来への代替新生への出発地点だ。

俳句教室で本句を示したら、私がまだ気付かぬ事を発言してくれた。
「この一句に現在過去未来が揃っている」と。
ハッとして三鬼の句に重ねた。
柩の過去、春光の現在、未来ある如し、と成程。
「柩」の字は、木箱に居る死者のために悠久な転生への祈りを語っている。

* 平成二十年

  超結社季刊俳句誌『九州俳句』152号より引用
     平成20・11・20

    編集発行 北九州市 福本弘明事務局長

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コメント

>春光や柩(ひつぎ)に未来あるごとし 

すげえな、これ。あたまをがーんとやられた。
このインパクト。 

すごいわ。
ほかのレトリックが浮かばんくらい、すげえ。 

、うん。しかもとてもきれい。
ないちゃだめだよ。っていってる。たぶん自分に。
もし柩が棺の字だったらこうも感動したろうか?
ってことを河野宮司はおっしゃりたかったのですね。
季語、春光もべらぼうにいい。
まださむくて、とても寒くて、でも、光だけはすでに春の明るいまばゆい独特のもので。未来があると感じさせる。たくさんの天使がまいおりてきてる。
せいこさんよ。こんなはなしをこんなとこでしちゃだめなんだけど、させてくれ。同志貞永まことが死んだあと、どうしていいかわからなくて、連句してもつまんなくて、でも、おちついてきたとき、現金にも最初におもったのは、だれかまことさんのかわりになる男性俳人をスカウトしてこようということでした。
そのときかささぎの視野のなかで一番輝いていたのは、河野宮司も書かれていますが、鹿児島の詩人、高岡修というひとであった。その文章、俳句、きわだっていた。で、おそるおそるお誘いしてみた。
ふられた!
五年前くらいのはなしです。
にが。
だけど、かささぎはおもうのだ。
もし百人の俳人のうち、五人でも連句に通じていたら、この世界は確実にかわる。って。

河野てるあき。
元英語教師にして国東半島のお宮の宮司さんです。以前、樹で「英語俳句」を担当されていたことがあります。大分合同新聞の読者文芸俳句欄の選者。そうそう。この大分合同新聞にだけは連句の欄があったように記憶しています。いまもあるかしら。

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