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2009年2月14日 (土)

源鑑述と人柱伝説の主との接点  乙四郎語録47 

八女戦国百首和歌「夏日侍」を読む

    竹橋乙四郎

今日はぶらりと八女伝統工芸館に立ち寄り。
「矢部川流域の文化財」(近本喜續著、平成17年)というのがあったので、ぱらぱらと立ち読み。八女天文百首も紹介してあった。
そこには鑑述は兼松城主だと明記してあった。

「矢部川流域の文化財」には、天文百首は、庄屋の中島家が保管していたみたいなことも書いてあった。庄屋の中島って人柱の中島だから、あらま乙の親戚筋がかかわっていたことになる。これもえにし。

人柱伝説

八女の山の井堰で人柱になった庄屋の中島内蔵助。

物語のエッセンスは次の通り。

① 1642年、水神さまが庄屋の夢枕に立ち、人柱を立てるよう示唆。
② 明朝、草履の緒が左結びになっている者が人柱になれとのお告げだと庄屋が言う。
③ 翌朝、庄屋ひとりが左結びの緒の草履を履いていた。
④ 庄屋の犠牲で工事が成功した。

さて、上の数行を書くため、「中島」「庄屋」「人柱」というキーワードで検索したら、別の人柱伝説がヒットした。
なんと、伊勢市に伝わる人柱伝承。
伊勢市の「中島」という地名のところに伝わる、庄屋の松井孫右衛門の物語。
① 1633年、宮川の怒りを治めるため、人柱を立てようということになる。
② 着物が赤い糸で縫ってある人を人柱にすると庄屋が決める。
③ 庄屋ひとりが赤い糸で縫った着物を着てきた。
④ 庄屋の犠牲で宮川堤は決壊しなくなった。

時代もストーリーもあまりにも似ている。
どちらも年代記録が明確で、史実であると思われる。
伊勢と八女のシンクロ。なぜだろう。
気になり、他の地域の人柱伝説もざっと調べてみた。

伊勢の楠原というところの伝説。
① 昔々、池の土手の決壊に悩み、人柱を立てようということになる。
② 袴の前と後を間違えているものを人柱にすると決める。
③ 庄屋が、はかまを前後反対にはいてきた。
④ 庄屋「勘弁してくれ! わしの家に奉公に来ているサヨという娘を身代わりにする」
⑤ 工事現場に弁当を届けるようサヨに命じ、後をつけてきた庄屋は、サヨの背中を押して人柱を埋める穴につき落とす。
⑥ サヨの犠牲で土手は決壊しなくなった。
⑦ ある日、サヨのお母さんが、サヨを尋ねてきた。
「庄屋さん。サヨは、元気でおりますか?。会わせて下さいな。」
「サヨなどしらん。どこかへ行ってしもた。帰れ、帰れ。」
⑧ 村に祟りが頻発する。

鳥取県名和町の乙女ヶ池の伝説
① 川の堤防修復工事に人柱を立てようということになる。
② 工事責任者の庄屋は、自家の下女である乙女を人柱に立てようと考え、工事現場に弁当を持ってくるよう命じる。
③ 乙女は弁当を持って堤防まで来て、落とし穴を踏んで落下し、人柱となる。
④ 堤防は修復できたが、後に決壊し、田地は池となり、乙女ヶ池と呼ばれるようになった。

福岡県宮田町の伝説。
① 八木山川の土手の築堤工事。人柱を立てようということになる。
② 袴のすそを横じまの布でふせている者を人柱にすると決める。
③ 工事責任者の頭山某はすそを横じまの布でふせた袴を着用。
④ 頭山某の犠牲で工事完了。

丹後今福の伝説。
① 1670年、海の神様の怒りを鎮めるため、人柱を立てようということになる。
② 工事監督の田代近松は、袴に横ぶせのある人を人柱にすると決める。
③ 田代ひとり、横ぶせのある袴をはいていた。
④ 田代の犠牲で工事は見事に完成した。

大分県中津市のお鶴・市太郎の伝説
① 井堰工事が順調に進まないので、土地の地頭七人の一人湯屋弾正が、「人柱を立てよう」と提案する。
② 地頭七人が各自の袴を川に流し、真っ先に沈んだ袴の主を人柱にしよう、と取り決める。
③ 七人が袴を投ずると、湯屋弾正の袴が最初に沈んだ。彼は、自分の袴に石を入れておいた。
④ しかし、弾正の家来の娘お鶴と彼女の子市太郎が、弾正の代わりに人柱になった。

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