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2009年2月 3日 (火)

脱脂粉乳と占領政策  官僚番外編

 脱脂粉乳とアメリカの占領政策 

      竹橋乙四郎

先の戦争について、アメリカという国には腹が立つことばかりではあるものの、戦後の復興支援については、喧嘩に勝ったガキ大将が負けた子にそっと手を差し伸べるのを褒めるのと同じ意味で、褒めてもいい。脱脂粉乳は、その差し伸べられた手の中にあった。

占領政策の一環とはいえ、日本人の生命や生活を護るため、軍事予算から援助資金が出された(ガリオア資金:占領地域救済政府資金GARIOA =Government Appropriation for Relief in Occupied Area)。
この資金で、脱脂粉乳や雑穀類が日本へ送られた。援助額は16億ドル弱。

アメリカの軍事予算からは、このほか、経済復興を目的とした援助資金も出された(エロア資金:占領地域経済復興資金EROA =Economic Rehabilitation in Occupied Area)。援助額は2億ドル強。
1ドル360円の時代なので、ガリオアとエロアを併せた18億ドル強は、約6500億円。60年前の6500億円は、とてつもない金額。
ちなみに、平成21年度のわが国の政府予算案のうち、途上国の開発援助予算(ODA)は6722億円。
南北アメリカの民間団体からも日本へ援助物資が送られた(ララ物資:アジア救援公認団体LARA=Licensed Agencies for Relief in Asia)。脱脂粉乳と衣類。
ユニセフからの援助もあった。脱脂粉乳と医薬品。
日本人の飢餓対策は援助の重点。

高タンパク食品の第一候補は牛乳であったが、牛乳は腐るので、腐りにくい脱脂粉乳が選ばれた。脱脂粉乳は無蓋貨物船でパナマ運河を経由して運ばれたので、高温多湿で痛み、臭いがついた。

戦後十年以上を経て、アラフィフの子供時代のタンパク減は、脱脂粉乳とクジラ。それでも栄養素が欠けるので、「肝油」で栄養を補助していた。
国内経済がたいへんな時に途上国援助に予算をかけすぎているのでは、との批判があるが、せめて、戦後の復興期に自分たちが世界から助けてもらった分くらいは恩返ししたい。トヨタも八幡製鉄も、援助で発展した。黒四ダムも東名高速も東海道新幹線も援助で建設された。日本の発展に寄与した学者の多くが、海外のスカラシップで留学させてもらった。乙もWHOの資金で米国へ研修に出してもらった。

脚注:アラフィフ・・・アラフォーに準ず。50台。

なーんだ!この人がこういうことばを使うとわっかんね。
真剣にしらべてそんした。(かささぎ)

今から思うと、あの脱脂粉乳はふしぎな味がした。
たまに臭わず、おいしく思えることがあった。
それがこどものかささぎにはなんか妙な気がした。
なぜだろう。って思っていた。これでほぼわかった。

▽ 追記

    竹橋乙四郎

ガリオア基金とエロア基金は、戦後のごく数年間の米国からの援助。18億ドルは現在価値にして12兆円相当だそうです。なお、その後、5億ドルは出世払いで返還しています。
日本の復興が本格化したのは昭和28年から。
この年から昭和41年まで、国際復興開発銀行(通称世界銀行)から8億6290ドルの借款(出世払いの融資)を受け、この融資で黒部第四水力発電、愛知用水、東海道新幹線、東名・名神高速道路などが建設されました。出世払いで返し終えたのは平成2年7月。借金がある間は被援助国なので、ついこの間まで、日本は世界のお世話になっていたということになります。

日本が途上国への援助を開始したのは昭和29年。
援助を受けながら援助をするのは、援助が重要な外交カードであるため。
たとえば中国は日本から援助を受けながら、数多くの国へ戦略的に援助を展開しています。
以前、日本の資金で南太平洋の島々の国々の厚生大臣十数人をサモアに集めて予防接種普及のための会議を行ったことがありますが、会場のホテルへは、各国の厚生大臣が紅旗(中国の高級車)で続々と駆けつけてきました。
中国がちゃっかり援助していた。
飛行機代やらホテル代やら日本政府の出費は相当なものだったが、各国の大臣は中国の援助だと勘違いしたかもしれない。癪に障るエピソードでした。

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コメント

はじめまして
かささぎさんより1っこ上でエメラルドといいます。
時々おじゃましていましたが、脱脂粉乳でコメント入れたくなりました^^
まずかったけど、今になってみると思い出の味ですね。
少し冷えるとマクができてたでしょう~☆彡
ココア味はもっと最悪の不思議な味でした。
久留米人の夫を持っていますが、全国の中学生はみんなお弁当かと思ってたらしいです。
以前この話題になった時ショックを受けてました
今日もお仕事がんばってくださいね^^

かささぎさんたちは私より11歳下なのにまだ飲んでいた脱脂粉乳、驚いた。
と言うことは昭和35,6年ごろまで頂いていたというのか。
東京オリンピックが昭和39年だからその直前までも?
オリンピックが開けるような発展振りの中国にまだ援助しなければならないのだろうか?と言うのとおなじやろか。

さくらさん。
わたしの記憶では、東京オリンピックの後も脱脂粉乳が給食で出ていましたよ。牛乳になったのは、たぶん五年生のころ。ッてことは昭和40年代当初まで脱脂粉乳援助があったってことでしょう。
日本がどのような経済状態だったのか、世界的にどういう位置づけだったのかうかがいしれる気がします。

はじめまして
エメラルドの伝説 でしたね どっちが好きでしたか
わたしはうにてんてんのビレッジしんがーすの 薔薇色の雲と思い出を抱いて て歌が好きでした
にしても 意外な話がたくさん転がってますね
まず ココア味の脱脂粉乳 んなもななかった!これはゆゆしき差別ではござらんか
給食で好きだったのはカレーうどんでした 今もたまに作ります
それと焼かない食パンが好きなのは学校給食のせいだと思います
あさご飯食べるのを忘れパンとチーズと林檎掴んでご出勤てのが度々

久留米ってなんで給食がなかったのでしょうね?
だれかわかるかな

かささぎはそれはわからんけど 今久留米市民一人あたりいくら借金があるかを知ってる
答は38万円。

今調べたら、福岡県の小学校給食が脱脂粉乳から牛乳飲用に変わったのは、1968(S43)年のことらしい。高度経済成長期の象徴たる東京オリンピックの4年後です。メキシコオリンピックの年で、全共闘運動(大学紛争?)がピークを迎えんとしつつある頃です。これまた都道府県によって違いがあるらしい。何?ようするに脱脂粉乳ってスキムミルクのこと?私はたまに出るココア味のほうがずっと好きでした。

ガリオア基金とエロア基金は、戦後のごく数年間の米国からの援助。18億ドルは現在価値にして12兆円相当だそうです。なお、その後、5億ドルは出世払いで返還しています。
日本の復興が本格化したのは昭和28年から。この年から昭和41年まで、国際復興開発銀行(通称世界銀行)から8億6290ドルの借款(出世払いの融資)を受け、この融資で黒部第四水力発電、愛知用水、東海道新幹線、東名・名神高速道路などが建設されました。出世払いで返し終えたのは平成2年7月。借金がある間は被援助国なので、ついこの間まで、日本は世界のお世話になっていたということになります。
日本が途上国への援助を開始したのは昭和29年。援助を受けながら援助をするのは、援助が重要な外交カードであるため。たとえば中国は日本から援助を受けながら、数多くの国へ戦略的に援助を展開しています。
以前、日本の資金で南太平洋の島々の国々の厚生大臣十数人をサモアに集めて予防接種普及のための会議を行ったことがありますが、会場のホテルへは、各国の厚生大臣が紅旗(中国の高級車)で続々と駆けつけてきました。中国がちゃっかり援助していた。飛行機代やらホテル代やら日本政府の出費は相当なものだったが、各国の大臣は中国の援助だと勘違いしたかもしれない。癪に障るエピソードでした。

脱脂粉乳とパンとタカマーガリン。
これが八女の小学校給食の基本形でした。
鷹食品工業株式会社は、みやま市瀬高町にある。田舎の会社だが、昭和29年来ずーっと、学校給食小袋ジャムのトップシェアを継続中だそうです。

そこ 昔いちご農民だったころ 軽トラにたくさんいちごを積んで 出荷にゆきました
今もあるのですね

おりょ、かささぎさんがこんな時間までおきとる。

私は久留米から八女に転校したので、広川が給食だったから助かりました。このころは肉を食べきらんやったけん、カレーの時などジャガイモ嫌いの人と交換して食べてました。ゆで卵がだめな人、牛乳がだめな人、いろいろでした。
一度コンビーフが献立にありました。担任のすなおちゃんはいつも「好き嫌いをしたらいけない」といっていましたが、この日ばかりはコンビーフが食べきれなくて、のりおかべがちゃんに食べてもらってました。
マーガリンとイチゴジャムをいっしょにたべるの、おいしかったね。タカ食品さんすごいね。

オオ。なんてねいちぶな話題。
広中んもんにしかわからん話題じゃね。
まるで暗号みたいだ。笑

すなおちゃんはゲンキかなあ。
むしょうに会いたくなってきた。

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