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2009年2月24日 (火)

福富健男句集『異郷』評  高岡修

福富健男句集『異郷』三十句抄

     ( 高岡 修・抄出 )

多穴の流域舌の赤さの秋を走り
渡りゆく密航の窓つきそう弦月光
故郷の堰切れて卓をいろどる妻の手紙
霧が隠した山小屋の窓馬のぞく
髪刈られ村のゆたかな鳥瞰図
鍬(ホー)をなげるボス麦の刈跡燃えろ燃えろ
紅葉林のさびしい受話器汗ばむ僕に
アラビアの歌が呪文となるぶどう祭
方位失うまぶしさ赤い花弁水溜りに
ぶどう詰めた手の麻痺で夕焼の湖
びろびろと
蓖麻に吹かれて砂質の俺
霧が明るくて石油ポンプたちの首振り
首曲げてつっこむ小鳥たち戸惑うベトナム
まといつく母国語ウランとなる諂の空地
鳥くるくると落日を告げ一枚の麦秋
肉親のくぼみもつオレンヂ手さぐりの異郷
厚みます掌丘にびしびし多肉植物
霊柩車紅葉吸いこむぼくらの休暇
山際の虹言葉で温め合う村人たち
庭にバラ突き出し留守の日の妊婦
口あける影絵ぬるぬると泳ぐ芭蕉
霧の深みに背骨たててわが礼拝堂
青銅色の草てる六月ケネディー死す
紅葉の色ねられゆく森ゆたかな臨終
濃い影つけて歩く真昼白いけやき林
なにげなく菜の花をさす杜のやみ
叫んでいるから夕焼けている草の中
たびにねてしろい円柱ながくのこる
あやめいけるあらゆる壷の夜のしぐれ
あかい萩の一束たれて河童の笑い

福富健男句集『異郷』に寄せて

     高岡 修

句集『異郷』を出したいという連絡を受けたとき、福富健男は二つの希望を述べた。
ひとつは作品の全てを第二期の「形象*」から選びたいということ、もうひとつはその選句を私にしてほしいということだった。
私が「形象」に投句を始めた1968年、私はまだ十九歳だったが、福富健男はすでに旺盛な作句力を同誌に展開していた。
私が眩しく見つめた形象作家群のひとりである。
私は福富健男のその志と希望をうれしく受け容れた。
作業は全作品のコピーから始まったのだが、これが案外時間がかかった。
作品を探す途中で読み始めてしまうのである。
その当時の思い出にふけってしまうのである。
それはまたうれしい寄り道の連続でもあった。

「形象」への投句初期、福富健男は「海程」でも新人として嘱望されていた。
それゆえ、私の三十句選でも了解されるように、その頃の作品には、有季定型から離れた場所で俳句形式を屹立させようとする強い志向が見られる。
そうして今、そんな作品の中から私があえて推奨したいのは次の五句である。

多穴の流域舌の赤さの秋を走り
方位失うまぶしさ赤い花弁水溜りに
厚みます掌丘にびしびし多肉植物
霊柩車紅葉吸いこむぼくらの休暇
紅葉の色ねられゆく森ゆたかな臨終

一句ごとに試行されては確立されてゆくリズム、そのイメージの豊饒。
こうして書き写しながら私は幾度も賛嘆の声をあげてしまう。〈舌の赤さを走る秋〉〈方位を失うことのまぶしさ〉〈霊柩車が紅葉を吸いこむのかぼくらの休暇が紅葉を吸いこむのかわからないそんなぼくらの休暇〉そうして告げられる〈ゆたかな森の臨終〉。
何という見事な詩界の現前であることだろう。
ここには見せかけだけの手垢に汚れた意味などはひとかけらもない。
在るのは喩に昇華したイメージだけである。
四十年ほど前の現代俳句はこんなにも詩情ゆたかな作品群を有していたのである。いま私たちが立っている現代俳句の地平は、それから進化しているのか、後退しているのか。そうして私はこの句集の整理中に立ち止まった「形象」掲載の次の文章を思い出す。

「新しい芸術の養分は、つねに非芸術の領域に存することは、歴史の法則である。美術の歴史をひもとくと、ある時期に支配的な絵画様式が、その前の時期には非芸術として非難されたことが、しばしばであることを見出す。このことは、印象主義、フォーヴィズム、キュービズム、シュルレアリズム、アブストラクト等々が起こった時どのような非難や嘲笑をあびたかを想起するだけで充分だろう。(略)芸術が単なる繰り返しではなく、新たな価値の創造である以上、非芸術のなかにこそ新しい芸術の栄養が存するのである」
    (木村重信『現代絵画の解剖』)
かつて「海程」や「俳句評論」や「渦」といった句誌を中核とした前衛俳句の富を私たちはいつ失ってしまったのだろう。
句集『異郷』は私にそんな思いを抱かせてくれた貴重な一冊であった。

  超結社俳句季刊誌『九州俳句』153号より引用
       2009・2・15      

蓖麻:

http://www.botanic.jp/plants-ta/tougom.htm

▼ かささぎ読み三つ。

びろびろと蓖麻に吹かれて砂質の俺

びろびろと。というオノマトペが俳諧としての抜けを獲得している。
ひまし油の原料となるヒマ、この句ではじめて知りました。
誰も使わなかった蓖麻は、さらさらと零れ落ちる砂粒の俺に拾い上げられ、印象的な句になり、さぞや嬉しく本望だったことだろう。
風に吹かれているのはヒマの葉っぱのほうなのに、いつしか主客入れ替わっている。映像がうかぶ。

首曲げてつっこむ小鳥たち戸惑うベトナム

これ。かささぎは連句的に、ノーベル賞?だったか何の賞だったか知らないが、さいきんテレビでチラッと見た、海外の文学賞みたいなのを受賞して、スピーチでガサ侵攻反対を唱えた現代作家の顔が浮かんだ。きっとりっぱなことなんだ。でも・・・。こんなに離れたとこの人間になんにもほんとのところなんてわかりゃしないんだよよそさまの事情なんて。とおもってしまう。
りっぱなことは、なんとこっぱずかしいことだろう。

まといつく母国語ウランとなる諂の空地

書き写すとき、諂は焔の誤植ではないか。と疑う。
なんども読む、まといつくぼこくご。うらんとなる、へつらいのあきち。
まといつく母国語と、へつらいの空地がウランを核に等価契約を結ぶ。
それはいったいどういうことなんだろう。
安保反対するにしろ、賛成するにしろ、まといつく母国語。
へつらっている母国語。ウランを核に。ウランを核に。
核に守られながら。核を憎み。それに守られる。へつらう。
まといつく母国語。まといつくへつらいの空地。
空虚な暗澹と空虚な母国の・・・ことば。

そのことばでわたしたちはたましいのうたをかく。

(やはりかささぎは、三無主義の時代の人間だ。)

諂: てん。( http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%82 )

まといつく母国語ウランとなる諂(てん)の空地  健男


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コメント

諂: てん

読みかたもわからんじゃった、これ。
うきぺでぃア、恐るべし。

物欲のひとつも持たず生きし父 御殿のやうな霊柩車がはこぶ  せいこ


連句的に。思い出す父のこと。

ふうん。どうしてかお百姓のチチって欲がないよね。
うちはまだ健在ですが、まったくなんの欲もありません。と、ここで石田波郷の最小の欲しかもたずって句を引用しようとして、わすれた。
せっかく丈夫なんだし、どっかへ旅行したら。といってもいかない。ついに外国へもいかず、行きたがらず、外食もせず、どんなにこっちがしんどくても外で食事はいやだという。家で少々の酒と時代劇みて日記つけておやすみなさいの人でしたね。あ。まだいきとる。ころしたらいかん。

庭にバラ突き出し留守の日の妊婦  健男

このところずっと石田波郷の門の句を思ってる。

綿蟲やそこは屍の出で行く門 波郷

そうしたら、石橋秀野のちっとも秀句ではない今日の日記みたいな報告句が連想された。次の句。

菖蒲湯に罷りし留守のかどの錠 秀野
昭和十六年

この句のなかの「かど」はたぶん門のことだろう。
で、この菖蒲湯は銭湯なんだろうか。私が気になるのは、門とかかずになぜ「かど」とひらかな表記にしたんだろう。ってことなんですが。
笑う門には福きたる。のかどといっしょ。よね。

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