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2009年2月27日 (金)

攝津幸彦と高岡修にみる伝統

高岡修句集『透死図法』30句を読む、を読む
   
(九州俳句誌 星永文夫抄出)   

今日、「おくりびと」をみてきたばかり。映画の中の「死」は美しかったけど、高岡修の「死」は目をそらしたくなる言葉に飾られている。
同じ「死」なのに。どちらも受け止めなければいけないのでしょうね。

参照:「糸の夢」ブログ
http://houyume1150-4.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-bcf7.html
ついでに「マリオットの盲点」あっさむさんのブログも
http://assam226.tea-nifty.com/mariotte/2009/02/post-b1fd.html

高岡さんの俳句を 好きではないと思っていた。
だが、 この星永文夫の解説は良く書けているなと思うし、編集部は評者の人選が的確だと思った。

あしびきの 山鳥(やまどり)の尾のしだり尾の
   長々し夜を ひとりかも寝む

          柿本人麿(3番) 『拾遺集』恋3・773
この和歌が本歌取りしているのは、

桜咲く遠山鳥のしだり尾のながながし日もあかぬ色かな
 
          後鳥羽院 『新古今和歌集』春歌下・巻頭

そこへと収斂してゆく歌の伝統を、 詩人も受け継いでいる。

死界までその尾を垂らす山ざくら  高岡修

アネモネが血を売りにくるこの夕べ  修

アネモネは「キリストの赤い血の滴」。
その由来は、十字軍の戦死者の埋葬地に聖地の土を撒いた翌春、その墓地が赤いアネモネで覆われたことから。アネモネは聖地パレスチナの自生花で、巡礼者が広げたらしい。
血を売りにくる、とは何ぞや。
ユダヤ教/キリスト教の価値観の押し付けで流血を招いている昨今の中東情勢がイメージとして重なる。

乙四郎
深い読みをしてくれて有難う。
アネモネとくれば、 我々はすぐ、 故・攝津幸彦の 「姉にアネモネ」 を思う癖がついてる。
攝津幸彦もすごく魅力的な俳句を書いた人でしたが、 高岡修はまたそれとは異なる。
俳句の書き方は異なっても、懸けておられるものの大きさは見えるから、 なんとか解りたいなあといつも思っていた。
白鳥の句とか自死情死はとてもきれいな句で印象的だった。

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