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2009年1月 1日 (木)

賀正

賀正

かささぎの氏神さんであらせられる寺田天満宮
   (かささぎ重文指定)

みどころ:鳥居(昭和12年の刻印あり)
      「天満宮」の文字は廣田弘毅。
      廣田弘毅は石屋のせがれであった。         

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コメント

謹賀新年
鷹尾神社に参詣してきました。駐車場がない神社なので参詣者は少ない。
鷹尾神社は869年に創建。高良別宮とあるが、神社のロゴは高良大社とは異なる。
びっくりした。真ん中に一本の線、そして左右に三本ずつの枝。
http://www.educ.pref.fukuoka.jp/bunka/cgi-bin/detail/detail.cgi?number=219
に、現代風にデフォルメした神社ロゴ(杯を三つ重ねたような図)があるが、神社の中で見るロゴは、真ん中が突き抜けた七つの枝!を丸く囲んだ図。
石鳥居をくぐると、木造の通過門がある。左右手前にスフィンクス然としたペアの狛犬。左右奥(通常、仁王様がいるようなところ)に、デンと構えたペアの貴人。中央にでっかい家紋(剥がれてよくわからない)のある衣冠束帯の像。どっかで見たような・・・そうだ!こうやの宮の真ん中にいた偉そうな人。鷹尾神社は1213年に全焼(1219年に復興)してるので七支刀伝来の時代とは異なるはずだが、それにしても似ている。
拝殿の天井には、ほとんど剥げてはいるものの、絵巻の絵のような、当時の世相を描いた絵が全面に。しっかり再現すれば、どこかに七支刀が描かれているかも。

そこで正月スペシャル、とんでも仮説
「こうやの宮」の七支刀人形群は16世紀に作られた。七支刀を運んでいる人形のモデルは荒木田守武もしくはその付き人。偉そうな貴人は七支刀が運ばれる先のやんごとなき人。

いけばなの起源
http://www.jimbunshoin.co.jp/mybooks/ISBN4

キリストの幕屋
   ↓

謹賀新年!
ああ。疲れたっていうより、酔っ払ってる。
ビールで。
さっきから文字入力、打ち間違えてばっかり。笑
元日も午後からはほとんどおさんどんだもんね。

わが家はオセチは作らない。元日の分はない。
明日が客を迎える日だからね。
だいたいオセチ料理とはシュフに三が日の主婦業を軽減させるためにあっとばい。オセチに時間かけて疲れさせてどうすっとや!と、ここで吼えてどうする。
ま。ことしもよろしくね。

七支刀人形の時代考証
正月早々研究しています。昨年末まで「こうやの宮」の七支刀人形は、七支刀が百済から倭へ贈られた4世紀に造られたものと思い込んでいたが、鷹尾神社で疑問が舞い降りた。時代考証が必要。
まず、中央の貴人の桐の紋。
そもそも家紋の起源は、推古天皇十一年(7世紀はじめ)に旗幟に絵を描かせた事に始まるとか(『日本書紀』)。紋として定着するのは10世紀以降。後世に書き加えられたものでなければ、これだけをもって4世紀ではあり得ない。
桐紋は平安時代には天皇の衣装につけられるようになっていたが、天皇家の家紋として完成したのは鎌倉時代。後鳥羽上皇のとき(12世紀)と推測されている。
七支刀人形の桐紋は完成度の高い「五三の桐紋」。皇室・朝廷の桐紋は「五七の桐紋」。五三の桐紋が皇室・朝廷関係者以外へ下賜されたのは16世紀。
七支刀人形が造られた時期は16世紀以降ではなかろうか。
神社にも神紋がある。平安時代後期以降に使われ始めている。伊勢神宮の紋は四弁花菱、石上神宮の紋は上藤(両神宮の紋がいつごろからかは未調査)。
ただし、神紋と社紋とは混同される。神社ごとの紋は「社紋」、祭神ごとの紋が「神紋」。
石上神宮の御祭神、布都御魂大神(御神体である「布都御魂剣」に宿る御神霊)の神紋については手掛かりあり。岡山県に「石上布都魂(いそのかみふつみたま)神社」という神社があり、そこのホームページ(http://www.genbu.net/data/bizen/hutumitama_title.htm)に五三の桐紋が出ている。
(16世紀以降に)布都御魂大神を御祭神とする神社へ七支刀が奉納された、と推定しても、それほどとんでもじゃなさそうな気がする。
謎は、七支刀を持つ武人(?)。異国風の衣装だが、室町時代末期以降は、戦闘方法の変化に対応して、甲冑が実践的・合理的に改良されたとあり、「前引合具足(まえひきあわせぐそく)」という七支刀人形のように前で合わせるハイカラ武具も出てきたらしい。変な帽子も、16世紀の武将、上杉謙信の絵に似たような帽子がある。

神社の紋の便利ページを見つけた。鷹尾神社の紋は「鷹の羽紋」に似ている。七枝に見えたのは羽の骨。
   ↓

間違い訂正
>現代風にデフォルメした神社ロゴ(杯を三つ重ねたような図)
これは、引用ホームページのロゴでした。

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