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2009年1月 5日 (月)

守武の暗号2  乙四郎語録32

八女戦国百首和歌「夏日侍」をよむ

     竹橋乙四郎

▼ 守武の暗号 2


暗号といえば「宝」。
守武千句に「宝」を含む句がふたつ。

あさがほの花のしげくやしほるらん
これ重宝の松のつゆけさ

「あさがほ」が守武を、「松」が筑後を象徴するとすれば、何かありそう。

夕されば野べの重宝つたへばや
さねもりたれや深草のさと

重宝を伝える、ときた。
「さねもり」って誰や?
著名な「さねもり」は平家物語に登場し、能にも芭蕉の句にもなった斉藤別当実盛。
篠原の合戦で、老武者・実盛は退却もせず、白髪まじりの髪を染め、前主君に拝領した兜を付け、かつて命を助けた情にもすがらず、ただ一騎奮戦し、討死するという、老武士の意地のお話。
何となく雰囲気はわかるが、わざわざ実盛を持ち出すまでもないような気がする。「さね」は鑑実の「実」、「もり」は守武の「守」。実と守を継ぐ子孫に伝えてほしい、違うかっ!

次に、宝といえば、隠し場所。石上神宮拝殿奥の禁足地の「垣」(剣先状の石瑞垣)を想定し、「かき」を含む句がいくつか。

あしがきにかかる爪ざねほのみえて
すずろにはらのどくとしれかし

「あしがき」は葦垣でしょうが、禁「足」の「垣」ともとれる。
「爪ざね」って何だ?
橋爪鑑実(はしづめあきざね)?

雪だまりかきなでかきやはらふらん
けづりはすとも爪ななきりそ

ここにも爪が!
爪という語彙が歌や句に織り込まれることは珍しいものだが、守武千句にはもうひとつ爪が。

うしのこのあしや七夕爪ならん
月にさけても賎をみましや

意味はまったくわからないが、「賎」が気になる。これも詠まれるのが珍しい語彙だが、八女百首に何度も登場する。



▼かささぎの旗管理人のよみ:

うしのこのあしや七夕爪ならん
月にさけても賎をみましや

牛の爪は七夕の織姫彦星みたいに二つに割けてる。
月にさけても身分の低い者の爪をみてはいけない。
(どんな爪をしてたろう。しづのつめって)
「みまし」が「みまじ」なのか、どうなのか。
印象的な印象的な「月にさけても」の措辞。
いまいちわかりません。現代人のあたまでは。

http://sky.geocities.jp/azamidainoibento/cn9/pg57.html牛の爪
http://www.kanagutu.com/souteisi3.html馬の爪


七夕爪http://janezkk.ycool.com/post.2120519.html映画?


夕されば野べの重宝つたへばや
さねもりたれや深草のさと

これはかささぎが思うに、えっちなバレ句。
「麦畑」みたいな歌だと想う。
新年の宴会芸で男女かけあいの麦畑を聞いたばかりのかささぎにはそう思えた。

かくなる歌がなにげに手挟まれている所、是すなわち俳諧。

▼ 八女戦国百首「しづ」の用例

三十  蚊遣火      鑑實

まバらなる賎が伏屋のかやり火の 
軒よりもるヽ夕けぶりかな

八十九    橋     頼運

これも又憂世をわたる心かは 
賤が深田を越ゆる柴橋     

七十八   後朝    藤次

とはぬ間を待ちならひたる夕より  
わかれし今朝ぞしづ心なき  (静心。字がちがふ。)

ところで、きのうの守武千句の山たちの歌ですが、調べたら「山賊の歌」でした。山たちは山賊。は。知ってた。そうですか・・・

大分(豊後)へ行った旅の歌もありましたが、実際に自分が行ったとは限らないかもしれません。御師(おし)たちが諸国をめぐり、伊勢暦や御札やいろいろを商っていたことを思えば、そういうものたちの話を常に聞くことのできる身分だった。ねぎは諸国めぐりしないような気がしますが、でも↓の歌は、かささぎを知っている人の歌です。有明月、有明海の月じゃないとはいえないかもしれない・・・。

有明の月はいかにもひらくして
かうやひじりのきたるかささぎ  もりたけ

有明の月(暁の月)はいかにもひらべったくて、高野聖がきたようだよ。
そら、かささぎ。おまえの大好きな餌になるよ。・・高野聖はタガメ。

めちゃくちゃなよみ。あんまりだろか。笑

「ひらくして」がいまいちつかめない。
平べったい、薄っぺら。

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-39be.html

現代人の有明月に寄せる想い:
http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/introduction/tsuki-2titles.htm

有明の月は陰暦16日以降の朝の空に残ってる月。

八十六   川     鎮光 

いかにせん河瀬のなみの色々に 
月のさそへる船の行末

この歌の河瀬はどこだろう。

追記:

かささぎについて荒木田守武の使用例から見えてくるもの。

「かさ鷺」の表記から感じた、鷺の一種と勘違いしてる。
だから、こうやひじりのような歌ができるのかもしれない。
たがめは水中生物、有明月と連句的に通じている。

        

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コメント

七夕伝説
Wikipediaによると、カササギは秀吉の朝鮮出兵の際に、佐賀藩主鍋島直茂や柳川藩主立花宗茂などが持ち帰ったものが繁殖したものだとあった。これを信じれば、守武の没後まもなくのこと。かささぎどん、あんたは守武の生まれ変わりじゃ。
いずれにせよ、守武はカササギを見ていない。
しかし、ずっとずっと前に大伴家持が詠んでいる。古代の教養人はカカサギの存在は知っていた。

鵲の 渡せる橋に おく霜の しろきを見れば 夜ぞ更けにける(『新古今和歌集』)

これは「七夕伝説」に由来する。
織姫と夏彦は結婚後、夫婦生活ルンルンのあまり、織姫は機を織らなくなり、夏彦は牛を追わなくなった。天帝は怒り、二人を天の川を隔てて引き離した。しかし、年に一度だけ、7月7日にはカササギがやってきて橋を架けてくれるので会うことができた、という伝説。
ちなみに、七夕の牛は夏彦さん、牽牛星(彦星)のこと。

カササギは守武が筑後に来ていることの傍証とはならなかった。でも、守武千句は、旅先(伊勢神宮の外)でそのほとんどが書き溜められたものであるとの直感がある。そこに居るというだけで、心が自由にならない場所というものがある。官仕えの経験者は語る。

「竹橋乙四郎」で検索すると800件ほどヒットするようになり、すでに橋爪章を凌駕しています。おやまあびっくりざますね!
ところで今日またまたぶっとぶシンクロにあいました。暮から気になる「き坊の棲みか」。それともリンクするんですが。
もしや四柱推命、すなわち易、陰陽五行での縁起によって「癸卯」にされたのではないだろうか?とはたと思いつき、「癸卯とは」で検索、するとやはり。
みずのと・うは音読みだと「きぼう」、極楽卯の癸卯といわれるようです。(これみわあきひろのとこでひろった。かのと・うはさんばんめくらいの位らしい。ってふうに、卯にも順番があるんですって)
それに関して、名前はりつけたのをよんでくだされ。
では、これからごはんの用意にはいります。
おんなはせかいのどれいか。をかいたおのよーこはすてきだ。
つまぶきさとしくんは柳川。昭代地区だそうです。
お父上はパイロットってきいたけど、本当なの。
ついでに徳永英明も柳川だった。
ミーハーですんまへん。

今日午前中、弓頭神社と塚崎貝塚、高良御廟塚へ行ってまいりました。碑を読んでまいりました。今日はもう遅いので、明日書きます。
それと、やはり仲人をしてくださったおいちゃんは、痴呆の症状が出てあるそうで、聞きに行っても無駄ではないかとじいちゃん同士が友達のところの嫁が言うてありました。

守武の周辺の文芸関連事件を整理。
発見した。
守武が一禰宜となる直前の守武千句は、守武の没後100年過ぎるまで刊行されていない。
そして、一禰宜となった直後に『合点之句』を発表している。数ヶ月の間に2作品。
おそらく、「裏」と「表」の使い分け。
親族の相次ぐ死により、朝廷への疑問がめらめらと燃え上がっていただろう守武。
捏造の日本書紀についても内部告白したい気持ちが抑えきれなくなっていたやも。
しかし、立場は一禰宜。この鬱屈を「裏」にぶつけて封じていたのでは。
昔も今も官仕えはつらいよ。
いわば、飛梅千句は現代のブログみたいなもの。

1473(1) 守武出生
1473(1)   『美濃千句』
1480(8)   『筑紫道の記』宗祇
1487(15)守武十禰宜となる
1488(16)  『太神宮法楽千句』
1495(23)守武『新撰菟玖波集』(連歌集)宗祇撰 に兄(守晨)とともに入集
1502(30)   宗祇没
1508(36)守武『法楽発句集』
1516(44)   兄の死。伊勢神宮の危機。
1525(53)守武『世中百首』
1527(55)   肖柏没
1530(58)守武『独吟百韻』
1532(60)   宗長没
1523~39(67)『犬筑波集』(誹諧連歌抄)山崎宗鑑
1536~40(68)守武『俳諧之連歌独吟千句(飛梅千句)』(俳諧連歌)
1541(69)守武一禰宜となる。内宮長官
1541(69)守武『合点之句』天文九年十二月二十五日(1541年1月21日)
1546(74)守武『法楽千句』
1549(77)守武没
1553       山崎宗鑑没
1652    『俳諧之連歌独吟千句(飛梅千句)』が『守武千句』の名で刊行
1990 ↓

こんばんは。
久留米ニ往復して、まだ起きている。偉い豪い。
ぶん、ありがとう。なにか出そうな予感。
私が思うに、高良さんよりそっちのほうが本家みたいな雰囲気します。そこはかとなくただよう気配。それとやっぱ折口信夫がきちんと書いているんだよね。あのひとの生家は飛鳥にいます神社という古社ですものね。水の女。なんのことかよくわからんのやけど。みずはめのなんとかのなんとか。笑
おつしろうの独特の嗅覚。これまたすごい。
わたしは古田武彦先生の本は二冊しか読んでいなくて、これはいかん。と、今、ラジオの記録をネットで聞けますので、聞きながら仕事してます。はりつけ。
あ。ども。ありがとうございました。

あらま。ぶんじゃなかった。ぼんちゃんごめん。ややこしやーややこしや。

古田先生

検索するとすぐに古田先生にぶつかるので馴染みとはなりましたが、嗅覚が鈍りそうなので、深入りは避けています。まだ1冊も読んだことがない。

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