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2009年1月 2日 (金)

謹賀新年七支刀  語録29

八女戦国百首和歌『夏日侍』をよむ

      竹橋乙四郎

謹賀新年

鷹尾神社に参詣してきました。
駐車場がない神社なので参詣者は少ない。
鷹尾神社は869年に創建。
高良別宮とあるが、神社のロゴは高良大社とは異なる。
びっくりした。真ん中に一本の線、そして左右に三本ずつの枝。

http://www.educ.pref.fukuoka.jp/bunka/cgi-bin/detail/detail.cgi?number=219

上に、現代風にデフォルメした神社ロゴ(杯を三つ重ねたような図)があるが、神社の中で見るロゴは、真ん中が突き抜けた七つの枝!を丸く囲んだ図。
石鳥居をくぐると、木造の通過門がある。
左右手前にスフィンクス然としたペアの狛犬。
左右奥(通常、仁王様がいるようなところ)に、デンと構えたペアの貴人。
中央にでっかい家紋(剥がれてよくわからない)のある衣冠束帯の像。
どっかで見たような・・・そうだ!
こうやの宮の真ん中にいた偉そうな人。

鷹尾神社は1213年に全焼(1219年に復興)してるので七支刀伝来の時代とは異なるはずだが、それにしても似ている。
拝殿の天井には、ほとんど剥げてはいるものの、絵巻の絵のような、当時の世相を描いた絵が全面に。
しっかり再現すれば、どこかに七支刀が描かれているかも。

▼ そこで正月スペシャル、とんでも仮説

「こうやの宮」の七支刀人形群は16世紀に作られた。七支刀を運んでいる人形のモデルは荒木田守武もしくはその付き人。
偉そうな貴人は七支刀が運ばれる先のやんごとなき人。

『いけばなの起源』

http://www.jimbunshoin.co.jp/mybooks/ISBN4-409-54062-9.ht

上のサイトには接続しないようですので、引きます。

中山真知子 なかやま まちこ
兵庫県に生れる。帝塚山学院高等部卒業論文「なぜ、平安時代に女流文学が栄えたか」成城大学文芸学部西洋美術史卒業論文「モンドリアン」。1988年以来、アジア各地で、公開講座、講演、個展活動を続け、現地の植物や花器を使い、花を通して日本の伝統文化を紹介している。現在、アジアセンター客員研究員。
著書:“Origins of Ikebana Philosophy” (The Asian Centre, 1999)


平安時代の貴族社会では、四季を花であらわし、花を詠うことを基本的な教養として、春には梅や桜の一木を挿し立て、秋には枝の紅葉を楽しんだ。鎌倉時代から室町時代へと、花の美しさを鑑賞することから伝統いけばなの原点といわれる「立花(たてはな)」への変遷、さらに利休の茶花を経て「立華(りっか)」へと発展していく。こうした「いけばな」の起源と、大和における最高の社、石上神宮の国宝「七支刀」とを結びつける、驚くべき着想。七枝の立花伝承の謎にとらわれた著者は、この仮説を掌中にまっしぐらに史料と資料の山に分け入っていく。なぜ「七」なのか? 七支刀の吉祥銘文の思想史的背景を探り、道教や仏教との関連、陰陽道、大黒、天神、稲荷、庚申、妙見、北斗信仰その他、七草、七夕など風俗や民俗のなかの「七」の意味、および日本文化における「北」の重要性等々、さまざまな宗教・民俗学説を引例しつつ、自己の着想と比較検証してゆく。流派を超えたいけばなの本質を知りたいという欲求、素直な好奇心、新鮮なまなざしが見事に結実した、華道に親しむ人に是非一読をすすめたい労作。
著者はマレーシアのペナン島在。アジアセンター客員研究員。現在、アジア各地で現地の植物を使い、日本の伝統形式にのっとったいけばなを紹介するかたわら、アジア文化圏との共通性から日本文化を捉え直す比較研究をつづけている。(引用をおわります。)

キリストの幕屋:
http://www.makuya.or.jp/teatime/aj_page/h20081005.htm

七支刀人形の時代考証

正月早々研究しています。
昨年末まで「こうやの宮」の七支刀人形は、七支刀が百済から倭へ贈られた4世紀に造られたものと思い込んでいたが、鷹尾神社で疑問が舞い降りた。
時代考証が必要。

まず、中央の貴人の桐の紋。
そもそも家紋の起源は、推古天皇十一年(7世紀はじめ)に旗幟に絵を描かせた事に始まるとか(『日本書紀』)。紋として定着するのは10世紀以降。後世に書き加えられたものでなければ、これだけをもって4世紀ではあり得ない。
桐紋は平安時代には天皇の衣装につけられるようになっていたが、天皇家の家紋として完成したのは鎌倉時代。後鳥羽上皇のとき(12世紀)と推測されている。
七支刀人形の桐紋は完成度の高い「五三の桐紋」。皇室・朝廷の桐紋は「五七の桐紋」。五三の桐紋が皇室・朝廷関係者以外へ下賜されたのは16世紀。
七支刀人形が造られた時期は16世紀以降ではなかろうか。
神社にも神紋がある。平安時代後期以降に使われ始めている。伊勢神宮の紋は四弁花菱、石上神宮の紋は上藤(両神宮の紋がいつごろからかは未調査)。
ただし、神紋と社紋とは混同される。神社ごとの紋は「社紋」、祭神ごとの紋が「神紋」。
石上神宮の御祭神、布都御魂大神(御神体である「布都御魂剣」に宿る御神霊)の神紋については手掛かりあり。岡山県に「石上布都魂(いそのかみふつみたま)神社」という神社があり、そこのホームページ

http://www.genbu.net/data/bizen/hutumitama_title.htm

ここに五三の桐紋が出ている。

(16世紀以降に)布都御魂大神を御祭神とする神社へ七支刀が奉納された、と推定しても、それほどとんでもじゃなさそうな気がする。

謎は、七支刀を持つ武人(?)。異国風の衣装だが、室町時代末期以降は、戦闘方法の変化に対応して、甲冑が実践的・合理的に改良されたとあり、「前引合具足(まえひきあわせぐそく)」という七支刀人形のように前で合わせるハイカラ武具も出てきたらしい。変な帽子も、16世紀の武将、上杉謙信の絵に似たような帽子がある。

神社の紋の便利ページを見つけた。鷹尾神社の紋は「鷹の羽紋」に似ている。七枝に見えたのは羽の骨。
   ↓

http://www.genbu.net/sinmon/index.htm

間違い訂正(竹橋乙四郎)
>現代風にデフォルメした神社ロゴ(杯を三つ重ねたような図)
これは、引用ホームページのロゴでした。

かささぎの旗管理人の感想:

まだほんものをみたことはないのですが、ネットで七支刀人形をみてると、南蛮渡来ということばとか、ナガサキカステラの包装紙みたいな雰囲気を連想します。あと少年ケニヤの顔なべずみぬりたくり土人とかです。すんません。

それと、「いけばなの起源」の本紹介にあるはなしがおもしろいです。
ちょうど、ぼんとのコメントやり取りの中で、チェーン店立花うどんのことを書いたばかりで、そういえば立花藩の立花はりっかとかきますよね。すごいシンクロです。

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コメント

七支刀とんでも仮説の追加とこれまでの整理

367年:高牟礼神が高牟礼山に鎮座。
372年:「七支刀」が百済から倭王へ贈られる。
3??年:高良玉垂命が一夜の宿として山を借りたいと申し出る。高牟礼神が譲ったので高良玉垂命が鎮座。山の名が高良山となる。
※ とんでも仮説:一夜の宿を高良玉垂命から求められたのは「七支刀」では。もし七支刀の居所が当初から石上神宮なら、七支刀は他の剣と同様に石上神宮の祭神となっていても然るべきだが、実際は格落ちの「社宝」扱い。
400年:「高良玉垂命神社」(高良大社)創建。
863年:神主が夢で見た草薙剣を模して布留神剣が作られた(『石上布留神宮略抄』)。石上神宮禁足地に祭神等(剣、矛、勾玉)を埋める。
869年:鷹尾神社が高良別宮として創建。
※ とんでも仮説:「七支刀」が一夜の宿から終の棲家へ移る。七枝のデザインが鷹尾神社の社紋となる。
1213年:鷹尾神社全焼。「七支刀」は、一時的に、猫尾城の支城、犬尾城(八女市山内)の隣接地に保管してもらう。保管場所は鷹尾城と称される。
1219年:鷹尾神社復興。「七支刀」戻る。
1516年:伊勢神宮内宮の禰宜が相次いで亡くなるなど、伊勢神宮の危機。
1536年:鷹尾城築城申請の交換条件に、「七支刀」の朝廷への奉納を申し出る。
1540年:古びた「七支刀」が伊勢神宮禰宜荒木田守武によって鷹尾神社から持ち去られる。内密に石上神宮禁足地に隠される?
鷹が音やあかつきをさしてかへるらん
はげたる太刀のつぼめ鳴ころ
そゞろには成もはる/\"太刀はきて
天神さこそつらきみちのく
もゝだちをとりてこきやうへ帰りきて
天文九年しぐれふるころ
きるといふこともいはぬはみやこ人
旅と太刀とのゆくゑしられず
(以上、守武千句より。「七支刀」は日本書記では、ななつさやの「たち」。)
15??年:「七支刀」が持ち去られた物語が人形にされ、祠に納められる。ゆかりの地を太刀の神にちなんで太神、祠の名を高良にちなんで「こうや(ら)の宮」とする。
「七支刀」の奉納先は布都御魂大神を祭神とする神社とされ、五三桐紋像を造る。
※ 五三桐紋の岡山県石上布都魂神社は、奈良の石上神宮の記録に「布都斯魂大神。もと備前国赤坂宮にありしが、仁徳天皇の御代、霊夢の告によりて春日臣の族市川臣これを当神宮に遷し加え祭る。(抜粋・官弊大社石上神宮御由緒記)」とあり、由緒正しい。
1548年:鷹尾城完成
1549年~:肥後菊池の筑後侵略。菊池の紋が「並び鷹の羽」(鷹のひとつがい?)紋に。
1549年:荒木田守武死去。
1550年:橋爪鑑実、菊池討伐。
1555年:荒木田守武と親交あった橋爪鑑実(=鑑述)が、守武の死を偲び、守武の遺作を織り込んだ百首を今伊勢=伊勢神宮内宮を宛先として奉納。権威づけのために「源」を称する。
1571年:橋爪鑑実、正月に俳諧を興行。
1585年:石上神宮は社禄を没収される。七支刀は禁足地に埋められて無事?
1588年:橋爪鑑実、自刃。
1874年:禁足地発掘。鎌倉・室町期の瓦も出土。足を踏み入れてはならない場所のはずなのに、当時、何かが埋められている。
1876年:宮司が「七支刀銘文」を発見。

参考:石上神宮の重要文化財の一部。
色々威腹巻(いろいろおどしはらまき)-「腹巻」は甲冑の一種。
朱札紅糸素懸威鉄腹巻(しゅざねくれないいとすかけおどしかなはらまき)
黒塗練革星兜鉢(くろぬりねりかわほしかぶとばち)

七支刀について
調べれば調べるほど新しいことがわかる。七支刀は信長に一時奪われてへし折られていた。
オリジナルは槍形・・・こうやの宮の七支刀に柄の部分がないのは何故?疑問が増える。
新知識は軍刀に関するサイトから。軍刀への思いが嵩じて七支刀まで調べ上げてあった。敬服。記載事項を要約引用します。
===================
369年、百済王とその皇子の貴須王子が倭王の旨の為に谷那鉄山(こくなてつのむれ)の鉄を使って百済で製作。日本にもたらされたのは372年。東晋で造られた物か百済での複製か、製作も舶載時期も諸説あり。
刀となっているが槍である。全長74.9㎝、本身刃長66.5㎝、茎長8.4㎝、両刃平造りの槍で本身の左右に段違いで合計6本の両刃の支鉾が付く。図(省略)は七支刀の本来の使用想定図。恐らく七支刀は「辟邪=邪悪を斥ける」の祭祀用に使われたと思われる。
七支刀は茎側から三分の一の処で折損している。全体に錆で覆われていながら未だ鉄の性質を失っていなかった。
永禄11年(1568年)、信長が大和を攻略した際に多くの宝物と共に七支刀も持ち去られ、後にへし折られて石上神社に返還された。
社領が没収されて社人のいない神宮の宝物は、密かに神宮の御禁足地に埋蔵された。七支刀も破損したまま土中に埋められた。
ところが、信長方になった筒井順慶に依って天正8年(1580年)に社領が安堵され、七支刀は掘り起こされて再び社殿に奉祀された。
従って、七支刀は12年間土中に埋まっていた。若しこれが平安中期(11世紀)以降の日本刀だったとすれば、錆の進行が早く、その姿まで消滅したであろうが、七支刀は十数年土中に在ったにも拘わらず伝世品同様の姿で残っていた。
   ↓

乙的とんでも注釈
室町・鎌倉時代のものが禁足地にあった理由がわかった。
信長に1568年に奪われたということは、その時点では禁足地に埋められていなかったということになる。古来、神社の祭神、社宝は原則として禁足地に埋められる習慣の神社だったことを鑑みると、七支刀は石上神社に奉納されてからあまり年月が経っていなかったのではないか。

パソコン奪取されていて引用サイト覗く事ができませんが

正月休みが全部こっちに取られてしまいそう
神がかりになった人って解らないうちに仕事一杯させられるんだ
夢のなかまではまだ追いかけて来ませんが
それにしてもこれまでなぜ誰も調べて来なかったのでしょうね
鷹尾が古代への港であるという視点に気づかせてくれた竹橋おつしろうに拍手を
せぃこさん オサンドンでいまごろへばってるかも
ぼんの勤務先へ行ったけど会えなかったかささぎより

七支刀の鍔がないことについて

他のデータベースでは、守武の句が違ってた。
鷹→雁
あかつき→あつき
つぼめ→つばめ
どっちが正しいかわからぬが、ずいぶん印象が違う。

雁が音やあつきをさしてかへるらん
はげたる太刀のつばめ鳴ころ

(とんでも超訳)
借金(かりがね)のためだ仕方ない。
覆い(厚着:あつぎ)をして帰ろう
剥げた太刀である上に鍔もなく・・・

俳諧データベース
   ↓

鷹が音は間違いで普通には かりがね だろう
つぼめ と つばめのミス かささぎが一冊だけ出した本で まさにそれをやらかしたしかも
帯です

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