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2009年1月21日 (水)

宗右の歌   乙四郎語録42

八女戦国百首和歌「夏日待ち」をよむ

    竹橋乙四郎

▼ 宗右の歌

宗右をさがせ!
北野神社関係資料(書状121点のうち119番目)
(宗右書状写)(天文15年〜23所務覚写共)
   ↓

http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/pub/tree/kitano.php

▼かささぎの感想▼

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宗右の出歌数七首というのは非常に多い数です。

これまで暇がなくて、誰が何首出しているかとか、何の題詠を出しているかなどの分析をまったくやっておりません。それをこうして電子図書館を使って、どこに何の史料が残っているとオンラインで知ることができる。すごい世の中になったものですね。

でも、せっかく乙四郎が上記史料を見つけてくれたのにもかかわらず、読むことはかなわないのでありましょうか。
どなたか、親切なかたが現れて、上の「宗右」なる天文年間の人物の残した文章をちらりと見せては下さらないでしょうか。また、ほかに心あたりがございますれば、ぜひかささぎの旗までご通知をお願いいたします。

これだけの歌を詠んでいる人物が外に名を残していないなどとは考えられないから。

さいごに、宗右は「むねすけ」でありましょうか、そうゆうでしょうか。

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コメント

ぼんへ。
コメントありがとう。ぼんの姓はとても珍しく、徳川家康を読んだとき、同じ姓の側近が登場するので、ああぼんとおなじだなあ。といつも思っていた。やはり九州ではなかったんだね。福井とは。
ちなみにかささぎは地理音痴でして、福井は福山県かと思っていた。つぎのおつしろうの文をよんで、ひょっとしたら、越前が福井?と思いつき、調べたらそうだったんで、びっくりした。笑
おじのおくさんが大川の映画館主のむすめだった人で、とても病弱でした。からだもこころも。ときにきうつになってねこんでおられた。それで、おじは、障害のある娘の世話も健常者のむすめの世話もひとりでして、家事もやっつけ、仕事もがんばりました。クラッシックギターが趣味、いま、福岡の都会に娘夫婦一家と同居していますが、コンサートにいけるので都会はいいな。と言っています。おばはなくなりました。

おつしろう。八女の和紙は越前和紙の職人が戦国時代に流れ着いて教えたものです。たしか、姉川の戦いのころです。これは八女老人会報で読んだ。書かれていたのは、ふくようせいしのあるじ。高齢ながら毅然としたひとでした。かささぎはそこのおよめさんと俳句をやっていたから、会ったことがある。
んで、あれは矢部川の土手の部落でしたが、榎本武揚の書の碑があります。福王寺。瀬高から近いところですから、帰りに暇なとき寄って見学したらいいですよ。なぜに榎本武揚。といういぶかしさがむくむく。それは行ってのお楽しみ。
マリオットの盲点のあっさむさんを、ひさびさに懐かしんでいます。乙骨太郎乙。ひさびさに検索したら、すごいことになってる。二万を越す。四、五年前に検索したとき、24件くらいしかヒットしなかったのに。
よみは、おつこつたとういつ。が正しいみたいですね。というのは、本人が訳したダイナマイトの本に、ローマ字でそう書かれているからです。

おっこつ・たろういつ。↓

宗右の日野出雲守宛の書状が含まれる史料群には、「取り寄せ」ボタンがあるのでお金と閑があれば読むことができそうです。(しかし、史料がなくなることはなさそうだから、後回しでいいでしょう。人違いの可能性も大きいことだし)

んだべな
それより 大友資料を当る方が現実的

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