無料ブログはココログ

« いくさ世的対話篇5 | トップページ | 覚元の歌6首 »

2009年1月20日 (火)

吉政の祖・田中覚元  語録39

八女戦国百首和歌『夏日侍』をよむ

     竹橋乙四郎

▼ 覚元

この中にいる。↓

http://members2.jcom.home.ne.jp/sengokubusyou/nigihayahinomikoto1.htm

系図上、田中覚元の右のほう、ひ孫のひ孫くらいにいる田中吉政(1548~1609)という武将に記録があります。ちょっと年代設定に無理があるかも。
「関ヶ原の役では東軍に属し、佐和山城攻撃に参加し、9月23日石田三成を逮捕した。戦後、その功により筑後国柳川城主で三十二万石与えられた。領内の産業振興に努め、自らキリスト教に帰依し、領内キリスト教徒を保護した。慶長14年2月18日没す。」

« いくさ世的対話篇5 | トップページ | 覚元の歌6首 »

コメント

七十八   後朝    藤次
とはぬ間を待ちならひたる夕より
わかれし今朝ぞしづ心なき

本多藤次 天正十二年豊前国築上郡ニテ討死
本多家年表
   ↓

おつしろう。
これ、ありうるとおもう。
ふじつぐ。って名前、それと、歌の光りかた。
ダントツです。ぶっちぎりで上手です。きぬぎぬの歌はたくさんありましょうが、しらべ、哀感、情実、とてもうまいと思いました。名に藤がつくことから、藤原氏の血を引く貴族だろうかと思った。一首だけ。それもなぞめいています。歌がこころにすっと入ってきます。

手掛かりなしは、あと何人だっけ。
「宗房」だけは暖めています。24人目にしようと、とっとーと。

本多姓、ぼんがいた。
しんせきかもしれん。

それにしてもこの年表のよみづらいこと。
よくさがしてきたなあ!

いまごろなんだけれどね。

いや、文平座に触発されて、拙ブログの田中吉政検索したら、ここがいちばんにでたので。

七十八   後朝    藤次
とはぬ間を待ちならひたる夕より
わかれし今朝ぞしづ心なき

このきぬぎぬのうたをよみかえしてなにかにきづきませんか。
古い記憶をよびさまされませんか。
黒木物語にまでかりだされた待宵の小侍従のうたです。
まるであのうたの反対をうたっているようだ。

待つ宵のふけゆく鐘の声きけば
あかぬ別れの鳥はものかは(新古1191)

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 吉政の祖・田中覚元  語録39:

« いくさ世的対話篇5 | トップページ | 覚元の歌6首 »

最近のトラックバック

2020年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31