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2009年1月21日 (水)

みちつぐー重見通次の歌  語録40

八女戦国百首和歌「夏日侍」をよむ

     竹橋乙四郎

▼ 通次の歌

五十四    九月尽    通次

長月もけふにうつろふもみじ葉の
かぜの跡とふ友のうれしさ

八十八    関     通次

せきもりの厳しく見ゆる陰ながら
行き過ぎ難き山さくらかな

重見通次:

伊予の人だが、天文年間は一族が戦いに敗れ周防(豊予海峡の関を隔てて、豊後、伊予の対岸)に逃れている頃。
通次の子の名前は孫七郎
一族伝統の「通」を命名しなかったのは、孫七に憧れていたためか。

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 享禄三年(1530)、伊予石井山城主の重見通種は河野氏に背いた。
しかし、河野通直の命を受けた来島氏に攻められて、敗れ周防に逃れた。
弟通遠は通種に従い、討伐軍との戦いで戦死している。

通種の反乱失敗後、重見氏の家督はもう一人の弟通次が継ぎ当主となった。
通次は、元亀三年(1572)、三好氏との戦いに従軍。
翌年、大野直之討伐軍にも従軍した。
通次の子孫七郎は、元亀四年、父とともに大野直之討伐軍に従軍。

天正十三年(1585)、豊臣秀吉の四国征伐に際して小早川隆景軍に降伏した。

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