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2009年1月 8日 (木)

高良山から

高良山から

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-1674.html

参道石段の下から写した写真↑と比べると、ずっと見晴らしがいいです。
雲をみてると、なぜか坂本繁二郎の放牧三馬が想われました。

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コメント

かささぎさん
写真きれいですね。なんと空が広いこと・・・さくらさんほど久留米の街はしらないけど、なんだか、心にしみる風景です。
高良山にも登ったことがありません。いいところだそうですね。

いちどもお会いしてないのに、私の身体を心配してくださってありがとうございます。
50代までは、風邪もひかない馬鹿な元気おばさんでしたのに・・・暮からひきずっていまして、なかなか
治りません。

かささぎさんもどうぞお気をつけくださいませ。
遅ればせながら、本年もよろしくお願いします。

ありがとうございます。
さくらさんのデジカメ日記を見ていますと、はらのすわった視点、ぶれない視点をいつも感じます。
ことに最近みせてもらったおばさまの刺繍のすごいこと
毎日こつこつとつみかねる。
こころを通すということですよね。
ようこさん、いつか八女においでください。
さくらさんと新幹線で、ね。
私はもうすっかりその気ですからね。
全面開通はいつだったかな。みんなで尻取り歌仙を巻きましょう。草にねころがって雲をけとばしながら。きもちいいだろうなあ。
どうかそれまでお元気で。風邪はだれかにうつせばなおりますよ。笑

 2008年7月のコーナーからいきなり乱入します。高良山と見たら黙ってはおれん。小中学校の頃は遠足や家族・友人との日帰り旅行定番コース、「シダ」の採集もしました。二十歳の頃は友人の車で初詣に行き、30代前後には何度か、「神護石」を見たりしながらバイクで耳納連山?を通って草野に下ってきたりしましたが、歩いて上るコースは40年ぐらいご無沙汰、よく夢に出てきて、久しぶりに昔の登山コースを、そして裏道コースもと思い立ってからもう20年近く経ちます。子どもの頃、標高が東京タワーより低いと知ってビックリした想い出も。

そうなんです
二百メートルあるかないかってくらい低いらしいです
なのにこの見晴らし
むかいに見える山は脊振それとも筑紫野の山
方角によっては有明海も見えると書いてあります

仕事場の話ですが超有名な競輪選手の中野さんを警備したことがあるそうです、、この山を走られたときに。彼は高良さん麓の良山中学から八女工業だそうです。。

この景色の見える石段で弟を撮った写真があります。
私が20歳前で弟が10歳くらいのくりくり頭で。
どうしてカメラを持っていたのか、どういういきさつで二人で高良山へ行こうと思い立ったのか思い出せません。

昨日やってた裸のまつり、東京でもニュースでちらっと写りました。

おはようございます
やはり私は朝型みたい
五時前に目がさめてしまう・・

さくらさんは弟さんと十歳ちがうのですね
うちの長女と末っ子みたいに
おとうとはかわいいでしょう
いくつになっても

 高良山は別名「高牟礼山」と言うそうです。我が母校諏訪中の校歌の歌詞にもあったのに、数日前にそれを知りました、情けない。また、筑後川の別名(旧名)は千歳川で、これと筑後川が旧制明善中学・久留米商業・久留米大学附設高校の校歌の歌詞に使われているそうです。高良山と筑後川(ちっごがわ~ついでながら小森野橋は「こもんのばし」と発音)が久留米の自然を代表する2大シンボルである、ということが久留米大学商学部関係の記事に載っていました。受け売りでゴメンチャイ。
 昨夏、日田に墓参りに行く時久大線で行ったけど、標高は低くても、線路沿いの山並みの美しさにいささか感動しました。かささぎさんも、ぜひ1度、草野あたりからのシャッターチャンスを狙ってください。

「これと筑後川」というのは、「高良山と筑後川」という意味です。訂正!

「これと筑後川」というのは、「高良山と筑後川」という意味です。訂正!

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