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2009年1月 4日 (日)

かさ鷺と鷹尾と  対話篇5

八女戦国百首和歌「夏日侍」をよむ

     竹橋乙四郎

▼ 鷹尾海

瀬高の下の御庄(下庄)は平安末期にかけて、山門郡鷹尾郷の開発が進み、鷹尾宮が造営され瀬高下庄の総鎮守社として下庄の中の特別行政体鷹尾別符(べっぷ)の中心となり鷹尾別府八幡宮とも称した。
代々の朝廷、および鎌倉幕府の尊崇厚く、造営は朝廷および鎌倉幕府によって行われ、その都度造営奉行が任命された。
往古盛大な時は、大竹、樋口、下庄より高柳、井出の上、泰仙寺、鷹尾、皿垣まで残らず神領で樋口宮の地は鷹尾宮造営までの神霊を安置した仮宮でもあった。
鷹尾宮は瀬高下庄の西部鎮守で樋口宮は東の鎮守であったろう。
建久2年(1191)には鷹尾別府という役所が置かれ、この地方を治めるとともに、矢部川を上下する商船に対して課税していた。
有明海も鷹尾海と称して沖合いの方まで神領とされていた。

   ↓
http://www.geocities.jp/bicdenki/newpage20.htm

>もりたけさんは九州には来てないとおもうけど

雁と燕の同時観察は、想像でなく実体験だと思う。
こんな暗号、頭じゃ作れない。
他にも守武千句には、佐賀平野と筑後平野を生息地とするカササギが詠まれている。

有明の月はいかにもひらくして
かうやひじりのきたるかささぎ

かさ鷺や今日久かたの雨の川
はし吹わたす秋かぜもがな

これもカササギのことだと思う。本州の人は白い烏かと錯覚する鳥ゆえ。

あかつきの明星かすみもれいでて
しろきからすが飛といふ人

そして、守武と豊後の大友家臣たちとの接点がこれ。

涼しとやぶんごの国にくだるらん
わづらいならぬたびは夏なり

雁が音やあつきをさしてかへるらん
はげたる太刀のつばめ鳴ころ

のひとつ前の句はこれです。

今日にあふ子日の松けかすかにて
きらりとみゆる春の夕ぐれ

子日松のほかに松を詠んだのにこんなのがありました。

松に咲藤くぢらとやよりぬらん
なみにいるかはやすむこころか

鷹尾神社の境内に「牛の宮」というのがあります。今年は丑年なので扉が開けられていました。藤原氏の守護神だそうです。かつて九州に赴任した藤原氏が、この神社の境内に守護神として祭り、境内の松に藤がまつわり咲き、あまりにもみごとだったので藤原の姓を「松藤」に改名したと説明看板にありました。ここいらには松藤姓が多い。

▽ かささぎの旗管理人記す

今日から仕事はじめ。恒例の高良さん参拝、その後新年会です。
昨夜いつのまにか眠ってしまいました。すみませんでした。
正月が正月ではなくなって。
不義理に不義理を重ね年賀状が一枚も書けていない。
まさに蟄居の状態です。

乙四郎、さすがに気象大学に行ってた人だと想うよ。

だんだんその気にさせられてきた。
では、これを読んでくれないか。
ずっと考えている。だがいまいちわからん。
なんと霊的なうただろうか。
お能のような。

三十二  氷室     松寿

春秋をわけぬはかりか松がさき
氷室も夏をほかにこそもれ

竹橋乙四郎が引いた守武千句のなかの、やまたちの歌は、ほんとうに邪馬太刀みたいに思えます。
つがるそとさんぐんしをよんでいるからかもしれませんが。
ただ、わたしも荒木田もりたけの歌の、かささぎの歌をみていると、「かさ鷺」という表記になっていまして、まっすぐ「倭国の笠縫邑」にあったという伝説の元伊勢を連想します。これ一首だけでなく、かさ鷺表記の歌がもう一つあったわけですね。上半分がまったく同じ歌。めずらしい。
地名の入った歌を抜き出そうとして、いちいち「暦論」をひらくわずらわしさから逃れようと、昨日一瞥で一巻見渡せるようしました。こんどからは右のカテゴリーの八女戦国百首和歌「夏日侍」をクリックすれば、まっすぐ繋がります。
これまで、「夏日待」にするか「夏日侍」にするかで揺れていました。
しかし、原文は侍である。であれば、夏日侍だし、読み方を夏日待ちとよめばいい。そういう結論に達しました。
みなさん、どうか「夏日侍」は「なつひまち」とよんでください。
私も竹橋乙四郎も専門知識の先入観は一切ないので、それが却っていい場合と、プロからみたら、なんじゃいなこりゃ。って時とがあるだろう。
しかし歴史をひっくり返すのに、そんなこた知ったこっちゃありまっせん。
いずれネイティヴやめりかんが主流になる日がくる。・・来ないか。
それと。おもしろいことにきづいた。
れぎおんで十年前くらい、ある人の代打で鳥のエッセイを担当したことがあり、そのとき、かささぎを調べました。
最初に持っていた鳥辞典は朝日選書、鷹野神事のいや高野伸二の本で、この人は日本野鳥の会会長って書かれていました。んで、まず、かささぎは白と黒のからすみたいな鳥で。
たしかにそうです。しかし、じっさいに見たことがある人なら、そんな表現はぜったいしない。碧であり蒼であり漆黒の部分もあり、とても美しい羽の色をした鳥だ。と、こういう書き方をすると思う。見たことがないのでよくわからない。と書かれていました。
たいがいの本にはかちかちと鳴くから、かちがらす。
秀吉の朝鮮出兵で持ち帰ったかちガラス。
などとかかれています。
魏志倭人伝には馬も鵲(かささぎ)もいないとかかれている
ひみこのいた九州に、そのすぐあと馬(もちろん舟で運んだ。装飾古墳の壁画にあるように)もかささぎも連れてこられた。と考えるのが自然なようにわたしはおもいます。戦国時代まで時代をまつなんて、ふつうに考えておかしいです。魏志倭人伝でそう書かれたときから、それらは海を渡る運命にあったろうから。

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