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2009年1月 2日 (金)

高良大社別宮考  

八女戦国百首和歌「夏日侍」をよむ

     かささぎの旗管理人:姫野恭子

高良大社の別宮(厳密な定義は知りませんが)として、ネットで拾えた神社です。

1 蒲生神社:http://cache.yahoofs.jp/search/cache?fr=slv1-ytpprn&p=%E9%AB%98%E8%89%AF%E5%A4%A7%E7%A4%BE%E5%88%A5%E5%AE%AE&ei=UTF-8&u=www.hayato.com/jisya/kamo_hachiman.html&w=%E9%AB%98%E8%89%AF+%E5%A4%A7%E7%A4%BE+%E5%88%A5%E5%AE%AE&d=eLKvHEfiR_0x&icp=1&.intl=jp

鹿児島までもこうらさんの影響が響いていたというのは驚きです。

2鷹尾宮:http://proto.harisen.jp/minato1/takao.htm

これは竹橋乙四郎が今おいかけているので省略いたします。

3祇園山古墳(卑弥呼の墓についての論考):http://shushen.hp.infoseek.co.jp/kodaisi/himikotyou/himiko3horon.htm

高良山を美嚢連山(耳納連山、水縄山)の西端ととらえるとき、こういう視点の考察が生きる。

4川を隔て向かい合う神社:http://www.genbu.net/data/hizen/tiriku_title.htm

「高良山物語」には、もっとはるかな距離を隔てて対座する、太宰府の山々、しおうじやま、ほうまんざん、までも射程にいれておられたような気がします。なにしろ一気読みでしたのでどこの章だったか忘れましたが。歴史を考えるとき、方位とか距離とか、今よりもずっとずっと大事に考えなければならないと思う次第です。

5玉垂神社:http://www11.ocn.ne.jp/~interval/kurumejinja.htm

以下の説明文は上記サイトよりの引用でございます。
勝手に引用しました。ありがとうございました。(かささぎの旗・姫野)

藤田村鎮守玉垂命神社
祭神 竹内宿禰 筒男三神 応神天皇 大巳貴命
由緒
 創建年代は不詳ながらも、寛文2年(1662)再興、天保15年(1844)再々興の記録がみられ高良宮とも高良大明神とも称されていたことが分かります。寛延2年(1749)に藤田村庄屋源次郎が藩庁へ書き上げた書付には御神体として木像2体と前神王2社の木像もあると記されています。
 御祭神の中で大巳貴命は、もとは字茶臼塚に祀られていたのですが、大正13年5月21日に合祀された神様です。また前神王は善神王とも書かれ、一般的には主祭神に随身する神様と考えられている。
 ちなみに久留米の高良大社には銅鐸が伝わっておりその箱書に、もとは藤田村玉垂社のあったもので地中に埋まっていたものを奉納したとの意味が記されていますが、これは元禄10年(1697)、近くの天神浦に、新しく溜池が築かれた際に出土した13本の銅鐸の一つです。
(神社に掲げられた由緒による)

所在地 久留米市荒木町藤田

ほかに数社あるようです(玉垂の文字と高良の文字が入った神社が上津には。)

6大善寺の玉垂宮
http://kurumenmon.com/oniyo/oniyosetumei.htm

http://kurumenmon.com/oniyo/oniyotaimatujyunbi/makigai.html

神宮皇后時代から連綿といき続いているという、木にのぼる巻貝。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~ms-koga/furusato.103-ku.nishi.htm

かささぎが倉富了一の高良山物語を読んで、とても気になっているのは、上津荒木から伊勢のほうへ送っていたという子日松のことです。その松はどこで作っていたのでしょう。いま、苗木を作るので思いつくところといえば、たのしまる(田主丸ともいう)しか浮かびません。でも、はっきり「上津荒木」とかいてありました。
どなたかその件について、なにかの解答をご存知でしたら教えてください。

それが分かったからといっても、何が変わるわけでもないかもしれません。

しかし、気になるのです。

あす百首和歌のうち、地名らしきものが出てくるものを抜き出してみます。

追加:

竹橋乙四郎の指摘で、もう一社追加します。

淡路にも高良大社の神々を祀ったところがありました。

▽ 淡路國津名郡賀茂神社

http://www.genbu.net/data/awaji/kamo_title.htm

この他にもございましたら、何卒このコメント欄にて知らせ下さい。

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コメント

ここにも高良神社が。祭神荒木田襲津彦
   ↓

かささぎは目下、我が身に降って湧いたえにしのなぞを解くべく、はまりこんでいます。
それが!!です。きいてくださんし。
わたくしは星野のこうやんどうさんに行ってからというもの、あそこに飾られていた碑の内容がよくわからないため気になって気になってしかたありません。
待宵小侍従。このひとの父上は光清という名の有名な石清水八幡別当職だった人でした。ありがたいことに詳細な研究論文がネット上で読めます。
それ、いま、読んでいました。そしたらなんと!!
でてきたのは竈門神社。ほら、太宰府ちかくの宝満山の。大昔あそこにあったお寺には宋貿易の特権があってそれを巡っていろんないさかいがたくさんあったらしい。血で血をあらうような。しかも宗教者が。
まだ、そこいらへんまでしかよめていませんが、
このブログで以前高良さん別宮考って題で各地の高良山号をもつ社を紹介してたのを思い出し、付け加える次第です。石清水八幡宮内にも、あったんで。ほうれ、だんだんちかづいてくるぞ~あっちから。
ここです。↓

へえー

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