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2009年1月 7日 (水)

春秋を分けるもの  乙四郎語録33

八女戦国百首和歌『夏日侍』をよむ

    

      竹橋乙四郎

戦国の世の暦感覚


▼ 春秋を分けるもの      

(32番)  氷室     松寿

春秋をわけぬはかりか松かさき
氷室も夏をほかにこそもれ

春秋をわけるのは雁です。
それは松ヶ枝の先に来て又松ヶ枝の果てに消えてゆく。
飛翔という名の一本の航跡で季節を鮮やかに区切ります。
夏にはどこかほかの世界に籠っています。
氷室も夏はほかの処に籠って守られているのか。

     (上は試みとしてのかささぎ読み)

竹橋乙四郎の連句的


雁 ・・・ 春分の日に去ってゆき、秋分にやってくる。
松かさ ・・・ 松ぼっくりは秋の訪れ。
氷室 ・・・ 古来、氷室開きは春分の日の行事。

松寿という人物が不詳。
氷室開きは本州には行事として痕跡があるが、どうも九州にはなさそう。
遠方から来た特別ゲスト?
くるす野を詠んだ鑑秀の知人と見た。

わが国の氷室のルーツ、氷室神社が鎮座する西賀茂氷室は、古代には栗栖野と呼ばれていたそうです。

春もみる氷室のわたりけを寒み
こや栗栖野の雪のむら消え(源経信)

http://www.kagemarukun.fromc.jp/page036.html

ここが丹波篠山であることに目がいく。
丹波には籠神社があった。豊受大神をまつる。

かささぎの連句的

「くるす野」は源をよびさますつけあいだったかもしれない。

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コメント

松ぼっくりがあったとさ

愛らしか名前の由来が知りたくて調べたら、松ふぐりが転じたもので、松ぼっくりは漢字で松陰嚢と書くのだそうです。

ついでに拾った正月ネタ教養。
迎春用の松は、若松と門松と荒神松の3種。
若松:神宿る松。まっすぐ上へ伸びた松。苗木から3~4年。
門松:苗木から4~5年。
荒神松:松の小枝。荒神様(※)に供える松。
いずれも黒松の成長段階の違い。

※「荒神」(又は「三宝荒神(さんぽうこうじん)」)は竃神(かまどがみ)とも呼ばれ、かまどの神様、転じて家の神様、財産の神様。火に関連深い神様ゆえ、不浄のものを浄化する神、厄除けの神とも。

乙の鷹尾城の家の敷地には、巨石(掘っていないのでどのくらい大いかは不明)の脇に大きな老黒松があり、今年の正月は自前の荒神松をたくさん飾れました。ありがたや、ありがたや。

実家では「ほとけさん(仏壇)」「こうじんさん(かまどの上)」「すいじんさん(流し台の上)」「おかんのんさん(庭先にお堂がある)」に、ごはんとお茶を毎朝あげるのが代々受け継がれてる習慣。
朝の一仕事、あそこらへんはみんなそうだけど。
実家を継いでる弟は、朝、嫁がこれをやらなければならないので、その他のことは自分がやるようにしている・・・と言っています。
時代は変わったものです。

わが家には何十年もたった大きなサカキの木があります。神棚とこうじんさんに、一日と十五日にサカキをお供えします。そのためのサカキの木なのです。
サカキを替えるのはずっと父の役目でした。父が入院してからは連れ合いの仕事になっています。大きなサカキの木はご近所からもサカキをもらいにこられるのにも役立っています。この地域は多くの家庭にサカキが植えられています。

お正月は乙さんがいうように荒神松と梅の枝と笹竹を飾ります。そう。松竹梅ですね。スーパーにセットで売られていますが、わが家もたいがい裏庭で調達可能です。

松は待つ。
ときのあわひをつなぐ。
境。境界。
うたのもう一つのよみ、

春秋をわけぬ秤かまつがさき
氷室も夏を外にこそ守れ

こっちのほうが、雁という季語扱いにもなる特別の言葉が入らないので、自然かもしれない。ほかに

春秋をわけぬばかりか松ヶ崎
氷室も夏を外にこそ守れ

ずうっと考え続けてきたので、あたまがいたくなってきた・・・。わたしはなんてしつこいんだろうか。

松と篠(くまざさ)と梅を飾っていたような記憶がある。正月のほとけさんばな。(ことし、わたしは目もくれていません・・・なんと無礼なやつだろう。)
その仏壇は母が、やってくれました。
神棚の榊(うちの神棚と夫のほうの神棚、それから善隣会の神棚=祖母が信仰していた、それと荒神さんの竈神で、ぜんぶあわせて9個)は父がやってくれました。
わがやもたいてい裏庭で調達可能です。松は一本枯れてしまいましたが、あと一本が健在です。ありがたやありがたや。ばちあたりでも超横着もんでも、なんとかいきていってるのは、父母の恩なるらん。

いまごろになって、やっと気づきました。
源のつねのぶ、経信ですが、どこかでこの名前に出会っていたことに。それは月隈小学校の校庭でした。碑に地名の由来が刻まれていたんです。はりつけていますのでどうぞ。↓
太宰府へ下向してきた歌人は、月隈の地名をつけてくれた。その人が鷹が峰の氷室、くるす野の氷室の歌を歌っていた。鷹が峰・・・くるめ高良さんの寂源が晩年に戻っていった地で、亡くなった所ですね。太宰府。京都。・・・

うう・・・なにかが押してくる。
なんだろうか。
今日こちらへおいでくださった方、ありがとうございました。おかげで、みえそうなんです。でもあとすこしのところでみえない。
氷室神社。くるすの。京都西賀茂。

栗栖野というところを 吉田 本当は

というワード組合せでこちらへ見えています。
その検索の一位記事は徒然草。
吉田兼好

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