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2009年1月11日 (日)

『土佐行』

土佐行

     横山康夫

夕立せり島脱けを嗾すまで
常夜燈晝被冩體となるばかり
峽の驛はなやぎゐるは合歡の花
一輪に數多あつまる蓮見かな
日の辻の無風炎えたつ人の影
オカリナ高く瀧音を置き去りに
蜩と大地に鍬を入れゐたり
遠景の波の音なき高さかな
空蝉をかざせば沖は紺瑠璃に
八月の男を跨ぐ媼かな
月出づる一本杉の傷むまで
月の出の枝と化したる蟲の影
月光を殺めてしまふ床柱
床の閒に月光屆く山家かな
西峰を眞神は去にき盆の月
廢屋や音にはじまる夏の雨
羅やこころの洞(うろ)に風を入れ
杉の秀は天空に鯤呼びださん
亂伐や千年雨を乞ひつづけ
廢屋に殉じて虹の顯つならん
靑山河太郎次郎と戰没し
空谷の森閑たるを夏座敷
一領具足影が影生む芒原
かなかなや馬冷やすこともはやなく
三基目の墓は三郎澤滾つ
父は子の何見るべきぞ柞山
ふりかへる眼無數に風の山
風鈴の一山(いちざん)を澄みわたらしむ
桃囓り心は山の向かうかな
帚木や谷を出づるは山出づる

私と俳句     

    横山康夫

俳句は自分の心情を直接的に表現したいと欲する者にはまことに不向きな文芸である。わづか十七音といふ短さでは当然のことではあるのだが、言葉に信頼を置きすぎると逆に言葉に手ひどく裏切られることになる。
言葉と実体や現象は同じではない。
そのずれを承知の上で言葉によつてことがらの典型を描き出すことが俳句を書くといふことなのだと分かつてから、俳句を書くことが漸く面白くなつてきた。

   合同句集『花炎抄』2008.11.20発行
       こうひいや俳句会

横山康夫、健在なり。

かささぎがことにひかれる句。

月の出の枝と化したる蟲の影
空蝉をかざせば沖は紺瑠璃に
床の閒に月光屆く山家かな
靑山河太郎次郎と戰没し

三基目の墓は三郎澤滾つ
かなかなや馬冷やすこともはやなく

ふりかへる眼無數に風の山
風鈴の一山(いちざん)を澄みわたらしむ
桃囓り心は山の向かうかな
帚木や谷を出づるは山出づる

参照:

  1. こん【鯤】別ウィンドウで表示
    《「荘子」逍遥遊から》中国古代の想像上の大魚。北方の大海にすみ、大きさは幾千里だかわからないという。

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