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2008年12月 6日 (土)

竹橋乙四郎と橋爪章のあいだ

早朝、携帯端末でかささぎの旗を開き、おつしろうの書き込みを読んで一気に目が覚める。

すごい展開になってきた。
われわれのすぐそばで、なぞのこたえ虫がぬくぬくとねむっている。
その虫をつまようじでつんつんとつついたのはかささぎだけど、叩き起こしたのは竹箸乙四郎!折々に適切なヒントを出してくれるのはさくらさん。

この竹橋乙四郎について、みなさんとごいっしょに考えてみたい。
なぞだから。
もと官僚。それも厚生官僚。その天下り。
と済ませばそれでおわりのはなしではない気がする。

その人の初登場は、ここでした。

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_c941.html

ここからかささぎの旗との付け合いが始まるのですが、。

おととい、こんなブログをみつけました。

http://cache.yahoofs.jp/search/cache?p=%E3%81%8B%E3%81%95%E3%81%95%E3%81%8E%E3%81%AE%E6%97%97&search_x=1&tid=top_ga1&ei=UTF-8&qrw=0&fr=top_ga1&u=www.ne.jp/asahi/kibono/sumika/kibo/kinkyo0808.htm&w=%E3%81%8B%E3%81%95%E3%81%95%E3%81%8E+%E3%82%AB%E3%82%B5%E3%82%B5%E3%82%AE+%E3%81%AE+%E6%97%97&d=Ie6Oj0fiR3vz&icp=1&.intl=jp

長い歴史のあるネット歴をお持ちの方に、まだニ年ちょっとのかささぎは圧倒されるのみです。そのお方に取り上げていただけて、光栄でございますが、同時におなじ月の七日付の日記で筆者は「にゅうしひばくしゃ」問題を取り上げ、橋爪章およびその背後のやみを暗に批判している。これは今年のお盆近くに日本国民放送で放映された番組でした。かささぎも再放映でみました。筆者の心配と関心はそのままかささぎの思いでもある。橋爪章に尋ねたいことのひとつでもある。ただ、これまでの付け合いで、あるひとつのイメージがうかんでくるようにもなった。まだ漠然としていますが。

かささぎはのうてんきで、まったく気が行きまわらないため、こんな記事を書いてもいいんだろうか。とハラハラしているおかたもいらっしゃるでしょう。あのような事件もございましたから、・・・ね。

しかし、焚けば塩津四郎いいやちがったこんちくしょうこの変換能無し機械め竹橋乙四郎が、いてくれるので、まあ、なんとかしのげるのではないかな。と天を信じる次第。

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コメント

新刊書紹介
   ↓

下流大学。いいことばです。じいんと感動する。
下流にはデルタがあり沢山の生き物を包容する。
こんな本のだしかたがあった!目がさめるようだ。
保健医療経営大学は、下流大学ではありません。
実績がないから知名度がないだけです。
母の通った小倉の短大は、公立受験に失敗してしぶしぶ通ったとこでしたが、しばらくすると、おおきく考えがかわった。それは言葉ではいえない事です。
この学校でよかったと思える学校に入れたのは、ふりかえれば、高校の恩師のひとことでした。まるで知らなかったその学校を、先生が強く勧めてくださったから。
だからこんなことをいうのかもしれませんが、私が学長なら、高校や学習塾を何度も訪問しまくって、たった一人これはという先生をマーキング。でその先生に宣伝するんじゃなく、頭をさげて、おねがいする。担任してる子が行きたいとこの受験に失敗したとき、ぜひうちをすすめてください。という。第一希望校ではなく、第二、第三をめざす。そんな順位はどうだっていいからです。ひとつの学部のそのまた小さなカテゴリーの・・と限りなく細分されてゆく学問の世界に、のおー!といいたいじゃないですか。もっと素朴で、手渡し感のある総合的で原初的なものであってほしい。それがあるんじゃないですか。有明海のそばの大学には。
(上記本よみたいっすね。)

同窓会の準備をしている時、高校時代に顔を知っているだけで一度も話をしたことがなかった人とも話さなければならない事が多かった。そのうちのひとり、Y女史も受験に失敗した口だとおっしゃっていた。さんざん泣いて、その時母上がアドバイスしてくださって2次募集の学校へ行き、そして今があると。現在は英語の非常勤講師として、数校を掛け持ちしてあるとのこと。婚家のお寺の仕事や子育てもこなしてあるすごい方です。一度の失敗でくじけるな。道は幾通りもある。おもいなあ、このことば。

在校生の保護者は、何らかの形でゲットできることになるのではと思います。
ただし、大手出版社は著作権に厳しいので、ブログへのベタ引用はご遠慮ください。
本がだぶついてもよければ、または待ちきれなければ、オンライン書店で注文ください。千円だそうです。
   ↓

原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(平成六年十二月十六日)
(法律第百十七号)第百三十一回臨時国会
村山内閣
原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律をここに公布する。
<前文>
昭和二十年八月、広島市及び長崎市に投下された原子爆弾という比類のない破壊兵器は、幾多の尊い生命を一瞬にして奪ったのみならず、たとい一命をとりとめた被爆者にも、生涯いやすことのできない傷跡と後遺症を残し、不安の中での生活をもたらした。
このような原子爆弾の放射能に起因する健康被害に苦しむ被爆者の健康の保持及び増進並びに福祉を図るため、原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律を制定し、医療の給付、医療特別手当等の支給をはじめとする各般の施策を講じてきた。また、我らは、再びこのような惨禍が繰り返されることがないようにとの固い決意の下、世界唯一の原子爆弾の被爆国として、核兵器の究極的廃絶と世界の恒久平和の確立を全世界に訴え続けてきた。
ここに、被爆後五十年のときを迎えるに当たり、我らは、核兵器の究極的廃絶に向けての決意を新たにし、原子爆弾の惨禍が繰り返されることのないよう、恒久の平和を念願するとともに、国の責任において、原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ、高齢化の進行している被爆者に対する保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ、あわせて、国として原子爆弾による死没者の尊い犠牲を銘記するため、この法律を制定する。
=======================
14年前の今日。何十何回目かの真珠湾の日。真珠湾と原爆との因縁。
平均睡眠時間が3時間を切る日々が数か月続いていた。自民党と社会党の接着剤的役割を果たしていた「被爆者援護法」。法案を煮詰める作業。法案の各条項は与野党調整の産物。
12月2日に衆議院通過。9日に参議院で可決。16日に公布。当時としては珍しく、法律に<前文>を盛り込んだ。条文ではないので法的拘束力はないが、当時の担当者の思いの丈をここにぶつけた。

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