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2008年12月17日 (水)

臼杵鑑栄=鑑続か 乙四郎語録19

八女戦国百首和歌『夏日侍』をよむ

        竹橋乙四郎

▼ 臼杵鑑栄物語


鑑栄は、系図http://www2.harimaya.com/sengoku/html/ot_usuki.html
によると、大友義鑑の加判衆をつとめた臼杵長景の長男で、長景を継いで民部少輔を称している。別の記述では、臼杵長景の長男は、長景を継いで1536年から1556年まで加判衆をつとめ大友家の外交事務(対外貿易)を管掌した鑑続となっているので、鑑栄=鑑続かも。鑑続は、臼杵鎮続の兄で、鎮続の前任の志摩郡代。

六十五  鷹狩    鑑栄
ふる雪に狩場の鷹の一つがひ
花をはらへる袖かとぞ見る

鷹の一つがい、というのは、山内の鷹尾城と大和の鷹尾城のことだろうか。

▼ 鷹尾城

古図とにらめっこして、自分の根城の位置がわかりました。
根城は、敷地の西辺と南辺が掘で、アオサギが営巣しています。
「大門」付近。掘ったら何か出てくるかな。
ところで、筑後に「鷹尾城」という名の城がもうひとつありました。
所在地は「八女市山内」。童男山古墳あたり。またシンクロ。

鷹のひとつがい

http://www.hb.pei.jp/shiro/chikugo/takao-jyo/
http://www.hb.pei.jp/shiro/chikugo/yamauchi-takao-jyo/

かささぎの旗管理人の感想:

鷹狩の歌、わかりませんが、つがいであることが必然的とは思えないから、考えていいのではないかと思った。
検索していて、矢野一貞(かずさだと思い込んでいたら、いってい)の和歌集があるのを知りました。買わないけど。でも歌人であれば、どのくらいの歌よみかはわかったはずで、だから目についた二人ぶんだけを紹介したのでしょうか。

前田先生がいわれたことですが、連句はだれもができるわけじゃないのよ、って。その意味を深くかんがえていきますと、おつしろうの人物指定はあながち突拍子もないことではない。こういうサロン文芸は、ある程度の余裕がなければめぐりあえないもののような気がします。(かささぎの場合は百姓であったことを珍しがられたために連衆に加えてもらえた)。また、たいがいが百姓で読み書きができなかった時代、よほどの文化人でなければ歌は詠めなかったろうし、字を読むことすらできなかったろう。紙もとても貴重でした。それを思えば、位の高い武士としか考えられない。この百首には、「地方武士の教養がわかる資料」と書かれた簡単な案内書がついていたのを記憶していますが、かささぎはなくしてしまいました。読めていない■があちこちにあって、だれも読み解く人がいないんだなという印象をうけました。これでは詳しい解説は書けないだろうとすぐ思った。それなら一から白紙の状態でよみたいというきもちがあって、だから案内書を紛失してしまったのじゃないかと今思う。竹橋乙四郎がやってくれるというのは、まさに運命。その読みの過程が生中継でみれるわけで、わくわくします。インターネットの時代になるまで待って、やっと初めて読める歌だったのでしょう。五百年近くもじっと眠っていた歌たち、起きなさい。

とびかたやま。という名前の由来をしりたい。
とびかたは鳶形ではなく飛形。意味があるとしたら鳶という音にあったのだろう。
鷹と鳶では鷹のほうが優れているのに、なぜとびかたにしたのか。
鳶が羽をひろげているようにみえるからだろうか。
とびのほうがやさしいかんじはしますけどね。
以前詠んだ正月の句

しなり良き八女の矢竹や初明り  恭子

八女福島の伝統工芸に弓作りがあり、矢も上等のは熊鷹の羽を使うらしいのですが、熊鷹は絶滅危惧種で滅多にいない。

▼ 松延寛之こと五木寛之の連句的

五木寛之の16歳のころの小説に出ている鳶形山とおぼしき山。
福島高校新聞部新聞から引用。発掘者は高橋甲四郎先生。

山の見える教室

紫がかつた山々のうねりが窓の外にかかつていた。筑紫山脈である。やや左手に一きわ高し、銀白の雲を背にそびえているのが飛鷹であろう。手をかざせば溶け込みそうな空の青さであつた。

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_d8ec.html

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コメント

飛形山
名前の由来は検索すれば出てくるが、どうも合点がゆかない。素直に、鳥が大空をゆったりと飛んでいる形の山、と言われたほうがすっきりする。
飛形山の存在感は、中村八大作曲の福島小学校校歌(http://www8.ocn.ne.jp/~fukusho/)のとおり。1番「飛形山」、2番「石人」、3番「矢部川」。
松延寛之の「飛鷹」は鋭い。あの山の神々しさに似合うネーミングだと思う。鳶は鷹より格下(用例:鳶が鷹を生む)なので「鳶形」ではあの山の存在感に似合わない。
鷹尾城で気になってたのは、なぜ「尾」なのか。飛形山が「飛鷹」だったら、その謎が解ける。
山内の鷹尾城は、もはや跡形もない。1615年に幕府の一国一城令により多くの城が廃城となり、石垣は解体され、土に埋められた。ここは何だったのだろう。城にしてはあまりにも小さく、犬尾城(猫尾城[黒木町の城山]の支城)とあまりにも隣接しているのが不自然。犬、猫、とくれば次は猿だろうに。
同じ筑後地域に同名の城が二つというのは偶然の一致ではなかろう。大和鷹尾城の財宝、古文書の隠し場所、禁足地だったかも。禁足地管理は犬に任せたとして。城跡に神社があるようであり、ちょっと気になる。実地調査候補地。山内には何かが臭う。クンクン。(犬の糞かも。「鷹矢白」(たかのくそ)は、平安時代の医薬書『本草和名』(ほんぞうわみょう)記載の医薬品)

三題噺:「飛形山」「岩戸山古墳」「中島内蔵助」
   ↓

飛形山 由来
検索の一位
ここも目を通しておきたい↓

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