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2008年12月19日 (金)

年の瀬に「源」を考える

詩は、ひとつの国の記憶といってもいい。
       オクタヴィオ・パス(メキシコの詩人)

民族の生命の光というものの起源を詩と呼ぶならば、当然その源は〈国の記憶〉の中にしかないわけです。〈国=くに〉とは、文明以前、あるいは文明以外と言い直してもいい。文明によって覆われて見えなくなってしまっている基層の中にしか宿っていないもの、それが〈国の記憶〉です。 
         
      宗 左近のことば
 
    『宮沢賢治の謎』 (新潮選書)より

▼ かささぎの連句的

けさ起きると、神棚のまえに一冊の本が置かれているのが目に留まった。
こんど夫がでていくとき置いていったのだろう。
『太神の布告』岡本天明著。解説橋爪一衛。
そうだ、夫はこの本にこっていたときが以前あった。
なにかが心にふれてくる。
そうだ、ぼんの書いていた文章。
日、月と休めず・・
(これを私は曜日とわからず、なぜ「ひ、つきと休めず」なんてぼんは書いたのだろう。って意味にとってしまったんだった。考えたらすぐわかることなのに、数日意味がわからなかった。なんてへんなわたしのあたまだろう。)

さいきん、あったな。なんだった。
そうだ、火付きけいびほしょう。日月警備保障って見た。
盗難事件。
まだ、ある。
そうだ、橋爪!

解説をかいた人を検索すると、妙なものがでた。
消火栓の研究。
松果体をしらべていなさる人らしい。

すべてが霊的。

かささぎの旗で「宗 左近」:http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_d7bb.html

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