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2008年12月31日 (水)

母のこと  さくら語録対話篇

 母のこと

     神崎さくら

  

母の死に際して思いあたることを書きます。

葬儀の終わった夜、妹と母の部屋に寝ました。
母の部屋にあったたくさんのスナップ写真を見て、母親の葬儀の夜と言うのに不謹慎な爆笑の夜をすごしました。
母の写真と言うのがことごとく踊ってる写真、踊ってるか歌ってるか笑い転げてるかの写真ばかりだったのです。
どこかチューリップ畑に遊びに行った写真でも、満開のチューリップの前で踊ってるんです。
しかも衣装まで持参して。

「まーた踊ってる!!」
「これも踊ってる!!」
「こんな格好して!」
と言いながら大爆笑!

母は芸事が好きで婦人会や敬老会、運動会、○○創立記念なんていうと、近所の人集めて踊りを教えてふざけた踊りを踊っていたんです。
どうしてそんなに踊らにゃいかんとやろか!
と夫や子供達にはあきれられる一生でした。

これは母に限らず、実家のあたりでは、花が咲いたと言えば飲めや歌えや、田植えがすんだといえば飲めや歌えや、田んぼが良く育ってるといえば飲めや歌えやが習慣でしたがね。

元寇の時でさえも踊っていた・・・と言うところに繋がりました(笑)
関係ないか?
(いえ、じゅうぶん連句的です。かささぎ)

またよなかじゅう母の部屋を引っ掻き回し、着られる服を物色してきました。
あとで、49日がすむまでは部屋をかき回しちゃいかんて言うよ、と叔母に聞かされどっきりしました。

元寇は、軍歌が好きになり、CD聞いたりしているうち「元寇」のメロディが大好きになりました。子供の頃どっかで聞いたメロディなので誰でもすぐに歌える曲です。

歌詞と歌が聴けるサイト紹介:http://blogs.yahoo.co.jp/torakyojin88/35491894.html

▽ かささぎの旗管理人:

聞いてすぐ、うわかった!
二ヶ月前にdvd借りてみた黒澤映画で繰り返しヒロインによってくちずさまれていたうたでした。映画紹介書いていた。(『女優・入江たか子』の題)

○○余州をこーえて 十万余きのてき

と思っていたのが、あらら。

四百余州(しひゃくよしゅう)をこぞる  十万余騎の敵

でした。こういう軍歌の漢詩読み下し文的きびきびさが今、とても新鮮に映る。
おそろしく弛緩しきった時代、どうしようもなくおのれを律することのわずらわしさに。
今、独裁者がでてきたら、従うかもしれぬ。
われら、じゆうの家畜にて。

▼ 山下整子の連句的:

さくらさん。ありがとうございました。

『元寇』の曲は耳にしたことがなかったけれど、『勇敢な水兵』という楽曲はメロディに聞き覚えがありました。
30年前になくなった祖母が口ずさんでいたものです。
なつかしくて胸が熱くなりました。
祖父は昭和16年に戦死。海軍兵として激戦地沖縄で。
遺された父は15歳、祖母は37歳でありました。
祖父は明治34年うまれで身長180センチの大男だったとか。
海軍さんの白い軍服がそれは似合う人やったと祖母が話してくれました。
何十年ぶりかに祖母のことを、顔も知らない祖父のことを思い出しました。

軍歌『勇敢な水兵』 http://jp.youtube.com/watch?v=-pCQCwm9Z2s&feature=related

参照:

『高良山物語』倉富了一・著より「元の襲来」(http://snkcda.cool.ne.jp/kourataisya/18gen.html

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