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2008年12月10日 (水)

乙四郎語録 官僚番外編2

  法律の文言にこだわった思い出
 

         竹橋乙四郎 

やっぱり書かずにはおれない。
前文への思い。
日本国憲法には前文が置かれている。本来、編集をしてはいけないものだが、原文は誰でも容易に入手して検証できるものなので、要点だけを抜き取って紹介する。

日本国憲法前文(抄)
日本国民は、われらとわれらの子孫のために、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

これは、そもそもの憲法の制定趣旨を記したもの。個々の法律の場合は、法解釈上の誤解を避けるため、通常は、第一条に「目的」の条が置かれる。前文を置く必要はない。例外的に、たくさんの関連法の根っこを定める○○基本法(教育基本法、男女共同参画社会基本法、少子化社会対策基本法など)には前文が置かれることがある。具体的な規範を定める個別法では、極めて稀。
被爆者援護法は、被爆者を援護するための具体的な規範を定めた法であり、基本法ではない。この法は、主に「原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害に対する援護対策」を目的とした法律でしかなく「核兵器廃絶」は目的ではない。法律の所管は厚生省であり、核兵器廃絶は管轄外。通常の法構成だと、そのような文言を入れることはできない。

しかし、真剣に被爆者対策を行っている担当者は誰でも肌で感じていた。この世界から核兵器が廃絶されない限り、被爆者の心を援護したことにはならない。特に死没者は、いまだに死んでも死にきれない思いにあるはず。
幸いだったのは、この法案の取扱いが高度に政治的であったため、通常の政府提出法案の形をとらず、議員提出法案となったこと。縦割りの箍(たが)が外れ、法案審議の段階では「厚生省」という狭い枠組みに必ずしも囚われる必要がなくなった。
日本国憲法で「国際社会において、名誉ある地位を占めたい」「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する」「全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」と唱っているのに、その手順を具体的に定めた法は国際協力関連の法体系くらい。日本の法体系のどこかに「核兵器廃絶」の文言を盛り込むべきでは。
法律は、いかなる法律であれ、将来に渡って国民の行動規範となるもの。「核兵器廃絶」がどこかに唱われてさえおれば、誰かが「核武装」を言い出した時にブレーキとして役立つ。
被爆者援護法の前文から「原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害に対する援護対策」(本法の本来の主目的)に関する記述をあえて引き算して、もう一度、紹介します。法律という無味乾燥な世界にも、人間ドラマがひそんでいることを紹介したくて。
このような文言を盛り込んだ法律の誕生に関われたことを、本当に光栄に思います。

被爆者援護法前文(編集抄)
原子爆弾という比類のない破壊兵器は、幾多の尊い生命を一瞬にして奪ったのみならず、たとい一命をとりとめた被爆者にも、生涯いやすことのできない傷跡と後遺症を残し、不安の中での生活をもたらした。
我らは、再びこのような惨禍が繰り返されることがないようにとの固い決意の下、世界唯一の原子爆弾の被爆国として、核兵器の究極的廃絶と世界の恒久平和の確立を全世界に訴え続けてきた。
我らは、核兵器の究極的廃絶に向けての決意を新たにし、原子爆弾の惨禍が繰り返されることのないよう、恒久の平和を念願するとともに、国として原子爆弾による死没者の尊い犠牲を銘記するため、この法律を制定する。

追記:法制定に尽力された村山総理を尊敬します。若輩ながら、法案作成の過程で何度かその人となりに接し、被爆者団体と村山総理との意見交換の場で司会進行の大役を務めさせていただいたりもしましたが、この前文にせよ、村山談話にせよ、「後世への精神の残し方」に長けた偉大な政治家でした。

かささぎの独り言:

おお。日本国憲法は旧かな表記だったのですね。
はじめて気づきました。

それにしても。
おつしろうは、大きな仕事をしていたのだなあ。
よびすてしてると罰があたる。

この文章をよんで、連句的に思ったこと。

湾岸戦争が勃発したころ、朝日の投書欄へかささぎはこういう声を投書しました。


色褪せる憲法 自然の摂理。(敗戦直後は確かに効果的であった平和憲法だが、五十年もたつうちには色あせてくる。これは自然なことで仕方ない。)
すると、すごい反論の嵐。朝日新聞でしたし。
中でもこういう声が記憶にいまも残っています。

「日本は最終戦争を戦ったのである。憲法は血で贖った大切な宝だ。」

加えて、編集者のかたがいわれた一言を今も忘れない。
乙四郎がこだわった文言とそっくりのことをおっしゃいました。

思えば、あれから日本は戦争をしていません。
それは倭奴としての静かな国民性とともに、平和を死守しようとしてきた人たちの陰なる努力のたまものだったことに気づかされます。
だからこそ、その願いとはうらはらな、「色あせる憲法 自然の摂理」という避けがたい現実を、なんとかしてしのぐ知恵と方法とが、今後の課題だとかささぎは生意気にもおもうのであります。


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コメント

じっさい 根性まがりには おつしろうの書いてることも 朝日新聞の論調も とてもキレイな夢みる女のこぽいモノにしか思えない
だけど それでずっとやってきたんだよな

このもんだいをかんがえると、なぜかかなしくてたまらなくなります。
じぶんちのひとをしんじてやらないで、なんでかぞくといえるでしょう。世界中を敵に回しても信じる心。
じぶんのくにのせいじかやぐんじんさんをしんじることができないで、なんでこくみんといえるのだろうか。世界中を敵に回しても信じ、かばいきる心。
これは、朝日新聞の夕刊に最晩年の山本夏彦さんが書かれていたことでもありました。

円高が止まらない。1ドル90円を切る勢い。あの頃もそうだった。1ドル80円台。
急遽、ハワイへ飛んだ。米国エネルギー省の高官との協議のため。米国エネルギー省は、原子力行政の責任官庁。
放射線の健康影響に関する米国の研究拠点は広島と長崎にあり、そこへ米国予算がエネルギー省から支出されている。
広島と長崎にある(財)放射線影響研究所は、日本政府と米国政府が運営費を折半負担している世にも稀なる組織。日本にある組織なので運営予算は円建て。
円高だとどうなる?
米国の予算を円に交換すると、やたら目減りしてしまう。運営費が欠乏すると、研究所職員の給与が払えない。研究所職員の大半は日本人。クビは切りたくない。米国予算の増額をお願いするしかない。
かくして日米協議が必要となる。
ハワイは日米協議に最適の場所。当時、他の案件の日米会議も含め、年に3度もハワイへ飛んだ。3度とも、太平洋の海水の一滴たりとも触れることなし。ホテルと会議室との往復の日々。
協議はすべて英語で進行。これって、絶対、日本人に不利、不公平だよね。戦争、負けるもんじゃない、と本気で思ったりした。

色褪せる記憶 自然の摂理
広島で使われたウラン235の半減期(放射能の強さが半減するのに要する時間)は7億年。長崎で使われたプルトニウム239の半減期は2400万年。それにひきかえ、広島・長崎の記憶の半減期はぐっと短い。国家の記憶の風化。
昭和20年以前に生きていた人は30年後の昭和50年には人口の半分になった。その30年後の平成17年には人口の4分の1。広島・長崎の体験世代の半減期は30年。
体験世代がゼロになったとしても次の世代が語り継げば国家の記憶は伝承される。しかし、次の世代の人口もいずれ半減する。伝承の半減期は30年かも。我々の孫の孫の世代は広島と長崎の悲劇をまったく語らないかもしれない。
天文年間の人たちの間に、その千年前の磐井の時代のことがどのくらい伝承されているかが気になった。千年というのは30年の33倍以上。伝承の半減期が30年とすれば、およそ百億分の1(2の33乗分の1)しか伝承されないことになる。磐井の時代、何十万もの人が生活をし、人それぞれの人生で何十万もの物語が紡がれていたのであれば、数百億の物語がそこにあり、それが百億分の1に減ったとしても、いくつかの物語は伝承される。
さて、天文年間(450年前)の人たちは、我々より、どのくらい多くを知っているだろう。450年というのは、30年の15倍。ざっと今より3万倍(2の15乗倍)の伝承が残っていたはず。石人石馬のことだって、七支刀のことだって、邪馬台国のことだって、不明点だらけではあったろうが、我々の3万倍の情報に囲まれていたはず。当時の知識人が古典(万葉集など)に詳しいのも頷ける。

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