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2008年12月 5日 (金)

水天宮 dedicated 4

さくらさんに教わって、はじめて知りました。

千年川=千歳川。
この筑後川の名をとって、軍艦千歳となった、と。

そうなのだろうか。と帰宅後、調べてみました。
すると、本当にそうだったんです。

これをご覧ください。

http://www.suitengu.net/suitengu/suitengu/inkeidai.htm

おどろきました。

はじめて知ったこと。

こないだ、おつしろうがとんでも解釈につけてくれた資料のなかに、八女市祈祷院の水天宮の写真があり、ここは八女で一番古いお宮であると書かれていたのが妙に印象にのこってたところでした。あとでよく調べようと、いわゆる「捨て目をつかって」いたかささぎでした。

久留米の水天宮が全国の水天宮の始祖になるということ。
そのお祭神のおなまえは、

按察使局伊勢命(あぜちのつぼね いせのみこと)。

はじめて知るかみさまです*。
これで三件目です、九州に本社がある神社。
菅原道真をまつる太宰府と宇佐の八幡宮、それとここ。
(かささぎの管見なんですが。)

保健医療経営大学の英語講座で先日まなんだばかりの、リンカーンの演説の一節がなぜかここで心に蘇ります。じつは、この一節が演説を知ったときから、鳴り響いているのですが・・。まさに宗教の本質をつかんで出てきたに違いない一節だから。水曜習ったのがちょうどこれでした、引きます。(情けない、完全に暗記できていない)

But, in a larger sense, we can not dedicate -- we can not consecrate -- we can not hallow -- this ground. The brave men, living and dead, who struggled here, have consecrated it, far above our poor power to add or detract.

翻訳:

しかしより大きな意味ではわれわれはこの地をででけいと(捧げること)などできない。こんすぃくれいと(浄めること)もできないし、はろう(神聖化)もできないのである・・・勇敢な者ら、死せる者も生きている者も-が、ここで戦い、既にここを神聖な地としてしまったからだ。われわれごときの貧弱な力を足したり引いたりすることはまるで必要としないくらいに。

かささぎには単語の意味の違いがまったくわからない。
神聖化もきよめるもおなじだから。また、じっさい調べるとおんなじみたいだし。
リンカーンは深い。上記のことばは、すごく深い。
考えていると、一日費やしてもおわらない。
もちろん、それは日本をひるがえって考えるからであります。
われわれの日力、じゃなかった非力なさけなさをおもうからです。

参照:

天満宮http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE

水天宮http://www.suitengu.net/suitengu/suitengu/inkeidai.htm

dedicated考察
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_d8f8.html
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/in.html
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-c380.html

ということで、リンカーンの演説に出てくる「ででけいと」の四つを全部みてきた。
ここにこのゲティスバーグ演説の核がある。
戦死者のまことに捧げられたものだからだ。

日本はなにをしてきたのだろう。
いまだに、なにひとつまことをささげることなどできていない。

おかねおかねおかねおかねおかね。そればっかりだ。

あぜちのつぼね・いせのみこととは:

しらべました。ここみてください。http://www11.ocn.ne.jp/~interval/kurumejinja.htm
(下関の赤間神宮に一度参拝したことがありますが、お宮の拝殿のぐるりに水が青くはりめぐらされていて、どことなく竜宮風の、海の底を思わせるたたずまいにはっと胸をつかれます。源平の戦でなくなられた幼帝・安徳天皇の母が建礼門院、さらにそのお付の官女がこの、あぜちのつぼね・いせのみことだそうでございます。それを知れば、水天宮が竜宮のイメージへと転換される。)

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コメント

すみません、まだいくつかのこってますね!ででけいと。なんてしつこくこればっかつかってるんだろう。

久留米の水天宮さんって、これほどに由緒正しきお宮さんだったの?こどものころ、親に連れられてひょうたんの形をしたおまもりをもらいに行ってたよね。みんなそろって、このひょうたんおまもりしてたっけなあ。小学生になってもしてる子がいたよ。
今でも土地の子の中には、これを首にぶらさげられてるチビちゃんがいて、なつかしい気持ちにさせられる。

とんでも解釈 part 6

二     子日
さゝれ石の庭に小松を引き植ゑて
苔のむすまで友とこそ見め

水天宮の按察使局伊勢命(あぜちのつぼね いせのみこと)は高倉天皇の女官で、大和国石上布留神社(現石上神宮)の神官の娘。例の七支刀が保存されている神社!
伊勢命、は剃髪して名を千代と改める。千代に八千代にの千代。
千代が逝去すると、その墓に「松を植えて」千代松明神(久留米の水天宮の千代松神社)とした。
戦国百首が捧げられたのは伊勢宮。歌にも伊勢がいくつか登場。島根にも伊勢命神社があり、その例祭で舞われるのは八乙女神楽。

子日
源氏物語「初音」
「今日は子の日なりけり。げに千年の春をかけて祝はむにことわりなる日なり。姫君の御方に渡りたまへれば、童女、下仕へなど、御前の山の小松引き遊ぶ。」

<君が代>の語彙のうち、「千代に八千代に」は、小松引きで代替。1番歌の「君が代」、2番歌の「千代に八千代に」(小松引き)、「さざれ石の」「苔のむすまで」で満尾・・・あれ?「巌となりて」はどこにいった。

さざれ石伝説(御伽草子)
 成務天皇(西暦131~)の末っ子(38人目)の姫君は「さざれ石の宮様」という愛称で寵愛された。成長されてからの人徳は、これを上回る人はいないかったと言われ、名前も「巌の宮様」といわれるようになった。不老長寿の薬を服用して長い年月を過ごしたが、ある日、薬師如来が現れ、「八苦(生・老・病・死等の八つの苦しみ)の世界に留まっている必要があろうか。」と、巌の宮様を東方浄瑠璃世界に導いた。

成務天皇の父は景行天皇、母は八坂入媛命(やさかのいりびめのみこと)。38人の子には嫡男(正室の子)がいなかったので、景行天皇の子(日本武尊)の子、すなわち巌の宮様の従兄弟が仲哀天皇(西暦192~)として即位。

苔のむすまで
糸島半島の「桜谷神社」の祭神が「苔牟須売神(こけむすめのかみ)」。コノハナサクヤ姫の姉、イワナガ姫のことらしい。イワナガ姫は日本書紀で磐長姫と表記。磐井の磐。

友とこそ見め
千載和歌集 入道前關白太政大臣
「千年ふる尾上の小松移し植ゑて萬代までの友とこそ見め」

ここで、大胆とんでも仮説。
卑弥呼=巌の宮!! 年代的にはぴったり。

2番歌のとんでも超訳。(ちと無理あり?)
(さざれ石の宮から巌の宮となられた)卑弥呼様の領地に(卑弥呼様を彷彿とさせる伊勢命を奉る)千代松明神をこさえることにより
磐井の時代までは伊勢命の友(同類の方)がおられたことの証としましょう。

ところで、いろいろ検索していたら、「倭」の大陸読みは「ヰ」、「王」の読みは「ワイ」とか。ほんとかどうかわからんが、ほんとなら「倭王」は「ヰワイ」じゃないか!

いわながひめとこのはなさくやひめ。
このふたりのはなしで私が知ってるのは、ぶすと美女、二人の姉妹物語。およめにだすとき、姉妹の父はきれいなさくやひめをほしいなら、ぶすのいわながひめももらってやってくれ。といわしゃったげな。
これ、禍福はあざなえる縄のごとし。というオチへつづいてます。
わおうは、かささぎもイワイとおもう。ちなみにうちの娘は博多千代町ちかくの寺ばかりある町に一時期住んでいた。それ、地番までいれて俳句でよんだことがある。あら。忘れたけど。笑

せいこさんへ。
首につけるひょうたん。きといんの水天宮さんでいただいてきて、首にさげさせられていました。中の紙のおふだを飲めといわれて往生していました。

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