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2008年12月 6日 (土)

雑餉隈

千代。

と聞いてかささぎが一番に連想したのは、

むすめが学生時代に住んでいた御供所町へいくとき、千代の都市高速インターで乗り降りしていたっけな。ってことです。

梅一分御供所二丁目三番地  恭子

(句を詠んでいたから記憶にとどまってた。笑)

で、千代町をしらべていましたら、雑餉隈。という懐かしい地名の由来にゆきあいました。

さらにざっしょのくまの、ざっしょとは

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E9%9B%91%E9%A4%89&dtype=0&stype=0&dname=0na&ref=1&index=08246207366700

ということで、ざっしょのくまは、意味的に八女の納楚と同じです。
前回てきとうにおもいついた、ドンドラ(鈍銅鑼)が鳴りひびき、邪馬台国へ舟荷が着く。それを納所へおさめた・・・として、古代、川をさかのぼるのはどう可能だったのでしょうか。
という疑問がのこった。

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