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2008年11月 4日 (火)

肥後飢餓講ーいたむから、撃ちに行く

  星永文夫句集『肥後飢餓講』

       - いたむから、撃ちに行く -

           前川 弘明

このB五版箱入り一巻は、たとえば黒い紋章を彫り刻んだ一個の壮麗な棺である。あるいは、とめどがたき血潮で満たされた月夜の暗い甕である。
星永文夫が叩く棺の音が聴こえるようだ。
渾身で揺さぶる甕の中のどよめきが聴こえるような気がする。
それらの作品は、濃い霧に覆われた土着の因習の哀しさを引き連れ、生死の蒼い灯をゆらめかせて、うごめくようにぼくの内耳を這いまわる。

本集は、初期句集「狼祭」(昭48)「肥後飢餓講」(昭50)に、戯曲「聴耳荒神黨(一幕一場)」を加えたものである。
星永は「あとがき」に「私の原点は〈飢餓〉であった。国敗れて〈神国〉が滅んだとき、信ずべき何ものをも亡って、その種子が播かれたのだ」と書き、別の付文でも「私は知っているのだ。私の飢えの盆地に、冷たくたぎる火のあることを。それは決して連帯しないことを。」と告げている。

 悪魔(ばけもん)が舟漕ぐ おしろいばなとなる白昼(ひるま)
 情死めらめら 水甕みそしる三日月村
 昼は鏡に 胎児ながーいローソク持つ
 突堤に傘さし 七人子を産む悪い女
 鷺は田に 狂った母が紙切るよ

この抜き差しならぬようなせつなさは、生き抜くことの怨念を思わせ、あおい狐火がそこらあたりに漂っているような気配である。
死はつねに生の裏側にあって、その絡み合いこそが生きることの証であると言うのであろうか。句の半ばを一字分脱落させることによって、句に一個分の飢えを与え、審問の息継ぎを期待するのであろう。

土着の精霊は土着の方言によって、呼び起こされる。
方言の言霊が親しく地霊を呼び起こさせるのである。

 

 誰(だる)か新地に精霊つれてほおずきの欲しか
 蛇ぬれて 白塗り村ン衆(し)が消えていくで
 蟹(がね)食うてよごとよごるるおなごの家

土地に育った素っ気ない言葉が、まるで地霊を呼ぶようにざわざわと葉ずれの音をたてる。

かぞえ唄の句がある。
「ひふみよいむなやと」のそれぞれの一字を冠にした句である。

 ふ・えの音の今夜おそろし銀のめし
 む・ぎの針折れておんなのはじめの日
 な・のはなに襲われる日は女郎買いに

かぞえ唄は、おおよそ悲しみと恨みの唄であって、子守唄や労働の唄にまぎれて低く人から人へと繋がれていく。

 水の村から万歳が来る 犬盗(と)るため
 倒れるから 爺よ 猪(しし)撃て  唄うように
 三時に遠い蓑虫ゆれる 厠の父よ
 乞食(キリスト)が火を焚く みごとな村民(なかま)の死
 この谷の飢えの何処かの彼岸花
 くれないに人はながれて橋づくし

若き日々の星永の心は飢えて、飢えの血潮のエネルギーを愛していたのであろう。

 ひたすらひかるざらざらかなしい日のしっぽ

この飢えの痛みよ。その親しき痛みよ。

 いたむから雪へ廃馬を撃ちに行く

 『九州俳句』 151号(中村重義編集発行)より引用
    平成二十年八月十五日発行

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コメント

以前一度うちこんだとき、反映をクリックしたら一瞬にしてきえてしまった文章です。これ二度目。

え~、お題を頂戴いたしましたので、「肥後」「カンボジア」「コブラ」の三題噺を一席。

カボチャのふるさとカンボジア。カンボジアといえばアンコールワット。世界中どこにでも出没する乙も行きました。ツゥームレイダーでアンジェリーナ・ジョリーが暴れた遺跡・・・違うかっ。
アンコールワットの参道の両側の欄干は、ナーガという長~い人面コブラです。インド神話に出てくる架空動物。インド最古の聖典(リグ・ヴェーダ)に繰り返し登場する神であり、誕生と死、時間の永遠の再生に結びつけられているとのこと。
ナーガには頭がいっぱい。九つ頭のナーガが海を渡って九頭竜に、八つ頭のナーガがヤマタノオロチになった・・・違うかっ。
さて、このアンコールワットには、1632年に書かれた江戸時代の武士の落書きがあります。「寛永九年の正月に初めてここに日本の肥州(熊本県)の住人である森本右近太夫が来た。仏教の悟りを開く事を志し、数千里もの海を渡りこの世の中を浄めるがためここに四体の仏像を奉納します」
おいおい、ここはヒンズー教の寺院だよ・・・違うかっ。

句集とある。ってことは、これは俳句なのですか?
型破りの俳句ですね。
おどろおどろしさ。
むごたらしさ。
そして、この破調ぶり。
定型に納まることをよしとしない、
あえて狂ったような詠みぶり。
強烈だなあ。

ほんとに。山崎ハコのうたを思い出してしまった。もう一人、森田童子も。(字が違っているかも)かささぎどんが目をつけるのがわかるような気がする。

明日英語だよね。まちがってないよね。

そらどういう意味よー
あ やはりあした笑顔の英作文

おつしろう
そりはほんなこつ
創作ではないとね

コブラは 終わりを始まりに繋ぐ 永遠の循環 なら 矢張 ヘビ とおんなじだな

せぃこさん ぼんしゃん
この星永文夫 と言う俳人 が 中山そらんの先生です
方言はこんなにも ゆたかな武器になるのか と 強い衝撃を 受ける
前川の評文 も いい
暗く重たい血の抉り
だが 抉った地には 赤茶けた 水溜まりが
どんどん たまってゆく

> 乞食(キリスト)が火を焚く みごとな村民(なかま)の死
キリスト教は土葬のイメージがあるので、わざわざ括弧書きで(キリスト)とある句に違和感。ネパールのバグマティ川(ガンジス川の支流)岸で見た火葬風景が蘇りました。ヒンズーの地でのキリスト者の生き様を描いた「深い河」(遠藤周作)も。
カンボジアのヒンズー教の寺院を仏教寺院と信じて疑わなかった熊本人の一徹さ。宗教は形あるものの中ではなくて自分の心の中にあるのだということを強く感じさせるエピソードでした。
そもそもヒンズー教も仏教もバラモン教から派生した兄弟分ですが、バラモン教のカースト制のもとで現実路線に走ったのがヒンズー教、反発して理想追及路線へ走ったのが仏教。キリスト教とユダヤ教とイスラム教の違い以上に哲学基盤が異なります。もはや全く違う宗教。
ネパールで火を焚いていた貧しい人々はヒンズーです。しかし、下位カーストの乞食にとってヒンズーはどういう意味を持つのか。
実は、下位のカーストの者は、差別から抜け出すために改宗するのだそうな。差別されるままに人生を閉じてしまった村民(なかま)を弔う時、乞食の心の中では改宗の決意が漲っているのかもしれない。

>この星永文夫 と言う俳人 が 中山そらんの先生です

そうなの?
そらんさんって、すごい個性的な師匠についてらっしゃるんですね。

 悪魔(ばけもん)が舟漕ぐ おしろいばなとなる白昼(ひるま)
 昼は鏡に 胎児ながーいローソク持つ
 鷺は田に 狂った母が紙切るよ
 乞食(キリスト)が火を焚く みごとな村民(なかま)の死
 この谷の飢えの何処かの彼岸花
 ひたすらひかるざらざらかなしい日のしっぽ
 いたむから雪へ廃馬を撃ちに行く

ただ単におどろおどろしいんじゃないのね、これ。わたしの乏しいぼきゃぶらりぃではうまく表現できんけど、泣きたくなるごと、ひたすら。そんな感じ。これでもかこれでもかと、自分を鞭打ってことばを産み出してる。これが俳句なのね。
読めば読むほど、目が離せん。すごかねえ。
ある意味そらんさんがうらやましか。でも、この人のもとで句をつくるって、きつかろうねえ。

そうか。ひのくにのひとはいちずなんだな。アヨージヤの郷愁 を書いた 稲津紀三師も 似たことを書き残している。イスラムがすべて打ち壊したその下には 世親やアショカ王の 仏教のサンガがあったに違いない と。それと同じ 思いだったのではないかな。心眼で見ていただろう。昔のひのくにの人は。何も知らないけどそうおもった。
あと
おつしろうの句の読みとは違うのですが
ほいと を キリストと ルビうつのは鋭い
そこで切れているよね
さあ
この句 どう読みとく
深い。

三題噺。「ほいと」「方言」「カボチャ」
乞食のことをほいと(法衣人、陪堂:ホイトウ、祝人:ホギヒト)という地域は広いけど、熊本市のガッコでは通じなかった。筑後出身の同級生と一緒に「あなたは名誉あるホイトに選ばれましたぁ、パチパチパチ」と、ふぞろっか友人ばひやかしたこつのあったい。
筑後と熊本とは似通った方言文化ですが、違いもある。熊本ではカボチャのことをボウフラと言う人もいた。カボチャはカンボジアが転じたもの。カボチャの種子が天文10年(1541年)にカンボジアから大分経由で渡来したらしい。持ってきたのはポルトガル船。ポルトガル語ではカボチャはアボブラ。これが長崎経由で転じてボウフラ。南蛮国からの瓜ゆえ「南瓜」という当て字。関西では南京から渡来したとしてナンキンとも呼ばれる。鎖国前の日本、あちこち行き来していたようで。
カボチャの種から世界が見えるっ!元気ですかぁ~っ!・・・ 違うかっ!
ルネサーンス!(ひぐちクンは修猷館)

おつしろう。
かぼちゃはぼうふらじゃなくぼうぶら。
ぼうふらはかのごようしょうのころ。
かんじで孑孑。
えいごの宿題わっかんねえ。
昨夜からずっと腹痛で具合が悪いんです。
ってのを穴埋めする問題。
I’ve( )( )( )( )( )last night.
I’ve been suffering from a stomachache last night.
これでいいかな。はらいたはなぜ胃いた。
i've been ill with a stomachache last night.
昨夜からずっと、は現在完了継続を使うんだろうけど、前置詞sinceが要った?いらんよね。わすれた。

きょうは最短距離で移動できた。

では正解を。

Ⅰ've been having a stomachache since last night.

sinceはひつようだった。ふふふ。

誤解なきよう。
僕の基本はこの人が師です。
ゆえに月に一度大分に通っておりやす。
星永文夫先生は、熊本で句会で世話になっている関係です。
極力、星永句とは違う世界を目指している。
微妙なんです。
きらいではないけれど、太刀打ちできないのが本音。
でも、その世界は、俳句作家としての思いがびっしりつまっています。
骨太の思想を全面に出している俳人です。
一方、私の師匠はというと・・・・。
このふたりは、ある意味、両極なんですね。


第29回九州俳句賞受賞作品(平成9年)

かげろう

茎立ちて夕べいずこも敗北感
葱坊主だけが味方の癌年齢
かげろうのどこを掴めば兄還る
綿雲に乗りたい春の逃亡者
李花散りてそれから疑い深くなる
さくらさくら癌センターのまぶしい女医
花に酔い逝く日を選ぶあそびして
前世は詐欺師かもしれぬ春眠し
蝶の死のたったひとりの証言者
つまぐれを少女は愛のはじめとす
生きている限りは戦後桃啜る
この世理不尽あいまいなれば褸蛞放つ
夕焼けにいつも割込む洗濯屋
唐黍に毛が出て天皇滋賀を発つ
低音の一人がまじる花野の椅子
息切れのこの頃すすきが好きになる
いつまでも兄がかくれる椿山
くさめして針葉樹林抜けられず
少年の死をあいまいに綿虫飛ぶ
めっぽう寒い油を抜いた竹千本

私の師匠は大分の成清正之。
九州俳句誌はあいうえお順なんで、僕のすぐうしろにいつも掲載されています。
この順番・・・・。
いつも微妙なプレッシャーなんですね。

そらんさん。納得です。
星永作品とは、そらんさん、毛色が違いますもん。
ちょっとびっくりした。
あまりの異色ぶりに、
こりゃ、きつかろうな、と。

で。
成清作品。まったく、違いますね、カラーが。
この方の作風ならば、そらんさんの師匠として、
すんなり受け入れられる気がします。

ああなるほど

軽いですね成清師のほうが

ぼんしゃんがいみじくも指摘したごつ あたきは軽いの苦手 てか なんも残らない
そらんさんの句が みんなおんなじ句に見えるのも 多分一緒

でもほととぎす は 異色に見えた

また何か巻きますか
紅葉で出してくれ

軽い?
ま、そういう表現もあるわね。
ここは、軽快であると言って欲しい。

おこるなくさるなはらかくな。くるまは急にとまれない。
軽いものは軽い。表現方法としての文体が。口語と地続き。それもあって、いやほとんどそれでだとおもう、佐藤綾子句集に対してもおなじように感じたからでありますが、つらつらおもうに、やはりそれだろう。

文語であらたまったかんじのものがすべてだとは思わないが、。
やさしすぎてさらさらつうかしてくんだよ。なにひとつわだかまりすらのこさずに。おもいもことばもひとつのなぞとしてあってくれとねがうのみ。

>Ⅰ've been having a stomachache since last night.

have been having というのは畳語的で嫌。
have been suffering fromのほうがいいような気がする。個人的にはhave been ill withが好み。
( )の数が勘定に合わない?
a を省略すればいい。
   ↓

おつしろうありがと
昨日は三度も回ってきて忙しかった。でも最後にみんな佐藤先生から蒸しパンをいただきました。腹ペコだったのでかじりながら帰りました。腹痛息子のぶんまで貰った。作ってくださった方に感謝。シェーシェー

らんちゃんに頼んであげた
落語の券あればおつしろうがくれといいよったて
虫良すぎと思うが
らんちゃんは ハイよて 優しいなあ
ていうか あれは銀行に貢いだ人に抽選で当るんやで

ふと思った。
西日本新聞の俳句欄。読者文藝の。
あれの選者が二人とも伝統系です。
それをどう思われますか。
星野椿。森澄雄。
ならぶ作品のなんとまあ格調高いことか。
でも、これはこれで退屈なんだよな。
そればっかだとな。じゃろ?

あおもいだした。
星野椿からの自筆の手紙をあたきはもっとるで。
それが「先生」、という書き出しなんだわ。ミーがよ。笑うじゃろ。
紹介したいが、どっかへいってしもた。ごみといっしょになってるだろうかな。もったいないことだったな。

かささぎどん。

>でも、これはこれで退屈なんだよな。
そればっかだとな。じゃろ?

うん。共感。
でも、やまなみを読んでていっつも思うのは、リアリティに裏打ちされた作品にはそれなりのチカラがあるんだけど、こればっかりじゃつまらねえのよ。叙景歌なんて、いくつになっても詠えると思うわけ。だから、概念的なあるいは観念的なものにばかり食指が伸びるわけ。
でもね、こむつかしい歌ばっかり並んでたら、これはこれで、食傷気味になるっちゃないの?と思うわけ。写実の歌の中にあるからこそ、抽象的な歌が光るわけで。平明な中にあってこそ、わけわからん歌の魅力も増すっちゃなかろうかと。
おのれの好みとは別に、それらの歌の意義とか価値とか、歌そのものをも味わえるようになればいいと思うんですが・・。なかなか、ね。

seiko
あんたにであえてよかったとおもう。
あたしは高校時代あんたとはおなじクラスにはなったこともなくて、しらなかった。でもなんでかこうなったやろ。それはぼんが紹介してくれたからなんだよね。もう忘れかけてるけど、知り合った頃はぼんのあたまごしに沢山文通した。わたしはそういうの、あんまりってかぜんぜんきにならないたちだし。でも、ふつうに考えたら、ぼんはいやな気がしたかもしれない。いわないけど。そんなぼんを私は信じている。
なぜか私はやりたいことしかしなくていい。とおもうちからがつよくて、とくに五十すぎてからはそうで、こと文藝に関しては、おもったことしかかきたくありません。義理でどうこうしたくはない。

俳句、山本健吉なきあと、これという批評家が出なくて、だから今ひとついい作品をかく作家が育たない。私はそうおもう。よむちからのもんだいである。

ここでうんとげきをとばそう。日本の俳句界、短歌界を見渡して、いちばんすぐれた星たちが集まっているのは、この八女ではなかろうか。ぼんやせいこさんやたからさん、都さん、おとめさん、乙四郎や消挙に期待してる。ほれ。書きなはれ。もみじで何か傑作を。まだ早いか。熊本の中山ソランも何か書いてくれんやろうかな。

くまもとのいなか出身の子がね。いまもいねのすりこきでもみすりしてる。という。感動した。機械じゃなく昔ながらの人力。

ほんとだねえ。
顔と名前は知ってたけど、たぶん、高校時代、話した記憶はないよね。接点もなかった。ただね、同時代に食堂の2階の住人ではあったかもとは思う。実はブンとも一緒のクラスになったことはないんよ。ただ、食堂2階の住人同士だったってだけ。人間のえにしって不思議。

明日、福岡市の芸術文化祭(名前がそうとうすごいよね。笑っちゃうよ)に行かねばならぬ。市民でもないのに、司会をするんだよ。心臓に毛が生えてるって理由で。福岡市にあれだけの人材がありながら、八女の片田舎から田舎もんが司会をしにいくって、どうよ、わらうじゃろ?なんか気が乗らない。だから、こんな時間まで夜更かししてる。直属の選者に頼まれて断りきらんやった。ふぬけじゃのう、わても。

あした大役なんだね
街の人は田舎者に劣等感持ってるし

百味箪笥に百の抽出

>街の人は田舎者に劣等感持ってるし

そうかあ?もってねえよ!

>百味箪笥に百の抽出

うん。そだね。言ってくるわ。気楽に。


よくわからん。せいこはんときょうこはんが、ぼんの頭越しに文通した?かめへんかめへん。二人とも尊敬しとるもん。あ~、コスモス出す時の事か。前に言うたことがあると思うけど、高校の現国のとき、短歌を出して、全員分無記名で黒板に板書された。いいと思う句を挙手の数で選んでいくと言う授業。最後に残った句がぶんのだった事だけ覚えている。私は準決勝ぐらいで落選した。きょうこはんは覚えとる?

全然知らない
覚えてないだけなんだけど
コスモスを読んで
驚嘆したのは ブンの植物についての造詣の深さ ぼんの管理していた男の子たち つまりサッカー少年のことでございますが についての観察力
あとせぃこさんの文字のかたち あの独特のかどかどをキープしながらも丸みがありやさしくもあり優雅でもある。

文字で思い出しました
本園先生の独特の文字
そういえば せぃこさんの文字は本園先生の文字にどこか通じているなあ

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