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2008年11月18日 (火)

乙四郎学長語録 2

言論の自由

            竹橋乙四郎

田母神氏がしきりに言論の自由をおっしゃってます。
立場がある人に「言論の制約」があるのは社会維持の常識で、公の場で所属組織の見解と異なることを公言したい場合は、乙三郎とか、丙五郎とか、ペンネームで公人と別人格になって発言すべし。匿名も可。実名で発言する場合にあっても、最低限、肩書きをばらさない配慮が必要。さもなくば、世間や所属組織からバッシングを受けるのは必定。過去、役人かたわら小説を書いていた作家は大勢いるが、作者名に肩書きはつけない。それで言論の自由はとりあえず保たれる。堺屋太一は堺屋太一であり、通産省役人とは別人格。

おととい、カンボジアから教育関係者(国を代表する指導者たち。虐殺世代未満なので、20~30歳台)が19名、近くの小学校へ視察研修に来られたので、小学校の上級生、PTA、教員、カンボジア客人を聴衆に、国と国との助け合いの講話をした。カンボジアの真実はアメリカの悪口を抜きには語れないので、言葉選びに腐心。実像としての乙には、いろんな肩書きの経歴がくっついている。さらに、学校教育の場ではアメリカの悪口はタブー。同盟国を悪く言ってはならない。
教育の場においては「言論の制約」が大きい、という事実をまったく知らずにこどもたちを学校へ通わせている日本人に、どこぞの洗脳教育国家を批判する資格などないのかも。
たとえ社会的重大事であっても、与野党が対立するようなことは教えられないし、入試でも出題されない。たとえば、我々の命に直結する、社会保障と安全保障については、常に与野党対立点なので学校教育ではほとんど触れられない。たとえば社会保障は助け合い精神を制度として具現化した「保険」の仕組みから教えるとわかりやすいが、学習指導要領を端から端まで検索しても「保険」の文字はヒットしない。かくして、社会保障と安全保障に関心のない日本人が大量生産されてゆき、関心のない人たちが教師になって次世代を育てている。学校教育の純粋培養エリートが健康保険の仕組みを知らずに医師になれる国、日本。医療が崩壊するのも無理はない。

みやま市の大学は、わが国の社会保障と安全保障を支える人材を養成する特異な大学。世間の関心はどうだろう?

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コメント

乙さん語録。いつも、コメントが長くて思わず引きぎみになるのだが、彼のコメントは文句なく興味深い。それはたぶん知らないことばかりだから。生きてきた土俵の違い。役人のみんながみんな、こんなに多様な経験をつんでいるのだろうか。乙さん自身のブログがのぞまれるところだが、ないのね?

昨日、日帰りで上京しましたが、古巣には近づかなかった。取り込み中。
言葉を一度となく交わしたことのある知人が殺される経験なんてそう滅多にあるものではありませんが、今回の山口氏にせよ、長崎市長だった伊藤氏にせよ、乙の周辺では多発しています。高校の一年先輩(by喧嘩の仲裁)も。海外で出会った高官(by政変)も。
人を殺した人たちとも、何十人と接してきました。このエピソードはまたいずれ。
>生きてきた土俵の違い
その通りではありますが、あまりしたくない経験も多い土俵です。

大変なことになりましたね ご家族はご心痛でありましょう
お見舞い申し上げます

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