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2008年11月12日 (水)

備中鍬と馬唐黍

季刊 俳句・連句誌 『八千草』48号より

鵙の声備中鍬を深く打つ   有馬朗人
                  俳誌『天為』
主宰                     

 ペン胼胝 

    俳句・連句誌『八千草』主宰 山元志津香

青葦や残生にまだ担うもの
赤貧のあの日ぽろぽろ馬唐黍
刺青のばらの腕美し荒御輿
盛り塩をさけゆくうまさ祭足袋
草いきれ恋に不慣れのあの日かな
人恋へば鬼百合ゆらす渓こだま
毛虫焼くはったりの頬ひりひりと
残月の褪せはじめたり草ひばり

半生のペン胼胝ぬくし白露かな
押す風は返す風なり葛の花    

平成二十年霜月発行  

      (山元志津香主宰は川崎市在住)

鵙の声備中鍬を深く打つ   有馬朗人

備中鍬で畑の硬くなった土塊を壊している。振り下ろすと、地に刺さったままなかなか鍬が抜けぬ。力がなくて、思うように鍬が使えなくなってきた。そこへ空気を裂く様なけたたましい鵙の一声が響き渡る。もうそんな季節か。鵙よ、おまえはまるでおれをあざ笑っているみたいだな。天を仰ぐと、空は深くどこまでも澄み切っている。

備中鍬:

http://www.forest.minokamo.gifu.jp/data_box/dougu/4_08.html

赤貧のあの日ぽろぽろ馬唐黍   山元志津香

馬唐黍(うまとうきび):

検索すれど出ず。戦時中十代の少女だった母に尋ねた。
馬の餌用の大きくてまずい唐黍だったという。馬のたてがみのような毛を沢山つけていたろう。戦中戦後の赤貧洗うがごとき時代を経てきた世代は、飢えをからだで知っている。一句にある哀感が、胸にひたひたと迫ってくる。作者は唐黍を食べている。噛り付かずに指で実を落としながら。すると自然に昔のことが思い出される。ぽろぽろと唐黍がこぼれ、ぽろぽろと涙がこぼれる。作者の感傷を噛んで味わいたい。
ちなみに作者は戦中派ではなく、団塊の世代よりは少し前の世代。かささぎは連句作者の句だなと思います。
同じ頃に、さつまいもにも「沖縄百号」という名の芋があり、それも又大きくてびちょびちょとしてまずかったとは母の言。そんな母の戦時中の記憶を呼びさます句をついでにここにご紹介する。

兄弟の多かりし世のさつまいも   保坂加津夫
              (現代俳句精鋭選集Ⅳ収録)

参考記事

唐黍で検索中、こういう詩を見つけた。

 唐 黍    一葉糸枝

  ロシア兵のくれた唐黍
  一粒ひとつぶが恥辱(ちじょく)
  この恥辱が血となり
  女として転がっている
  そして生きている
  凍(い)てつく空に
  死にたいと洩らせば
  寡黙の間に
  他人になった夫の背が震えている
  この二つの生ける屍(しかばね)の狭間で
  二人の幼児が
  眠りの中で笑っている
  夢でない夢の隅で
  モンペ姿の女が
  ロシア兵の体臭を黍粥に炊いている

http://fieldworks-japan.com/2007/06/18/post_15.html
http://www002.upp.so-net.ne.jp/ayuta/kotoba/kotolog/tokibi.html

あるいは、また連想する。
石橋秀野の句文集『櫻濃く』の随想に、戦争未亡人のあるものたちは「やとな」と呼ばれる酌婦となって生き延びたと。

  

昭和二十一年

 五条キャバレー
石叩ひるの奏楽瀬にこたへ    石橋秀野

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コメント

有馬先生、「備中鍬 俳句」検索で上位に出ますよ。しみじみとあじわい深い労働の句ですね。

 鵙の声備中鍬を深く打つ  有馬朗人

この記事、このサイトにリンクしていただいておりました。どうもありがとうございました。↓

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