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2008年10月24日 (金)

無常

歌仙 「孵化も間近か」

     首 平成二十年四月一日
          尾   〃    六月一日

筍のひとつ耶蘇墓また一つ    乙四郎
 くるす野淡きかぎろひの中   恭子
ふらここへもつと高くと声かけて 呆 夢
 公園の道車椅子行く      兼坊
濯ぎもの干さるる先の月の舟   整子
 蝉取り網で海を捕らへる     宙虫

ウラ
白い時壊れた扉こぢ開ける   たから
 こちらへどうぞ主待つ椅子 乙四郎
足枷のごときぬかるみなにぬねの 整子
 レスキュー隊員みんなイケメン ぼん
雪鳴らし獣が月を食ひに来る 虫
  天の体と人の体と  恭
活火山怒れ吐き出せ反抗期 たから
  びつくり水をかける頃合  乙
年賀状とつくに松の内過ぎて   坊
  晴れたる空を連凧がゆく  ぼん
花守の役を負はせて石の馬  整
  肥後街道に太る蜂の巣   虫

ナオ
チヌ釣りが中止になつたと留守電に 
           丸山消挙 
  喫茶店名繰り返し聴き  乙
一眸の荒野を隠す君の肩   恭
  優しくもあり激しくもあり bud
ゆらゆらと音なく影なくカンナ燃ゆ ぼん

    リストの譜面めくる夕凪  虫 
まほろばは楽天的に陽がのぼる 整
  禁煙ガムがやまんないです 恭
香を残す無口な父の文机  たから 
  龍卵震へ孵化も間近か  乙
月明かり電気灯らぬ避難所に 坊
    生者のこゑは野分のやうで 整

ナウ
ハンケチで林檎を磨く家系なり 宙虫
 新酒出揃ひ満ちるぐいのみ  ぼん
亀助け見返りなんぞ当てにせず 乙  
 あれやこれやと忘れるも良し たから 
天に向く花の哀れを言ひし人  挙 
 団子やありて雁帰るとか   坊

    無常

         竹橋 乙四郎

 二〇〇八年五月は数多くの命が失われた月である。五月二日にミャンマーを襲うサイクロンで十四万人、十二日には四川大地震で九万人もの死者・行方不明者が出た。また、ニュースにこそならないものの、地球上ではひと月あたり、結核で三十万人、エイズで二十万人、マラリアで十万人が亡くなっており、人知れず死んでゆく者の何と多いことか。
 日本でも、統計上、五月のひと月で十万人近くの日本人の命が旅立っている。死因は様々であるが、がんで三万人、脳と心臓で三万人、事故で三千人、自殺で二千五百人、他殺で四十人といったところか。報道によると日本では自分で命を断つ人が多い。日常的であるということがニュースになる不思議。

 人がひとり亡くなるということは、その人の未来がなくなるだけではなく、その人の過去もなくなってしまうということである。自分の過去は自分の記憶の中に存在する。嫌な出来事も、自分が忘れてしまったら、その出来事はなかったこととなる。自分の過去を他人が覚えているとしても、人というものは四六時中他人のことを気に掛けているものではないので、恨めしい過去を消し去るには、さっさと忘れるに限る。死ぬのは、自分の過去を消す手段のひとつではあるが、そうまでしなくてもいい。消したい過去だけを忘れればいい。

 災害や事故や他殺で死んでしまうのは無念である。何の準備もなく不本意に過去が消されてしまう。消したくない過去まで消えてしまう。残すべき過去は他人の記憶の中に留め置きたい。作品を通じて、あるいは出会いの縁を太くして、自分の生きてきた証を少しでも残したいと思う。

 人里離れた竹林に隠れキリシタンの墓がある。この方の人生がいかなるものであったのか、皆目わからない。この方を知る人がいなくなるとともに、この方の過去は消えてしまった。きっと壮絶な人生だったろう。夥しい数の過去がこの地球の地殻に埋め込まれてきた。過去はやがて未来へと転ずるのであれば、殻の下では未来が蠢き、孵化する日を待っているはずである。

  連句誌 「れぎおん」 63号 2008・10月 秋号

      編集発行・兵庫県神戸市
             前田圭衛子

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コメント

早朝から、この歌仙をどこに分類してたのか探しました。俳諧になかったので、あわてました。なんと連句連歌にありました。ほへえ!自分で分類していながら、見直す暇もない。笑
乙四郎から言われて原文を自分で打ち込みました。このとめがきは、すみたからの「あれやこれやと忘れるも良し」から発想したとのことです。で、みなさまきいておくなまし。ほんっとにずさんなことであわすかおがないとですが・・・やっぱ、だまっていることはできやしません。留書を書いたなら、歌仙も紹介しておかねば、題も変えたことだし。と、これは打ち込みではなく、そのまんま六月の文章からこぴぺしました。そしたら、一部、自分の記憶と違ってる。
杉作さん、たからさん、ごめん・・。、もう二度とひめのとはしないどこう。と思わないでくだせえ。ひたすら陳謝、ごめんなさい。きおくでかいてしまった。かくにんもしなかった。こんなさばきがどこにいようか。まったくあきれはてる。いくらいそがしかったとはいえあんまりだ。うわ~じめつだ~

というときに、救いの手がにゅうっとでる。

あれやこれやと忘れるも良し  たから

いや、これはにげられんでしょう。

御礼が遅くなったけど、れぎおんをありがとう。作品になっていてびっくりした。
乙殿の留書うまいねえ。後のほうの言いたいことが、前書きによってよりくっきりと浮かび上がる感じ。すっきりして、これがアハ体験と言うのだろうかと思ったりした。
私の拙い句から連想していただいたとは、光栄です。(汗)
古賀さんの留書は、しゃれてて、笑いました。もし私が参加していたら、何と表現されていたか、聞きたいような、聞きたくないような。まずでかいが付きそう。
きょうこさんからごめんといわれても、何のことかよく分からなかったくらいです。ご心配なく。それより作品に証を残してくれて、ありがとう。

まりさんありがとう。あなたはそういうだろうとおもった。でもね。かんがえてみたのよね。
なんでてきとうにやっちまっただか。って。
かをのこす。むくちなちちのふ(み)づくえ。
この切れがきになってたんだとおもう。
いっぽんにうちのべたかったのだろう。で、むいしきにつくりかえてたようなかんじ。それほど、しぜんなまちがいでじぶんでもこの文をうちこむまでまったくきづかなかった。
すぎさくさんのは、おもてで、くるまいす、しかもにごしさんのにごになってたのがきになって。あ。これ、どっちがどっちだった。わたしがにごにしたのかな。もうわからんけん。どっちがどっちだったか。そんなかんじなんだわ。うちこんでプリントアウトして郵送するとき、確認するのが超めんどくさかった。このページをひらくのが。それでごめん。どっちにしても、まあ、訂正できてよかった。
乙四郎の文章の、数字ばかりに気をとられて(さすが厚生官僚だと思って感心しつつ)、私は数字の間違いはないかだけを見た気がする。だから、ちっとも気づかなかった。ほんっとにもうしわけない。

(そのうちに音火子さんのもうちこみまひょな。)あ。おとひこさんは福岡在住って書いたけど、せいこさんとおなじ広川町のひとらしいよ。われわれよりいくつか上。ひとつ?二つ?そんなかんじっす。

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