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2008年9月20日 (土)

ともがしのふなば。

筑後風土記  作詞 栗原一登

矢部川

霞敷く 杉山高く 
くに境 三国*(みくに)は見えず
谷の瀬に 生まれし水は
岩走り 矢部よ 山峡(やまかい) 
この水の 明日は 何処ぞ

移り行く 岸辺懐かし 
藤咲けば 山女追う人
一里石* 蝉は時雨れて 
いわし雲 漂う川に
曼珠沙華 赤く そよぎぬ

豊かなる 大地を巡り 
川は行く 君よ 矢部川
冬知らぬ 楠の湯の町* 
艫樫の 舟場過ぐれば
遠からじ 春の 有明

これは先日矢部村の詩人椎窓猛先生が下さった資料からひきました。

ともがし。艫樫。
樫の木のまわりに長い竹を立てた独特の舟つなぎ。

と参照がつけてあります。

ああ。あれか。と胸にわいてくる景色。

沖の端(おきのはた)風景写真:
http://www.ariake.net/gallery/ariake/vol8/slide-index.html
(この二枚目の写真がそうです)

このような文学的な呼び名があることにはっとします。
海苔の養殖の竹竿みたいな棒も、俳句をやってはじめて、海苔ヒビという名がきちんとあることに気づく(上記引用ブログのギャラリー1所収)。こういうことはとても大切で、この歌を知っていれば、きちんと覚えられるんだがなあ、とかささぎは思った。だけども、曲があまりにも格調たかすぎて、むずかしすぎて、歌えないんで残念至極。

歌詞以下のところからこぴぺしました。ありがとうございます。
http://homepage2.nifty.com/mmrtatsu/bunkyou-sonohinorensyuu(from20060614to20060712).html

*  三国みくに。
   福岡・熊本・大分の県境にある三国山。

*  一里石いちりいし。
   柳川から矢部に至る里程標。

*  楠の湯の町くすのゆのまち。
   船小屋温泉。

合唱組曲『矢部川』の作詞は栗原一登(女優栗原小巻のお父上)、作曲は團伊玖磨。
椎窓猛先生のおっしゃるには、

「くるめの附中では、丸山豊作詞、團伊玖磨作曲の“筑後川”が、入学式のときには源流の章の一番が、卒業式のときには最後の河口の有明海のところが歌われます。だから八女の学校でもこの歌を、入学式では一番を、卒業式では三番を歌ってほしいなあと提案したことがあります。ですが、難しくてとても無理ですと断わられてしまいました。」

丸山豊先生作詞の『筑後川』
http://www.kisc.co.jp/donge/test/poem.htm

椎窓猛先生の現在の仕事紹介

1人生史サークル「黄櫨の会」会誌「黄櫨こうろ」編集

2自分史図書館報『ya』編集

3「気まぐれ九州文学館」執筆

4NPO「世界子ども愛樹祭コンクール」事業経営

このうち、4は、すごいことをなさっていらっしゃるなあと感動します。
矢部の山奥と世界とが、じかにつながれる。
詩という表現を通じて。絵という表現を通じて。
ことに胸をうたれた作品をひいておきます。
http://www2.ktarn.or.jp/~aijusaicosmo/bo3.htm

なお、当日のおはなしのなかで、「会を最初にたちあげた18年前、世界にむけて発信して、はたして応募してくる人があるだろうか。ととても心配しました。でも、あったんですよ。はじめて村に作品を送ってくれた国は、アフリカのスノベリア(スロベニアだったかも)という国でした。みんな知らない国で、地図をひらいて確認したものです」 と聞き取れたのですが、検索で出ません。国の名前を聞き間違えたのかもしれませんね。

久留米と八女。
八女には文化連盟がありますが、久留米にはないようです。(←名前は違うけれどあるみたいです。文化連合。)
文化会館、久しぶりで前の方の席で聞いておりましたが、演壇の下のほうがぼろぼろでした。穴があいていて。坂本繁二郎画伯の絵にカビをはやして遺族に返還してしまったり、せっかく集まっていた石橋秀野資料を散逸させたりしたのと同じちからを、ここにも感じることができる。

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