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2008年9月18日 (木)

月の座で恋離れで。

歌仙 『コンビニで』

なごりおもて

春耕の島は真水の音がする  虫
   よかったですね、ところでなにが 整

熱弁の講演終はりぐったりと   兼
     参拝客のつづく杉並  さくら
外宮(とつみや)に
大宜都比売の祀られて  恭
  蜂の巣退治屋根裏を焼く   呆
潮風の波間に浮かぶハンモック   乙
  スプモーニから泡は生まれる  整
緋縅の裏までみせてのぼりつめ  虫
  戦場の空見送りし恋   さくら

付案  (斧田千晴)

中秋の名月彼は誰と見し

2見上げては独りため息秋の月

3月光のやわらかくして秋の夜

※これまでに出た月の座

表五句目、秋の月(下線部は季語)

良宵の雲流れつき山の里      都 

裏七句目、冬の月

温室は破裂した月光(かげ)でいつぱい  朝世

名残表十一句目、秋の月

月光のやはらかくして秋の夜   千晴

月の座は三個ありますので、それぞれ趣を変えて詠むという鉄則があります。
月の言い方はさまざまにあり、同じ表現を避けます。

朝世さんの月光は季語としては扱われず温室という季語が優先される。
千晴さんの月光句はふたつの季語で屋上屋をかさねているきらいはありますが、でも却って素朴でやさしいかんじを受けました。
月光も月も秋、夜のものだからです。
とくに断わらぬ限り、月は秋、そして夜。
日本人の季語という概念は、そのものが最も美しいとき愛でるべきときを持つという「旬の思想」なのだと把握しています。

一直がきれいにきまる前田師はもとより別格です。
選句はやはらかい月、これ以外にありえない。
季語の重複と、読みは違えどあさよさんのところで出ている月光が気になる。
しかし。このままいこう。ただ秋は望のとかえたい。

月光のやはらかくして望の夜

緋縅の裏までみせてのぼりつめ  虫
  戦場の空見送りし恋   さくら
月光のやはらかくして望の夜  千晴

さくらさんの句ですが、月とべたつきにならぬよう「空」が入ってないほうが・・と思ってかえたのですが、元句にもどします。余情が深くなるようです。

千晴さん。ありがとうございました。いそがしいのに、出してくださってありがとう。

ほんじゃ、次はどなたに。秋の句です。
あ、そうだ!今朝韓国へ旅立った(台風でもひこーきはとんだ)東妙寺らんが送ってきた句をつけよう。独身きぞくはいいなあ。とおもって、こころで見送りました。空港から送ってきた句です。

ねこの会議の句!これとっても幻想的で気分がなごみます。

なごりおもて

春耕の島は真水の音がする  虫
   よかったですね、ところでなにが 整

熱弁の講演終はりぐったりと   兼
     参拝客のつづく杉並  さくら
外宮(とつみや)に
大宜都比売の祀られて  恭
  蜂の巣退治屋根裏を焼く   呆
潮風の波間に浮かぶハンモック   乙
  スプモーニから泡は生まれる  整
緋縅の裏までみせてのぼりつめ  虫
  戦場の空見送りし恋   さくら
月光のやはらかくして望の夜 千晴
  ネコが会議をひらくうそ寒   らん

名残裏

1 晩秋、長句。ぼん。

2  せいこさん、まだだめかな?

4  

5 花。さくらさん。

6  

じゃ、つぎ、ほんとはセイコさんだけど、パソコン壊れてるみたいだし、ぼん

お願いします。

人の句でも人のでない景色だけの客観写生句でもご自由に。物語はもういらない。

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コメント

1  太梁にさがるひょうたん墨の縄
2  つゆ草に涙があるとうたふ友
3  空き瓶に挿す草の花醤香る

2 つゆ草に涙があるとうたふ友

これをいただきます。
つゆ草は深い青を湛えている。友もまた胸奥に深い青を湛えている。つぎを、セイコさんにつけてもらいました。どうだ。はやいだろうが。
ナオ
つゆ草に涙があるとうたふ友 ぼん
整子付け句案  
グラスのなかの小さなニュース 整子
待つべきときは待たねばならぬ
空に掛かれる梯子は消えた

つぎはそらんさん。選句して付けてください。
雑句。575。
花前、乙四郎。
花さくら。
挙句、兼坊。

空に掛かれる梯子は消えた

↑これかな??

付句
缶コーヒー土のにおいとともに買う

少年の夢に降り込む午後の雨

今夜はこれで。


つゆ草に涙があるとうたふ友
 空に掛かれる梯子は消えた
少年の夢に降り込む午後の雨

つゆ草に涙があるとうたふ友
 空に掛かれる梯子は消えた
缶コーヒー土のにおいとともに買う

そらんさん。
空をとるだろうと思っていた。そんな感じがした。空なら、空を宙の字にかえよう。なんてことまで思っていた。近場に戦場の空がある。一巻一字の気迫で連句人ならのぞむべし。とはクボタカオルの教え。
彼は耳にたこができるほど言っていた。「一語一会」(会は旧字)。

この二種の組み合わせのうち、どっちを取り、どっちへ行くか。
連句のさわりって考え方は、たいがい打越(うちこし。一つへだてた句の関係。大打越おおうちこしは二句へだてた関係)に同じキーの句をもってくるのはよそうよ。打ち消しあうから。または増幅しあうから。というよなのです。それを別のことばでいうと、「もどるから」という言い方であらわします。もどってはいけないのだ。だがかささぎはでもいっつも迷って戻るは大事なものを踏みつけるは、いろいろなへまをしつくしてきた。へまをしてはじめてみえる世界があるんだよ。いいわけだけどもな。
この場合も、そんな干渉がないかをまず見る。その目でみれば、花の打越にあたるここに雨はまずいな。と思い(それは月の座でもそう思うでしょう)、さらには涙の打越でもあるここに雨はないよな。とも思う。ここは缶コーヒーで手堅くやるのがよかろう。として缶を取るのが普通。さらにもひとつ、涙の句は人情他(友)、雨の句もおなじ人情他(少年)。こういう趣向の重なりを連句人はきらうわけ。
だけどもさ。
そげなんは理屈。
ともいえるとですたい。そりゃまどげんでもいえる。
どっちをとっても常に次にくる句がだいじ。
いつもどんな場でもどんな位置でも。
たとえ常識外れの道を選択したとしても次につける句次第で思いがけない道がうまれる。
早い話が、私は先にあげたくみあわせがすきです。
理屈では缶コーヒーだけども、音楽としてみた場合、こっちのほうがうつくしい。
でもま。いずれにしても流れの一部。乾坤の一部。
次に出す乙四郎が好きなのを取って、好きなふうに付けてください。
あたしはきょうも仕事でいそがしい。(さばき箒。)

つぎは、雑でもいいし、春でもいいですが、短句で花が次にでますから、さらりとした句がいいです。花がでやすいような句をだしてください。

つゆ草に涙があるとうたふ友
 空に掛かれる梯子は消えた
缶コーヒー土のにおいとともに買う

1 耕し均しいつかテニスを
2 窓を開ければ田舎の香水
3 I am living on this earth 

番外 カラクリ継がむちゃっぽんぽん

つゆ草に涙があるとうたふ友 ぼん
 空に掛かれる梯子は消えた  せいこ
少年の夢に降り込む午後の雨  そらん
we are living on this earth  おつしろう 
(われらこの地に生まれて生きて)

乙四郎。
昼休みにケイタイからこのブログのコメント欄をのぞいて絶句。あーあ・・・
いやなに選句は缶でもいいの。でも、つぎは花なのに田舎の香水はないじゃろが。(まてよ。わたしも似たようなことをやったな。花前に金肥を出した。申し訳ないことだった)
それに、缶のほうには、土の匂いって言葉があるのに、なんで土ものばかり出すわけ。べたつきでしょう。
べたつきはいやだし、やはり捌の意向を貫きます。

単数形を複数形にしました。これ、いいよな。すごいよな。流れがとてもきれいだ。

つぎはさくらさん。いよいよ花です。
どんな花でも、さくらさんの花をうたってみてください。さくらということばは出しません。でもイメージはさくら。575です。春です。

さくらさんのブログ(なまえにはりつけ)、これを読んで「月と花と恋と」(三省堂)をおもった。
連句の存在意義はなにか。シングルカットに付け句はたえうるか。編者の試みとは。

おつしろう。
せっかく選句してくれた支柱をむげにとっぱずして、ほかのにすげかえてすまない。なんと乱暴な。といわれてもことばもない。いまから釈明する。

少年の夢に降り込む午後の雨 

この句のもつ生命のエロスが深く心に届いた。
ぜったい落としたらいかん句だと感じた。
まるで横殴りの雨。寝刃を起こされた気がした。

夢に降り込む雨、この感性、乙も気に入ってました。
Afternoon rain dropped into the dreams of boys.
ただ、「つゆ」「涙」「虹消滅」と来て「雨」だったもので、 やはり捨てがたい土のにおいにした次第。小説家的には脈絡の維持は大切で、打越だろうがべたつきだろうが、流れを維持したいので、捌き選句のほうが、断然、心地いい。一人称の「缶コーヒーを買った自分」ではなくて「少年」を選句したら、I am じゃなくて We are これも自然。一直ありがとさん。
土のにおいが捨てがたいのは、構内にテニスコートが欲しいという「少年の夢」を叶えようと、目下、てd

夢に降り込む雨、この感性、乙も気に入ってました。
Afternoon rain dropped into the dreams of boys.
ただ、「つゆ」「涙」「虹消滅」と来て「雨」だったもので、 やはり捨てがたい土のにおいにした次第。小説家的には脈絡の維持は大切で、打越だろうがべたつきだろうが、流れを維持したいので、捌き選句のほうが、断然、心地いい。一人称の「缶コーヒーを買った自分」ではなくて「少年」を選句したら、I am じゃだめ。 We are いいですね。一直ありがとさん。
個人的に土のにおいが捨てがたいのは、構内にテニスコートが欲しいという「少年の夢」を叶えようと、目下、手作りでテニスコートを造成中のため。トレーニング棟の横の遊休地で、毎夕、学生と一緒に作業しています。
連句の中に英語を乱入させようという着想は、このブログで進行中の世界/時代を反映したかったため。心の中では第一候補だったので、これも採用いただきありがとさん。式目がんじがらめの美学追求の世界なので、とうていだめかと思ってた。

大打越のコメント、書きかけ段階のが誤って放り込まれた。赤青鉛筆だったら消せるのに・・・

んだべなあ。
ありがとうさん。しっぱいそのままのこそうね。
おつしろうっておもしろいね。
開学記念式典でいちばんびっくらこいたのは、ちゃんと〆切までに(開学までに)がっこを造ってくださいましてありがとござんした。っていう感謝のきもちをあらわすためというて、建設業者をステージにあげて表彰状を渡したこと。おいおい。って思ったが、あれはよかったよな。

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