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2008年9月30日 (火)

アンティーク歌仙、満尾。

歌仙 『むらたまの樞』

コンビニで本買はさるる梅雨の底   恭子
  賞味期限の長き紫陽花     兼坊
レンズ越しリボンとりどり巻かれゐて さくら
  明治生まれの祖母を寿ぐ   千晴
良宵の雲流れつき山の里      都 
  循環バス*を降りるこほろぎ   宙虫

裏  

ハロウィンの仮装のままに整体師  かぐや
   バカボンママを理想の女と   恭
言の葉のつなぎかたさへまだ知らず ぼん
   仕舞ひ忘れしむらたまの樞(くる)* 
 
東京を北京に重ね齢かさね    乙四郎
   汚染されたる雪が降りしく   坊
温室は破裂した月光(かげ)でいつぱい  朝世
   急ぐ余りに靴を片方     ぼん
妻子なきおじさんの買ふメロンパン  晴
      誰にもらひし匂袋よ        さくら
いたづらに移らせまいぞ花の色     乙  
   烏が鳴いて帰る出替り       晴

名残表    

春耕の島は真水の音がする  虫
   よかったですね、ところでなにが 整

熱弁の講演終はりぐったりと   兼
     参拝客のつづく杉並  さくら
外宮(とつみや)に
大宜都比売の祀られて  恭
  蜂の巣退治屋根裏を焼く   呆
潮風の波間に浮かぶハンモック   乙
  スプモーニから泡は生まれる  整
緋縅の裏までみせてのぼりつめ  虫
  戦場の空見送りし恋   さくら

月光のやはらかくして望の夜   千晴
  ネコが会議をひらくうそ寒    らん

名残裏

つゆ草に涙があるとうたふ友   ぼん
 空に掛かれる梯子は消えた  せいこ
少年の夢に降り込む午後の雨  そらん
 we are living on this earth  おつしろう 

アンティーク花と気息を合はせつつ    さくら    
 寝殿造り曲水の庭       兼

2008  6.26~9.30

*循環バス・・福祉政策の一環として町や市が独自に運営するもの。
*むらたまの

 むらたまの樞(くる)に釘さしかためとし
   
妹がこゝり(心)は動(あよ)くなめかも
           
        万葉集 刑部志加麻呂(をさかべのしかまろ)

 かささぎ意訳

 群玉のくる(男女の魂の緒の結び目)に釘をさし 
ほどけぬように
 固い契りを交し合った妻の 
 その貞操がどうかゆるがずにあるように。

WALK THE LINE

昨夜ひとりで見たアメリカ映画。
伝説の歌手ジョニーキャッシュの物語。
先日見た「メラニーは行く!」のウィザースプーン主演(助演)。
まっすぐ歩け。walk the line.
いい映画だった。長かった。

http://americatvfilmnotes.web.fc2.com/Walk_the_Line.html

テレビはみない。
政界も興味ないが、少し興味が出た。

わたしは小沢さんが好きだが、あそうさんも好きだ。
どっちがいかにふむばるか。
今度の選挙は八女市長も出るし、盛り上がる。
どっちも好きなんだよね、かささぎは。
日本遺族会会長の古賀まことも、市長野田国義も。
どういうふうに票がうごくか。

そりゃそうと、失言失言ていつもながらの報道にムカムカと怒りがこみあげる。
日教組は日本のがん。いいじゃない。思ってきたことを言っても。なぜかばわない。
大臣だから言う価値と重みがあるのだろう。それを、鬼の首をとったように封印してゆく。結果なにも本気で語られない。

こどもたちが小さかった頃、文藝春秋にはまっていた私は日教組が大嫌いだった。
ところが、じっさいに娘が不登校になった時に親身になって手をさしのべて下さったのは、組合活動をしていた1人の女の先生であった。
先生のおかげで、夏休み春休みに母と女教師の会が選んだいい映画をいくつもみせてあげることができた。先生にはとても感謝している。

主義主張、理想と現実、私生活と公的な活動。どれも大事だがどれも決め手ではないような気がする。なにがいちばんなのか、あとになるまでわからない。いや、あとになってもわからない。

考えても分からないことは考えないほうがいい。
魂にまっすぐ歩くことしか。けつまづくのもまっすぐ歩くから。

追伸

台風がきているようです。
台風がきたら、道路メンテナンス会社の依頼で警備要員を沢山配置しなければならない。
有明湾岸道路。有料道路ではありませんが、要所要所にたち、進入する車に通行不可であると告げねばならぬからです。通行止めのための動員。天気同様、しごとはなまものです。

2008年9月29日 (月)

黙契の文学

連句会亜の会は主宰を持たない。
前田圭衛子師が起こされた会で、命名も前田先生です。
でも、会則を決めてだれが会計をやって式目はこうで・・というようなことは一切やっていない。その暇もない。会員はすべてを自分で吸収しなければならない。俳諧は自得の文芸、そして黙契の文芸だと思うから。出入りは自由、座に出たいときに出たい人がでればよいので、お金も一切かからない。(座でやるとき、弁当代と場所代をみんなで割り勘するだけです。)

作品の扱いですが、。ここで時間切れ。会社に行ってくる。

2008年9月28日 (日)

花野

花野

俳諧での花

歌仙 『コンビニで』

コンビニで本買はさるる梅雨の底   恭子
  賞味期限の長き紫陽花     兼坊
レンズ越しリボンとりどり巻かれゐて さくら
  明治生まれの祖母を寿ぐ   千晴
良宵の雲流れつき山の里      都 
  循環バスを降りるこほろぎ   宙虫

裏  

ハロウィンの仮装のままに整体師  かぐや
   バカボンママを理想の女と   恭
言の葉のつなぎかたさへまだ知らず ぼん
   仕舞ひ忘れしむらたまの樞(くる) 
 
東京を北京に重ね齢かさね    乙四郎
   汚染されたる雪が降りしく   坊
温室は破裂した月光(かげ)でいつぱい  朝世
   急ぐ余りに靴を片方     ぼん
妻子なきおじさんの買ふメロンパン  晴
      誰にもらひし匂袋よ        さくら
いたづらに移らせまいぞ花の色     乙  しおりの花
   烏が鳴いて帰る出替り       晴

名残表    

春耕の島は真水の音がする  虫
   よかったですね、ところでなにが 整

熱弁の講演終はりぐったりと   兼
     参拝客のつづく杉並  さくら
外宮(とつみや)に
大宜都比売の祀られて  恭
  蜂の巣退治屋根裏を焼く   呆
潮風の波間に浮かぶハンモック   乙
  スプモーニから泡は生まれる  整
緋縅の裏までみせてのぼりつめ  虫
  戦場の空見送りし恋   さくら

月光のやはらかくして望の夜   千晴
  ネコが会議をひらくうそ寒    らん

名残裏

つゆ草に涙があるとうたふ友   ぼん
 空に掛かれる梯子は消えた  せいこ
少年の夢に降り込む午後の雨  そらん
 we are living on this earth  おつしろう 
  花          さくら         においの花
  揚句              坊

花は歌仙で二つの定座がありますがイメージは桜、春の花です。
秋の花や夏の花、冬の花がこの位置に来ることはない。
私には現代俳句をかじってた期間が三年ありましたが、当時はまるきり季語をわかっていなかった。連句に出合ってはじめて季語とは何か、一から教えられた。同時に俳諧での「花」は普通の花ではない特別のものだということも。ふつうに俳句をしているだけでは、きっと何にもわからなかっただろう。俳諧を学ぶとものが時空軸のなかで垂直にみえてくるし、全体を視野に入れつつ細部へと接近できる。

所で。さくらさんは秋の花をだされました。
彼岸花。コスモス!!

まるで石橋秀野からよびかけられたような気がした。
忘れようとしたけど胸の奥で気になっていた。
九月二十六日が秀野忌で、例年ワンカップの月(安価な酒。名前と、ぶらないところが秀野に合っている)とコスモスやくじゃく草を抱いて墓参りをしていた。参道口には白のまんじゅしゃげが咲いた。ことしは文化講演会のあった15日にふと思いついて東妙寺らんと参拝した。早かったですね、彼岸花。ずうっと蒸し暑くて。

金曜くらいからようやく涼しい風が吹き始めました。

昭和16年
濹堤

櫻濃くジンタかするヽ夜空あり   石橋秀野

『櫻濃く』 この句集名。
福島町の堺屋の前にあった石橋秀野櫻濃く資料館で館長(平井朋吉氏)の娘さんから大事な原本コピーをお借りして、スーパーサニーのコピー機で複写を取らせてもらった日のことが、懐かしく思い出される。複写しながら、なぜかなみだがぽろぽろこぼれた。あのころはまだ42歳、下の子が五歳だった。もう十一年もたつのか・・と感慨深い。四年間も必死で書いたので、まちがいごとそっくり自分にはとても大事なもので、だから書き直すことができないのかもしれない。

2008年9月27日 (土)

海がきこえる

もういちど見たいスタジオ時振りのアニメは、『海がきこえる』。

高知の風土、ときに挟まれる東京、この二つの異なる景色が、主人公たちの生き生きとした生活と会話をひっぱる。

一昨年タイトルに惹かれてレンタルやさんで借りて見たのだが、dvd の巻末に付けられた若き製作者たちの想いを知り、なおさらのことに心ひかれる。

熊本の俳人中山宙虫(なかやま・そらん)のブログを見ていたら、宮崎駿監督の崖の上のポニョが取り上げられていて、なぜか反射的に連句的に、この『海がきこえる』がでてきた。内容とテーマは天と地ほど違うだろう。ただ、監督のイメージロケというくだりが、『海がきこえる』におけるしつこいほどのロケを思わせた。だが、宮崎監督は、この若手の作品を認めていないらしい。

妙に気になり、海がきこえるを検索すると、原作者がなくなっていた。

http://homepage3.nifty.com/akinori_naka/

氷室冴子さんのご冥福をお祈り申し上げます。
『海がきこえる』が残してくれた余韻は今なお鮮やかです。

2008年9月26日 (金)

花の座

あかつきの音せぬ時を花に聴く   玖實子

いずこより落花しきりの荒磯海    苗

海に向く低床電車花吹雪        孤太

いちまいの沼の記憶に花祀る      さかえ

億年の地層に抱かれ花の昼      於玉

花影婆娑と何かが渕をさして落ち     道

片岡に咲き残る花真向かいに     孤太

花の塵名刺で掬ふものぐさよ    健悟

管滑る臍帯血よ花燦燦         弓子

花一樹善根宿を蔽ひゐて        京

きらきらと瞳が燃えて花篝     魚乙

雲ひとつ河合瀬(かそせ)の花を尋ねけり  真紀

原発の是是非非よそに花筏    千加良

花便り母は達者でおはすらし    杏花

小窓より花の散り込む夕支度   富久女

小錦のダンスしきりに花散らす    あや

重箱の沢庵に花散りかかり    麦人

三頫図(さんちょうず)掲げ俳諧花の庵(いお)   良子

健やかに物を忘れて花の下(もと)  素之

刹那とは美の単位なれ花吹雪    将義

全身をピンクに染めし花の屑     直道

戦闘機乗りの過去持つ花守に   漠

物流を支える町の花の道      せう子

谷汲(たにぐみ)の花の盛りに間に合ふて  道

啖呵売たこ焼き売りも花の下     譲介

二町歩の花一斉に咀嚼音      恭子

花盈ちぬ良晨美景惜しまばや   玖實子

蝶か花か白い手紙がふうはりと    小箔

花おぼろ君もおぼろになってゆく   朱美子

魄求めひたすらに掘る花の下(もと)  蓉子

夕づきて花のうつろい段蔓     貴夫

花の夜悪妻たりし母負ひて       蓼艸

花宿りしてます白湯を吹いてます   丹

花の夜は花と他人の母ばかり    圭衛子

花守は林の如く徐(しず)かなり    漠

花に寝ん一畳あをき表がへ    芭蕉  

花に符を切る坊の酒蔵       芭蕉

花をふんですゞめは千の歩行(かち)の衆   芭蕉

はな咲ば又来てのぼる塚の上   芭蕉

暮なんとして花の香のたゞならず  蕪村

文机の花打払ふ維摩経     蕪村

餅好の大名通る花の山   蕪村

つつがなく花さきしまふ暮の月  一茶

花の木に火の用心の札はりて   一茶

青畳寝て見る花を植にけり   一茶*

* 寝るの字は旧字

『月と花と恋と』 (三省堂) より

参照:

谷汲(岐阜の地名)

http://www.ne.jp/asahi/greentea/nanisore/Waomoi/tanigumi.html

2008年9月25日 (木)

一眸の荒野

きのう。

英語の授業があるのをすこーんと忘れていた。
曜日も忘れて暮らすごちゃごちゃとしたわが日々。
あーあ。なさけない・・・。
ほんなこて、なんばしよるっちゃろ。

23日の時点で先月と比べ既に200人多い!派遣隊員数。
事務量が加速度的に増えて、消化不良寸前。
にしても、楽しみにしてた授業を忘れるなんて。とほほ・・

ストレスたまってきた。
一日でよかけん疎開したか。とうきょう!
せめてうたで「エスケイプ」。ルパート・ホルムズ。
あれが最後に買ったLPレコードだ。

前田圭衛子師と話していましたら、
「一眸の荒野のいちぼうは一望ではありませんか?」と聞かれた。

そうです。でも、字が違いますと感じが微妙に違います*。
一眸は大阪の詩人の小野十三郎の詩から引きました。

と答えますと、

へえーそうですか!じゅうざぶろうは知ってますよ。
よおく知ってる。ふつうのオッちゃんみたいな詩人よ。
もう亡くなったけどね。わたしらの学校に来ましたもん。
習ったことありますよ。

ええっ。

と絶句。
前田師が大阪の女子大国文科を出ておられることは存じ上げてましたが、小野十三郎と面識があったなんて・・。なんてこったい。

なんで小野十三郎が好きだったんだろ。
ぱさぱさしてロマンチックじゃない。色気はない。
叙情的なものを拒絶してる。
媚は売らん。一円だって負けへんで。
というよなそのかんじ。
なによりもその、圧倒的な名前が好きだった。
じゅうざぶろう。
亜の会仲間の小説家・三木祥子は似ていた。筆致とタッチ。
彼女も大阪びとだったからだろうか。記憶の付合。

   婚資の牛を柵に追ひ込む   まこと
思ひ出に涙こき混ぜシュレッダー  祥子

*
一望だとのっぺりした息のつけぬ現実感
一眸だと瞬間的に紛れ込む虚空の実在
を感じる。
一眸の荒野。
自在で豊かな、時のすさび。

花の句

  

木造の郵便局の桜かな     小森清次

花にきてなつかしく手を開きけり  吉田 渭城

連句ではなく俳句。
新潟の俳人小森さんの花のなつかしさ。
大阪の俳人吉田さんの花のなつかしさ。

かささぎはこういう句にひかれる。かたづいた句。

2008年9月24日 (水)

横のものを縦にする。

きのう帰宅後、ひさしぶりで甲四郎先生のお宅へ伺った。

朝一番で会社に先生から電話があり、何事かと思えば、高校の創立百周年記念の思い出文集に、〆切過ぎてあわてて提出したものが規格外だったため、書き直してください。というものであった。

なにを書いてたかといえばね。
ちょうどの分量でおさまる連句を一巻書いてた。笑

だめならしようがありませんね。

先生からいろいろとパソコンのことを教わり、ついでのことに、ワードとエクセルのソフトもお借りして帰りました。

ありがたいことでござった。なにしろ、入ってたワードもエクセルもきえてしまってたもので、横のものをたてにすることができなかったのでありまする。

先生はお元気でした。

八女高校百周年記念同窓会写真、黒木瞳写真も見せてくださいました。

2008年9月23日 (火)

まよい焼

まよい焼

ピンクの柱の明治や。
たてものの色、筋向いの31アイスクリームやさんとお揃い。
きょうは久留米大学近くのまよい焼きが出張販売してた。
回転焼きのあんの種類に色々あるんでこの名前みたい。

2008年9月22日 (月)

どーなつ

どーなつ

おととい明治屋に出張販売してたミスドのどーなつ。
だいすきなココナッツチョコを五個買って、車に積んで、そんですっかり忘れていた。
ひょっこり思い出し、だいじょうぶかな。とおもいながら、においをかぐと、なんともなさげ。
んで、まず私が一個たべ、隊員さんのつるちゃんが一ヶ。

あらなんともなや。ってんで、あとはみんなでいただきましたとさ。
めでたしめでたし。

(明治やで売ってたとき既に安売りだったから、かなり日がたってたのじゃないかしら。
でも、こういうのは悪くならないんでしょうねえ。車の高温に三日もたえたんだよ。)

シンクロ

mag・pie[ mpi ]
magpie」を新グローバル英和辞典でも検索する


[名]

1 《鳥》カササギ

chatter like a magpie
(カササギのように)ぺちゃくちゃしゃべりまくる.

2 ((略式))おしゃべりな人;がらくた[つまらない物]を集める人.

3 ((英))(標的の)外から二番目の圏;そこに命中した弾丸.

[ プログレッシブ英和中辞典 提供:JapanKnowledge ]

連句会亜の会

あ【亜〔亞〕】
」を大辞林でも検索する

[音](漢) [訓]つぐ

上位や主たるものに次ぐ。次位の。準ずる。「亜将亜聖亜流亜熱帯

化合物中で酸化の程度の低いものを表す語。「亜硝酸亜硫酸

生物学で、生物分類上の基本単位である門・綱・目・科・属・種などの、それぞれの下位単位を表す語。「亜種亜門

アジア。「欧亜東亜

(「堊(あ)」の代用字)白い土。「白亜

[名のり]つぎ

[難読]亜細亜(アジア)・亜米利加(アメリカ)・亜刺比亜(アラビア)・亜爾然丁(アルゼンチン)

[ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ]

2008年9月20日 (土)

私の机

ペンケースは、ヤマハのリコーダーケースの再利用。
長いので定規がきっちりと納まります。

ともがしのふなば。

筑後風土記  作詞 栗原一登

矢部川

霞敷く 杉山高く 
くに境 三国*(みくに)は見えず
谷の瀬に 生まれし水は
岩走り 矢部よ 山峡(やまかい) 
この水の 明日は 何処ぞ

移り行く 岸辺懐かし 
藤咲けば 山女追う人
一里石* 蝉は時雨れて 
いわし雲 漂う川に
曼珠沙華 赤く そよぎぬ

豊かなる 大地を巡り 
川は行く 君よ 矢部川
冬知らぬ 楠の湯の町* 
艫樫の 舟場過ぐれば
遠からじ 春の 有明

これは先日矢部村の詩人椎窓猛先生が下さった資料からひきました。

ともがし。艫樫。
樫の木のまわりに長い竹を立てた独特の舟つなぎ。

と参照がつけてあります。

ああ。あれか。と胸にわいてくる景色。

沖の端(おきのはた)風景写真:
http://www.ariake.net/gallery/ariake/vol8/slide-index.html
(この二枚目の写真がそうです)

このような文学的な呼び名があることにはっとします。
海苔の養殖の竹竿みたいな棒も、俳句をやってはじめて、海苔ヒビという名がきちんとあることに気づく(上記引用ブログのギャラリー1所収)。こういうことはとても大切で、この歌を知っていれば、きちんと覚えられるんだがなあ、とかささぎは思った。だけども、曲があまりにも格調たかすぎて、むずかしすぎて、歌えないんで残念至極。

歌詞以下のところからこぴぺしました。ありがとうございます。
http://homepage2.nifty.com/mmrtatsu/bunkyou-sonohinorensyuu(from20060614to20060712).html

*  三国みくに。
   福岡・熊本・大分の県境にある三国山。

*  一里石いちりいし。
   柳川から矢部に至る里程標。

*  楠の湯の町くすのゆのまち。
   船小屋温泉。

合唱組曲『矢部川』の作詞は栗原一登(女優栗原小巻のお父上)、作曲は團伊玖磨。
椎窓猛先生のおっしゃるには、

「くるめの附中では、丸山豊作詞、團伊玖磨作曲の“筑後川”が、入学式のときには源流の章の一番が、卒業式のときには最後の河口の有明海のところが歌われます。だから八女の学校でもこの歌を、入学式では一番を、卒業式では三番を歌ってほしいなあと提案したことがあります。ですが、難しくてとても無理ですと断わられてしまいました。」

丸山豊先生作詞の『筑後川』
http://www.kisc.co.jp/donge/test/poem.htm

椎窓猛先生の現在の仕事紹介

1人生史サークル「黄櫨の会」会誌「黄櫨こうろ」編集

2自分史図書館報『ya』編集

3「気まぐれ九州文学館」執筆

4NPO「世界子ども愛樹祭コンクール」事業経営

このうち、4は、すごいことをなさっていらっしゃるなあと感動します。
矢部の山奥と世界とが、じかにつながれる。
詩という表現を通じて。絵という表現を通じて。
ことに胸をうたれた作品をひいておきます。
http://www2.ktarn.or.jp/~aijusaicosmo/bo3.htm

なお、当日のおはなしのなかで、「会を最初にたちあげた18年前、世界にむけて発信して、はたして応募してくる人があるだろうか。ととても心配しました。でも、あったんですよ。はじめて村に作品を送ってくれた国は、アフリカのスノベリア(スロベニアだったかも)という国でした。みんな知らない国で、地図をひらいて確認したものです」 と聞き取れたのですが、検索で出ません。国の名前を聞き間違えたのかもしれませんね。

久留米と八女。
八女には文化連盟がありますが、久留米にはないようです。(←名前は違うけれどあるみたいです。文化連合。)
文化会館、久しぶりで前の方の席で聞いておりましたが、演壇の下のほうがぼろぼろでした。穴があいていて。坂本繁二郎画伯の絵にカビをはやして遺族に返還してしまったり、せっかく集まっていた石橋秀野資料を散逸させたりしたのと同じちからを、ここにも感じることができる。

2008年9月19日 (金)

おのだのことば

きのうの夜、おのだの吐いたひとことが、胸にしみた。

「添乳」なら私の名前を冠するのを拒否します。

かささぎは斧田の月光の句を、こう変えようとした。

十六夜のやはらかくなるまで添乳(そえぢ)

添乳とは赤ん坊が眠るまで寝ながら授乳することである。
前句を受けつつ、恋であり恋離れであり。

わたしはいつも感じていた。
おんなをいきるということは、ひとりのこされることだと。
おとこがいきていようが、しんでいようが、とりのこされる。
恋心はいつもおいてけぼりをくう。

だが、子をなした時点でその立場は微妙に回転する。
その刹那をいつか句にできたら・・とおもっていた。

2008年9月18日 (木)

月の座で恋離れで。

歌仙 『コンビニで』

なごりおもて

春耕の島は真水の音がする  虫
   よかったですね、ところでなにが 整

熱弁の講演終はりぐったりと   兼
     参拝客のつづく杉並  さくら
外宮(とつみや)に
大宜都比売の祀られて  恭
  蜂の巣退治屋根裏を焼く   呆
潮風の波間に浮かぶハンモック   乙
  スプモーニから泡は生まれる  整
緋縅の裏までみせてのぼりつめ  虫
  戦場の空見送りし恋   さくら

付案  (斧田千晴)

中秋の名月彼は誰と見し

2見上げては独りため息秋の月

3月光のやわらかくして秋の夜

※これまでに出た月の座

表五句目、秋の月(下線部は季語)

良宵の雲流れつき山の里      都 

裏七句目、冬の月

温室は破裂した月光(かげ)でいつぱい  朝世

名残表十一句目、秋の月

月光のやはらかくして秋の夜   千晴

月の座は三個ありますので、それぞれ趣を変えて詠むという鉄則があります。
月の言い方はさまざまにあり、同じ表現を避けます。

朝世さんの月光は季語としては扱われず温室という季語が優先される。
千晴さんの月光句はふたつの季語で屋上屋をかさねているきらいはありますが、でも却って素朴でやさしいかんじを受けました。
月光も月も秋、夜のものだからです。
とくに断わらぬ限り、月は秋、そして夜。
日本人の季語という概念は、そのものが最も美しいとき愛でるべきときを持つという「旬の思想」なのだと把握しています。

一直がきれいにきまる前田師はもとより別格です。
選句はやはらかい月、これ以外にありえない。
季語の重複と、読みは違えどあさよさんのところで出ている月光が気になる。
しかし。このままいこう。ただ秋は望のとかえたい。

月光のやはらかくして望の夜

緋縅の裏までみせてのぼりつめ  虫
  戦場の空見送りし恋   さくら
月光のやはらかくして望の夜  千晴

さくらさんの句ですが、月とべたつきにならぬよう「空」が入ってないほうが・・と思ってかえたのですが、元句にもどします。余情が深くなるようです。

千晴さん。ありがとうございました。いそがしいのに、出してくださってありがとう。

ほんじゃ、次はどなたに。秋の句です。
あ、そうだ!今朝韓国へ旅立った(台風でもひこーきはとんだ)東妙寺らんが送ってきた句をつけよう。独身きぞくはいいなあ。とおもって、こころで見送りました。空港から送ってきた句です。

ねこの会議の句!これとっても幻想的で気分がなごみます。

なごりおもて

春耕の島は真水の音がする  虫
   よかったですね、ところでなにが 整

熱弁の講演終はりぐったりと   兼
     参拝客のつづく杉並  さくら
外宮(とつみや)に
大宜都比売の祀られて  恭
  蜂の巣退治屋根裏を焼く   呆
潮風の波間に浮かぶハンモック   乙
  スプモーニから泡は生まれる  整
緋縅の裏までみせてのぼりつめ  虫
  戦場の空見送りし恋   さくら
月光のやはらかくして望の夜 千晴
  ネコが会議をひらくうそ寒   らん

名残裏

1 晩秋、長句。ぼん。

2  せいこさん、まだだめかな?

4  

5 花。さくらさん。

6  

じゃ、つぎ、ほんとはセイコさんだけど、パソコン壊れてるみたいだし、ぼん

お願いします。

人の句でも人のでない景色だけの客観写生句でもご自由に。物語はもういらない。

社犬

社犬

きららはいくつだろうか。
人間でいえば四十歳くらいかな。
出産したのはことしのことだったのに。
すっかり中年太りの貫禄犬。
いつもは子犬といっしょにベランダの犬小屋にいます。
日に一回室内に放たれると、机の下に来て甘える。
なでてあげると、おなかをみせてふにゃふにゃ。
足の肉球のぽやぽやと爪のかさかさとが触っててきもちいい。
なんかとってもあんしんできる。
自分では飼えないけどもね。(めんどうやし。

寝刃研ぐ

雪激し胸に月下の寝刃研ぐ   小原洋一
チエホフよ撃鉄(フリント)起こせ二月満月*  〃

刀師は仕上げに刀を北枕で一晩寝かすという。
地上に北向きに流れる霊脈の流れがあり、

刀の柾目をそれに合わせるかのように。

と言う安西均の詩を引用したいが、今、ない。

寝刃(ねたば)=a dull blade

*の句は私の記憶、完全ではないかもしれない。原本がない。
ただ、記憶にもはっきりルビがふられていた。撃鉄に、フリントと。

撃鉄=flint

2008年9月17日 (水)

俳諧研究誌『解纜』第21号より

句詩付合

         徳岡 久生

とんぼうや声なきものゝさはがしく*    大魯

   空に逝き
   地に果て
   海に朽ち
   おお 数知れぬ未祀の神々よ
   八月の真陽にかぎろい
   轟々と無音のうたをうたいたまえ

   この星に禍つ火の絶ゆる時まで 

*とんばうはとんぼうと表記されてます。岩戸山古墳を向井去来が詠んだ一句「稲妻や人形原の魂よばい」もよばひにはなっていなかったことを連想、原本もこうなんだろうとおもいます。
   

小原洋一氏追悼歌仙

   『つばくろは』  

          独吟   佛渕 健悟

つばくろは飛ばず五月の寒さかな     健悟
  青葉の街に毀たるる風
ドラム叩く黒縁眼鏡の男ゐて
  弥次郎兵衛に首を振らせる
有明を約して発ちし複葉機
  朝顔の種入れし封筒

泣き虫を笑はせてから銭湯に
  神田川には錦鯉群れ
紙で指切っていつものお呪ひ
  乾燥注意報に急く人
パソコンの中で育ってゐるティラノ
  雹のつぶつぶ拾はせる月
夏風邪に又わがままがぶり返し
  女優の未来猿が占ふ
葦舟においてけぼりの掛時計
  みどりごの夢水に溶けだす
花の降る虚をみてゐるモヂリアニ
  厨の声の朧おぼろに

名残の折

囀の消ゆる一瞬射合抜
  失くした腕の先の記憶も
巡礼に出る日に残すクレヨン画
  まなうらにある父ちゃんのポー
回らない寿司を食はせて呉れといふ
  みそかの雪のふはりふはりと
この人のために断ち切る血の系譜
  おぶふ男は丸太なりけり
大いなる意志もて進む宇宙船
  兎が消えた月の裏側
付句してゐて閉店のビアホール
  ピースと決めたタバコ変はらず

寝転んでみても霊峰不二の山
  泪穴てふものが背中に
ウォーキングシューズを結ぶ立夏なり
  暦につけた○は何の日
たはむれに隠るる君と花ふぶき
  喇叭を立ててありし弥生野

 

 留書    
           沸渕健悟

小原さんと会っていた三軒茶屋「馬仙坊」ではよく飲み連句した。酒がまずくなるような小うるさいことは言わない。とはいっても端折れぬことは端折らぬ。連句しながら飲むといくらでも入ってしまうのは頭の芯が冴えてしまうからだろうか。お蔭で小原さんは立派な痛風持ちとなり、僕も追随した。

思い出す光景がある。
解纜の例会に向かっていたある夏の日、炎天下杖つきながら泳ぐように踊るように神田川にかかる橋を渡ってくる人影を誰ならんと見れば、小原さん。大汗かいて追い付いて言う。「この絵は一句できるだろう。健悟さん」

三軒茶屋で居酒屋連句をするようになったのは詩人の故安西均氏を紹介されてから。三人の連句は三年程続いた。安西氏の詩集『銃と刃物』(花神社)の口絵に着物姿の安西氏が真剣を構えている写真がある。この大真面目な写真は居合・杖術をやる小原さんの振付である。安西氏の連句は全集には取り上げられてない。しかし三人の見たエルドラドへの道は今なお鮮明だ。

安西氏の一周忌(平成7年)に「馬仙坊」で両吟した時の小原さんの一句。

雪激し胸に月下の寝刃研ぐ   洋一

小原さんが亡くなったことを聞かされた五月十四日、仕事帰りの電車の中で追悼の独吟をした。あの愚かな懐かしい時代の一齣一齣が溢れでた。後は淋しい独り酒である。

小原洋一さん追悼   

       かささぎの旗 管理人

小原さんとの出会いがあった。
十年、いやもっと前。
そのころのかささぎは、今と同じように、いつもきょろきょろとして、ひもじいはらを満たそうとしていた。戸畑の穴井太師の天籟通信に三年ほどいたけれど、風穴は大きく育つばかり。そんなとき、天籟の若手(当時)がごそっと一揆かとおもうばかりの退会をした。十人くらい。あれ。あれれ。あのひとたちがいたから楽しかったのに・・と思ったかささぎは、義理もへったくれもなく追随した。早い話が会をやめたのである。

その中の太田鉄雄さんという俳人にファンレターを送ったところ、太田さんは「俳句ざうるす」(編集発行人は野間幸恵氏)という小さな同人誌を送ってくださった。そこに感想文を寄せるうち、仲間にとりこまれる。ここでかささぎは連句と運命的な出会いをしたのである。同人の若い人たちにまじって、なぜか一人だけロージンだった窪田薫師がいらっしゃったからだ。だけど、その話はここでは省く。

その何号かで、小原洋一氏が登場された。颯爽と。というよか、重かったなあ。智恵保父。じゃなかった。

チエホフよ撃鉄起こせ二月満月(記憶です)
     
確認したくても俳句ざうるすを紛失しました。  

記憶がはっきりでませんすみません。確かこんな字余りのブルースみたいな句でした。私は一読後、なぜかすぐ安西均先生を連想した。

そのころちょうど新聞の投稿詩の担当が安西先生で、私がもっとも熱心に書いてたころだった。どういう縁で俳句ざうるすに投稿なさってたのかなと今、思う。ここに健悟さんが書かれている「銃と刃物」は私も持っている。小原さんの名前が出てくるのでたいそう驚いた。

ほとけぶちさんとはその後れぎおんを通じて、前田先生の組まれたユニットで何度か連句をまかせていただいた。三度のめしより連句が好きという人種のひとりであられた。(と言ったら前田師がそりゃ飯のほうが大事と訂正されたが)。

小原洋一さん。

ごめんなさいまし。いつだったか、お便りの中でとはいえ「おはらしょうすけさんなんでしんしょうつぶした」って歌を歌ってしまって。いつも一言も二言も多い失言かささぎは赤面するほかない。※ そのころ、小原さんの楽譜の会社が倒産してしまったと聞いて。笑い飛ばそうとしたのです。よく知りもしないくせに。。でも、詫びをいれたことに逆にかなしい思いをなさったんじゃないかなとあとでおもいました。一度もお会いしなかったけれど、とてもなつかしい小原洋一さん。どうかあちらの世界でも連句をまかれてくださいね。お酒はほどほどに。

                         合掌

2008年9月16日 (火)

朝顔

朝顔

2008年9月15日 (月)

見送りし恋

歌仙 『コンビニで』

コンビニで本買はさるる梅雨の底   恭子
  賞味期限の長き紫陽花     兼坊
レンズ越しリボンとりどり巻かれゐて さくら
  明治生まれの祖母を寿ぐ   千晴
良宵の雲流れつき山の里      都 
  循環バスを降りるこほろぎ   宙虫

裏  

ハロウィンの仮装のままに整体師  かぐや
   バカボンママを理想の女と   恭
言の葉のつなぎかたさへまだ知らず ぼん
   仕舞ひ忘れしむらたまの樞(くる) 
 
東京を北京に重ね齢かさね    乙四郎
   汚染されたる雪が降りしく   坊
温室は破裂した月光(かげ)でいつぱい  朝世
   急ぐ余りに靴を片方     ぼん
妻子なきおじさんの買ふメロンパン  晴
      誰にもらひし匂袋よ        さくら
いたづらに移らせまいぞ花の色     乙
   烏が鳴いて帰る出替り       晴

名残表    

春耕の島は真水の音がする  虫
   よかったですね、ところでなにが 整

熱弁の講演終はりぐったりと   兼
     参拝客のつづく杉並  さくら
外宮(とつみや)に
大宜都比売の祀られて  恭
  蜂の巣退治屋根裏を焼く   呆
潮風の波間に浮かぶハンモック   乙
  スプモーニから泡は生まれる  整
緋縅の裏までみせてのぼりつめ  虫
  出撃の朝見送りし恋   さくら

付案
1 出撃の朝 恋六十年
2 戦場の空見送りし恋

さくらさん。

恋を見送る。いい句がでました。
ありがとうございました。

そらん句が中世の武士の恋なら、さくら句は時間をワープ、戦闘機乗りの恋へシフトさせたものです。ことばはあっさりしてますが、おもいはふかい。
1の、恋六十年。恋人や夫が出撃した日の朝のことを、六十年たった今も、そのときとおなじ思いでこころに再現できるというのです。これも思いの深い句です。しかし、句のもつ雰囲気といいますか、立ち姿の美しさで2を。ただ、戦場の空を出撃の朝とかえます。

つぎは千晴さんに頼んでもいいでしょうか。

先週でしたか、朝ごはんをテレビをみながら食べていると、岐阜大垣の水害が映りました。長男が去年いたところで、しきりに懐かしがりました。大丈夫だったでしょうか。

月の句。もう一句恋の句をお願いします。秋の月で恋です。
恋を見送ったあとで、どんな恋句が可能なのでしょう。
前田先生から恋句は三句は続けるように。と助言されました。
続けているつもりでいたのですが、どこかに逃げがあったかもしれない。


椎窓猛先生講演会

俳友・東妙寺らんが誘ってくれた文化講演会に出かける。
椎窓先生のお話で八女市出身の作家・小島直記の死を知る。
きのう、亡くなられた由。享年89歳。

かささぎの旗で小島直記。
右横のカテゴリーから、「無冠の男」をクリックすれば、小島直記文学の真髄に触れることができます。筆が生き生きと動き登場人物たちが生きています。

第一回:http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2006/01/post_1355.html

通し:http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/cat3670117/index.html

かささぎの旗2006・2/24~4/1(『無冠の男』小島直記著より)
4/3、4/5付には暦の資料。(『日本の暦』岡田芳朗著より)

また、石橋正二郎のところではりつけたばかりですが、ふしぎなので。
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_6c3e.html

八女公園の小島直記・記念碑と椎窓猛先生の頌(しょう)

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2005/12/post_cdbb.html

ご病気だと知ったのは、「致知」という雑誌ででした。

ブログに長期にわたる長文の引用をしながら、一言もご挨拶を申し上げられなかったことが心残りであります。

かささぎの旗とのご縁を感謝するとともに、八女の地からご冥福をお祈りいたします。

合掌

次男が通う学校に、若き日の小島直記氏は勤めておられた。

追記)

なぜ私は小島直記の『無冠の男』を、それも乙骨太郎乙が出てくるくだりだけをこんなに必死で写したのだろう、とふしぎな気がする。まあノリで、、、としかいいようがない。旧漢字と旧かなの、一部には濁点さえないものを、きっちり写した。写す作業は気が一点に集中して忘我の境地になれ、きもちよかった。作家の意識と一体化したような感じだった。

SWEET HOME ALABAMA

「メラニーは行く!」(リース・ウィザースプーン主演)

(SWEET HOME ALABAMA、2002

ニューヨーク市長役で出てくる女優。

どっかで見た。だれだった?

・・・思い出せない。

最後、キャスティング見て、わかった。
キャンディス・バーゲンだ!
うっわー。なつかしい。

なんて元気な映画。
深夜に一人でけたけた笑って見た。こ
とに南北戦争保存会という趣味の会の、むかしの戦闘再現中に娘が割り込み、たくさんの死体役の中に父を探す場面。あれは最高におかしかった。


南部出身のいなか娘と市長の息子ニューヨーカーとの恋。
デザイナーとしてニューヨークで成功した娘には、じつは田舎に夫がいて離婚がまだ成立していない。
夫に離婚を迫るため、アラバマへ久しぶりに帰省した娘は、そこで昔の自分に出会う。
貧乏人とお金持ち。田舎と都会。野暮ったさと洗練。真実と虚飾。
価値観が真っ向から対立する。
同じ女性を別々の角度から愛する男が二人。
うーん。・・・そういう風に作られたドラマと言ってしまえばそうなんだけど。
南部の男のほうがやっぱかっこよかった。
お金や地位や家柄じゃない。縁と愛情。

通勤車内で聞く英語のおかげか、以前よりは台詞が聞き取れた。
ただ、いちいち訳そうと考えるあたまがある。これ、わずらわしい。
そのまま英語で受け取り英語で考えるようになりたい。
一週間に四本くらい洋画を見ようか。一本百円のね。
時に疲れて見ずに返却することもあるだろうけれど。

2008年9月13日 (土)

一列だけの芋畑

一列だけの芋畑

田んぼの中の一枚の畑。

なぜここばかり写真にとってしまうのだろう。

十年前までうちの苗代があったところ。

深緑の広い植え込みは茄子、
その左端の広い葉っぱのが里芋。

2008年9月12日 (金)

a gift

(前略中略、そして最後の段)

Friends, you and me... 友達。あなたとわたし。
 
You brought another friend ...あなたが一人連れてくる。

And then there were 3  すると三人になり

We started our group...わたしたちは仲間になる。

Our circle of friends...ともだちの輪ができる。

And like that circle...そうしてこの輪っかみたいに

There is no beginning or end...始まりも終わりもない。

Yesterday is history. きのうは過去。

Tomorrow is mystery. あしたはなぞ。

Today is a  gift. 今日の日は神様からの贈り物。

  Ereanor Roosevelt エレノア・ルーズヴェルト

http://www005.upp.so-net.ne.jp/babylove/gift.htm

この最後の三行に注目!!

息子の先生が暑中お伺いを下さっていたのを、馬鹿母のわたしは読んでしまいました。この三行の末尾に添えられた一行。

That is why it is called the present. 
だから今日はプレゼント(いま)って呼ばれるんだ。

これ、映画『カンフーパンダ』に出てくるせりふなのだって。
ほら。だんだん映画を見に行きたくなる。まだ上映されているかな。

時事ニュースhttp://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn/20080911/20080911-00000048-jnn-int.html
かの国の政治は活気があるなあ。

2008年9月11日 (木)

ことばとこころ

自己紹介、英語で。
見事に失敗。

途中から英語がもどかしくて、日本語になってしまいました。
それは趣味のことについて話そうとしたとき。
きっと以前から思ってきたことなんだろう。
越えられない壁。

自分で自分のへたな俳句を紹介しようと思った。
でも英訳がわからないのですよね。考えても。

 青鷺やかくも小さき洲を守りて      恭子

A gray heron

She remains keeping 

Water of the pond

こんなのはへんだろうか。remainとkeep、おなじようなことば、ならべて。

かくも。ちいさな。そんな言葉は消える。
洲はなんというのだろう。うちの裏の川なんですが。
雨が少ないと干上がってあちこち川底がみえ。

アオサギの言い方。色が違う。
青という色とグレイは感覚的に異なる。
どういうふうに異なるかというと、グレイだと見たそのまんま。鳥の本質をわかってあげてない。
でも青になるとグレイに潜む一点の気高さみたいなものをとらまえ、風切羽に薄墨のような色の蒼をじっさいに浮かび上がらせる。観察の行き届いた目。

俳句を作る。作らされる。
自分の頭で思うことが5あるとすると、定型という強制力の作用が4くらいある。容器のかたち。それにいれるために捨てざるをえないものはばっさばさ捨てる。あとの1のぶぶんに、目に見えないちからが潜む。十のうちの一だから大きいし、だれだって気づく。私のようながさつなものでさえ。

この句ができたのは、石橋秀野の夫の山本健吉の書いた本を読んでいたときだった。
『夏の俳句』という題の写真入りの俳句逍遥の随想。八女図書館にある本です。そのなかに水原秋桜子の一句があった。あおさぎと洲で完成された一幅の絵。ありありとイメージが浮かんだ。そして響き付けのようにこの句ができた。

 

  

2008年9月10日 (水)

自己紹介、英語で。

きょうは英語で自己紹介をしなきゃいけない。

どうすべなあ。やったことなかったな一度も。

と思ったら、朝から気になってそわそわそわそわ。

my name is kyoko himeno  

i'm very happy to see you

i'm from yame city   i've grown up there

first of all i would like to thank mr hashizume  who is the president of this college

he recommended us mr sato's english class

ここから、ことばがみつからない。

息子にどうするあんたなら。と聞いたら、趣味のことをいえば。

という。

i love haiku  i need haiku  i  want haiku  でいんじゃないなんてね。

俳句より連句がすきだが、連句だと説明がややこしくて手に余る。てか口に余る。てか脳に余る。おてあげ状態。連句仲間を増やそうという下心はうんとあるのだがな。道は遠い。てくてくあるこう。きのう、勤め先のボスが英語ドラマをそのまま見ていたので、社長、これ字幕なしでわかられるのですか!?とたずねたら(失礼なやつだ)、おうよという返事。ははは・・・わすれてた。社長は外地に十数年いたんだった。履歴書に英検二級なんてかかなきゃよかったな。でもそろばん五級はかけんでしょうが。もうすっかり忘れてしまってる。今うけたら三級さえ危うい。笑

英語連句で検索したら、あんまりヒットしませんでした。
でも、れぎおんで存じ上げている横浜のやちもとえいこさんがヒット。
彼女は当時はどこかの大学か短大の英語の先生をなさってらしたように記憶する。
へえ。いまは英会話学校の先生をなさってるのですね。
とても連句のじょうずなかたです。十年まえくらい一度、前田師のみなづき座興行でごいっしょしたことがありました。英語連句についてれぎおん誌上で熱くあつく語られてました。いつか教えてもらおうと思いつつ。。。

2008年9月 9日 (火)

最後の恋

歌仙 『コンビニで』

コンビニで本買はさるる梅雨の底   恭子
  賞味期限の長き紫陽花     兼坊
レンズ越しリボンとりどり巻かれゐて さくら
  明治生まれの祖母を寿ぐ   千晴
良宵の雲流れつき山の里      都 
  循環バスを降りるこほろぎ   宙虫

裏  

ハロウィンの仮装のままに整体師  かぐや
   バカボンママを理想の女と   恭
言の葉のつなぎかたさへまだ知らず ぼん
   仕舞ひ忘れしむらたまの樞(くる) 
 
東京を北京に重ね齢かさね    乙四郎
   汚染されたる雪が降りしく   坊
温室は破裂した月光(かげ)でいつぱい  朝世
   急ぐ余りに靴を片方     ぼん
妻子なきおじさんの買ふメロンパン  晴
      誰にもらひし匂袋よ        さくら
いたづらに移らせまいぞ花の色     乙
   烏が鳴いて帰る出替り       晴

名残表    

春耕の島は真水の音がする  虫
   よかったですね、ところでなにが 整

熱弁の講演終はりぐったりと   兼
     参拝客のつづく杉並  さくら
外宮(とつみや)に
大宜都比売の祀られて  恭
  蜂の巣退治屋根裏を焼く   呆
潮風の波間に浮かぶハンモック   乙
  スプモーニから泡は生まれる  整

付案
1 肩越しの鏡のなかにゐるけもの   虫

2  四畳半引くに引かれぬ畜生    ばど
3 真鍮のうらまでみせてのぼりつめ  そらん再考句
4  緋縅の裏までみせてのぼりつめ  捌一直句

整理します。

ここの打越には月がでる位置です。
朝、整子さん、ぼんさん、二人が声を揃えて絶賛したように、1のけものは生きて存在します。どこがすごいかといえば、自分で自分をけものと見ている目がすごい。ほんとに鏡のなかの自分と目があったような迫力がある。
一方、けちをつけるとすれば、かがみ。鏡は月と通う。
既視感があると私が思ったのは、前回巻いた歌仙で、「雪鳴らし獣が月を食いにくる」というそらんさんの名句が出たのをどこか思わせるからです。

ばどさんは又もや飛び入り。
無視しようと思いましたが、目がいってしまう何かがある。
上手へたをいえば、決して上手な人ではない。
たぶん本も読まない人だろうと思います。毎日酒かっくらって、ばくちを打ち放題、きっと借金で首がまわんない。女房こどもにゃ逃げられて。いくらいいわけをなさっても、それだけは見てきたように思い描けます。
だが言葉足らずに訴えかけてくる句には、生活の染みがある。
ひとことでいえば、よごれ。それがなければ、俳諧の意味もない。
ただプレーンな上品な句が延々と続いていくばかりで。

エロチシズムの句は、色っぽい句であると同時に、生の原点をみせてくれるものでなければならない。その生身感はどこにあるか。どこから来るか。生老病死の苦から。

私が鏡句に抵抗があったのは、昔の言葉でいうブルジョア的な退廃感があるからだ。
ここはもっと追い込まれた恋を置きたかった。だから戦場の恋か生活苦の恋を詠みたかった。
真鍮の句はわかります。つかみどころがない。つめたくて。よそよそしくて。そのような人がはだかになる安堵感。でもいまいちてざわりがない。

最終選択

1 潮風の波間に浮かぶハンモック   乙
    スプモーニから泡は生まれる  整
  四畳半引くに引かれぬ畜生    ばど

引くに引かれぬ。「退くに退かれぬ。畜生以下の動物だ」という読みと、大きな牛みたいな男を引こうとするけれど、びくともしない。この牛野郎め!出てけ!もうあんたの顔もみたくないんだから。という修羅場の恋と、二つのよみができる。(と思いませんか)。
意のままにならない恋の焦燥感。畜生は仏教用語、だからこれは釈教句です。

2 潮風の波間に浮かぶハンモック   乙
    スプモーニから泡は生まれる  整
  緋縅の裏までみせてのぼりつめ  宙 

この「のぼりつめ」という言い方が、前句の泡についていた。
だから最初のそらん句でもすぐ目に留まった。

のぼりつめても消えるだけのうたかた。
武士たちはどのように恋をしたのだろう。
明日をもしれぬ身であればこそ、恋が大事であったろう。
いまみたいに、デジタルネイティヴが増えてきて、セックスレスが当たり前の世の中になってくると、男が男であった戦場を背景にした恋が、うらやましくなってくる。

ということで。結論。

私は、この歌仙に初めてさくらさんを誘いました。
乙四郎とさくらさんとのふしぎな出会いは、戦争がキーワードとしてあります。
その出会いに立ち会えたかささぎとしては、2をいただいて、さくらさんに恋という言葉をいれた短句をそえてもらえたら・・と思うものです。あるいは恋の心情を短句にしてください。(その理由は、のぼりつめ、だけではやや弱いか・・と思ったからです。)

2008年9月 6日 (土)

蝸牛

昏(く)れんとし幹の途中の蝸牛  桂 信子

親句、疎句

名残表    

春耕の島は真水の音がする  虫
   よかったですね、ところでなにが 整

熱弁の講演終わりぐったりと   兼
     参拝客のつづく杉並  さくら
外宮(とつみや)に
大宜都比売の祀られて  恭
  蜂の巣退治屋根裏を焼く   呆
潮風の波間に浮かぶハンモック   乙
  スプモーニから泡は生まれる  整

やっとパソコンを開けました。
ケイタイからだと「管見」ってかんじです。

おつしろう句をかえます。
見落とすところでした。
前句とよくついていた心太、でも親句が並びます。
しんく、そく。
前句と離れた疎句は、行間に断層を作り気分を変える。
この句は海のほうから岸を詠んでいる。

スプモーニ、泡立つカクテル。かささぎは酒をあまり知りません。
スプモーニという名前自体に泡立つという意味があるようです。

日本酒は秋だったりしますが、洋酒は季語ではない。
泡立つ酒には夏の季感があり、何かの予兆がありますね。

さて、最後の恋句がでます。
せいこ句は見事な恋の呼び出しです。
ここをだれに頼もうか。
そらんさん。
そらんさんは感覚的な句がとてもうまい俳人で、九州俳句での評価も高い。
あっと驚く句をだしてくれるにちがいない。
切ない恋をしてください。
人魚姫のような・・・
季語はいらない。

俳句をひとりで書いていく場合、私たちの年代ですと、もうほとんど恋句は詠みません。
ですけれども、潜在的な恋句への憧憬があって、それは年をとれば取るだけ、高まるように思います。恋をおもう気持ちと、死に近づくにつれ高まる奥深い叙情とは、重なり合うところがあるのかもしれない。この想いを解放してあげることが、最大の連句の使命ではなかろうか。と最近かささぎは妙に神妙に考えている。

欄外:

きのう選句した天草にからみ出てきたカイジンソウですが。
母たちがこどもだった戦前、虫下しの薬として、カイジンソウを先生から渡されて飲まねばならなかったそうです。小学三年生ころの思い出に、ある少年が、そのくすりがまずくて窓から投げ捨て、先生から叱られた。という母の思い出。かいじんそうは海神草とかく。

http://www.suntory.co.jp/cgi-bin/wnb/cktl.pl?ID=spumoni(スプモーニ)

http://www.rd.mmtr.or.jp/~radd/otsubo/ikimonotati2.htm(かいじんそう)

2008年9月 5日 (金)

洗濯機

  ツバメ   

       詞  山崎将義

霞のむこうに 新宿がみえる
ツバメはうまく ビルを縫ってゆく
今年はゆっくりと 春がおとずれる

コインランドリーは 歩いて2分
軽い口笛は すこしの余裕
人ゴミだけは 苦手だけれど

そっちにはぼくの声 届いてますか
擦れ違う季節に 想いを寄せている

多分ね きっと変わらない
この先も どこにいても

外食ばかりじゃ やっぱいけないね
タバコの量も ちょっと多いかもね
少しなげやりに なってるかもね

単純にものを考えるようにしてる
そうじゃなくたって 手に余るから
ぼくにできること ただそれだけを

どっかでぼくの歌 聞けますか
風に乗せるつもりで 必死でつむいだけど
しあわせ ずっと祈ってる
この街の どこからでも

そっちにはぼくの声 とどいてますか
擦れ違う季節に 想いを寄せている

多分ね きっと変わらない
この先も どこにいても

http://jp.youtube.com/watch?v=VRDBFNaBMGo&feature=related

今日の日記:

ある隊員さんの洗濯機が壊れて、毎日きたないシャツで来られる。
家に夫の洗濯機があったのを思い出し、譲ることにした。
佐賀での四年間。一年近所のコインランドリーを使った。
二週間に一度洗濯にいった。やがて行かなくなったけど。
この歌を聴くと、せつない。
山崎まさよしの歌のなかで、二番目に好きな歌。

2008年9月 4日 (木)

ブロガーの仁義

会社から帰ってきて、ひゃーてえへんだてえへんだっとばかり、ブログを開き、会社のことなに書いてたろうってあたふたあたふた確認した。結果、いくつもいくつも書いてる書いてる!!・・・うひゃ~どうすればいいんだー 死んでおわびを。いやいやなんもそこまでするほどのことは書いてない。でもしかしばっとはうえヴぁ。ああどうしよう。

なにとぞ、気づいても気づかないふりしてください。
それがブロガーとしての仁義ってもんでござんす。
なさけってもんでござんす。

かささぎの生息地はここしかないから。

目の位置

名残表    

春耕の島は真水の音がする  虫
   よかったですね、ところでなにが 整

熱弁の講演終わりぐったりと   兼
     参拝客のつづく杉並  さくら
外宮(とつみや)に
大宜都比売の祀られて  恭

ぼん。
おつしろうの句がまだ出ないのを幸い。
申し訳ありませんが、ここから巻きなおさせて下さい。

どうも人事句ばかりになってしまいます。
ってか、私が景色の句をだすべきところ人事句だしてしまったんだけど。
参拝客のつづく杉並   場
外宮にオオゲツヒメの祀られて
ここで又景を出せば、なんじゃらほいだな。
うーん。
視線が近くへ、遠くへ、内部へと変化する。
あるときは、もののなかにもはいりこむ。

○おおげつひめのかみ
 
古事記神話で、食物をつかさどる女神。伊弉諾尊(いざなきのみこと)の子。素戔嗚尊(すさのおのみこと)が高天原から追放される際、鼻・口・尻から食物を出して八百万神(やおよろずのかみ)に奉ったが素戔嗚尊に殺され、その死体から五穀が生じたという。(グー辞書)
 
○伊勢外宮 
http://www.isejingu.or.jp/gegu/gegu.htm   

2008年9月 3日 (水)

おかえり

おかえり

クレヨンしんちゃんは「おかえりー」と言って帰ってくる。
かささぎには飛びかた山がおかえりーといってくれる。

2008年9月 2日 (火)

あーあ。

起動が重くなったパソコンを助けようと、先月ウイルス除去ソフトを入れた。
それまでも入っていたのですが、期限がきれたようでした。
で、劇的に早く立ち上がるようになったかわり、初期化された。

アドレス帳や通信記録が消えた。
消えてもらったら困ります。とほほ。
プロバイダのおねいさんに尋ねました。
昔の設定に戻せば機械の記憶が戻りますか?

もとの状態にしたところで失くした記録は返りません。
それはパソコン内部の記憶装置だから。
・・・と、冷たいお返事。あーあ。

あ。八朔さんの花火、揚がってる。

 間断の音なき空に星花火    夏目雅子

一昨日が〆切の福島高校百周年記念文集の原稿。
ついに一字も書けず。
きのう澄たからさんに息子の簿記のテキスト持って行ったら、ご主人(同級生)はちゃんと書いたんだそうです。ぼんもせいこさんも書いたってとっくの昔に。あーあ。

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