無料ブログはココログ

« 今年のうちわ | トップページ | 裏立句 »

2008年8月 2日 (土)

おもて六句

 歌仙 『コンビニで』

コンビニで本買はさるる梅雨の底(自・夏)   恭子
  賞味期限の長き紫陽花 (場・夏)      兼坊
レンズ越しリボンとりどり巻かれゐて(場・雑) さくら
  明治生まれの祖母を寿ぐ (自他半・雑)  千晴
良宵の雲流れつき山の里(場・秋)       都 
  循環バスを降りるこほろぎ(場・秋)     宙虫 

※ 循環バスの例:http://www.town.kozaki.chiba.jp/junkan_bus/bus_main.htm

   「こほろぎ」
http://www.shigin.com/hakusyu/kohorogi.htm
http://www6.airnet.ne.jp/manyo/main/animal/kohorogi.html

   

月の座で出ました「良宵」という季語について、ネット上にこれという解説がないものか探しておりますが、まだみつかりません。目下、天気のよい夜、というのがネット辞書の解説です。ざつというかそっけなし。

折口信夫は『戀の座』(昭和24年)で、月の季語のひとつ「二十三夜」につきまして、かようなことを述べておられます。おもしろいので長いのですがそっくり引用します。旧字は現代表記にかえます。

人が死んでゐるか、仮死の状態に陥って居るかこの二つが、昔の人にとって、実際には区別がつかなかったのである。ある期間は、だから同じ方法をもって、とり扱ってー鎮魂法を行ってー居た。その中、この山尋ねの方式などは、今も残って居る一つである。近代では、たとえば、二十三夜待ちなど言ふ行事は、その俤を存して居るものと見られる。死病に罹って、もう回春のおぼつかない病者のため、近親の者が、高い峠などへ二十三夜の月の出を迎へに行く。白装束に竹の杖など言ふ服装を、今に守ってゐる地方すらある。恐らく後代こそ、月の出を迎へるのだと考えてゐるのだらうが、これは疑ひなく山路へ入りこんだ魂を探し求めに行くのである。(「魂ごひ」の一節より)

月はあくまで精神やたましひにかかはるものです。

ところで、文芸評論家の山本健吉(父祖は八女出身)は慶応の学生時代に藪秀野と学生結婚をしたのですが、その出会いは折口信夫博士の源氏物語講義を聴講に行ってとされます。当時、折口信夫の講義がどんなに人気があったかといえば、立ち見が出るほどだった、といいます。文化学院の生徒だった秀野までが聴きに行ったくらいですから。全集のしおりには、國學院大學で講義中の写真が入っていましたが、熱気が伝わるような写真です。でも、ふしぎなきがしますね。かような精神性のつよい伝統的なものに惹かれつつ、一方ではやりものだったマルキシズムにひかれる。そして特高につかまって獄中経験後に転向、以後は左翼思想を見向きもしなくなる。ー健吉さん。逮捕はあなたにとってなんだったのでしょう。

« 今年のうちわ | トップページ | 裏立句 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: おもて六句:

« 今年のうちわ | トップページ | 裏立句 »

最近のトラックバック

2020年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29