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2008年8月 8日 (金)

万葉集から盗む

ハロウィンの仮装のままに整体師(他・秋)  かぐや
   バカボンママを理想の女と(半・恋)    恭
言の葉のつなぎかたさへまだ知らず(自・恋) ぼん
   仕舞ひ忘れしむらたまの
樞(くる)(自・恋)整

むらたまの樞(くる)に釘さしかためとし
妹が去去里(ここり)は揺(あよ)くなめかも
                          万葉集

この歌には忘れられなくなるエロチシズムと激しさがあります。祈りの歌だろうと思います。こころをむかしはここりと言っていた。歌を検索にかけると、ただ一つだけヒットしました。それも下の句のみ。ということは、ポピュラーではないのかも。

よくわからないのですが、心はこう読みたがる。
「たましひのくるるに釘をさしてかためとすれば、恋人の心はゆらぐこともなかっただろうに、私を去ることもなかっただろうに」

過去形なのは、去去里(ここり)の表記のせいです。
表記には全霊がこめられている。

むかし「俳句ざうるす」という同人誌でごいっしょした、俳人永末恵子の歌集名が『くるる』 でしたっけ。漢字で樞です。くるるは、木戸の閂。へこみに棒をさしこむ。

整子さんが付けてくれた原句は

仕舞い忘れたむらきも一対

むらきも一対が何の喩として差し出されたのか、考えていましたら、ゴヤの裸のマハをふと思い出す。むらきも一対は太い詠みぶりの柔らかな女性性、くるるはやわらかな詠みぶりの男性性。この二つで一対、と言えるかもしれません。

結論。整子は性子で聖子です。

さて次はさっぱりと離れてなんでもどうぞ。
季語はなしでおねがいします。

一箇所とらえてクローズアップするような句でもなんでも。
前句からうんと離れて。時事句でもいいです。

丸山消挙じゃないが、できるしこだしてくだされ。

参照:http://fratello.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_212f.html

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コメント

樞(くる)とは?

樞、その1:くるると読む。落とし戸のこと。戸の桟のこと。

その2:要のこと。かなめ。

とありました。へえ~~。
知らなかったこと、またひとつ教えてもろうたわ。

せいこ。くるるは私も永末恵子さん(同年生れ)に教えてもらったことばです。でも、モノ自体は十年ほど前までトイレが厠だったときまでの戸についてた。それがとてもゆかしくて気に入っていたので、惜しい気がした。せいこも知ってるとおもう。
たくさんたくさん、きれいで大事なものを、おしげもなく捨て去って、いまがあります。

ああ、あれね。実家の厠の戸がそれでした。
べんがらいろの木戸で、かんぬき式の鍵がついてた。座敷先の縁側からと、母たちの寝床(寝室とは言ってなかった)からと、両方から入れる厠でした。
なつかしいなあ。

うん。ほんにほんに。
むかしの厠は家のなかで一番品格のある場所だった。長い廊下の果てにあった。窓から松や花八手や南天が見え、おちょうずでちびちび手を洗う。あの傘の先っちょみたいなのを手で持ち上げて、そうしたら水が出るしくみ。ことに気に入っていたのは、便器のあるところの足下にも小さな窓があって、それは磨りガラスだったから、影のかたちで植木がうつる。それがこどもごころにもゆかしかった。まさに陰翳礼賛の世界でした。
ってか、せいこはん!!きょうはむすこの結婚式だったんじゃないのかえ。

時事句

1 東京を 北京に重ね 齢(とし)重ね
2 二百五が 二百四となる 祭りの夜
3 鳥の巣に 寄る気配なき かささぎの

うわ おつしろうおおきに産休縁燐寸
さっき乙四郎宅の前通った。車があったんで、おお学長は今日は休みかと思った。開講式のときも、よこを通ったら車があった。こっちのほうが先に帰ったのになぜだろうとふしぎでしようがなかった。たぶん羽犬塚までいってしまったので、それから九十度に折れて帰ったぶん、がそりんのむだづかいをしたのでしょう
さらには長男もへんなやつで、まだ二種類しか通ったことないとかぬかしやがります。川沿いの道を一度も試したことないって。もったいない。県道か国道かしらんけど、インターへの道を律義に走って、そっから直角にまがって・・という走り方をしてるようです。親子して直角がすきです。

ってことで、おつしろう。さすがにきみはえらいなあ。
没が続いても、ちゃんときちんとだしてくれる。さばきとして、こんなうれしいことがあろうか。うう(感涙にむせびなく)
この不滅のガッツが連句には必要です。
でも、ちょっとまってくださいね。
はこだての杉浦教授が江差から9日に戻るってブログにあったので、句を出してくださいとお願いしました。それが出てから選択します。忙しいと無視されるかもしれませんが。笑

でも、地名がほしいと思っていたので、1がいいなあ。2は意味不明。オリンピックとかテレビさっぱりみてないのですいません。

ここで杉浦研究室をのぞく。まだついてない。じゃ、いただきます。

ハロウィンの仮装のままに整体師 かぐや
   バカボンママを理想の女と 恭
言の葉のつなぎかたさへまだ知らず ぼん
   仕舞ひ忘れしむらたまの樞  整
東京を北京に重ね齢重ね     乙四郎


没句の解説
当日まで、北京五輪の参加国・地域は205だと報道されていたのが、開会式報道では、参加国・地域は204となっていた。その1か国がどこなのか、それに関する記事が見当たらなくて、気になってしようがなかった。
国ひとつ 消えても平気 マスコミは (乙)
と皮肉のひとつも言いたかったわけです。
時事通信の配信で、やっと、アジアのB国が除外されたことを知りました。こんなこと、お祭り気分に水を差すので、マスコミさんにはどーでもいいことなのかな?

開会式はテレビに樞付けでした。行ったことある国の選手を見ると、ああ、そういえばこんな人たちだったなあ、と親近感が湧くのですが、乙の場合、それが6か国に1つなわけです。B国は行ったことなかったので気付きませんでした。

どこどす。

産休縁燐寸
これがわからずに悩んでいた。やっと判明。すっきりした。
B国がどこかも気になるが、きいてもわからんめ。社会は高校入試が終わったとたん消えてしまった。あれほど地図帳を見るのが好きだったのに。後ろの付録まで読んでたのに。中3の時点で私の脳は満タンになり、あとは一つを忘れ次を刻む。これの繰り返し。きっとそうだ。

bomb
「~め」は「~ではないだろうことよ」、古語。
佐藤先生のプロフィールを読んだとき、中世英語が専門とあったので、それに興味をもった。先日も、なんだったか忘れたけど、昔の表現が母国のイギリスには残ってなくて、新しい国アメリカのほうで廃らずに残っている。というのがあった。それと八女の方言はおんなじですよね。おなじのりで遊びながら学べばきっと退屈しない。
ほんじゃ、ボーリング大会さいってくるべ。穴掘りじゃないからね。

八女ボールですか?あそこは今はきれいになっているのでしょうか。20年ほど前、ボールの一部が欠けたボールばかりで、上手いこと投げられなかったからね。その後はいってない。
それにしても、何の大会?

会社の慰労。会費は自前。福利厚生費でおとせばよいのに。
そこへいくと、みんなとても偉かった。二千円も給料から引かれるのにほぼ全員参加して、そこそこ楽しんだ。文句は山のようにあったろう。このくそ暑い中、昼も夜も立たされて、お給料は安くて、ボーナスも保険も交通費もなんにもつかず、制服さえ自腹きらせられるのですからね。

苦労しているいいひとばかりです。
みんながだいすきだ。同志だって思える。前世で戦友だったのかも。

場所は久留米の楽市楽座。まちがえて映画館へいってしまって往生しました。
お。いま、花火あがってますぜ。

若さ爆発ごろ寝して見る

応援団旗揚げることなく

花火はどこであがってましたの?今年は見ずじまいです。

うん。ぼん。ありがとう。
付句。まってね。兼坊さんをまってみる。

花火ちかかったですよ。かなり。ってかみなりかい。なんかねまったく興味がない。オリンピックも甲子園も。夫がいないとテレビもつけないんだな。と知った。そういえば、私はおこぼれ人間だった。夫の見ているものをうんと肩越しにみる。夫の歌う歌を離れてきく。こんなへんな夫婦もあるんだよ。今日まで仕事です。給料計算。

乙四郎さんのテレビ出演の話ここに書くね。

名前のところにテレビ内容はリンクしたので見てください。
再放送予定日もわかります。
この番組の中で、原爆症であるかないかの認定作業の担当だった乙四郎さんがインタビューを受けられたのです。
こういう番組は必ず国や官僚の人は悪者として扱われます。
この件に関しては、乙四郎さんから裏の話をちょっと伺っていたので、こういう一面からだけの取材は相当な葛藤があるに違いないと思います。

まだいっぱい書いたけど、乙四郎さんに何か影響があるといけないから消しました。

さくらさんありがとうございます。
いっぱい書いて消したのですね。
連句にほしいのは、そういう句です。
有無を言わさぬものをいっぱい隠している。

二回目の焼き場に立つ少年を撮った米兵の回は見ました。あの少年の写真、数年前れぎおんの川野蓼艸(りょうそう)先生の随想で挿画としてみたことがあった。その写真と同じだ、乙四郎とさくらさん。

その番組今回は見逃したけどあらましはわかる。

うろ覚えだけどそのアメリカのカメラマン、亡くなったのが8月9日じゃなかったっけ?
それ知ってぞーっとした。

亡くなった赤ちゃんをおんぶして焼き場に立つ少年の写真、何度見てもなんとも言えん。

さくらさん。
ほんとうにそうですね。
あのとき、なにか少年に声をかけてあげたかった。
でも、とうとうなにも声を発することすらできなかった・・とその人は言っていた。もう一度少年にあって、元気でいるか探し出して確かめてみたい。でもどんなに探しても、少年には会えなかった・・。戦後、原爆写真を撮ったことを封印していたのに、それをまた公表しようと決意してからは、妻に去られた。なぜ母国を売るのか、と妻が非難する。しかし息子だけが父親の真意を汲んでくれた・・そこのところのいきさつに胸をうたれた。
私は橋爪章がどういう仕事をしてきて、どういうかかわりかたをしてきたのかをまったくしりませんし、さほど知りたくありません。知るのはこわい。ほうれ、これがリアルだよ。と教えられるのはつらいから。
ぐらぐらと一本足でゆれながら、いやみさんの真似をしてしぇーって言ってた乙四郎しか知らない。
でも、ふりかえれば、最初にこのページにきてくれたとき私は書いてますねえ。あれが正直なきもちだよね、同級生としては。
なまえにはりつけた。すでになつかしい。

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