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2008年8月31日 (日)

理想と現実と政治と

きのう、しごとで政治家の後援会の催す語ろう会に参加しました。
政治家はさる硬派の若手県議(かささぎ注*・自分53より年下は若手)であります。
代々の政治家の家の人らしく、父上も、また兄弟も政治家というお人で、久留米の地方政治を語る声は力強く澄んでました。
はじめに代議士の鳩山さんが「きみはザイルパートナーだ」というような熱いエールを贈られた。じっと伺っていましたら、鳩山さんってあの久留米の石橋正二郎のお孫さんだったのですね。むかしからの父祖の時代からの付き合いがあったらしい。それさえ知らなかったかささぎであります。鳩山さんはなぜ久留米から選挙に出るの。しらんけど、たくさんBSの株もってるらしいよ。・・と、そんな程度の知識しかなかったのですよね。

鳩山さん。たくさん死刑執行した法務大臣。
そのことについて、一市民として思うことは、えらいことだな。だれもしたがらないことなのに。夜、うなされないかな。というようなことです。

だれかがやらなければならないことなのでしょう。粛々と。

ビデオに録画して見た終戦記念日特集の国民放送。
残留放射線、入市被爆者認定問題。入市被爆者というのは投下後に爆心地に入った人たち。
乙四郎が当時の厚生省の認定窓口の責任者としていたことを、初めて知りました。

「なにかものさしが要った。そして当時は(アメリカが編み出した)あのスケールしかなかった」 というようなことを番組の中で、乙四郎は淡々と語った。それがくせの笑い顔で。

だれかがやらなければならないことなのでしょう。粛々と。

竹橋乙四郎とは違う、はじめて橋爪章と出会った気がした。
かなしかった。そのこころをおもうとかなしかった。

 一眸の荒野を隠す君の肩  恭子*

この句は、今おもえば橋爪章への存問の句でした。

いつもにこにこ笑っている人が隠したもう一つの顔。

   * 所収   月と花と恋と―平成連句抄

 石橋正二郎

参照: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E6%A9%8B%E6%AD%A3%E4%BA%8C%E9%83%8E

かささぎの旗で、石橋正二郎: http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_6c3e.html

 竹橋乙四郎

参照:http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_4c85_1.html

2008年8月30日 (土)

歌仙 『コンビニで』

歌仙 『コンビニで』

コンビニで本買はさるる梅雨の底(自・夏)   恭子
  賞味期限の長き紫陽花 (場・夏)      兼坊
レンズ越しリボンとりどり巻かれゐて(場・雑) さくら
  明治生まれの祖母を寿ぐ (自他半・雑)  千晴
良宵の雲流れつき山の里(場・秋)       都 
  循環バスを降りるこほろぎ(場・秋)     宙虫

裏  

ハロウィンの仮装のままに整体師(他・秋)  かぐや
   バカボンママを理想の女と(半・恋)    恭
言の葉のつなぎかたさへまだ知らず(自・恋) ぼん
   仕舞ひ忘れしむらたまの
樞(くる)(自・恋)整
東京を北京に重ね齢かさね (自・雑)乙四郎
   汚染されたる雪が降りしく (場・冬) 坊
温室は破裂した月光(かげ)でいつぱい (場・冬) 朝世
   急ぐ余りに靴を片方    (自・雑) ぼん
妻子なきおじさんの買ふメロンパン (他・雑) 晴
      誰にもらひし匂袋よ (半・雑) さくら
いたづらに移らせまいぞ花の色 (自・花) 乙
   烏が鳴いて帰る出替(でがはり)(他・春)晴

名残表    

春耕の島は真水の音がする (自か場か・春) 虫
   よかったですね、ところでなにが(半・雑) 整

熱弁の講演終わりぐったりと (自・雑)  兼

さっきまで久留米にいました。
政治家の後援会。
さて、付け句。整子句の選句も兼坊さんです。

りくつをいえば、本当の場の句はないのかもしれない。
どの句も人情句。どこかに人間の匂いがしてる。

つぎはさくらさんですよ。雑で七七。
場の句をおねがいします。

かささぎはねむいのでもうねます。ははーっ。



中山宙虫の俳句世界

沖がまだ遠くなりゆくむつごろう   中山宙虫

この句の「まだ」がわからず、気になるあまり、あいまいさを拒否する英語ではなんといえばいいのかを考えた。
さいしょ、つぎのような文が浮かんだ。

Mutsugoro’s thought  is becoming  further and further from the shore.

英作文でまず悩むのが、冠詞をどうしよう。

むつごろうは魚だし、一応定冠詞でもつけとこか。ううわっかんね。ざでもつけときゃそれが無難だろかなっていうよな発想なんだけどもさ。冠詞、考えてもわからない。それと複数形にする名詞とそうじゃない名詞、わかんない。こないだのリンカーンの演説の冒頭、よっつのスコアと七つの年の以前ってとこ、スコアになぜsがつかないの。それにさ。ひつじにもえすはつかないんだよ。いったいどういうわけ。ひつじは数えられるじゃろうがよ。
って悩みだしたらきりないから、考えないことにして、少々のミスはかまわんことにしまひょ。(そしないと先にすすまんから)

さて。
沖ってなんだ?

日本語のイメージでは、沖ってのは、浜辺や岸辺からちょい離れた海上のこと。そこからは陸が見えてる気がする。ということは、沖が遠くなるということは、岸から遠くなるってこと。でもこれは日本人の作る英文かもね。どうもいまいちわっかんない。

become は、こういうときには使わないんだ。

たとえば、だんだん暗くなる。というとき、

いっつ げりん だ~かんだ~か。
It's getting darker and darker.

といった。そんなら、むつごろうも

The mutsugoro-fish is getting further and further from the shore.

こうするほうが自然。

春先のむつごろうのこころ。
そもそもなぜむつごろうは春の季語なのだろうね。
それすら考えたこともなかった。
俳人・中山宙虫のこころ。
ふしぎなり。

http://ww71.tiki.ne.jp/~nanaura/ariake-sea/ariake-sea.htm

http://archive.mag2.com/0000235819/20080517060000000.html

うららかやみんなが落ちる街の穴  中山宙虫

    (平成20年九州俳句大会大会賞受賞作)

2008年8月29日 (金)

キング牧師の演説

二回目の授業で佐藤教授はマルティン・ルーサー・キング牧師の演説「I  have a dream」を暗誦された。

佐藤先生を思い出してしまった。
佐藤、おんなじ姓の先生から、はるか昔のむすめ時代に時事英語を習った。はじめてキング牧師の存在や公民権運動を教えてもらった。

検索でいくつかの生演説が聞ける。有難い事ではないか。
「How Long ?Not Long!」、
ラップやソウルミュージックの原型みたいだ。

http://jp.youtube.com/watch?v=TAYITODNvlM

http://www7a.biglobe.ne.jp/~mkun/America/President.htm

http://jp.youtube.com/watch?v=gzh498s-BbU&feature=related

連句的参照

「誰だ ハックにいちゃもんつけるのは」 ナット・ヘントフ
       (集英社・コバルトブックス)

2008年8月28日 (木)

一片の月

新しいケイタイに古いケイタイのデータを移してもらう。

移してもらったのは電話番号とメルアド。

なのに写真のデータ保存ポケットに、古いケイタイの写真が一葉、紛れ込んでいた。写真類は一切転送しなかったのに・・・。

その日付、その写真。

思わず声をあげた。
05 1115 2226
2005年11月15日22時26分撮影。

ゆっくりと記憶がもどる。
まだブログ、始めていなかったんだな。
写っていたのは、蒼く輝くちいさな満月。

それは隣のおじさんの命日。
そして父の兄と、母の母と夫の祖母(新潟出身)三人の命日。

サイバー携帯月をたばさむ   恭子

きのう習った単語まめ知識

携帯電話:せるふぉん。せるらーふぉん。さいばーふぉん。あとなんだっけ。わすれた。このさいごらへん、ぱそこんのいいかたとごっちゃになってるかもしんないね。

きのう、英語教室で

月に二回、水曜日夕方、みやま市の保健医療経営大学まで出かける。
英語の市民公開講座、とても楽しい。やさしい先生がいて、おもしろいクラスメイトがいて。
まだ二回目です。こないだ初めて受講したときは冷房が効いてたのに、きのうは涼しいというより少し肌寒いくらいでした。

ぼんは一番前の席にいます。私は一番うしろ。
英語は学校で習ったっきり、生活では一度も使いません。
なのに生活のために二年前まで近所の小学生に中学生の英語を教えていたことはあります。そのおかげで、中学英語だけは忘れずにこれました。でも使い物にはならない。自分が一番よく知ってます。

クラスメイトに一人、小学校の先生がいらっしゃいます。
小学校、一年生から英語を学ぶようにかわるんですって。
苦手とのことで、切羽詰っておられます。
だけどもさ。苦手でも、いいんじゃない。ってかささぎはおもう。
たぶん、はじめることが肝心なことで。
通じ合おうとするこころがだいじだよね。

アンソロジー『月と花と恋と』

おととい三省堂から本が届いた。

編集は連句用歳時記『十七季』でおなじみの丹下博之・佛淵健悟の両氏と、三省堂の阿部さんとおっしゃる編集者です。

七月九日夜。もう時間がないんだ、すぐにまとめ上げて出版する本に、あなたの句もいれるから、なにか出しなさい。と電話がありました。町田のほとけぶちさんからです。なんでも、連句誌れぎおんの読者である三省堂の阿部さんが私の名前を覚えていてくださったとのこと。事情はわかったのですが、忙しいのとめんどくさがりのため、出典すら確認せぬまま、いくつか覚えてる句を送信しました。あとで引用句の出典作品のコピーを送るよう言われたが、お送りしてない。駄目だろうとあきらめていたのですが。ちゃんと入れてくださってました。

きれいな本で、とてもうれしいです。
ほとけぶちさんと、三省堂の阿部さん。ありがとうございました。
連句をお教え下さった前田圭衛子師にも最大の感謝を捧げます。
ああ、こんなことなら、あの人の句もあの人の句も入れてあげたかった。

しかたない。自分の句でさえ選ぶ間もなかった。

Book 月と花と恋と―平成連句抄

販売元:三省堂
Amazon.co.jpで詳細を確認する

↑ 買うてね!これがはじめて付ける宣伝です。
  最近巻いた作品からの句も入れてくれてた。
  ベテランの付手たち(掲載されてる句数が多い)の句は、さすがに違います。
   勉強になります。
    

2008年8月25日 (月)

手押し車とは。

手押し車とは。

久留米の実戦空手道場にて

汗をしたたらせながら、先輩(足を持って下さっている高3生)後輩(高1)一組になり手押し車という名の稽古をしてる写真です。足をもつ先輩は早い速度で小走りに前に進みます。手をついている子は駆け足(駆け腕)、時にえびぞりになって顔をうんとあげ空中で両手をパンと鳴らします。見てるほうもきつくなる。無念無想、必死で手を動かさねば怪我します。
おかげさまで、体ができてきました。ぜんそくもでません。この子は中二まで毎年入院していたのです。

九州俳句151号ーその3

第四十回九州俳句賞受賞作

紅葉山 

       木村直子

瞳孔や死は一片の紅葉山

かささぎ評

死んだら瞳孔がひらくそうだ。
瞳孔がひらいた顔を一度も見たことがない。
いつも死者たちは行儀よく目を瞑っていてくれるから。

この句の「瞳孔や」とは、まさにその死者のものだ。
死者の目のなかをしげしげと覗き込み、何も映さぬ焦点も結ばぬ穴としての瞳に、一片の紅葉山だけを映させた作者の想い。
「一片の」、これは「いっぺんの」と音読したい。
「ひとひらの」では迷いが生じ叙情が邪魔する。
伝統的な季語を用いながら、科学のように冷徹で、なまなかな叙情を拒否する厳しさをもつ句。
受賞の言葉に心捉えた句として作者が挙げておられた、

後の世に逢はば二本の氷柱か   大木あまり

この句のもつ世界に、どこか通じているように感じた。

芋の露

       堀川かずこ

離れても寄りても家族芋の露

かささぎ評

なにも説明はいらない。
こころ和むあたたかな一句。
こどものころの七夕風景を思い出させる。
墨の匂いや牽牛、織姫のきれいな色の掛け軸までも連れてきてくれる。

(今回は二人受賞とのこと。おめでとうございます。)

2008年8月24日 (日)

伊藤白鳥氏死去

山口の俳人・山本伽具耶さんの所属する俳句誌『鴫(しぎ)』主宰・伊藤白鳥氏が、12日に突然亡くなったそうです。高齢でしたが、まだお元気でいらっしゃるから、伽具耶さんに頼んでいつかお会いして、石橋秀野の句集にある句の背景などをお聞きしたいものだと思っていました。
でも、それはもう、かなわなくなってしまいました。

伊藤白鳥句集「卍」について去年一月に書いてます。
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_9c11.html

上記引用の一句、

豚小屋のにほひ切なし初社   伊藤白鳥

この句をもっと語りたい。
季語の「初社はつやしろ」は初詣とおなじですが、この一句の座五が「初詣」であれば、句のもつハリとコシみたいなものが一切なくなる。それほどまでに、初社の社が生きている。
豚小屋という人くさい家畜が、神社という聖なるものを据えることでいっそう身近に生き生きと脈打つ。そして、その匂いを「切なし」ととらえた俳人のこころに私も切なくなる。それは、日本がまだ貧しかった時代を思い出させるにおいでもあるからだ。

この一句の背後を、白鳥氏にたずねてみたかった。

かささぎは残念です。

       合掌

2008年8月23日 (土)

初裏端句

裏  

ハロウィンの仮装のままに整体師(他・秋)  かぐや
   バカボンママを理想の女と(半・恋)    恭
言の葉のつなぎかたさへまだ知らず(自・恋) ぼん
   仕舞ひ忘れたむらたまの
樞(くる)(自・恋)整
東京を北京に重ね齢かさね (自・雑)乙四郎
   汚染されたる雪が降りしく (場・冬) 坊
温室は破裂した月光(かげ)でいつぱい (場・冬) 朝世
   急ぐ余りに靴を片方    (自・雑) ぼん
妻子なきおぢさんの買ふメロンパン (他・雑) 千晴
   誰にもらひし匂袋よ    (雑)さくら
いたづらに移らせまいぞ花の色   (花・自) 乙
                    (春)

こりゃあいかん。
間延びしたビールになりそう。

都さん都合が悪くてパス、そんならとそらんさんに頼めばずっとはじっこ。
そこでせいこさんにお願いいたします。

(ここ、むずかしい。ですが腕の見せ所でもある)

九州俳句151号ーその2

季刊誌「九州俳句」(昭和40年創刊)は、体調を崩されながらも懸命に編集長の任を果たされた北九州市の中村重義氏より、同市の俳句誌「天籟通信」編集長でもある福本弘明氏にバトンが渡された。激務である編集長の引き受け手がなく、このまま廃刊かと危ぶまれたが、福本氏に堀川かずこ氏、夢野はる香氏の二人の事務スタッフが名乗りを挙げられ、存続が可能になった。

中村氏が宮崎での退任挨拶のとき感無量でおっしゃった。
「どうなることかとはらはらしましたが、本当によかった。北九州は創刊の地でもあり、福本さんに引き継いでもらえれば、こんなうれしいことはありません。」

きっと泉下の代々の編集長もおなじ思いで見守っておられたことだろう。

私は98号くらいから九州俳句誌に参加したように記憶する。
振り返れば、句を詠むより句を読んでいつも何か書いていた。
中村重義編集長のときに連載を筆の走るまま(「俗の細道」とか「暦論」とか「現代俳句と女たち」の題で)持たせて頂いた。そのことをありがたい縁だったと感謝している。

新編集長:福本弘明

略歴 昭和三十年 小倉生まれ
松下雅静氏に指導を受け俳句入門
昭和六十三年「天籟通信」同人
穴井太師亡き後、同誌編集長を務める

         

はじめての雲

はじめての雲と訣るる村の辻    恭子

あたらしいケイタイに最初に写りにきてくれた雲
ありがとうありがとう

2008年8月21日 (木)

九州俳句151号ーその1

きのう帰ると届いていた。

中村重義編集長最後の編集のです。

表紙裏、河野輝暉(大分)選の一五句。

朧夜をペットボトルが遡る  青木貞雄
豆撒きの本音を入れた一升瓶  姉川勝子
風格のこの山国の冷奴     有村王志
冬籠り虹色のくすりばかり呑む  池迫敬子
ものの芽の二寸の力暮れ残る  伊藤久見子
二の腕を出して天下の秋を知る  宇田蓋男
花筵戦後の長さはしたなさ   小倉斑女
電柱にしがみつきたる大試験  木附紀子
梅の花抱き品川のあたりかな  瀧 春樹
蟇 死ぬる日までの辛抱だ   寺尾敏子
米五キロ買い啓蟄の野を帰る  中村重義
朧夜の階段一段殖えており   日高匡子
関節のところどころに遠初音  舛田傜子
あんぱんのへそが恋しい春の風邪 松永俊昭
ペコちゃんの舌に残りし寒さかな  山本悦子

小倉斑女の花筵の一句、すばらしいです。
じっさい、ほんとうにそう感じます。
花を直接は謳わず、花見の筵と間接的にやったところが憎い。
はしたなさ。
この俗語こそが俳句のいのちだと思った。
一句が優れた戦後論すべてに勝る。(つづく)

2008年8月19日 (火)

四年ぶり、ケイタイを買ふ。

家族の中で、私のケイタイは一番お古だった。
バッテリーのふたは外れ、まったく色気がなかった。
昨日なくしたのを幸い、新しいのに機種変更してもらう。
カメラが少しよくなって、色はショッキングピンクです。
うれしい。可愛い女の子になった気分。
電話番号もメールアドレスも、前と同じなんだそうです。
便利なものですね。
紛失したケイタイも無事出てきたと連絡がありました。

2008年8月18日 (月)

歌仙、裏九句目

歌仙 『コンビニで』

コンビニで本買はさるる梅雨の底(自・夏)   恭子
  賞味期限の長き紫陽花 (場・夏)      兼坊
レンズ越しリボンとりどり巻かれゐて(場・雑) さくら
  明治生まれの祖母を寿ぐ (自他半・雑)  千晴
良宵の雲流れつき山の里(場・秋)       都 
  循環バスを降りるこほろぎ(場・秋)     宙虫

裏  

ハロウィンの仮装のままに整体師(他・秋)  かぐや
   バカボンママを理想の女と(半・恋)    恭
言の葉のつなぎかたさへまだ知らず(自・恋) ぼん
   仕舞ひ忘れしむらたまの
樞(くる)(自・恋)整
東京を北京に重ね齢かさね (自・雑)乙四郎
   汚染されたる雪が降りしく (場・冬) 坊
温室は破裂した月光(かげ)でいつぱい (場・冬) 朝世
   急ぐ余りに靴を片方    (自・雑) ぼん
妻子なきおじさんの買ふメロンパン (他・雑) 千晴
                    (雑または春)さくら
                    (春花) 乙
                    (春)都
名残表

                    (春) そらん
                    (雑) かぐや  

付け案(オノダ・ちはる)
1禿頭を晒して歩く絹の道
2妻子なきおじさんの買うメロンパン
3六十を越えてためらふ再再婚

選句

とくとうをさらしてあるくきぬのみち

前句との距離はこれが一番遠いと感じた。
ちはるさんにたずねてみたかった。
どういう付筋なのと。でも聞く為の道具なくした。
しかたないので、想像してみます。
朝世さんのカゲが飛び散っているとする温室の句は、破裂という過激なことばのせいで、あまり平和なかんじはしませんよね。温室という言葉自体、人工的なひよわな感じだし、そこでは間接的な生命力しか育たないような思い込みが育ちます。でも、それを具象として捉えますと、温室ごしに月光が煌々と、というよりここは冬の月だから、冴え冴えと照っている景色になります。
それをうけて、ぼんは「急ぐ余りに靴を片方」 とつけました。
これもまた、感覚的な付で響き付けというやりかた。
前句のもつエキセントリックな感じを見逃さずにその切迫した感じにつけたわけです。
さて、斧田の付は。
1はシルクロードを旅するはげ男はむきだしのあたまを「さらして」いる。晒すという字は日に西と書きます。もう一つ、曝すという字もありますが、どちらもむき出しの恥部にスポットライトがあたってでもいるように、痛々しい。でも、そうすれば、癒えるものがありそうで。そんなかんじの旅の句。旅の句はここにほしいところだった。
2は、前句でなにかアクシデントが起きて、妻子をなくした。そんな風に物語風に読める。メロンパンってのは、ふつう大の男が買うものじゃない。でもそれを買ったというところに、男のなくしたものの大きさ寂しさを感じる。ひだまりの愛がなつかしい飢えを感じる。
3は恋句。恋は五句以上あけたいのでとりませんでしたが、つけ方としては、これが一番絶妙でしたねえ。わらいます。おっちょこちょいはなおんないでしょう。

ということで、つぎはさくらさん。
出番です。

季語をいれたいときは、早春の季語を入れてください。
季語なしでもかまいません。
なんでもいいのです。
前前句と前句をよく読んで、自分がつける句によって、前二句の関係を断ち切らねばなりません。宗教の句でもいいかも。タンクですから、七七です。ではお願いします。いろいろ楽しんでください。私は前田師からの駄目だしで、二十句くらい出したことあります。たくさん失敗するとたくさん拾うものですよね、なんでも。



ケイタイなくした。

その日は朝から夜だったーってきっとこんな日のことだ。

けさ、まだお盆休みとばっかり思ってのんびりパソコン開いてたら、ななななんと月曜だった。しかも昨夜ケイタイメールがきていたのに気づかず(ケイタイはケイタイしない、机やかばんにいれておく年代である)、今朝開いてばたばた。

でもよかった、朝のうちにともかくも斧田さんの付句打ち込んで行って。

おひる休み、ゆめタウンでおとしました・・・ケイタイ。
いっしょけんめいさがしても、でてきません。届けましたが・・・

三年越しのふるーいものだった。(後で確認すると四年ものでした!)

電池のふたが取れてて、ちょっとかわいそうな感じのするケイタイでした。
新しいのに換えたいとずっと思っていたのですが、めんどうでめんどうで。新しいのに換えるときは、手続きが三十分以上かかるでしょう。あの時間がもったいなくて、どうしても行きたくなくて。
・・・こうなったら仕方ない。いやでも行かなきゃならないのだね。

でも、せっかく入力していたともだちのアドレス、全部消えた。
これはどうしようもありません。ひたすら平伏するのみ。

へえ。すんまへん。かんにんしておくれやっしゃ。夏ボケどす。
のちほどまた教えてください。懲りずに大目にみてください。
写真はあらましここへ送信してきたので心残りなくてよかった。

2008年8月17日 (日)

教科書に

教科書に

A boy standing at a cremation ground
Photograph: (copyright)Joe O'Donnell,1945

“I saw a boy about ten years old walking by.  He was carrying a baby on his back.  In those days in Japan,  we often saw children playing with their little brothers or sisters on their backs, but this boy was clearly different.  I could see that he had come to this place for a serious reason. He was wearing no shoes. His face was hard. The little head was tipped back as if the baby were fast asleep.

“The  boy stood there for five or ten munites. The men in white masks walked over to him and quietly began to take off the rope that was holding the baby. That is when I saw that baby was already dead.  The men held the body by the hands and feet and placed it on the fire.

“The boy stood there straight without moving, watching the flame.   He was biting his lower lip so hard that it shone with blood.  The flame burned low like the sun going down. The boy turned around and walked silently away.”

三省堂 CROWN  English Series [1]

高1の次男のテキストで、先日の国民放送で見たオドネルさんの写真にばったり会いました。高1の英語ですから、読めます。

cremation ground クリイション・グウンド

クリメイトは火葬するという意味の他動詞、火葬場という言葉は別にある(crematory, or crematorium)、 ということは大地に死体を積んで焼いた。日本語では「焼き場に立つ少年」が写真の名前であろうと思われる。

くつをはいてない、はだしの少年の姿は、崇高ですらある。

(オドネルさんは兵士ではなく従軍カメラマンだったようです。)

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2007/08/joe_odonnell_6972.html

2008年8月14日 (木)

『なつかしい呪文』

歌仙 『コンビニで』

コンビニで本買はさるる梅雨の底(自・夏)   恭子
  賞味期限の長き紫陽花 (場・夏)      兼坊
レンズ越しリボンとりどり巻かれゐて(場・雑) さくら
  明治生まれの祖母を寿ぐ (自他半・雑)  千晴
良宵の雲流れつき山の里(場・秋)       都 
  循環バスを降りるこほろぎ(場・秋)     宙虫

裏  

ハロウィンの仮装のままに整体師(他・秋)  かぐや
   バカボンママを理想の女と(半・恋)    恭
言の葉のつなぎかたさへまだ知らず(自・恋) ぼん
   仕舞ひ忘れしむらたまの
樞(くる)(自・恋)整
東京を北京に重ね齢かさね (自・述懐)乙四郎
   汚染されたる雪が降りしく (場・冬) 坊
温室は破裂した月光(かげ)でいつぱい (場・冬) 朝世
   

これは率直な感慨です。初心者との連句は人情句が多くひしめいたものになって後で反省しがちです。今回、それを避けるために、ねこみのなどの大結社ではふつうに用いられている句の自他場分類という方法をためします。慣れたらこんな手はつかいません。ご勘弁のほど

杉浦研究室古典、で検索しますと、杉浦兼坊さんの日記にたどり着きます。(先生という敬称つけるのもいらやしくなってきたのではぶかせてもらいます。)

「弘前は32度」 という見出しで書かれた昨日の日記。
ひろさきって青森じゃなかった。と地理音痴はすぐ思いました。
ぼんのむすめが今年青森へはるばる嫁いだことを思い出して。

気温で考えれば、九州と東北、北海道は近いじゃない。

昼、墓参りの戸畑から帰ると、大阪の川柳家倉本朝世さんから句集『なつかしい呪文』 (あざみエージェント刊)が届いていました。
あさよさん、ありがとう。
さっそく、祝意として、一句いただきます。
原句「影」を「月光」とし、冬の月としました。
ここに座るための句みたいでぴたっと嵌りました。
了解を得ないままではありますが、ありがとうございます。
(のち、本人の了解を得。)


月光に「かげ」というルビをうつ句は俳句には沢山あります。
ふしぎといえばふしぎです。
日光ではカゲとはよまず、月光をカゲと読ませる。

つぎはさくらさんですが、ちょっと待ってください。
ここに丸山消挙の二束三文のしょうもない句(と本人は謙遜して言ってたけど、面白いと思いましたので)をいれるから。

が、めんどくさがり病のため、メールを開く鍵がない。

以下予定。よろしくおねがいします。
さくらさん、せいこさん、千晴さん、ぼん。
都さんとかぐやさん。そらんさん。
みなお盆は忙しくてみてないかもしれないね。
みてたら一句でもいいので、考えて出してみてくださいね。
裏八(短句)に何をおきますか。
ばどさん。競輪句でもいいよ。
酒のめぬ久留米ケイリンうらめしや。とかですね。
おおっと次は短句であります。
ばどさんは倉本朝世さんのブログで知りました。

冬月    朝世 
雑、   人情句
雑    同上
雑    同上
しおりの花    乙四郎
春     

名残表

  

においの花・・・さくら  

2008年8月12日 (火)

みどりのなかで

まよこに目を転じると、窓からみどりのたんぼ。

いまが一番みどりみどりしている。葉月。

終わらなかった給料計算を、又きょうもしにいく。

だれがどこへ何時から何時まで出てて、残業は。

体調が悪くて、途中から交代。その時間は。

道路サービスは公道メンテナンスの会社、土日は休み。

ここの報告書だけ、場所じゃなく仕事内容を書いてくる。

はじめて知ったな。除草と削草とあること。

削草・・どうよむ?かつを削り節掘削錯綜さくそう。

道路陥没補修。反射板取替え。巡回。

報告書、すこし泥に汚れ、すこし誤字。

7月○日21時~05時35分。

隊員2名。帰省車2台。

は。帰省車。

規制車!

夜間1つと0・5時間の残業。

報告書がねむいきついねむいといった。

2008年8月11日 (月)

けふのそら

けふのそら
けふのそら

をととひのそら

をととひのそら
をととひのそら

2008年8月10日 (日)

ボーリング大会

ときどき、ぼて とボールをおとしてしまいました。

重くて硬い石のようなボールですよね。

ボーリング、三十年ぶりにしました。

スコア、72と70。 トホホ・・・

若いときは二回目のほうがいい点を出せたのに。

2008年8月 9日 (土)

むらたまの樞

むらたまの樞(くる)に釘さしかためとし
    妹がこゝり(心)は揺(あよ)くなめかも
           
         刑部志加麻呂(をさかべのしかまろ)

先日、自己流の勝手な読みをつけた歌です。
折口信夫の解説を、引いておきます。
以下、引用。旧字を変えました。

「下総人の歌の中から採った。むらたまのぬばたまのと一つらしく思はれる。ここでは、くるにかかる枕詞。くるは所謂樞クルである。ここは樞戸クルドの事と思へばよい。扉の返らぬやうに戸に釘をさすのである。
「かためとし」は方言発音で、かためてしである。口がためによって、動かぬ誓約をしあったのである。「あよく」は以前は危くだといふことになっていた。だが、橋木進吉さんの説、あよくは動(あよ)くだとする考へによるべきだらう。「揺ぎなむかも」の意で、あれほど口がためはしたけれど、年月を経た遠人(とほびと)の心は、揺ぎそめて居るだらうと言ふのだ。
「危(あよ)く」説は「危く無めかも」危い気遣ひはなからうと言ふことで、全然反対になる。以前は私も、この考へであった。よい学説が出て見れば、間違った考へは霧散するものである。併し又、さうなれば、「あよぎなむかも」と言ふよりは、「あよぐらむかも」として、あよいでゐるだらうよ、すなはち揺いでゐるだらうと訓み解く方が、もっと正しいと思ふ。旅の久しさを歎いたのである。

(4390)樞戸に釘をさす其ではないが、かため誓った彼女の心が今は、ゆらいでるだろうよ。

『戀の座』  折口信夫・著
 昭和24・2・25発行
 日本出版配給株式会社・配給

追記:

http://www.juno.dti.ne.jp/~pure/manyou/manyou-20.htm

http://www4.ocn.ne.jp/~sakai-h/year/year1.htm

八月十一日、検索でみつけた読みと時代資料です。

ああ、この読みがいちばんですね。なるほどです。
この歌は防人歌だったようです。読みの中の三年という数字は任期でしょう。
いまは、そういう資料も豊富にありますが、昭和の敗戦直後にはまだ何もなかったのでしょう。原文を見てみたい。万葉仮名はどんな表記になっているのかな。

保健医療経営大学で学ぶ

保健医療経営大学

保健医療経営大学

保健医療経営大学

The Gettysburg Address

     Abraham Lincoln

   Gettysburg, Pennsylvania
   November 19, 1863

Four score and seven years ago, our fathers brought forth, on this continent, a new nation, conceived in Liberty, and dedicated to the
proposition that all men are created equal.

Now we are engaged in a great civil war, testing whether that nation,or
any nation so conceived and so dedicated, can long endure. We are met
on a great battle-field of that war. We have come to dedicate a portion of that field, as a final resting place for those who here gave their lives that that nation might live. It is altogether fitting and proper that we shold do this.

But, in a larger sense, we can not dedicate - we can not consectrate - we can not hallow - this ground. The brave men, living or dead, who struggled here, have consecrated it, far above our poor power to add or detract. The world will little note, nor long remember what we say here, but it can never forget what they did here. It is for us the living, rather,
to be dedicated here to the unfinished work which they who fought here to the great task remaining before us - that from these honored dead we take increased devotion - that we here highly resolve that these dead shall not have died in vain - that this nation, under God, shall have a new birth of freedom - and that government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth.

http://www.genpaku.org/lincoln/lincoln01.html(訳文)

八月六日、保健医療経営大学(みやま市)で始まった市民のための生涯教育で、英語の公開講座第一回目を受講しました。
導いてくださる先生は、鹿児島の大学でも十年間、市民講座を指導されたという佐藤哲三教授です。
いちばん最初に頂いた教材が、これです。
かささぎ入力お初の英語文。

かささぎは高校で英検二級に受かり短大では英語を学んだのですが、ぼおっとしてよそ見ばかりしてたので落ちこぼれました。
就職はうかつなことに警備会社で空港警備、友達が花のスチュワーデスになって通り過ぎるのを乗客のボディチェックしながら見送ってました。

ところが、そういう自分的には人さまに黙っていたい恥ずかしい経験が、ブログを日々書いてゆく過程で、必然性があったことに気づきました。
このブログの乙骨太郎乙一族の物語(カテゴリー「円交五号」)を打ち込むとき、そのあたりのことは、つい、いくつか書いています。時代にはよど号ハイジャック事件の影が落ちていました。

参照  よど号事件

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/post_b1cd.html

かささぎは dedicate, devote, hallow の違いがよくわからない。
どれも「捧げる」という意味があります。

2008年8月 8日 (金)

久留米水天宮近く

久留米水天宮近く

久留米水天宮近く

久留米水天宮近く

八月五日の第二回筑後川花火大会会場である水天宮へ隊員さんたちを送った帰りに写す。四時半。信号機は「水天宮入り口」、水天宮はうしろ、まだ露店は二軒しかでてません。翌日花火大会警備の隊員さんたちにどうだったのか聞くと、迷子騒動で終わりが三十分遅くなったとのことでした。

花火大会の模様は、さくらさんご推薦のこのブログで。
http://tth53photo.exblog.jp/

なお、花火大会自体は水天宮でもうずうっと348年?の歴史あるもので、名称と主体を筑後川花火大会と変えて二回目。

万葉集から盗む

ハロウィンの仮装のままに整体師(他・秋)  かぐや
   バカボンママを理想の女と(半・恋)    恭
言の葉のつなぎかたさへまだ知らず(自・恋) ぼん
   仕舞ひ忘れしむらたまの
樞(くる)(自・恋)整

むらたまの樞(くる)に釘さしかためとし
妹が去去里(ここり)は揺(あよ)くなめかも
                          万葉集

この歌には忘れられなくなるエロチシズムと激しさがあります。祈りの歌だろうと思います。こころをむかしはここりと言っていた。歌を検索にかけると、ただ一つだけヒットしました。それも下の句のみ。ということは、ポピュラーではないのかも。

よくわからないのですが、心はこう読みたがる。
「たましひのくるるに釘をさしてかためとすれば、恋人の心はゆらぐこともなかっただろうに、私を去ることもなかっただろうに」

過去形なのは、去去里(ここり)の表記のせいです。
表記には全霊がこめられている。

むかし「俳句ざうるす」という同人誌でごいっしょした、俳人永末恵子の歌集名が『くるる』 でしたっけ。漢字で樞です。くるるは、木戸の閂。へこみに棒をさしこむ。

整子さんが付けてくれた原句は

仕舞い忘れたむらきも一対

むらきも一対が何の喩として差し出されたのか、考えていましたら、ゴヤの裸のマハをふと思い出す。むらきも一対は太い詠みぶりの柔らかな女性性、くるるはやわらかな詠みぶりの男性性。この二つで一対、と言えるかもしれません。

結論。整子は性子で聖子です。

さて次はさっぱりと離れてなんでもどうぞ。
季語はなしでおねがいします。

一箇所とらえてクローズアップするような句でもなんでも。
前句からうんと離れて。時事句でもいいです。

丸山消挙じゃないが、できるしこだしてくだされ。

参照:http://fratello.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_212f.html

2008年8月 6日 (水)

日記を書いてたころ

ハロウィンの仮装のままに整体師(他・秋)  かぐや
   バカボンママを理想の女と(半・恋)    恭
言の葉のつなぎかたさへまだ知らず(自・恋) ぼん

一晩考えました。「言の葉のつなぎかた」 というのは、受け答えのしかたという意味だとおもいます。少年から少女が遠まわしの告白をされている。けれどもそれにどう答えていいかわからない。・・・そんなかんじです。

ぼんのこの句、見落とすところでした。
眠ってからも考えていた。

「言の葉をつなぐことなく波を聞き」

(これは演出家のとがきのことばでした。)

つぎはまだ恋を続けてもいいし、恋ばなれでもいいです。
場の句をだしてください。でもなんでも詠みたい句をどうぞ。きまりやらくそくらえだっていうこともかんげいされます。
たからさんはどうしてるかな。いそがしいのでしょうか。
乙四郎の大学の公開講座が始まるよ。
今夕から。いけたらいこうよ。
ばたばたして、声かけするのすっかりわすれた。
ごめん。らんちゃんにもきのういったら、いけんて。

追伸

丸山消挙さん、きのう、気まま歌と四文字熟語通信、ありがとう。
やっぱり私の目に狂いはない。日記を書いてた人(そうか。もしやこれが日記かも)はなんとなくわかります。乙四郎も書いてたんじゃないですか。ぼんもね。うちの父は六十年近く書いてるみたい。毎晩。

十円玉の歌。
だれにも経験ある青春の一こま。
郵便局前にあった店の公衆電話まで自転車で行ってたことをおもいだしました。はたちすぎでしたが。

2008年8月 4日 (月)

恋の座

   循環バスを降りるこほろぎ(場・秋)    虫

ハロウィンの仮装のままに整体師(他・秋)  かぐや
   バカボンママを理想の女と(半・恋)    恭

循環バスは、町の福祉の一環としてあるみたいですね。
そらん端句とかぐや立句は付いて離れる転じがあります。
循環バスを降りたのはこおろぎ一匹とおばあさんだけ。
おばあさんは整体師のところから帰ってきたばかり。
整体師はハロウィンでドラキュラ伯爵になりきっている。
吸血鬼が大好きなのだ。でもそんな彼を妻は白眼視するので、いつもこう思っている。ああ、バカボンのママみたいな女とけっこんすればよかった・・・。(勝手にはなしを創作してすんません)

ここにどんな一句をおけば、恋の座がきまるでしょうか。
おねがいします、いろいろ出してみてください。
けっこうむずかしい。まったくロマンチックじゃないところから叙情句をたちあげるのは。

クライマーズ・ハイ Ⅱ

あべしげさんのファクタブログで出合ってしまったこれ。
絶句するほかない。以下、無断引用文。(阿部重夫ブログより)

消えたり現れたりのサイト*

     阿部重夫

「御巣鷹山の日」8月12日が近づいている。7月20日号の編集後記に、映画『クライマーズ・ハイ』の公開にちなんで、その日の私を書いただけに、気になっていることがひとつある。

あの日のフライトレコーダーと日航123便の航跡を合体させたサイトのことである。亡き作家、藤原伊織から教えられて、そのあまりの生々しさに慄然とした。今でもリアルとは何かを思い返すとき、そのサイトでこの管制塔とコックピットの応答を聞いてみる。何度聞いても背筋が寒くなる。

だが、この生々しさは遺族ら関係者をいたたまれなくするとの批判があり、時々閉鎖されてしまう。とにかく機会があれば、この千万言を費やしても追いつけないものを耳にしてください。

http://members.at.infoseek.co.jp/tinsukou114/JAL123.swf

連句的参照:http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_c273.html

追記)以下、8月7日記す

この文章引用後、数日打ち眺めていましたら、なにかが足りない。
なんなんだろう・・今になってハッと気づきました。
「題」をもらしていたことにです。

この「消えたり現れたりのサイト」という題があってこそ、本文がリアリティをもつのでした。

消えたり現れたりする。そこから私は、すぐに「さまよえる湖」を連想しました。『蟲師』 漆原友紀にもありました。

2008年8月 3日 (日)

おそ松くん

乙四郎のコメントで、漫画家赤塚不二夫逝去を知った。

中学の卒業アルバムに、だ・よーんのおじさんを大きく描いた垂れ幕を前景にして二階の窓からクラス全員が顔をだして写っている構図のが一枚ある。その絵を放課後の教室で机を片側に寄せて、墨で描いたのを覚えている。当時はやっていたアッと驚くタメゴローを描きたかったんだけど、どうかいていいかわからず、(そっちはおなじソフトボール部のピッチャーだった北島が文字でかいた)、だよーんをかいた。橋爪章少年がシェーやってたのが小学六年生のころだから、けっこう長く連載は続いていたんだなあ。

レレレのおじさんハタ坊デカパンいやみさんチビ太・・
大好きと意識せぬほど自然にせいかつの仲間だった。
「おそ松くん」 は永久に不滅です。
赤塚不二夫先生、長い間、ありがとうございました。

合掌

赤塚不二夫:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E5%A1%9A%E4%B8%8D%E4%BA%8C%E5%A4%AB

2008年8月 2日 (土)

裏立句

歌仙 『コンビニで』

コンビニで本買はさるる梅雨の底(自・夏)   恭子
  賞味期限の長き紫陽花 (場・夏)      兼坊
レンズ越しリボンとりどり巻かれゐて(場・雑) さくら
  明治生まれの祖母を寿ぐ (自他半・雑)  千晴
良宵の雲流れつき山の里(場・秋)       都 
  循環バスを降りるこほろぎ(場・秋)     宙虫

裏  
ハロウィンの仮装のままに整体師(他・秋)  伽具耶

山口の山本伽具耶さんに句を出してもらいました。
「今年また静御前の菊人形」と上記、脇句に紫陽花がでてますし、この面でも花がありますんで、ハロウィンをいただきます。調べますと、もとはケルト民族のお盆です。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3

つぎは恋、あるいは恋前の短句です。

整子ぼんばどさん消挙乙四郎。
請ふご参加!

おもて六句

 歌仙 『コンビニで』

コンビニで本買はさるる梅雨の底(自・夏)   恭子
  賞味期限の長き紫陽花 (場・夏)      兼坊
レンズ越しリボンとりどり巻かれゐて(場・雑) さくら
  明治生まれの祖母を寿ぐ (自他半・雑)  千晴
良宵の雲流れつき山の里(場・秋)       都 
  循環バスを降りるこほろぎ(場・秋)     宙虫 

※ 循環バスの例:http://www.town.kozaki.chiba.jp/junkan_bus/bus_main.htm

   「こほろぎ」
http://www.shigin.com/hakusyu/kohorogi.htm
http://www6.airnet.ne.jp/manyo/main/animal/kohorogi.html

   

月の座で出ました「良宵」という季語について、ネット上にこれという解説がないものか探しておりますが、まだみつかりません。目下、天気のよい夜、というのがネット辞書の解説です。ざつというかそっけなし。

折口信夫は『戀の座』(昭和24年)で、月の季語のひとつ「二十三夜」につきまして、かようなことを述べておられます。おもしろいので長いのですがそっくり引用します。旧字は現代表記にかえます。

人が死んでゐるか、仮死の状態に陥って居るかこの二つが、昔の人にとって、実際には区別がつかなかったのである。ある期間は、だから同じ方法をもって、とり扱ってー鎮魂法を行ってー居た。その中、この山尋ねの方式などは、今も残って居る一つである。近代では、たとえば、二十三夜待ちなど言ふ行事は、その俤を存して居るものと見られる。死病に罹って、もう回春のおぼつかない病者のため、近親の者が、高い峠などへ二十三夜の月の出を迎へに行く。白装束に竹の杖など言ふ服装を、今に守ってゐる地方すらある。恐らく後代こそ、月の出を迎へるのだと考えてゐるのだらうが、これは疑ひなく山路へ入りこんだ魂を探し求めに行くのである。(「魂ごひ」の一節より)

月はあくまで精神やたましひにかかはるものです。

ところで、文芸評論家の山本健吉(父祖は八女出身)は慶応の学生時代に藪秀野と学生結婚をしたのですが、その出会いは折口信夫博士の源氏物語講義を聴講に行ってとされます。当時、折口信夫の講義がどんなに人気があったかといえば、立ち見が出るほどだった、といいます。文化学院の生徒だった秀野までが聴きに行ったくらいですから。全集のしおりには、國學院大學で講義中の写真が入っていましたが、熱気が伝わるような写真です。でも、ふしぎなきがしますね。かような精神性のつよい伝統的なものに惹かれつつ、一方ではやりものだったマルキシズムにひかれる。そして特高につかまって獄中経験後に転向、以後は左翼思想を見向きもしなくなる。ー健吉さん。逮捕はあなたにとってなんだったのでしょう。

2008年8月 1日 (金)

今年のうちわ

今年のうちわ

去年のうちわ:http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_ddb6.html

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