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2008年7月19日 (土)

歌仙『四方の春』

  五吟付回し歌仙

    『四方の春』

四方の春はしごに登り遠会釈   永渕 丹
  門に飾りし対のゆづり葉    大久保 風子
石ころは詩集いくつも隠しゐて   姫野 恭子
  キャッチャーミット鈍く響ける  田中 安芸
月光を汲み上げてをり水砧     前田圭衛子
  円周上に透ける蜉蝣           丹
ウラ 
濁り酒捨てし家郷に吹く風よ        風子
  独り語りの物語よし            恭子
傷口を爪でむしるも武蔵振り        安芸
  スローなヴギに痩せて焦がれて    圭衛子
白茶けた兵舎の壁の反り返る       丹
  二十五時てふ時の記念日        風子
さんふらんしすこの月は暑くなか      恭子
  路面電車は海見ゆる丘         安芸
崖ひたす舫ひの綱の船員(かこ)結び   圭衛子
  陰暦なじむ暮し手に入れ        丹
朧夜を花は散りそむ標準木         風子
  みささぎのへに雉子(きぎす)まどろみ  恭子
ナオ
東帝の設計図あり夢わたる         安芸
  あの世この世と水漬(みづ)く蒟蒻    圭衛子
不足なら万能細胞当てにせよ        風子
  カキクキクキク錻力人形          丹
かじけ猫納戸の錠は錆びたまま       安芸
  雪の吉野の摩羅のさやけさ        恭子
引き金に触れてるやうな恋をして       圭衛子
  嘘の涙を出せる女に            風子
ほどきたる紐さまざまに多感なり       丹
  砂は知らずや幸せの跡          安芸
望過ぎて伽藍静かにうなづきぬ        〃
  新藁すこし取って置かうか         恭子 
ナウ
鬼の子と母御が住まふ奥丹波        圭衛子
  きのふの豆をけふもまた煮る       風子
落日に絵の具の乾く音を聴き         丹
  一閑張りは丸に十の字           安芸
花宿りしてます白湯を吹いてます       丹
  昭和館より引ける糸遊           恭子

 

平成19年12月12日起首
   20年1月21日満尾

   連句誌『れぎおん』2008・春・61号より引用   

前田圭衛子師より電話がありました。
この作品が三省堂からもうじき出るアンソロジーに載るそうです。
その本は連句作品から花、月、恋の句をシングルカットした選集だそうで、どんな編集なのでしょう。

電話をうけて、へえと思いながら読み返しますと、欠点もあります(妙に暦がらみの言葉が多い。無意識に時についてみんなで考えていたかのようにです)が、何よりとても自然な流れであることに気づきます。きっちり前句を受けて次の句が出ていますものね。

自分の句の留め書きを書いておきます。
この歌仙の終わりがけに突如として上京したんでした。
連衆の誰にも言っていません。前田先生にもです。
ブログには書いてますけども。
今おもうと、ふしぎなんですよねえ。
きっかけはあべしげさんをみにいった。
でもじっさいは、

霊によばれた。

そうとしか考えられない。
帰ってきたら、ちょうど永渕丹さんの白湯を吹いて冷ます、きれいな匂いの花の句が回ってきた。行ってきたばかりの昭和館で見た写真がこころに浮かび、挙句はすぐ浮かびました。

それと、初折ウラの夏月、

「さんふらんしすこの月は暑くなか」

これが九州弁なのは、前句に詩臭があるためでした。
詩臭には
うしろから近づいて膝コキってしたくなりませんか。わたしはなります。そういう場合の九州弁はすごい。すごすぎたかもしれない。かなり浮いていますね。
     

「雪の吉野の摩羅のさやけさ

摩羅というきわどいことばを、まったくいやらしさを感じさせずに出してみたかった。少年の朝立ちのように健やかで、イメージとしては中年から初老おやじの穢れなき純情。前句に安芸さんの骨董っぽい景の句が出、ちょうど手元に前登志夫の歌があってので失敬しました。その際、季語の雪は非常に効果的で山本健吉の『雪月花の時』という本を思い出したほどです。前田師はかねがね冬が出たら一句は雪を詠みなさいよっておっしゃってますが、こういうことかと実感。しかし、つぎの前田圭衛子句があってこその恋句への昇格ではありましたね。これだけでは恋にはなれなかった。

名残裏の完成度は非常に高いなあと感じます。

一閑張り:http://e-shibu.com/ikkanbari.html
前登志夫:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E7%99%BB%E5%BF%97%E5%A4%AB

上を読んで、前登志夫は四月五日に逝去されたことを知りました。
びっくりしました。知りませんでしたから。
私がこの特異な歌人を知ったのは、連句仲間だった小郡の俳人・森山光章氏から教えてもらったからです。森山光章氏はほんとうにすごい人で、わたしには彼の文学世界のほんのはじっこしかわからないんですが、でも、紹介していただいた山中智恵子と前登志夫は、以後注目して読んでおります。前さんの本は歌集ではなく『存在の秋(とき)』を持ってるきりですけども。
謹んで、前登志夫氏のご冥福をお祈り申し上げます。合掌。

連句的参照

山中智恵子論:http://www2.biglobe.ne.jp/~naxos/ChiekoYn/YamanakaChieko10.htm

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