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2008年6月25日 (水)

天と地をつなぐもの

  暦論   その十二

夏日侍

    恋歌

七十   初恋     鑑述

見初つるその面影の身にそひて
わすれもやらぬおもひとぞなる

七十一  纔見恋 *  宗房

ほの見てし人に想ひをかけ初て
打いでぬ間の身をいかにせん

* 纔見恋・・わずかに見たる恋

七十二  不逢恋   鑑冨

今は我見る目も隠す言ふ甲斐も
なく/\袖のうらなみぞたつ

七十三  来不逢恋  嵐竹

とひきてもねぬときなれやくやしくて
おもひわすれじ庚申かな

七十四   度ゝ思恋   塩龜

ついにきてとはぬ仲かな花の春
もみぢの秋の空頼めして

七十五   片思     宗右

雨となり露とみだれて松の葉の
なびかぬ色にとしはへにけり

七十六   恨恋    鑑述

中々に身こそつらけれ今はたゞ
うらむるすぢをいふよしもなし

七十七  祈身恋   鑑秀

色かへぬ槇の下葉に立そひて
祈るこころも誰ゆへの身ぞ

七十八   後朝    藤次

とはぬ間を待ちならひたる夕より
わかれし今朝ぞしづ心なき

七十九   契恋    鑑述

黒かみの雪となるとも契りしは
かはりかはらじ頼むわが中

(※恋の字、実際は正字です)

君が代の歌に始まり、春夏秋冬の伝統的季題の歌が69首続いた後、恋がくる。この位置、この数。いかに恋が尊ばれたか。前回言及した二条良基の連歌式目での恋の扱いについて、昨春日本青年館での光田和伸国際日本文化研究センター助教授の講演の際に頂いた資料を基に、簡単に説明してみる。
天然界人間界のすべてが、人倫(ひと)を中心にして、合わせ鏡のように部立構成される。ぶだては具象抽象を含む森羅万象の分類だ。

天然界

1 天・・・光物(日月星)と時分

2 地・・・山類、水辺(海や川)

3 媒(なかだち)・・聳物(そびきもの。霞霧等)
                   降物(ふりもの。雨雪等)

4 飾・・・動物(うごきもの。獣鳥虫)植物(うえもの)

人倫・・・・我汝君人身友父母主誰彼某関守等

人間界

1天・・・神祇(神事)と釈教(仏教)

2 地・・・旅と名所(などころ) 

3 媒・・・恋と述懐(しゅっかい。懐旧、無常等)

4 飾・・・居所(家)と衣裳

この部立が、いまの歳時記の基層部にある事を記憶したい。

      ◇ 

七十三番「来て逢はざる恋」の面白さ。

訪ひ来ても寝ぬときなれや悔しくて
想ひ忘れじ庚申(かのえさる)かな

庚申の夜は、眠ると体内に住む三尸の虫(さんしのむし)が天に昇ってその人の悪事を天帝に告げ口すると信じられていたため、寝ないで起きていた。せっかく想い人を訪ねていったのに、みな起きている庚申待ちの夜であった。

恋句の伝統について調べていると、東明雅著『芭蕉の恋句』(岩波書店刊)と出合った。主として蕉門俳諧における芭蕉と門弟との恋句のさまざまを紹介されている。そのなかの一節。

・・・お前たちは知るまいが、昔は恋の句が出ると、相手の作者は恋をしかけられましたと挨拶したものであった。また五十韻・百韻の作品でも、その中に恋句がなければ、一巻とは言わず、半端ものとした。(「恋句の伝統」の章の芭蕉のことば)。
三百年前の俳諧師芭蕉が話している昔とは当時より五百年ほど前の連歌の伝統 *である。

      ◇

佐賀市立図書館で、本をみつける。『人は月に生かされている』(志賀勝 著、中公文庫)。三年前、暦論を書き始めたきっかけを思い出してしまった。グレゴリオ暦が均してしまった時空間への怒りや懐疑を捨てて、旧暦のゆったりとしたこよみがきざむリズムへ回帰する。
日本の歌垣に似た中国の伝統行事を同著に見つけたので、引用したいと思う。

月と女性の神話に、中国『淮南子』(えなんじ、紀元前二世紀前漢、劉安編)にも記載がある嫦娥(じょうが)伝説がある。
日本の月はうさぎが餅つきをしてるが、中国の月はうさぎが杵で薬をつくる。嫦娥は女神だったが、地上の暮らしがいやで天に戻りたがっていた。彼女は夫が異形の女神西王母から盗んだ薬を飲み、月にのぼる。嫦娥は月に着くとヒキガエルになっていた。この嫦娥は12の月を生んだ月神である。毎年二月から三月にかけて、桃や李の花が咲くころになると、あらかじめ田畑の畔の平坦な地をえらんで「月場」とし、晴天で雲ひとつなく、月光がうららかに照る夜に、お祭りの盛装に身をつつんだ若者と乙女が集まって、蘆笙を吹き鳴らしながら、輪になって踊る。これが「跳月」で、この場で意気投合した男女は合体にいたる。・・・恋に月が同座する。

       ◇

戦前の「大東亞鳥瞰絵地図」の嬉々とした陣取り野望図を笑いものにしたけれど、結果論でしか語れないのが歴史である。いま現在の刹那享楽主義ともいえる生き方も、のちの時代の人たちに厳しく糾弾されるのであろう。

横光利一の『旅愁』にこんな件りがある。

「今はむかし、といふ言葉があるでせう。僕らは何げなくいつも使つてゐるが、どうも恐ろしい言葉ですよ、これがね」
「何のこと、今はむかしつて?」
「今がつまりむかしで、今かうしてゐることが、むかしもかうしてゐたといふことですがね。きつと僕らの大むかしにもあなたと僕とのやうに、こんなにして帰つて来た先祖たちがゐたのですよ。むかし日本にお社が沢山建つて、今の人が淫祠といつてゐるのがあるでせう。その淫祠の本體は非常にもう幾何学に似てるんですよ。それも球体の幾何学の非ユークリッドに似てゐて、ギリシャのユークリッドみたいなあんな平面幾何学ぢやない、もつと高級なものがご本体になつてゐたんですね。つまり、アインスタインの相対性原理の根幹みたいなものですよ。それもアインスタインのは、ただの無機物の世界としてより生かしてゐないところを、日本の淫祠のは、音波といふ四次元の世界を象徴した、つまり音波のひろがりのさまを、人間の生命力のシンボルとして解してゐるんですね。それも函数で出てるんだから、自然科学も大昔の日本ではそこまで行つてゐたとは云はなくとも、そんなに非科学的なものではない。妙なものだ。今はむかしといふのは。」

この長い台詞を吐く主人公の名は矢代という。社であり、利一の言霊学(波動学)の一端がうかがえる。利一は宇佐を父の郷とするが、しかり利一は憂鬱な先学者だった。利一も芭蕉同様、五十そこそこで没した。

  『九州俳句』誌128号、平成14年秋号より引用

リンク:http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_26e2.html

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_c273.html

「太宰府」http://kotomachi.exblog.jp/3206008/

太宰府のこの紹介ブログは、大きな写真がすばらしいです!じっさいに参詣した気分になれますので、ぜひご覧下さい。観世音寺の鐘のところに菅原道真の歌がふされていまして、その歌に、「纔見恋」(八女天文百首和歌・夏日待71)とおなじ文字「纔」が出てます。鐘、必見です。後鳥羽院とも遠くひびきあっています。後鳥羽院は新古今集の歌を選定するとき、菅原道真の歌もたくさんいれました。

ここまで打ち込んで、はたと思い出す。
この文章を書いたときに、連句会の仲間だった生石の貞永まことは亡くなったんだなあって。52歳、早すぎる死だった。
ことし七月三十日が七回忌です。(七回忌、私は来年だとばかり思っていました。それと、命日も三十一日とばかり思っていました。でも、メモを見ますと、三十日です。まことさんがなくなった翌年の七月三十一日に知人の少年野球監督が四十代で亡くなったものですから、記憶が重なっている。)

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コメント

かささぎの旗さん こんばんは
この度は、私の粗末なブログをご紹介いただき恐縮しております
最近は、勤務の関係で記事が滞ってしまい、我ながら寂しい思いをしております
かささぎの旗さんの俳句や古典的な記事は、一つの論文としても読み取れます
それだけ素晴らしいものだと思います
後世に続く人たちのためにも、ぜひ伝えていってほしいものだと思っています
本日はありがとうございました

ことまちさん。ようこそいらっしゃいました。
「ことまち」というのは、古都まちかなと想っていましたが、お名前なのですね。

いつもおもいつきで書いてるいいかげんな文章で、おはずかしい限りです。でも、むかしのことをしるのはたのしいです。また時々よらせてもらいます。ありがとうございました。

ここがひらかれていました。

検索用語、
わが恋は槇の下葉 古今集 後鳥羽院

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