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2008年6月15日 (日)

天文歌人の難波津の歌

さいきんのニュースで歌木簡の発見があったでしょう。

そのニュースで特に眼をひいたのが、発見者のお名前(えーと)栄原永遠男(さかえはらとわお)・大阪市立大教授。さかえはら・とわお。と、歌の父母といわれる和歌が一本の木簡の裏とオモテに書かれていたことです。

<難波津の歌>

 難波津に咲くや(木こ)の花冬こもり今は春べと咲くや木の花

 (訳)難波津に梅の花が咲いています。今こそ春が来たとて梅の花が咲いています

 <安積山の歌>

 安積山影さへ見ゆる山の井の浅き心を我が思はなくに(安積香山 影副所見 山井之 浅心乎 吾念莫国)

 (訳)安積山の影までも見える澄んだ山の井のように浅い心でわたしは思っておりませぬ

(いずれも「新編日本古典文学全集」小学館より。「安積香山」で始まる表記は、万葉集の原文)

(上記は下のサイトからの引用です。)

http://mainichi.jp/select/today/news/20080523k0000m040062000c.html/.http://mainichi.jp/select/today/new

これをよみまして、はっと気付いたことがあります。

あれは二千一年でしたか、もう七年たちましたが、岩戸山古墳のある磐井の寿陵にある伊勢宮で新千年紀を祝う神事能『翁の舞』が演じられたとき、赤崎学芸員さんからいただいた史料に天文年間の百首和歌という重要文化財がありました。それを季刊の九州俳句誌に連載していた『暦論』(全12回)で99首全てよみとき紹介しましたが、春の部七番目に、忘れもしない難波津のこのような歌がありました。

   梅

心ある友としミばや難波津の
  花もさかりの香に匂ふころ  覚元

十六世紀の筑後武士たちの歌の教養。この中の「難波津の花」は「梅」の代名詞として扱われているのがわかります。

こう書いてるそばから、読みを助けて頂いた東明雅先生のお声が聞えてくるようです。

なにをしてるの。はやく本にまとめなさい。とおっしゃっているお声が。

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