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2008年5月30日 (金)

丸山消挙

あれやこれやと忘れるも良し 夏日を仰いで天に向く花
新酒出揃ひ満ちるぐいのみ 写る新月光る空の花
亀助け見返りなんぞあてにせず 背中の男気花と唐獅子  唐獅子牡丹ということで・・・)
よーわからんけど、とにかく引っ付けてみました。どーかこれでご勘弁を願います。
決まりごと規則常套好かんのよできることなら自由気ままに
意に違え薄れる記憶髪視力気力体力持久力
覚えとらん 気付いた
ときは家の中 確か中州で飲んでいたのに
                 丸山消挙
あれま。なんにも人のはなし読んでない。
それどころかあきらかによっぱらっている。
ものすごうあたまにきた。ああもうやめたやめた。
消挙は消去や。俳号がいかんかってんねや。
でも、。
間をおいて、ここで前田師なら
どうなさったろう。と考え直す。すると、どんな意に沿わない付け句でも、絶対に消去するような暴挙はなさらないだろう。と思えてきた。
そこまで思い至ったとき、しみじみ眺めると、このとんでもない付がわざわざ赤字で書かれていることに目が留まる。丸山しょうきょはこころからつけてくれようとしたんだ。(でも私の説明がうまく働かなかったのだ。)
なんとかせんと。
よっしゃあ、うりゃあいくぜええ。男気、みせたろやないかい。
(すいません。昨夜クローズzeroみたばかりなんです。)
待ってください。1日考えて見ます。



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コメント

消挙君甘かっただろうが。逃げられると思うほうが間違いだ。私も最初は難儀した。1年付き合えば、何とか決まりごとはわかってくるから、いっしょにやろうよ。しんたんらしいな。

(丸山伸治。本多伸子。伸なかまですね。)
消挙さんの文をよみますと、連句の式目のどこがわかりにくいのかがよく見えます。それにしても、こんなふうにきままに順列をならべかえ、それぞれにつけてくなんて、だれもしない考えもしないことを平気でやりよる。ぜんじんみとうのあほやで。

意に違え薄れる記憶髪視力気力体力持久力

これ、好き。

覚えとらん気付いたときは家の中
 確か中州で飲んでいたのに

これも乙好み。

決まりごと規則常套好かんのよ
 できることなら自由気ままに

共感。「できることなら」は仮定法、I wish I were a bird. の世界。乙の人生。

赤字の付け句、捌きがどう料理するか、お手並み拝見。

こちとら自由人として、地(歌三首)からの自由連想で消挙さんに共感する乙の世界を勝手に詠んでみました。覚えとらん、薄れる記憶というところを植物(故事)に例えるとこんなところでしょうか。若芽いえどもその将来は運命づけられているのですが、そんなの知ったことか。

 茗荷竹できることなら自由気ままに


ところで式目について、捌きへ質問!

○ここで、「花」は、春の花に限られるのでしょうか? 冬や新年の花ではダメ?
○ここで、「花」は、草や芽ではいけないのでしょうか?
○ここで、「花」は、「華やか」でない概念、たとえば人生の悲哀などを織り込んではいけないのでしょうか?

>だれもしない考えもしないことを平気でやりよる。ぜんじんみとうのあほやで
>決まりごと規則常套好かんのよ
 できることなら自由気ままに
>覚えとらん気付いたときは家の中
 確か中州で飲んでいたのに


いやいや、どれも消挙さんらしくって、
よござんす。
あ~、笑った笑った。
久しぶりに、声をあげて笑わせていただきました。感謝感謝。

いくらなんでも、前人未到のあほはいいすぎたと反省しながら帰ってきました。が、ここを開くと、・・やっぱそれがいちばん正当な批評。どんこんしょんなかっちゃもんね。かつていただろうか。なごりの花の句に、夏のおひさまをあおぐ花や、新月までいれて、短句で出してくるおひとが。
消挙という俳号を思いついたのは、なんとなく竹橋という地名が物騒だったんで、それを消すおまじないとしての機能を搭載した俳号だったんだよね。バランス感覚。でも今、この人はマジこの俳号以外ありえないとすんごく納得した。
さてどうする。乙四郎の批評できづいたのだけど、消挙の文とおもってたのはぜんぶ啖呵でしたね。五七調。

花はふつう春です。歌仙に花は座が二つありますが、そのどちらも春。しかも桜をイメージしながら花を花という言葉でよむ。このふくざつないいまわし!なんのことかさっぱりわからない。わたしもほんとにわかっているのか自信はない。連句辞典などには、賞翫の花。と書かれている。めでる、ほめたたえる、花。
ではありますが、花句に負のイメージをおわせてはいけない。という決まりはありません。それはそれで、花だとおもいます。常套的なちゃんちゃらした花ではなく、むしろ、そんな人生の悲哀を帯びた哀切な花を熱望します。long for哀切な花、です。なんのこっちゃ。笑
花、冬の花をだしたいときには、源心という形式がありますが、歌仙形式では発句で冬の花をとってもらう以外に冬の花を出せる機会は滅多にない。あくまで花は春の花です。月があくまで秋のものであるように。
花は花、芽や草ではだめです。花ということばと同時にそういうものを出すのはかまわないですが。一巻の花ですから。花という意味が単なる花であってはいけなくて、世阿弥のいう花でなければいけないのでしょう。具象であって抽象である花。人生の花。まことの花。芸の花。

とかさ。えらそうなことよくもまあ、しゃあしゃあとかけるよね。花、いまだに、ちっともわからないのに。だけど、こんなんが花じゃないかな。っておもうところを書けばいいんじゃないでしょうか。

亀助け見返りなんぞ当てにせず
 あれやこれやと忘れるも良し
天に向く花の哀れを言ひし人  消挙

いいかな、これで。
隈本くんちの桜子誕生を祝す句でもと考えたんですが、ずっと人情句が続くのもなんですので。といって、これも人情句ですけれど。隈本さんから春の句を二句いただいていましたが、それはまたの機会にお伝えいたします。

挙句、はこだての杉浦教授に依頼します。

きのう丸山消挙の名を一字まちがえてました。しんじのじのじは、治じゃなくつかさでした。司。慎んでお詫びいたします。

おはようございます。
おまたせしました。
挙句です。
ナウ
ハンケチで林檎を磨く家系なり 宙虫
 新酒出揃ひ満ちるぐいのみ  ぼん
亀助け見返りなんぞ当てにせず 乙  
 あれやこれやと忘れるも良し たから 
天に向く花の哀れを言ひし人  消挙
 団子やありて雁帰るとか   坊

 「見返り」と「帰る」が気になるけど、同字ではないと強弁して許してもらいましょう。杉浦清志

さっきこれよんだとき、「はれ~?」
いっとき固まっていた。
が、じょじょに思考がとけだして、ああなるほど、寅さんかあ。坊さんだけに坊っちゃん団子の世界でもあるなあ。とだんごのやうに付け味がふにおちてきたのであった。しごとからかえって、清書いたしますが、マンビいたしましてございます。ありがとうございました。ほんにほんに勝手千万な不届きもののさばきですみませんでした。それをきもちよくお許しくださったふところひろい連衆の皆様方に、心から感謝いたします。
ありがとうございます。

追伸
じつは、花の句が、がらににあわずとてもあわれであったので、気になっていたのです。それをはいかいにてんじて下さったことが、うれしかった。

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