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2008年5月 2日 (金)

梅白しきのふや鶴を盗まれし

   高見 芳子

連句に関わるようになって、たまたま光田和伸氏(国際日本文化センター・助教授)が連句と芭蕉を講じておられる公開講座を知り、参加して数年になる。毎回、既出の注釈書にない独創的な見解を披瀝されるのと、膨大な文献のコピーを配られるのが通例だ。

 梅白しきのふや鶴を盗まれし  芭蕉

貞享二年二月、『野ざらし紀行』の途次、豪商三井秋風(みついしゅうふう)の京都鳴滝の別邸に招かれたときの挨拶の句である。「鶴を盗まれし」は宋の高士・林和靖が梅と鶴をこよなく愛した故事をふまえていることは、注釈に定着している。
この件の講義に当たって、秋風に関して配られた文献コピー(野村貴次著『北村季吟の人と仕事』)に「三井家中興家譜」の抜粋があった。その中に

貞享二年二月十三日亀月鶴峯童子死去

の記録があり、〈そこに「三井六右衛門子」とあるので、秋風の子と考えねばなるまい〉と著者の野村氏は書いている。芭蕉は奈良のお水取り(修二会しゅにえ)二月一日から十四日ーに参籠したあと、京にのぼりて、とあるから、ちょうど子を喪ってあまり日も経っていない家を訪れたことになるのか。ことに童子の戒名に「鶴」の字があるのにひっかかる。もしかして芭蕉がこの家で仏前に線香の一本も手向けたなら、真新しい位牌の戒名の「鶴」の文字を目にとめなかったろうか。「きのふや鶴を」には、従来の意味に加えて、この家の亡き童子への弔意の心が籠められていたのではないか?
ふと思いついて反芻し、こんな想像をめぐらせてみた。

連句誌「れぎおん」巻末の花づくしエッセイ連載をまとめた『花の小径』平成十年刊の「二月 うめ」から後半部分を引用いたしました。尼崎の高見芳子様、断りもなく引用いたしますが、なにとぞご容赦くださいませ。

竹橋乙四郎という自分に似ている知りたがりなともだちが、先日この俳句について聞いてくれたので、思い出したときに引用しました。
ほんとは、「大東亜戦争を見直そう」(名越二荒之助著、原書房だったか日本教文社かの刊行)という本を探していたのですが、行方不明で出てきません。この本には大石親子に似た母子のわかれの場面があります。また、おもいびととのわかれもあります。何度も読んだ本、もういちど気になっているところを読みたい。

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コメント

なるほど。
秋風は1646年生まれなので、39歳という高齢で童子がいたのですね。晩婚なのか、貰い子なのか。貰い子だったとしたら、面白い。
猿を聞く人捨て子に秋の風いかに という不思議な芭蕉句に新しい解釈が生まれそう。
さて、次の興味。脇句「杉菜に身擦る牛二ツ馬一ツ」
秋風の句  花時(とき)あり牛のかよはぬ日はなけれども
からの連想。牛は秋風の訪問客を象徴。
芭蕉の弔意に対する返礼句とすれば、

過ぎ(杉)去ってしまった鶴という名(菜)の子に思いを馳せて訪問下さった方が二人いましたが、優れた方にまた一人来ていただきました。

牛二ツというのは童子の父母ふたりかな。

ただいま帰りました。
・・・あんたそりゃあんまりな。しらんばって、
牛や馬にまでそげな役を負わせるのは過酷ではありませんか。そのままの実景句でいいんじゃない。
捨て子の句では、もう一つの、流れの速い川のそばで捨て子が泣いている句のほうが非情なかんじで心に残ります。

乙四郎流研究ノート:芭蕉のトラウマ

歴史家が調べれば歴然、一笑に付されること大ではあるが、こういう想像(妄想?)は楽しい。
三井秋風は里子を養っていたのではないか、という仮説。

秋風が自分のことを「牛」と詠んでいる(これも乙四郎の勝手な仮説)ので、芭蕉DBから芭蕉が「牛」を詠んだ句を探したら、こんなのがあった。
(貞亨4年)
里の子よ梅折り残せ牛の鞭
(元禄4年)
牛部屋に蚊の声弱し秋の風

芭蕉DBでは「秋風」「秋の風」が比較的多くヒットする。これらが三井秋風を指すとは穿ちすぎであろうが、いくつかはその可能性を考えてもよかろう。芭蕉が三井秋風とどの時点で知己になったのかは知らないが、わざわざ訪問して半月も逗留するほどの人物である。秋風を意識した句のひとつやふたつ、あったとしてもおかしくはない。

(立机以前)
秋風の遣戸の口やとがり声
荻の声こや秋風の口うつし
(延宝5年、芭蕉34歳:立机)
枝もろし緋唐紙破る秋の風
(延宝8年、37歳)
蜘蛛何と音をなにと鳴く秋の風
 『枕草子』第40段「虫は」:・・蓑虫、いとあはれなり。鬼のうみたりければ、「親に似て、これも恐ろしき心あらむ」とて、親の、あやしき衣ひき着せて、「いま、秋風吹かむをりぞ、来むとする。待てよ」といひおきて、逃げていにけるも知らず、風の音をきき知りて、八月ばかりになれば、「ちちよ、ちちよ」と、はかなげに鳴く、いみじうあはれなり。
(貞亨元年)
猿を聞人捨子に秋の風いかに
話題は逸れるが、辛口の医療エッセイHP「メディカル二条河原」にこの句を引用したこんなくだりが。
(引用始め)
野ざらし紀行にこんな場面があります.
-------------------------------------------------------------------
富士川のほとりを行くに、三つばかりなる捨子の哀れげに泣く有り。この川の早瀬にかけて、浮世の波をしのぐにたへず、露ばかりの命待つ間と捨て置きけむ。小萩がもとの秋の風、今宵や散るらん、明日や萎れんと、袂より喰物投げて通るに、
猿を聞く人捨子に秋の風いかに
いかにぞや汝。父に悪まれたるか、母に疎まれたるか。父は汝を悪むにあらじ、母は汝を疎むにあらじ。ただこれ天にして、汝が性の拙きを泣け。
------------------------------------------------------------------
Triage(死傷者分類)という作業があります.こいつは助からない,あいつは助かると色分けすることです.大規模災害の救急場面で非常に大切な医者の仕事です.この仕事は何も震災の時に限ったことではありません.
医者の仕事は人を助けることではありません.助かる人は天が助けてくれます.医者の仕事は,こいつは天が助けてくれないと,天に代わって自分の判断で勝手に患者を見限ることです.これが医者が神とあがめられる所以です.
神々の姿態も様々です.学生時代にこの罪深い事実に気づいたがゆえに,最初から臨床医にならない賢い者も,一旦職についてもこの作業に耐えきれず臨床医を辞めていくやさしい者も,忸怩たる思いで,いつか下るであろう天罰におののきながら日々の糧のため臨床医を続けている平凡な者も,あるいは天罰のことなど思いもよらず一生を臨床医で終わる幸せな者もいます.
(引用終わり)
捨子を見捨てた者のトラウマは、里子を養育する者を前にすれば、さぞや疼くことでしょう。

(貞亨元年)
義朝の心に似たり秋の風
秋風や薮も畠も不破の関
(貞亨3年)
東西あはれさひとつ秋の風
(貞亨5年)
旅に飽きてけふ幾日やら秋の風
見送りのうしろや寂し秋の風
身にしみて大根からし秋の風
(貞亨年間)
旅寝して我が句を知れや秋の風
(元禄2年)
あかあかと日はつれなくも秋の風
塚も動けわが泣く声は秋の風
桃の木のその葉散らすな秋の風
石山の石より白し秋の風
秋の風伊勢の墓原なほ凄し
(元禄4年)
秋風の吹けども青し栗の毬
牛部屋に蚊の声弱し秋の風
秋風や桐に動きて蔦の霜
(元禄6年)
秋風に折れて悲しき桑の杖

(制作年次不明。貞亨~元禄)
物いへば唇寒し穐の風

この句だけ、「秋」が「穐」と表記されている。童子の戒名の一部が旁に。
捨て子を見捨てるような輩が何を言ったって、秋風氏に対しては、言葉が踊っているだけだ。トラウマである。

既存の解釈では、実景句としてユーモラスなやり取りとされていますが、高見説のような意図をもつ挨拶句であるとするならば、実景句で返すのは失礼でしょう。

ほへえ。
もうそこまで行ったの。降参こうさん。
それにしてもさ。
いやだな。こげなんとつきあうの。そばにいたら、いちいち分析するな!ってさけぶよね。いや、ぶんなぐる。ぜってえ。

本があったな。乙四郎とおなじ職業の連句人が書いた本。それに江戸の大火事で焼け出された芭蕉のとらうまが詳しく分析されている。連句療法をあみだした先生のご本。以前福岡の病院に赴任されてました。連句協会の理事をなさっていて、ぼんぼり連句興行をしたとき、座に連なって下さったのを忘れません。あのときは、前田圭衛子先生も亜弥さんも、東京の赤田玖実子さんも参加してくださいましたっけ。とても緊張して、でもそれが楽しかった。天真実(てん・まこと)がさえまくって、いい句をだしてくれたっけな。
もういちど、やりたいなあ。いつかきっと。

鳴滝の別邸

宇多野病院の所在地だよ。鳴滝。
調べたくなりませんか?

鳴滝とあるのをみたら、すぐ浮かびますよね。
はい。もちろん調べました。
行きました。健吉が書いてたんだっけか、鳴滝からバスで片道三十分の新聞社に通勤するのは肋膜のからだにこたえた、と。私もそこからバスにのりました。ほんとに同じ時間かかりました。
ちなみに、いまは鳴滝という地名ではなく、べつの地名です。
鳴滝、おたくさ。ながさき。健吉の故郷。

こちらに見えたかた、ありがと!
よく読んでませんでした。
竹橋乙四郎先生は、やはり調べるお方じゃのう。

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