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2008年5月29日 (木)

服部豊治先生

  

思いがけなくおハガキに接してなつかしさ限りなくー
卒業以来ですから 35年ばかり、はやいものですね。
小生 三井高に移って7年、S55年に退職してすぐ逗子に越して来て今日
に至ります。逗子ではすぐ横浜高校で1年使って頂いて(この年も高校野球
優勝) 翌年茅ヶ崎高校に移り、1年経って気管支を損なって、結局教員を
やめ、今日まで無職の連続。 「共生95」 という爺さんだけのボランティア
に入れてもらい、庭仕事や車イスの手入れetc  ぼちぼちたのしんでいます
が、当年83才、 ガクッと体力が落ち、役立たずになるのも遠からず です
が、 まずまず元気に仲間と日々を楽しんでます。 体力がないので九州に
帰ることもなくなりました。
なにとぞ御自愛のほどを。 不一

         逗子市沼間
                             服部豊治

帰ると、高校時代の恩師・服部豊治先生から返信が届いてました。
なぜか涙がこぼれました、文面からお声が聞えてくるようで。
入学後に抜き打ちであった因数分解のテストで零点を取って以来、数学が大嫌いになりいつも赤点だった私ですが、思いだすと先生がひどくなつかしかった。二年続けて担任だったこと、家庭訪問に来て頂いたこと。朝の三分間スピーチのとき、深くうなづきながらみんなの話をきいておられたお姿など、忘れられません。先生が小倉の学校を熱心に勧めて下さらなければ、夫とも出会えていませんでした。それを思いますと、縁を感じます。

お身体がお丈夫ではなく、もう九州にはお帰りになれないのだと思うと、はらはらとなみだがこぼれてなりません。

どうか、お大事になさってください。
みんな先生のことがだいすきでした。

              

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