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2008年5月31日 (土)

少年は青年になるークローズZERO

行きつけの八女市納楚の積文館からクローズzeroのdvd借りようと何度か通ったんですが、いつも借りられているので、勤め先のご近所レンタル屋さんで借りてきました。おおきなお店で、クローズだけでも二十本くらいあって、ゆうゆうでした。でも高い!360円近く、一泊で。新作ってどこもそう?だけど、旧作もここは積文館の二倍します。グランブルーってのがみたくて、八女にはなくて、ここにはあった。三百円近くしました。
だけども、めりはりのある値段つけって、いいんじゃないかな。なんでもかんでも一律百円にする店がありますが、誇りが感じられません。もっとこう、店主の選定眼というか、批評家魂をかけて値段をつけ、それをうりにするのもいいんじゃないかと勝手なことを思います。生き馬の目を抜くような厳しい業界なんだろうけど。

時間がない。クローズゼロ、二度目をみて、なにかまた書きたくなったけど、うしろでせかされてまして。

二回見たら、よく事情が見えます。映画館でみたときは、ちょっとわからないこともあったのですよね。べつに漫画の愛読者でもないし。ただ息子が中学1年のころ、この漫画にとても熱中してたんで、その理由が知りたかったわけです。

わかりましたとも。その魅力が。

「体」の映画です。少年から青年になるおとこたちの。

なにより、男気をおしえてくれる。これ、すごくだいじだ。誇り。

以前書いたかささぎの記事。http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_9299.html

この文章で記事数がちょうど1,000となりました。
滅多にアクセス解析欄は覗かないのですが、なぜかふと開いてみますと、きりのいい数字。へえそうなのか。・・・と、わけもなくうれしい。

「かささぎの旗」は2005年12月22日にスタートしました。
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2005/12/post_53f8.html

2008年5月30日 (金)

丸山消挙

あれやこれやと忘れるも良し 夏日を仰いで天に向く花
新酒出揃ひ満ちるぐいのみ 写る新月光る空の花
亀助け見返りなんぞあてにせず 背中の男気花と唐獅子  唐獅子牡丹ということで・・・)
よーわからんけど、とにかく引っ付けてみました。どーかこれでご勘弁を願います。
決まりごと規則常套好かんのよできることなら自由気ままに
意に違え薄れる記憶髪視力気力体力持久力
覚えとらん 気付いた
ときは家の中 確か中州で飲んでいたのに
                 丸山消挙
あれま。なんにも人のはなし読んでない。
それどころかあきらかによっぱらっている。
ものすごうあたまにきた。ああもうやめたやめた。
消挙は消去や。俳号がいかんかってんねや。
でも、。
間をおいて、ここで前田師なら
どうなさったろう。と考え直す。すると、どんな意に沿わない付け句でも、絶対に消去するような暴挙はなさらないだろう。と思えてきた。
そこまで思い至ったとき、しみじみ眺めると、このとんでもない付がわざわざ赤字で書かれていることに目が留まる。丸山しょうきょはこころからつけてくれようとしたんだ。(でも私の説明がうまく働かなかったのだ。)
なんとかせんと。
よっしゃあ、うりゃあいくぜええ。男気、みせたろやないかい。
(すいません。昨夜クローズzeroみたばかりなんです。)
待ってください。1日考えて見ます。



2008年5月29日 (木)

服部豊治先生

  

思いがけなくおハガキに接してなつかしさ限りなくー
卒業以来ですから 35年ばかり、はやいものですね。
小生 三井高に移って7年、S55年に退職してすぐ逗子に越して来て今日
に至ります。逗子ではすぐ横浜高校で1年使って頂いて(この年も高校野球
優勝) 翌年茅ヶ崎高校に移り、1年経って気管支を損なって、結局教員を
やめ、今日まで無職の連続。 「共生95」 という爺さんだけのボランティア
に入れてもらい、庭仕事や車イスの手入れetc  ぼちぼちたのしんでいます
が、当年83才、 ガクッと体力が落ち、役立たずになるのも遠からず です
が、 まずまず元気に仲間と日々を楽しんでます。 体力がないので九州に
帰ることもなくなりました。
なにとぞ御自愛のほどを。 不一

         逗子市沼間
                             服部豊治

帰ると、高校時代の恩師・服部豊治先生から返信が届いてました。
なぜか涙がこぼれました、文面からお声が聞えてくるようで。
入学後に抜き打ちであった因数分解のテストで零点を取って以来、数学が大嫌いになりいつも赤点だった私ですが、思いだすと先生がひどくなつかしかった。二年続けて担任だったこと、家庭訪問に来て頂いたこと。朝の三分間スピーチのとき、深くうなづきながらみんなの話をきいておられたお姿など、忘れられません。先生が小倉の学校を熱心に勧めて下さらなければ、夫とも出会えていませんでした。それを思いますと、縁を感じます。

お身体がお丈夫ではなく、もう九州にはお帰りになれないのだと思うと、はらはらとなみだがこぼれてなりません。

どうか、お大事になさってください。
みんな先生のことがだいすきでした。

              

2008年5月28日 (水)

朴の花

朴の花
朴の花
朴の花

午後から医大病院近くのモデルハウス展示場へ請求書の書き方を教えてもらいに行きました。○○工務店の事務所がモデルハウスなかの一つにあります。三度目ですが人が住んでない家というのは、生活臭など邪魔なものがなにもなく、とてもいいきもち。ひろさてきにはうちとおなじくらいだなあと思いつつ、いろいろ想像してみました。
んが、ちらかし屋のわたしがいる一週間後に思いが至った時点で、××・・やーめた。値段きいてもひるまなかったけどもね。笑

朴の花が窓からみえたので、業者の建築士が携帯電話に出ている隙に写しました。でもこれ、朴じゃなくて、タイサンボクかも。

なんど聞いてもよくわからないのです、ここの請求書の書き方。
一件ごとの発注書と請求用紙が郵送で予め早くに送付されてくるのですが、事務局はフィリピンにあるそうで、そこから送られてくるのだそうです。それがむづかしくて、ああわかんない。金額は少ないのに何度も書き方を習いに来る羽目になる。

そういえばこの工務店、昨夏岐阜に行ったときも、目につきました。
長男がちょっとだけ岐阜にしゅうしょくしてたんです。

※この日、やっと査察が入る。無事終了です。ほっ。

なつかしき傷

     貞永まこと

月光にわづかに揺れる台秤
ゆく秋へ炊かれて尖るインディカ米
先端に犀をのせたる残暑かな
古井戸や三井三池の草いきれ
十二月八日横流れする兄の雲
初あかり人のむかしを絞めにくる
なつかしき傷をあつめて石榴かな
秋は風おろかな壁に糸をつけ
うすものや夜のみじかき指あそび
やわらかく喉より抜けば眉の月
春コート任地の島へ橋は無く
人体に替芯入れる夕焼けかな
昏睡の耳に吹きこむ花だより
病棟にある搬出口春の月
口吸えば鹿の声する津軽かな
戸のかげに骨がきている油照り
労働祭われ等あの日へ傘がない
屈まねば磨けぬ便器聖五月
銀の一兵卒に白兵戦
泣くまいと夜汽車はうごく四温かな

 第32回九州俳句賞受賞作
『九州俳句』誌 150号より転載

白兵戦

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E5%85%B5%E6%88%A6

2008年5月27日 (火)

種浸す

種浸す
種浸す

2008年5月26日 (月)

ボクシングジム

ボクシングジム
ボクシングジム
ボクシングジム

ひさしぶり。メンバーが以前とかわってます。
曜日が違うからみたい。
小学生はいなくて、高校生や大学生や社会人。
去年の写真:http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_a704.html(勇真会、久留米市)
なんの防具もつけず次男にボディブロー打たせてくれました。
きがえをみたら、おなかのあたりがまっかでした。
打つ力、耐える力。
両方が同時に徐々についていくものと思われます。

普通のボクシングとはちがい、キックボクシングや空手に近い。
ただひたすらきついいたい練習を黙々とやってる子達をみてると、とても感動します。

bird cage

誕生日が同じ同級生。
同窓会で33年ぶりにあえた。
お互いにふけたけれど、面差しはかわらない。
生年月日が同じなら、同じ運命を辿るのか。

二十一歳のある日、彼女に列車の中でばったりあった。
彼女には二年後になくす父がいた。
わたしには二年後になくす弟がいた。
彼女はひとりで座席にすわっていた。
わたしは人の横でたばこをすっていた。

踏み固まらぬ道半ばで、あてどなく行方を見失い、
何かにおびえたように生きさすらっていたあのころ。
彼女は、当時も今も看護婦として、自立していた。
性格ははっきりとちがっている。
でも互いの運命を容れるケージの
形だけは似ているようにもおもうのだ。

あなたのことをときどきふっと思い出すのよ。
と、彼女がいった。
その時はわたしもきっとあなたを思い出しているから。
と、わたしがいった。


空の凹み、黒南風がうまれる場所で交わした、
秘密の、だいじなたましいのやくそく。

2008年5月25日 (日)

がねーしゃ

がねーしゃ

先日博多から帰省したむすめが置いていった本の一冊。
『夢をかなえるゾウ』水野敬也著・飛鳥新社。

とてもおもしろくて、かるい。
どこか先日の同窓会講演の天野周一師の主張に似てる味わい。
軽くておもろいんやけど、時代が求めるものを深いとこにひめとる。
うん。これやで。

いま、みたい映画がひとつ。よみたい本が一冊。
どっちもブログ仲間がもたらしたもの。
映画は「ミスト」、(そらんさんのおじさん日記ご推薦)
本は・・ありゃタイトル忘れた。でも目次の一番最後の見出しは覚えとるで。包茎が世界をゆるがす。ね。こらなんだんねんておもいまさ。よみたいよね!むすこが二年前の夏しゅじゅつをしたとき、聖マリアの小児外科の先生がおっしゃったことで、わからないことがひとつあった。で、だれかに聞きたいのですが、ことがことですから、なかなか聞けず、そのままうっちゃってまして。これよめば、分かるかと思って。著者は高山なんとかさん。これもわすれちまいました。ごめんなさいまし。あうんさんすうちー女史の正体は民衆側にはなくてあちら側の人ってことを書いてある本らしいっす。

それから最後にいちばんたいせつなことを。
『ペンを剣に代えて』大石政則日記ですが、最後の遺書にあった「正真正銘バーです」、これを、「正真正銘バーデス」という表記にしてしまった戦友の編集者の思い。この複雑で微妙な乙女心にも似たニュアンスがわかりたいあなたは、本屋へ駆け込んで、ぜひに本をお求めの上、熟読くださいませ。

参照

いま検索しました。

『スーチー女史は善人か』 高山正之著 新潮社
立ち読み
http://www.shinchosha.co.jp/books/html/305872.html

『ペンを剣に代えて』 (西日本新聞社刊)
特攻学徒兵海軍少尉 大石政則日記
          大石政隆編より
表紙写真のある紹介記事:

http://www.geocities.jp/masa030308jp/penoturuginikaete.htm
抄出:当サイト 右端のカテゴリー「大石政則日記」

『ミスト』の紹介記事http://musinandanikki.at.webry.info/200805/article_13.html
スティーブン・キング(『スタンド・バイ・ミー』でおなじみ)の本らしいです。

2008年5月24日 (土)

子犬をわける

先週の月曜日。
専務がでかけていたほんのちょっとの間に、さる業者のかた(管工事屋さん)が社犬の子犬を一匹譲り受けていかれました。いちばんまるい、安定している子犬のハッピーです。あっという間の離別劇。わかれをおしむ間もなかった・・・。三匹の子犬はとても仲良しで毎日じゃれあって育っていたので、大きな空隙ができました。じぶんのこどもみたいに可愛がっていた専務は、ハッピーとの別れがつらくて泣かれました。わたしはつい、東妙寺らんを思い出してしまいました。ねこを十匹も飼っているんです。

ひとりものが多い会社の隊員さんたちは、子犬をとても可愛がります。小鳥も金魚も鯉も飼われていて、ちっともさびしくはありません。年中無休の会社だからこそできる、唯一のぜいたくです。

2008年5月23日 (金)

チェリーボーイのように

同窓会の講演(講師・天野周一師)はとても楽しいものでした。ざっと講師の主張を紹介いたします。

「こどものしあわせは家庭の幸福から。いま、それを守るためには絶対的に妻の機嫌をとる必要がある。

夫たる者、夫婦喧嘩にけして勝とうとしてはならない。勝ってはならない。勝たない。これを非勝ひかつ三原則として日々つとめるべし。妻の話を聞こう。このくそばばあ、うざい。とおもっても、けして顔に出してはならない。声にだしてはならない。日々どりょくしよう。聞いてなくても聞いたふりをすべし。あいづちの、まじ、てか、だよね、の三点セットで、なんとかしのごう。」

というおもいがけずも濃い内容でした。
主義主張に一本しんが通っている。と感心して聞いてました。
おわらいみたいなその軽さも効果的でした。

同窓会のうちあげのときに、元サッカー部の山田くんがそばにきたので、この講演の感想を思いついて尋ねてみたところ、彼はこういいました。
「講演会のとき、あそこまで言ったら、おんなのひとはいやじゃない。いくらなんでも、ひどいんじゃないかなと思った。」

私が大笑いして打ち消すと、真面目な顔でこんな話をしてくれました。

「いまね、おくさんがあいてしてくれんちゃん。」

えーっなんで。

「学校でしょ。それからサッカーでしょ。またサッカーで遅くなるわけ。であしたがきて、また学校。サッカーまたサッカーに学校」

なるほどのう。じゃいつ息抜きするの。

「こどもがすきなん。かわいいよね。」

そりゃま、そうだけどさ。どっかであそばないと、身がもつまいが。

「おくさんにきらわれてるっちゃん。」

そうだろね。そりゃうわきもされるかもね。

とらんちゃんと二人で両脇からうんとおどしたんですが(笑)、なんだか、この人の言ってることが他人事とは思えず、じわっと身にしみて、あとからあとからかわいそうになってきて、家に帰って思い出しては、まじやばい。余計なことをいってしまったなあ。いくらなんでもな。と悔いているのであります。おもえば、どなたにもこころあたりのある話ではないでしょうか。それをよりによって笑うなんて、ひどいよね。いま、チェリーボーイのようにはずかしい。

チェリーボーイ。

童貞をバージンというなんてこと、じつは大石政則日記を読むまで知りませんでした。海軍俗語辞典にその略語の「バー」があり、意味は童貞。男ばかりの世界で、どんなふうにバーが扱われていたのかと考えています。うちの下の子はサッカー部でしたが、サッカー部というのは、野球部と違って野暮じゃないんですよね。あかぬけている。まるで日本陸軍に対する海軍のようなかんじといいますか。次男はおそろしくおませだった。まいにちどんなはなしを仲間とはなしているかしら。と思う間もなく、さっさと少年から青年に脱皮しました。でも、みながみな、そうとは限りません。ちょうなんはまた、ちがう。とても内向的だし、そうじゅくではない。ふと思いついて、ばかはははききました。あんた、どうてい。すると、意外にもまともなこたえ。うん。はあ~21で。とおもうばかははであったが、いっぽうさもありなん。と妙な安堵感もある。

俳句評論で有名な山本健吉のさいしょの妻だった石橋秀野のことを調べていたとき、親友だった田中澄江の本を読みました。この人の夫だった人は健吉と同じ慶応の同級生だったのですが、まじめで、すんごくかたい劇の脚本を書く人でした。それで、澄江さんは、この人もまたまじめな働き者で、三十過ぎまで童貞だった夫と結婚して、夫の収入のすくなさを責めず、必死で働きおかねをかせぎ、夫こどもを食べさせたと書いてました。とても立派ないなかの家のむすこなわけです、田中ちかおさんは。澄江さんもまたそうです。たしか聖心の先生をしてました。おとこのうわきはきたないとおもう妻。けしてうらぎらない夫。そういうひとたちもなかにはいるんです。すべてのおとこがひといろってわけでもないのだなあ。いろいろあるなあ。それはそのちがいはどこからくるんだろうかなあ。

とばくぜんと考えている、きょうこのごろであります。おわり。

2008年5月20日 (火)

大石政則日記について

大石政則日記ですが、一点疑問におもうことがございます。

それは一度出撃して油漏れがひどくて爆弾を海上に棄て

帰還したとき。すごい冷静な判断だなあと私はとても感心したのですが、

というのも、もし自分が特攻隊員であの立場であれば、油漏れしていようがいまいが、

とにもかくにも海中でもどこでも突っ込んだという気がするからです。

それをちゃんと引返すとは、なんと勇気ある行為であったことか。すごいなあと感心します。

じぶんの死を無駄にはしたくないとの思いが、人一倍強かったのだと思いました。

でも、須崎さんの書かれたものを読んでいましたら、そのことで上層部にどういわれたのか

火を見るより明らかだ。というように書かれています。ということは、やはり厳しくなじられたの

でしょうか。どんなふうに教えられていたのかわかりませんけれども、飛行機の調子がよくな

いときには、引返す勇気をもて。と教えられていたのではないのですか。それをなじるなど

正気のさたではありません。

カタカナ漢字まじりの無骨な文章を、ひらがな文に編集なさったときの戦友のこころと情感

が、例の「バーデス」のおかげで生き生きと伝わりました。これははからずも竹橋乙四郎が

ころんでくれたおかげです。それも伏線だったのかもしれませんけれど。

よくわからないことだらけではありますが、ただひとついえることは、たしかに飛行機を後輩

の新しいのと交換したとき、政則さんには又これは油漏れするだろう。でもそのときは堂々

と引返せるからね。じぶんが先例を示したように。・・というような確信があったのですね。

悲惨ではぜんぜん、ない。むしろスカッとした爽快感があります。

これはいったい、なぜなんでありましょうか。

これまでとは全然ちがう文脈で、特攻隊を描くことが出来てるからだと思います。

只本

只本

2008年5月19日 (月)

福島高校下の池

福島高校下の池
福島高校下の池

朝八時、同窓会世話人は体育館集合。
写真は駐車場から見下す池の様子です。
耳を澄ませば、牛蛙が鳴いていました。
一足先をちなみ校長先生(旧姓・八田さん)が南沙織ヘアーでささっとよぎっていかれました。んで、つい写してしまった。ごめんなさい。
ちなみにちなみ先生はこの日司会をなさいましたが、よく気配り目配りの行き届いた司会でした。

同窓会スタッフには教師や公務員が多かった。それだけ掴まえやすかったってことなのかな。木下利玄さんというかたが世話人代表でありました。見た目、ぜったいこのひとは土建屋さんだ。と思っていたのですが、おわって、うちあげにいって話をきけば、このかたはナント小学校の先生であられたのでありました。いま巻いてる連句でおなじみ「ぼん」こと樋口伸子(旧姓)さん、山下整子さん、ばしんちゃんこと馬場しんいちさん。・・たった四回しか会議にいけなかったのですが、ほんとにお世話さまでした。きもちのよいきれいな同窓会でした。おわって、達成感がありましたものね。

講演の天野周一さんの亭主関白論はとても可笑しかったし、げらげら笑いながら圧倒的な共感を抱いた。でもそれよりおかしかったのは、見た目ごついスポーツマンの○○くん(学校の先生)が、それを聴いた感想(夫婦論)をあとでぼそぼそっと話してくれたことです。同級生の男達がどんなことを考えているのかを知ることは、ふしぎで、とてもたのしい。なんというか、おとめみたいな、異星人みたいなことをかれはいってた。しつれいながら、人はみためじゃないなあと笑いをかみころしつつおもった。・・最後に、がっこうの先生ってのは、たいへんな公職であり、ほんとうに聖職なんだなあと実感したしだいです。甲四郎先生にも会えました。願わくば、服部先生にもお会いしたかった。高校一、二年(もちあがりクラスでした)のときの担任の先生です。振り返れば、服部先生のおかげでいまのじぶんがある。小倉の短大を勧めてくださったのは服部先生でしたから。関東におすまいらしいけど、お元気なんでしょうか。いつか会えたらいいですね。

2008年5月18日 (日)

歌仙『筍の』つづき 2

歌仙「筍の」

    首 平成二十年四月一日

筍のひとつ耶蘇墓また一つ    乙四郎
 くるす野淡きかぎろひの中   恭子
ふらここへもつと高くと声かけて 呆 夢
 公園の道車椅子行く      兼坊
濯ぎもの干さるる先の月の舟   整子
 蝉取り網で海を捕らへる     宙虫

ウラ
白い時壊れた扉こぢ開ける   たから
 こちらへどうぞ主待つ椅子 乙四郎
足枷のごときぬかるみなにぬねの 整子
 レスキュー隊員みんなイケメン ぼん
雪鳴らし獣が月を食ひに来る 虫
  天の体と人の体と  恭
活火山怒れ吐き出せ反抗期 たから
  びつくり水をかける頃合  乙
年賀状とつくに松の内過ぎて   坊
  晴れたる空を連凧がゆく  ぼん
花守の役を負はせて石の馬  整
  肥後街道に太る蜂の巣   虫

ナオ
チヌ釣りが中止になつたと留守電に 
           丸山消挙 
  喫茶店名繰り返し聴き  乙
一眸の荒野を隠す君の肩   恭
  優しくもあり激しくもあり bud
ゆらゆらと音なく影なくカンナ燃ゆ ぼん

    リストの譜面めくる夕凪  虫 
まほろばは楽天的に陽がのぼる 整
  禁煙ガムがやまんないです 恭
香を残す無口な父の文机  たから 
  龍卵震え孵化も間近か  乙
月明かり電気灯らぬ避難所に 坊

函館の兼坊さんにつけていただきました。
被災地では水も食糧もなく、寒い事でしょう。
瓦礫の山を照らす月光。

一・一七の無音アーチのように煮え 圭衛子
  地の底ひからこみあげる雪    恭子

この付合を思い出します。阪神大震災。

本日、同窓会場入口に、中国大地震とミャンマー台風被害の募金箱を設置した友がいました。その迅速な機動力。感じることは同じだと熱くなった。

つぎは、秋の短句をしみじみとお願いします。整子さんぼんさんは同窓会がやっと済んで、ばててひっくりかえっているんじゃないかな。お世話をとにかくよくなさいました。御苦労さまでした。とってもきもちのいい同窓会でしたね。

だれに頼みましょう。そらんさんは、おっぱしばかり付けてる。だからまずいよね。まずいけど、整子&ぼんがばててるし、三度目のオッパシ、いってみる?たくさんよんでみてください。秋です。ほんとはここで整子さん、次の長句でそらんさんがいいのですが・・。

  

会場設営

会場設営
会場設営
会場設営

夜をま青き藺むしろに、
ひとびとの影さゆらげば、
遠き山ばた谷のはた、
たばこのうねの想ひあり。

夏のうたげにはべる身の、
声をちゞれの髪をはぢ、
南かたぶく天の川、
ひとりたよりとすかし見る。

 宮沢賢治
〈夜をま青き藺むしろに〉

 新潮社 新編『宮沢賢治詩集』
       天沢退二郎編より引用

体育館にはあおい敷物がしかれ、その上にまた透明のビニールをみんなで敷いているところです。空気が入るので、一列に並んでモップで空気出しをしてます。この上にテーブルと椅子を並べ、四十くらいの卓。予備もいくつか。ひとつの卓に椅子が八脚くらい。料理、お花、ぜんぶぜんぶ、何回もの打ち合わせで世話役のかたがたが準備されました。すばらしかった。会費三千円の低予算でしたし。

参照:当日の写真を友のブログに発見!
http://tanka-souko.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_8d4a.html

2008年5月13日 (火)

テラビシアにかける橋

小郡端間(はたま)辺りのカントリーエレベーター。

小郡の麦畑。八丁島から端間へ向かう。

見たいと思った映画の検索をしたら、九州では一件だけソラリアプラザがヒットしました。しかも今日が最終日。博多にすむ娘の顔が浮かび、昼休みに連絡をしますと、午後からあいていると元気な声。四時で仕事を終え、ささっと小郡に向かい、駅近くの○○薬局の駐車場に車をとめると天神行きの西鉄電車に乗りました。

映画が始まる一時間半前に着きました。娘と夕食を一緒に食べるの、久し振りでした。ずいぶんきれいになっていた。しかも驚き、ブログを始めたって。携帯ブログ。(タイトルも教えてはくれませんでしたが、日に1千ものアクセスがあるんだって。ウキーッ。)

ところで、映画はなみだぽろぽろでした。おさないいもうとのなんとあいらしかったこと。娘と二人、おおなきして帰りました。でも、さわやかな涙でした。

映画を紹介してくださった、バービーボーイズの杏子さんに感謝。
映画冒頭、いもうとがバービーと遊ぶ場面がありますし、何度もバービー人形が出てきました。

だいすきなバービーボーイズが、再結成されますように。

2008年5月12日 (月)

歌仙「筍の」つづき

  歌仙「筍の」

    首 平成二十年四月一日

筍のひとつ耶蘇墓また一つ    乙四郎
 くるす野淡きかぎろひの中   恭子
ふらここへもつと高くと声かけて 呆 夢
 公園の道車椅子行く      兼坊
濯ぎもの干さるる先の月の舟   整子
 蝉取り網で海を捕らへる     宙虫
ウラ
白い時壊れた扉こぢ開ける   たから
 こちらへどうぞ主待つ椅子 乙四郎
足枷のごときぬかるみなにぬねの 整子
 レスキュー隊員みんなイケメン ぼん
雪鳴らし獣が月を食ひに来る 虫
  天の体と人の体と  恭
活火山怒れ吐き出せ反抗期 たから
  びつくり水をかける頃合  乙
年賀状とつくに松の内過ぎて   坊
  晴れたる空を連凧がゆく  ぼん
花守の役を負はせて石の馬  整
  肥後街道に太る蜂の巣   虫
ナオ
チヌ釣りが中止になつたと留守電に 
           丸山消挙 
  喫茶店名繰り返し聴き  乙
一眸の荒野を隠す君の肩   恭
  優しくもあり激しくもあり bud
ゆらゆらと音なく影なくカンナ燃ゆ ぼん
  リストの譜面めくる夕凪  虫 

7 雑   整子
8 雑   
9 雑
10 秋または雑
11 秋 
12 秋
1 秋
ナウ
1 秋
2 雑
3 雑
4 春または雑
5 花
6 春 

おかしいなあ。なんで付け句がこないんだろう。と思ったら、私がさぼっていたのでした。ほんとにすみませんでした。いま、よく見たら、四月五日ころの「くるす野2」の下に137ものコメント、そのなかにすべての付け句がおさまっています。それを編集したら上記のようになりました。

いろいろと気になる箇所はございますが、このままこのまま。
また、なにかご質問などございますれば、どうぞお聞きください。分からないときは先生にお聞きしてお答えいたします。

つぎは整子さんにつけてもらいたいと思います。よろしくお願いします。でも、ぜひに付けたいというかたがあれば、ご遠慮なくどうぞ。時事句でもなんでもどうぞ。 

風吹けば

風吹けばどの葉も輝(て)りぬ柿若葉  恭子

見たい映画。
「テラビシアにかける橋」(バービーボーイズの杏子サンが号泣したって。コメントさんは爆泣したって。ばっきゅうってどんなん。クルメにはくるめかな)
見たいDVD。
「クローズZERO」。映画、去年見たんだけどもね。もっぺんみたかとです。がるる!

寺微視亜:http://terabithia.jp/

(ヒロインの少女は「チャーリーとチョコレート工場」で紫のガムをかんで、風船になったあのかわいらしい女の子ですね。)

苦労図:http://www.crows-zero.jp/index.html

2008年5月11日 (日)

釈迢空と連句

池田弥三郎・文

『折口信夫全集』第十五巻

 月報文『「あとがき」の周辺』11より抄出

前段中段略。

先生(釈迢空こと折口信夫)と蘿月氏との付き合いは、雑誌「日光」時代から、同人付合いとして深くなったのではないかと思う。「日光」の同人たちは、集まるとよく連句を巻いたらしいが、それを「俳人としてただ一人の萩原蘿月」は、くそみそにけなして興がったようである。蘿月氏は、歌人たちばかりの同人の中に、一人だけまじって、「自由律の俳句を書」いていた。(北原白秋「日光の思ひ出」短歌講座第十二巻『現代結社篇』昭和七年九月刊)。

この頃、膝折武助なる忍術者が現れて、「溝のはた」といふ独吟一巻を上げた。

目の前にぽったり蛭の血を吐いて*
   誰を怨みむ乳のしこりぞ*

ああら怪しやなといふところである。何と釈の迢空。(白秋・前掲書

蘿月氏のことは、もっとほかに多くを知る人があると思う。手もとに、内田南草氏から寄贈を受けた『小説・詩人蘿月』 (耕治人著 発行内田寛治 昭和三十九年十一月刊)がある。伝記の、ほとんど唯一のものであろうか。     

           ◇

研究会の相互研究の折に、わたし(池田弥三郎)のとったノートから、星野敏郎君が原稿を作ってくれたが、本巻の校了後に、わたしが当時使用した改造文庫本が出てきた。それにはさまざまな書入れがある。それを、改めて、星野君に点検してもらったところ、次の二か所の書入れが、ノートの方にはないことがわかった。その書込みと、ノートの方の筆記と、どういう関係なのかわからないが、先生(折口信夫)の片言として、記し留めておく。

いつはりのつらしと乳をしぼりすて
   きえぬそとばにすごすごとなく

この荷兮の付句に、「或は流れ勧請の如きものか」とある。
「流れ勧請」は、布に死んだ子の戒名を書き、流れのかたわらに、細い竹を四本立てて、これにその布をはっておく。通りすがりのものが、ひしゃくで流れの水をくんで、この布にかける。
やがて戒名が消え、死んだ子もゆくべきところへゆく。わたしは、大和と若狭とで、偶然これを見た。二度とも、先生(折口信夫、釈迢空)と一緒の旅行の途次であった。「流れ勧請」の、布に書いた戒名を、そとばと言ったかどうかはわからぬが、『冬の日』のことだから、そのくらいの「はいかい」はあろう。

もう一つは、

わがいのりあけがたの星孕むべく
   けふはいもとのまゆかきにゆき

この付句の野水の句に、「妹の成女戒の式か」と書き入れてある。妹の(「の」は領格)眉を、年長者がかきにゆくのを、成女戒の儀式であろうか、と想像したのである。ふだんの生活にあることだが、ことさら「かきにゆき」とあるのだから、あらたまった儀式の折と推測されたのであろう。

思いついたときの引用、書き込みをお許しください。

*

近代の俳句には結核での血を大量にヒルに吸わせるため、何十匹も捕らまえたという句がじっさいにあります。つい最近読んだばかりです。「西の季語物語」(茨木和生著)、その句は松瀬青々の養生俳句でした。茨木和生の師にあたる俳人で、茨木には「松瀬青々」の情細やかな名著あり。

流れ勧請:参照
ながさき:http://nagasaki-r.seesaa.net/archives/20080105-1.html

東郷町:http://www.yurihama.jp/kouhou_kako/togo-yo/gyouji/

流れ勧請は、しょうろう流しの原型であり、雛流しとも通じるようです。

池田弥三郎の句の提出のしかた、まさに連句的です。
折口先生の独吟のつけあいに、芭蕉「冬の日」歌仙がひびいているのをその耳は聴き取っています。

2008年5月10日 (土)





2008年5月 8日 (木)

くるす野 その3

一眸の荒野を隠す君の肩   恭
  優しくもあり激しくもあり   bud
ゆらゆらと音なく影なくカンナ燃ゆ   ぼん
  リストの譜面めくる夕凪  宙虫 

一眸の荒野を隠す君の肩   恭
  優しくもあり激しくもあり   bud
ゆらゆらと音なく影なくカンナ燃ゆ   ぼん
 ヤモリのややこ干からびて落つ 乙

一眸の荒野を隠す君の肩   恭
  優しくもあり激しくもあり   bud
ゆらゆらと音なく影なくカンナ燃ゆ   ぼん
  嬶といふ字の超リアルなる   恭

夕凪、いただきますね。宙虫さんと乙四郎たくさんありがとう。

ぼんのカンナですが。乙四郎に質問されました。カンナは秋ではないかと。高濱虚子編のとか手持ちの歳時記ぜんぶ調べましたが、秋です。かんなって名自体がカンナ月からきてたの。とほほ、ぜんぜん知らなかった。

乙四郎には、けっ。リクツをいうなよリクツを。って退けたのですが、あとになって気になり調べたら、あっちが正しかった。

でも、句の中のカンナは真夏のかんじ、影がない。このままいきます、晩夏として。宙虫さん、リストの譜面ありがとう。季語のつけかたが俳人です。

ヤモリのややこ、さりげなく付いてて付け味も俳諧的、棄てがたい。

音楽がでてませんし、リストにしました。季語夕凪、虚子編では七月。http://kyck.hp.infoseek.co.jp/liszt/fliszt.htm

夕凪ユニオン: http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_5aab.html おしい!この中の映像(どっかの大学みたいだったね)と歌と踊りがとてもよかったのに、もう削除されてる。このどけち。著作権に配慮するのって、なんとなくけつのあながちいさいとおもいます。

姫野句、連句的引用
茅秋(ぼうしゅう):穂積忠

広敷に旅の座頭の独りごと  柳叟
  唯恐ろしき嬶の入れ知恵 茅秋
けうとさは親のしげしげ顔を見て 超喰う迢空

2008年5月 7日 (水)

どかたづけ。

先日警備契約書の記入を依頼に行った今福の造園業者のところに、きょうは回収にゆく。お茶つみでとても忙しそうだったけれど、書いて下さった。

帰路マルキョウで味噌ラーメンが二つ88円だった。
六個を三回買って帰った。
太もやし入りみそラーメンがスキなのです。
麺類はここが一番安いかな。食糧はくるめの明治屋で買って帰ることが多いです。以前は八女のエーコープでばかり買っていました。勤め先に寮が三部屋あって、その三部屋分の食糧を週に二度明治屋で買出しします。3DK一部屋に六人から七人いるので、約二十人分の食糧をいちどきに買います。それがとっても大変です。米からなにから買うのです。みな出払っていてだれもいないときは、私もくるまごと駆り出されます。買うのも運ぶのもたいへん。でも、いきることって、シンプルなことなんだって気付かされる。余分なものはなにもいらない。身一つと、あとはその日食べるものがあればなんとかなる。

ここにきていなければ、もっとおっとのしつぎょうについてふくざつななやみかたをしただろう。おかげさまでまったく気にならない。

『ショーケン』って本を二回も読んだって夫。昭和二十年代最後のうまれのおとこは、非情に非常に古風です。むすこたちに絶対家事を手伝わせないもの。でも、それはきついです。男もしなきゃ。この先なにもしないで済むとは思えないもの。

とはいえ、夫が押入れそうじをしてくれた。
あまりのわたしの詰め込み主義にあたまにきて。
年に二回はこんなふうに怒片付けをしてくれる。
どかたづけ。(いかりのちからってすごいなあ。)

2008年5月 6日 (火)

歌仙『筍の』、恋の座

チヌ釣りが中止になったと留守電に  チヌ:晩春句
    
喫茶店名繰り返し聴き      恋前句、雑
一眸(いちぼう)の荒野を隠す君の肩   恋句
  優しくもあり激しくもあり      〃
ゆらゆらと音なく影なくカンナ燃ゆ    〃、カンナ晩夏

  (ここに七七の晩夏の句で恋離れ句を付ける。)

留守電句と、喫茶店名を何度もきいてる句。

それから連想したのは男とむきあっている女。

彼女は、男が来るまで窓のむこうに見えてた一面の荒野が、

男が来てその肩で隠れてしまったことにきづく。

という読みと、

男は肩のあたりに荒野を隠しもっている。孤独な不幸な匂いがする。

あるいは荒野を抱くのは女で、それをほぐしてくれる男なのかもしれない。

と多層的なよみができる。

つぎの、優しくもあり激しくもありはそのまま。

で、~あり~あり、につけて

~なく~なくというかたちのカンナの句がついて。

こうして、前句がただの男あるいは女の性格描写から、

べつのいみをもつ句に表情をかえます。

というふうに、連句は常に句をつけ進むことで、いま、いま、いまと

前にすすんでいき、付句がついたとたん、前句はたしかな位置を獲得する。

前句をうけて、転じる。トスをあげては打つ。受ける。上げる。打つ。受ける。

その繰り返し。

連衆(れんじゅう、参加者)は、前句に答えているのですが、

そうみえて、じつは、じぶんのなかの位置、現在のあどれすを確認している。

そして、それをことごとく

宙に手放しているのだとおもいます。

戀の座

連休中、折口信夫の『戀の座』を読んでいました。
しかし、雑用が多く、読めたのは20ページほどです。
芭蕉の俳諧での恋句が、なぜあんなにも生き生きとして色っぽく、こころを捉えて放さないのか、を、古代の歌の歴史からあかしていって、読ませます。ちょうどいま巻いている歌仙の恋の座で、感じたこと疑問におもったことが、これを読むと重なり、氷解するから不思議です。

昨年末に古書店で買っていた古本(和木書店、昭和二十四年発行)で、藁紙の粗悪な造本ながら、気魄を感じさせます。
おとこしか生涯愛さなかった複雑な古代人であり神官の折口信夫だからこそ見えた芭蕉の芸術が、愛情をこめて、ものがみえるひとの目でこまやかに解き明かしてある。

  足駄はかせぬ雨のあけぼの  越人
 きぬぎぬやあまりかぼそくあてやかに 芭蕉
  かぜひきたまふ聲のうつくし   越人
 手もつかず昼の御膳もすべり来ぬ 芭蕉

この四連にはたして転じがあるのか、あまりわかりませんよね。四句がらみといえばいえないこともない。でも、連句の決まりごとをしっているのであれば、転じているという眼で読まねばなりません。(以下柳田國男の受け売りも入った折口説)
女君のもとに通ってきたおとこが雨の朝、帰ろうとする。女君のこころを察して、男の足駄を隠しはかせまいとする侍女たち。これが一句目の越人句。受けた芭蕉の句は、王朝の源氏物語風です。きぬぎぬという語は後朝と変換されますけれど、ひらかなでかくと、絹絹・・いろとりどりの絹の海が眼前にひろがり高貴な女性のあでやかな姿態がうかびます。それを風邪で臥せっている女の聲に転じたのが越人。鼻声もつやっぽいというのです。で、それを折口は古代から近代の景へ転じてみせた、とこう解釈します。風邪聲がうつくしいとする感性に新しさを感受するというのがその理由です。受けた芭蕉の昼の御膳に手をつけない恋わずらいの姿。

こんな付け合いでは、どこですぱっと恋を棄てればいいのかとさばきは悩ましいところです。あまりにも美しい句が出ていて、それを一句で棄てるには忍びないのです。でも、それはそれでいいんだと。
なるほどでした。

2008年5月 2日 (金)

梅白しきのふや鶴を盗まれし

   高見 芳子

連句に関わるようになって、たまたま光田和伸氏(国際日本文化センター・助教授)が連句と芭蕉を講じておられる公開講座を知り、参加して数年になる。毎回、既出の注釈書にない独創的な見解を披瀝されるのと、膨大な文献のコピーを配られるのが通例だ。

 梅白しきのふや鶴を盗まれし  芭蕉

貞享二年二月、『野ざらし紀行』の途次、豪商三井秋風(みついしゅうふう)の京都鳴滝の別邸に招かれたときの挨拶の句である。「鶴を盗まれし」は宋の高士・林和靖が梅と鶴をこよなく愛した故事をふまえていることは、注釈に定着している。
この件の講義に当たって、秋風に関して配られた文献コピー(野村貴次著『北村季吟の人と仕事』)に「三井家中興家譜」の抜粋があった。その中に

貞享二年二月十三日亀月鶴峯童子死去

の記録があり、〈そこに「三井六右衛門子」とあるので、秋風の子と考えねばなるまい〉と著者の野村氏は書いている。芭蕉は奈良のお水取り(修二会しゅにえ)二月一日から十四日ーに参籠したあと、京にのぼりて、とあるから、ちょうど子を喪ってあまり日も経っていない家を訪れたことになるのか。ことに童子の戒名に「鶴」の字があるのにひっかかる。もしかして芭蕉がこの家で仏前に線香の一本も手向けたなら、真新しい位牌の戒名の「鶴」の文字を目にとめなかったろうか。「きのふや鶴を」には、従来の意味に加えて、この家の亡き童子への弔意の心が籠められていたのではないか?
ふと思いついて反芻し、こんな想像をめぐらせてみた。

連句誌「れぎおん」巻末の花づくしエッセイ連載をまとめた『花の小径』平成十年刊の「二月 うめ」から後半部分を引用いたしました。尼崎の高見芳子様、断りもなく引用いたしますが、なにとぞご容赦くださいませ。

竹橋乙四郎という自分に似ている知りたがりなともだちが、先日この俳句について聞いてくれたので、思い出したときに引用しました。
ほんとは、「大東亜戦争を見直そう」(名越二荒之助著、原書房だったか日本教文社かの刊行)という本を探していたのですが、行方不明で出てきません。この本には大石親子に似た母子のわかれの場面があります。また、おもいびととのわかれもあります。何度も読んだ本、もういちど気になっているところを読みたい。

八女風景

八女風景

定点観測。むこうにわずかに見える山というか丘は吉田山。福島高校や磐井の墓がある。
八女風景

上の写真の対岸、下吉田。八女市今福へ行った帰り道写す。
八女風景
今福へ抜ける途中のお茶畑。

2008年5月 1日 (木)

放棄の歌

    小野 十三郎

イソシギの渡りも絶え
アジサシの群もゐない。
ただ見る釉面(いうめん)のひびきわれのやうな土地のひろがり。
食物移動や
光力説よりも純粋に
天の小禽(ことり)は知つてゐるのだ。
煙は雲に這(は)ひ
また地上にかへつてゐる。

参照:

イソシギhttp://www1.u-netsurf.ne.jp/~khag/isoshigi.htm

コアジサシhttp://www.tcp-ip.or.jp/~sanc-jp/keimou/ada002.html

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