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2008年4月30日 (水)

一眸の荒野

大石政則日記を打ち込みながら思っていたのは、若さの盛りで、どうやって死への恐怖を克服していったのか。覚悟はどうすわっていったのか。ということだった。

いちど出撃して引き返したとき。
そのときはまだ、彼のきもちは定まっていなかった。日記のことばのはしばしに表れていることである。

だが、二度目に出撃したときは、きっちりと死へむけて、肚が座っている。

武士のしにざまをおもう。
同時に芭蕉の猿蓑歌仙がなぜかふっと思い出される。
恋句から戦いにのぞむ武士の雄心の句へと転じている。

うき人を枳殻垣よりくぐらせん  芭蕉
 いまや別(わかれ)の刀さし出す 去来
せはしげに櫛でかしらをかきちらし  凡兆
 おもひ切(きつ)たる死にぐるひ見よ 史邦

「おもひきったるしにぐるひみよ。」

そんな極度にはりつめた状態で突入していったんじゃないだろうか。
ひすてりーおんなのようなはがみをして、おたけびをあげながら。

きのう夜、乙四郎の句につける句を案じるとき、本を開いて言葉をさがした。よくやる方法だ。核になることばを一つ引いてくる。

すぐみつけた。
こういうときはぱっと目にとまるからふしぎだ。
飢えたけものが一瞥でえものを捕らえるように。
三十代のころ大好きだった小野十三郎の詩集『大阪』から「白い炎」。

白い炎

   小野十三郎

風は強く
泥濘(どぶ)川に薄氷浮き
十三年春の天球は  火を噴いて
高い巻雲(シーラス)のへりに光つてゐる。
枯れみだれた葦(あし)の穂波
ごうごうと鳴りひびく一眸(いちぼう)の原。
セメント
鉄鋼
電気
マグネシユウムら
寂寞として地平にゐならび
蒼天下(さうてんか)
終日人影(じんえい)なし。

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